「追い風も向かい風も感じないな。風は吹いていないってことじゃないか。だから盛り上がっていないってことじゃないの」。
こんなことを斜に構えながら言っていた。副総理麻生太郎。
正鵠を射ているのかもしれない。もちろん選挙のこと・・・。
風を読む、空気を読む。風はどんな風に流れるのか。今の風と2週間後の風と。
風とは空気だ。自然現象として捉えるのではなければ。
2年ほど前から、この国にはおかしな風が吹き始めた。空気はそれこそ閉塞感を助長させ、重苦しさが伴ってくる。
真の意味で無い、ムードとしての右傾化。自由にものが言えない空気。
独りよがりの“おぼっちゃま”の“独裁思考”のような「幼児性」。
本当の幼児は違う。幼児は哲学的であり、本質をわきまえている。大人に(真の意味での)対して使わせてもらった悪い意味での「幼児性」。
昨日書いた「朝生」のことにまたちょっと触れる。
結果的にそうなった番組の国会議員同士での討論。
国民と言う言葉は使うけど、それは自己を正当化したいための方便。国民は眼中に無い。相手の政党をけなす、攻撃する、自党の主張だけを声高に言い募る。
それだけの応酬。
ほとんどの国民はそんな番組を見たいとは思っていない。
まだ、そこには“恣意的”な“演出”がほどこされているとしても、名も無い民が何を思っているかを自分と置き換えて感じたいと思っているはず。
「公正・公平な報道を」。監督官庁の総務省が言うならまだわかる。一政党が恫喝する。
ならば、野党と言われるところもテレビ局に同じような「要望書」を出したらいい。
少数政党と大政党(自民)の発言時間が同じと言うのはおかしいとクレームを言っていていたのはなにを隠そう自民党だったのだ。自分たちが公平をおかしなことと決めつけていたのだが。
議員数に応じて発言時間を決めろと頑強に言い張って来た時もあった。
「朝生」だけではない。テレビは完全に萎縮したように見える。
今や、政治家はテレビの有用性を知るようになった。政治家だけではない。テレビの出たか出ないか。それを殊更重要視する人達も多くなった。
菅か野田政権下だったか。官邸前には連日のようにデモがあった。そこの参加者からはネットを介して、「なんでテレビは取材に来ないのだ」と叫ばれていた。
情報リテラシーという言葉がとみに言われる。その中には、それをちょっと拡大して考えてみれば、今度の自民党の“通達”だって、有権者のリテラシーで解釈できる問題。
とにかく、テレビにとどまらず新聞も萎縮し始めている。朝日新聞の「誤報」問題、その後の展開が根底にあるのかもしれないが。
たまたま今日、長谷川如是閑のことを書いていた人がいた。彼の記事が朝日の不買運動につながり、朝日の凋落を招いたという“歴史”。
「幼児性」ということを言った。その一つがツイッターに小学4年生生を名乗った大学生が投稿していたことを安倍が敏感に反応したこと。
敵意丸出し。
とにかく「自分の意に沿わないこと、気に食わないことは排斥する」。その心情を言ったのだ。
「彼が気心のあった人達と談笑しているのが、彼の一番気の休まる時だ」。去年だったか、そんな官邸の空気を教えてもらったことがある。内部の人の話だ。
そうなんだなとあらためての納得。
気に食わないものは断固排除する。自分の好き勝手にしたい。そんな精神性が彼の中には宿っているのだろう。
マスコミだって営利企業だ。視聴者離れや購読者離れは一番困ることだ。広告出稿がなくなれば会社の存立さえ危うくなるかもしれない。
しかし・・・だ。ジャーナリズムの本旨に立ち返れ、“圧力”には屈するな。
その道に入ったことの本意はそうではなかったのか。
「風は吹いていない」と麻生は言っていた。そりゃそうだ。風を止めているのだから。
2014年11月30日日曜日
2014年11月29日土曜日
「山」のこと
阿蘇山が噴火を続けている。マグマ噴火だという。
ちょっと前は御嶽山。
蔵王も不気味だ。活発化している。桜島も噴煙の量が増えている。
富士山も。立山も・・・。
火山活動が活発化しているような気がする。
地震噴火予知連絡会は八甲田山など三つの火山の常時監視を緊急提言したという。
やはり火山列島なのだ。
長野ではいまだ余震が続いている。長野以外でも三陸沖などできょうも軽微な地震が4回・・・。
地震列島なのだ。
だから原発再稼働はーー。短絡的にそう言っているわけではないが。
阿蘇にのぼる噴煙。火炎。やはり恐怖だ。岩石は山頂から1キロ四方だとしても、灰は風によってどこにでも飛散する。
桜島の灰。もう何度も“体験”した。
火山、煙・・・。日本列島だけではない。世界の各地で、火山の活発化の様子が時折伝えられる。
地球規模で、「異変」が起きているのだろうか。
「異変」と今に生きる我々は言うが、地球にすれば、当たりまえの「周期」なのかもしれないとも。
人間の仕業に無関係に、それは何等の意志も意図も持たずに、そこにある活動なのだ。
映像が“連想”を呼ぶ。
火の無いところ煙は立たないという。風評とは“煙”だ。火の恐ろしさが想念を拡張させ、あらぬ言辞となって駆け巡る。
長野の地震、被害の大きかったのみ映像化される。白馬観光。取りやめ相次ぐ。
現地の人は言う、「風評被害が恐ろしい」と。
その風評なるもの。未だに福島に向けられる風評。原子の火に端を発した風評。
75日どころか3年半以上もたっているのに。
山が動いた。かつて社会党が選挙で大勝した時、党首だった土井たか子が発した「名言」。
人格の無い山に意志を当てた。
安倍政権と言う山は巨大な岩盤なのか。動かそうとしても動かない山なのか。
奇怪なことが行われている。テレビの選挙報道に、自民党が注文を付けた。
テレビは、反応しているようだ。それが「山の声」の如くに。
毎日新聞が報じていた。テレビ朝日の朝まで生テレビという番組が、ゲストを下した。出演を真近になって断った。荻上チキとか小島慶子とか。
思い出す。あの毒舌をもってならした映画監督、大島渚のことを。
番組は結局、国会議員だけの討論会のようだったと聞く。
ならばNHKの日曜討論と同じじゃないか。
あの番組、田原総一朗が内容や、出演者にも関与している。事の顛末について田原はなにか言うべきだ。
朝日新聞の系列としてあるテレビ朝日。亭主の“青春”の場。なんとも心境複雑であり。
あらためて思う。テレビは何を伝えるべきかということ。自分たちの伝えたいことを伝えるのか。視聴者が伝えて欲しいことを伝えるのか。
自民党の“通達”にあったのは椿発言の事例だ。あの時、亭主はすでに福島にいた。系列の報道局長会で、椿に猛抗議したのを覚えている。
彼の発言があったからといって、局内はそれに従ったわけでもなかったし。
彼の発言が世間にそんなに影響を与えたとも思えなかったし。
だから、昨夜の朝生。番組内で、議員じゃない人が何をいうか、それは安倍を怒らせた「街の声」とても同じ。視聴者は当事者でない人が何を語るかを知りたがっているのではとも。
テレビが何を伝えるか。選挙を挟んでの正念場だ。見放されないようにしないと。
山からの連想で思ったことの断片。言いたいことを言いつくせていない感ありなのだけど。
安倍自民党ってそんなに大きな山なのだろうか。それとも動揺している山もどきなのだろうか。
ちょっと前は御嶽山。
蔵王も不気味だ。活発化している。桜島も噴煙の量が増えている。
富士山も。立山も・・・。
火山活動が活発化しているような気がする。
地震噴火予知連絡会は八甲田山など三つの火山の常時監視を緊急提言したという。
やはり火山列島なのだ。
長野ではいまだ余震が続いている。長野以外でも三陸沖などできょうも軽微な地震が4回・・・。
地震列島なのだ。
だから原発再稼働はーー。短絡的にそう言っているわけではないが。
阿蘇にのぼる噴煙。火炎。やはり恐怖だ。岩石は山頂から1キロ四方だとしても、灰は風によってどこにでも飛散する。
桜島の灰。もう何度も“体験”した。
火山、煙・・・。日本列島だけではない。世界の各地で、火山の活発化の様子が時折伝えられる。
地球規模で、「異変」が起きているのだろうか。
「異変」と今に生きる我々は言うが、地球にすれば、当たりまえの「周期」なのかもしれないとも。
人間の仕業に無関係に、それは何等の意志も意図も持たずに、そこにある活動なのだ。
映像が“連想”を呼ぶ。
火の無いところ煙は立たないという。風評とは“煙”だ。火の恐ろしさが想念を拡張させ、あらぬ言辞となって駆け巡る。
長野の地震、被害の大きかったのみ映像化される。白馬観光。取りやめ相次ぐ。
現地の人は言う、「風評被害が恐ろしい」と。
その風評なるもの。未だに福島に向けられる風評。原子の火に端を発した風評。
75日どころか3年半以上もたっているのに。
山が動いた。かつて社会党が選挙で大勝した時、党首だった土井たか子が発した「名言」。
人格の無い山に意志を当てた。
安倍政権と言う山は巨大な岩盤なのか。動かそうとしても動かない山なのか。
奇怪なことが行われている。テレビの選挙報道に、自民党が注文を付けた。
テレビは、反応しているようだ。それが「山の声」の如くに。
毎日新聞が報じていた。テレビ朝日の朝まで生テレビという番組が、ゲストを下した。出演を真近になって断った。荻上チキとか小島慶子とか。
思い出す。あの毒舌をもってならした映画監督、大島渚のことを。
番組は結局、国会議員だけの討論会のようだったと聞く。
ならばNHKの日曜討論と同じじゃないか。
あの番組、田原総一朗が内容や、出演者にも関与している。事の顛末について田原はなにか言うべきだ。
朝日新聞の系列としてあるテレビ朝日。亭主の“青春”の場。なんとも心境複雑であり。
あらためて思う。テレビは何を伝えるべきかということ。自分たちの伝えたいことを伝えるのか。視聴者が伝えて欲しいことを伝えるのか。
自民党の“通達”にあったのは椿発言の事例だ。あの時、亭主はすでに福島にいた。系列の報道局長会で、椿に猛抗議したのを覚えている。
彼の発言があったからといって、局内はそれに従ったわけでもなかったし。
彼の発言が世間にそんなに影響を与えたとも思えなかったし。
だから、昨夜の朝生。番組内で、議員じゃない人が何をいうか、それは安倍を怒らせた「街の声」とても同じ。視聴者は当事者でない人が何を語るかを知りたがっているのではとも。
テレビが何を伝えるか。選挙を挟んでの正念場だ。見放されないようにしないと。
山からの連想で思ったことの断片。言いたいことを言いつくせていない感ありなのだけど。
安倍自民党ってそんなに大きな山なのだろうか。それとも動揺している山もどきなのだろうか。
2014年11月28日金曜日
「不毛」を「不毛にしない」ために
選挙そのものの話しでは無い。
総選挙の投票にいくと、ついてくるのが最高裁判事の国民審査というやつ。
○か×かの印つけ。その対象者は判事全員ではないが。今まで「審査」を受けなかった人だが。
最高裁判事は内閣によって任命される。だから、内閣が代わる総選挙時にその信任投票もという理屈なのだろう。
多くの人が、それを不毛な“行事”だと思っている。
「だいたい、だれがだれだかわからないし、選挙程身近ではないし、意味ないじゃん」というのが誰しも考えること。
当然だ。
だけど、それも国民の権利として与えられている以上、それなりの対応があってもいいのではないかということ。
今、選挙を控えて、一つの問題になっているのが国会の姿、国会の形。つまり、議員の身分、議員の定数、選挙制度改革ということ。
衆議院の定数は、駆け引き、目くらましで「0増5減」となった。それで選挙が行われる。それが「妥当」な定数であるか、つまり、言われている1票の格差、選挙の平等ということに関していいのかどうかという問題。
選挙後には全国各地で、弁護士団から、選挙無効の訴訟が起こると言われている。
それらは各地裁に起こされるものだが。
たまさか、前回の参院選についての最高裁の判決が出された。
1票の格差が最大4,77だった去年の参院選。最高裁大法廷はそれを「違憲状態」とした。
違憲ではない。状態だ。状態とはいわば注意喚起みたいなもの。合憲の範疇だが。
違憲状態という司法の判断はすでに出されている。しかし、国会の動きはあまりにも鈍すぎる。
大法廷の裁判官は15人。そのうち11人の多数意見としての違憲状態。4人が「違憲」だとした。その中でも元内閣法制局長官だった山本庸幸裁判官は、はっきり「選挙無効」を主張した。
たしか、彼は集団的自衛権の問題で、内閣の意向に異を唱え、最高裁判事に回された人のはず。
違憲と判断した裁判官は、鬼丸かおる、山本庸幸、大橋正春、木内道祥の4人の裁判官。
このうち3人は国民審査の対象者。
この名前は新聞を切り抜いておけばわかる。投票所に持っていってもいい。
最高裁の判事が、これまで、どんな裁判に関わり、どういう判決を出していたのかを、まことに面倒なことではあるが、○×の判断材料にするべきだと。
それでこそ、全員に○をつけるか×にするかの「不毛」な行為の分かれ道になるのだ。
不毛を不毛で無くするための多少の労苦。
格差を是認する人は、この人達に×をつければいい。格差がおかしいと思っている人は他の人に×をつければいい。
国民が「司法」に「介入」出来るのはこの時だけなのだから。
福島では原発をめぐり、東電や国を相手にさまざまな訴訟が起きている。それに司法がどれほど真摯に向き合うのか。
「大飯・高浜原発」の再稼働差止めの仮処分を求めた裁判では、きのう大津地裁が請求却下の判断をしめしてはいるが。
原発問題が最高裁の“舞台”にはなかなかのぼらないだろう。そして、大方、これまでもあった高度な政治判断を要する事案は馴染まないともするだろうが。
政治に絶望し、司法に絶望する。それじゃすべてが成り立たなくなるんだけどな。
それを「不毛な作業」とは言わないが、1F構内。2号機の冷却装置がまた止まったと報道されていた。その後どうなったのか。
一日6,000人の作業員。彼らの中に「不毛」の意識が蔓延した時、そこはどうなっていくのか。トレンチの止水はどうなったのか。
3年半以上を「不毛な時」としたくないための作業が行われていると信じたいが・・・。
総選挙の投票にいくと、ついてくるのが最高裁判事の国民審査というやつ。
○か×かの印つけ。その対象者は判事全員ではないが。今まで「審査」を受けなかった人だが。
最高裁判事は内閣によって任命される。だから、内閣が代わる総選挙時にその信任投票もという理屈なのだろう。
多くの人が、それを不毛な“行事”だと思っている。
「だいたい、だれがだれだかわからないし、選挙程身近ではないし、意味ないじゃん」というのが誰しも考えること。
当然だ。
だけど、それも国民の権利として与えられている以上、それなりの対応があってもいいのではないかということ。
今、選挙を控えて、一つの問題になっているのが国会の姿、国会の形。つまり、議員の身分、議員の定数、選挙制度改革ということ。
衆議院の定数は、駆け引き、目くらましで「0増5減」となった。それで選挙が行われる。それが「妥当」な定数であるか、つまり、言われている1票の格差、選挙の平等ということに関していいのかどうかという問題。
選挙後には全国各地で、弁護士団から、選挙無効の訴訟が起こると言われている。
それらは各地裁に起こされるものだが。
たまさか、前回の参院選についての最高裁の判決が出された。
1票の格差が最大4,77だった去年の参院選。最高裁大法廷はそれを「違憲状態」とした。
違憲ではない。状態だ。状態とはいわば注意喚起みたいなもの。合憲の範疇だが。
違憲状態という司法の判断はすでに出されている。しかし、国会の動きはあまりにも鈍すぎる。
大法廷の裁判官は15人。そのうち11人の多数意見としての違憲状態。4人が「違憲」だとした。その中でも元内閣法制局長官だった山本庸幸裁判官は、はっきり「選挙無効」を主張した。
たしか、彼は集団的自衛権の問題で、内閣の意向に異を唱え、最高裁判事に回された人のはず。
違憲と判断した裁判官は、鬼丸かおる、山本庸幸、大橋正春、木内道祥の4人の裁判官。
このうち3人は国民審査の対象者。
この名前は新聞を切り抜いておけばわかる。投票所に持っていってもいい。
最高裁の判事が、これまで、どんな裁判に関わり、どういう判決を出していたのかを、まことに面倒なことではあるが、○×の判断材料にするべきだと。
それでこそ、全員に○をつけるか×にするかの「不毛」な行為の分かれ道になるのだ。
不毛を不毛で無くするための多少の労苦。
格差を是認する人は、この人達に×をつければいい。格差がおかしいと思っている人は他の人に×をつければいい。
国民が「司法」に「介入」出来るのはこの時だけなのだから。
福島では原発をめぐり、東電や国を相手にさまざまな訴訟が起きている。それに司法がどれほど真摯に向き合うのか。
「大飯・高浜原発」の再稼働差止めの仮処分を求めた裁判では、きのう大津地裁が請求却下の判断をしめしてはいるが。
原発問題が最高裁の“舞台”にはなかなかのぼらないだろう。そして、大方、これまでもあった高度な政治判断を要する事案は馴染まないともするだろうが。
政治に絶望し、司法に絶望する。それじゃすべてが成り立たなくなるんだけどな。
それを「不毛な作業」とは言わないが、1F構内。2号機の冷却装置がまた止まったと報道されていた。その後どうなったのか。
一日6,000人の作業員。彼らの中に「不毛」の意識が蔓延した時、そこはどうなっていくのか。トレンチの止水はどうなったのか。
3年半以上を「不毛な時」としたくないための作業が行われていると信じたいが・・・。
2014年11月27日木曜日
「不毛」ということ
土地がやせていて、穀物その他の作物ができないこと。
一般に、成果の実らないこと。
辞書で引くとこんな字解が並んでいる。
なにも、今度の選挙を「不毛」という二文字で切って捨てるってことではないが、成果ってあるのかなと。
自民はたぶん議席を減らすだろう。自公で改憲を発議することは出来なくなるだろう。
しかし、自公は勝つ。
安倍は「信任された」とくるだろう。
マニフェスト。あんな不毛な言葉はあっただろうか。菅直人が英国かぶれが持ち込んだともいうが。前回の選挙。参院も衆院も。マニフェストという言葉が溢れていた。自民党もそれに飛び乗った。
あげくアジェンダまで。
「止めろよそんな選挙」とボクは書いた。公約でいいじゃないかと。でも、メディアには連日「マニフェスト」なる言葉が飛び交い、地方選でも使われた。
マニフェストということと、公約ということとどう違うのか。
きちんと説明できた議員さんはいない。
ま、その程度のものだと言ってしまえばそれまでだが。
マニフェスト選挙、それは不毛な選挙そのものだったという気がする。
今回の選挙。ものの見事にマニフェストという言葉が消えた。公約に戻った。
多少は散見されるものの。
全くの「不毛」なるものでしかなかったマニフェストなる代物。
その違いは何か。
数値目標があるということか。
で、その公約なるもの。おおよそ自民の公約は安倍内閣の“実績”強調。
将来の話は、従前通りときたもんだ。
野党は、これまたさっぱりわからん。やたらと並べられる項目。
どんな国にしたいのか、これまた不透明。
若者は選挙に無関心だと言う。だから、関心を持って選挙に行けと大人は言う。
違う。若者は無関心なのではない。関心はあるが、選挙なるものに失望しているだけだ。
「不毛」に手を染めたくないと思っているだけだ。
若者をどうやって政治の場に引き戻せるのか。
それを政治家はしない。怠慢なのだ。
若者がどうであろうと、投票率がどうであろうと、自分が当選すればいい。それだけの我欲。
むしろ、無関心を通り越して醒めてしまっているのが大人、特に高齢者なのかもしれない。
大義なき選挙と呼ばれる今度の選挙で、そんな声が噴出している。
「私はいままで一度も棄権したことはない。しかし、今度は棄権しようかと思っている」。身近な人の言だ。
新聞の投書欄にもこんな投稿があった。80歳前後か。
「民主党にも騙された。自民党にも騙された。もう騙されるのは嫌だから投票に行くのを止めようと思う」。
やはり投票所には行くべきだと思う。小選挙区には「入れたい候補者無し」と書いてくればいい。
比例区では白票でもいいし、不毛なる選挙制度だと書いてきたっていい。
そんな無効票が増えたことをメディアが検証して報道すればいい。
安倍がきのう陸前高田に行った。
前回は福島で第一声。誰もが覚えている。「福島の復興無くして日本の再生無し」と大声で言った事を。で、何をした。ということだ。
選挙で人気取りのように長野の震災現場に行く、こんどは陸前高田。
海江田も長野のおっとり刀だし。
こんな「しらじらしいこと」を平気でやっているから、若者はしらけるのだ。
そして不毛地帯。福島県の一部の地域は穀物を作れない不毛地帯になった。された。荒れ果てているのだ。豊饒の大地だったところが。
セイタカアワダチソウが繁茂している。
ヒースクリフ今在りせば、何を思うのかと・・・。
一般に、成果の実らないこと。
辞書で引くとこんな字解が並んでいる。
なにも、今度の選挙を「不毛」という二文字で切って捨てるってことではないが、成果ってあるのかなと。
自民はたぶん議席を減らすだろう。自公で改憲を発議することは出来なくなるだろう。
しかし、自公は勝つ。
安倍は「信任された」とくるだろう。
マニフェスト。あんな不毛な言葉はあっただろうか。菅直人が英国かぶれが持ち込んだともいうが。前回の選挙。参院も衆院も。マニフェストという言葉が溢れていた。自民党もそれに飛び乗った。
あげくアジェンダまで。
「止めろよそんな選挙」とボクは書いた。公約でいいじゃないかと。でも、メディアには連日「マニフェスト」なる言葉が飛び交い、地方選でも使われた。
マニフェストということと、公約ということとどう違うのか。
きちんと説明できた議員さんはいない。
ま、その程度のものだと言ってしまえばそれまでだが。
マニフェスト選挙、それは不毛な選挙そのものだったという気がする。
今回の選挙。ものの見事にマニフェストという言葉が消えた。公約に戻った。
多少は散見されるものの。
全くの「不毛」なるものでしかなかったマニフェストなる代物。
その違いは何か。
数値目標があるということか。
で、その公約なるもの。おおよそ自民の公約は安倍内閣の“実績”強調。
将来の話は、従前通りときたもんだ。
野党は、これまたさっぱりわからん。やたらと並べられる項目。
どんな国にしたいのか、これまた不透明。
若者は選挙に無関心だと言う。だから、関心を持って選挙に行けと大人は言う。
違う。若者は無関心なのではない。関心はあるが、選挙なるものに失望しているだけだ。
「不毛」に手を染めたくないと思っているだけだ。
若者をどうやって政治の場に引き戻せるのか。
それを政治家はしない。怠慢なのだ。
若者がどうであろうと、投票率がどうであろうと、自分が当選すればいい。それだけの我欲。
むしろ、無関心を通り越して醒めてしまっているのが大人、特に高齢者なのかもしれない。
大義なき選挙と呼ばれる今度の選挙で、そんな声が噴出している。
「私はいままで一度も棄権したことはない。しかし、今度は棄権しようかと思っている」。身近な人の言だ。
新聞の投書欄にもこんな投稿があった。80歳前後か。
「民主党にも騙された。自民党にも騙された。もう騙されるのは嫌だから投票に行くのを止めようと思う」。
やはり投票所には行くべきだと思う。小選挙区には「入れたい候補者無し」と書いてくればいい。
比例区では白票でもいいし、不毛なる選挙制度だと書いてきたっていい。
そんな無効票が増えたことをメディアが検証して報道すればいい。
安倍がきのう陸前高田に行った。
前回は福島で第一声。誰もが覚えている。「福島の復興無くして日本の再生無し」と大声で言った事を。で、何をした。ということだ。
選挙で人気取りのように長野の震災現場に行く、こんどは陸前高田。
海江田も長野のおっとり刀だし。
こんな「しらじらしいこと」を平気でやっているから、若者はしらけるのだ。
そして不毛地帯。福島県の一部の地域は穀物を作れない不毛地帯になった。された。荒れ果てているのだ。豊饒の大地だったところが。
セイタカアワダチソウが繁茂している。
ヒースクリフ今在りせば、何を思うのかと・・・。
2014年11月26日水曜日
「道」のこと
自民党の選挙公約。表題は「景気回復 この道しかない」。だったか。
この道ってどんな道。いやらしく言えば、景気回復しかない、この国を“取り戻す”ためには、とも読めるし、景気を回復させるいためには、アベノミクスなるものによる“道”しかないとも読めるし。ま、当然後者に決まっているが。
だけどね、この道、つまり方法ということならば、どんな道を指すのかもっと知りたいよ。
アベノミクスはすでにして失政なんだし。
追加の金融緩和。市場にお金ジャブジャブ。日銀の議事録見れば、5対4の僅差の決定だった。
あげく、黒田総裁も見通し含め、“誤り”があったと暗に認めているし。
9~11の経済指標見ても、消費は冷え込んでいる。安倍自身だって認めている。景気の後退を。
ま、こんな話は新聞の社説にお任せっていうことで・・・。
この道って、あの道かな、いつか来た道かな。戦争があった時代の・・・。
こんな話もそちらの専門の方にお任せして・・・。
道と言う字。音読みと訓読み。“みち”であり“どう”であり。
ちなみに辞書。
人や車が往来するところ。通行するところ。道路、通路。
転じて、人が考えたり行ったりする事柄の条理・道理。
仏教などの特定の教義。
手だて、手法、手段。
方面、分野。
「道」という一文字でいろんな意味があり、いかようにも受け取れると言う、日本語の妙か。
♪この道はいつか来た道、ああ、そうだよお~~♪。童謡よく口ずさんだもんだ。
人生のもの悲しさを描いたフェリーニの映画「道」。♪ジェルソミーナ♪という音楽。
若いころよく聴いたもんだ。
「人は人、吾はわれなり それゆえに 吾が行く道を我はいくなり」。
西田幾多郎の句碑。
京都、哲学の道にある碑。
西田哲学、いかに解せばいいのか。
「この道を行けばどうなるのかと危ぶむなかれ、踏み出せば、その一足が道である。その一足が道をなる。迷わずに歩いていけ」。
法然か親鸞かの言葉と記憶。
「この道しかない」・・・・。安倍自民党、難しい問題提起をしてくれたもんだ。
福島の道・・・。
常磐道が来月6日に浪江、南相馬間が開通する。仙台まで結ばれる。
途中の数カ所。国道6号と同じ。窓締めて、ノンストップ時速70キロ。
それが何を物語るや。
双葉郡に向けての道は各所で通行止め。道は突然行き止まりになる。
通れない道が今なおあるということ。封鎖された道があるということ。
何を物語るや。
でね、安倍自民党の言う道を信じて通って行けば、どこに行きつけるのか。
この道しかないというが目的地は記されていない。
その道程に確たるナビは装備されているのか。
昭和の時代、♪銀色のはるかな道♪という歌がはやった。
//遠い遠いはるかな道は、冬の嵐が吹いてるが、谷間の春は花が咲いてる
ひとりひとり今日もひとり、銀色のはるかな道
ひとりひとりはるかな道は、つらいだろうが頑張ろう
苦しい坂も止まればさがる、続く続く明日も続く、銀色のはるかな道
続く続くはるかな道を、暗い夜空を迷わずに、二人の星よ照らしておくれ
近い近い夜明けは近い、銀色のはるかな道
続く続くはるかな道を、暗い夜空を迷わずに、二人の星よ照らしておくれ
近い近い夜明けは近い、銀色のはるかな道、はるかな道//。
今、我々の前に銀色の道は開けていない。今日の空模様のように、どんより鉛色の道だ。その「道」は明日も続くが、決して夜明けは近くない。
「道」って言葉、難しいんだよな。特に「どう」と読ませれば・・・。
そして、ほら、そこからはけもの道だぜ・・・。
この道ってどんな道。いやらしく言えば、景気回復しかない、この国を“取り戻す”ためには、とも読めるし、景気を回復させるいためには、アベノミクスなるものによる“道”しかないとも読めるし。ま、当然後者に決まっているが。
だけどね、この道、つまり方法ということならば、どんな道を指すのかもっと知りたいよ。
アベノミクスはすでにして失政なんだし。
追加の金融緩和。市場にお金ジャブジャブ。日銀の議事録見れば、5対4の僅差の決定だった。
あげく、黒田総裁も見通し含め、“誤り”があったと暗に認めているし。
9~11の経済指標見ても、消費は冷え込んでいる。安倍自身だって認めている。景気の後退を。
ま、こんな話は新聞の社説にお任せっていうことで・・・。
この道って、あの道かな、いつか来た道かな。戦争があった時代の・・・。
こんな話もそちらの専門の方にお任せして・・・。
道と言う字。音読みと訓読み。“みち”であり“どう”であり。
ちなみに辞書。
人や車が往来するところ。通行するところ。道路、通路。
転じて、人が考えたり行ったりする事柄の条理・道理。
仏教などの特定の教義。
手だて、手法、手段。
方面、分野。
「道」という一文字でいろんな意味があり、いかようにも受け取れると言う、日本語の妙か。
♪この道はいつか来た道、ああ、そうだよお~~♪。童謡よく口ずさんだもんだ。
人生のもの悲しさを描いたフェリーニの映画「道」。♪ジェルソミーナ♪という音楽。
若いころよく聴いたもんだ。
「人は人、吾はわれなり それゆえに 吾が行く道を我はいくなり」。
西田幾多郎の句碑。
京都、哲学の道にある碑。
西田哲学、いかに解せばいいのか。
「この道を行けばどうなるのかと危ぶむなかれ、踏み出せば、その一足が道である。その一足が道をなる。迷わずに歩いていけ」。
法然か親鸞かの言葉と記憶。
「この道しかない」・・・・。安倍自民党、難しい問題提起をしてくれたもんだ。
福島の道・・・。
常磐道が来月6日に浪江、南相馬間が開通する。仙台まで結ばれる。
途中の数カ所。国道6号と同じ。窓締めて、ノンストップ時速70キロ。
それが何を物語るや。
双葉郡に向けての道は各所で通行止め。道は突然行き止まりになる。
通れない道が今なおあるということ。封鎖された道があるということ。
何を物語るや。
でね、安倍自民党の言う道を信じて通って行けば、どこに行きつけるのか。
この道しかないというが目的地は記されていない。
その道程に確たるナビは装備されているのか。
昭和の時代、♪銀色のはるかな道♪という歌がはやった。
//遠い遠いはるかな道は、冬の嵐が吹いてるが、谷間の春は花が咲いてる
ひとりひとり今日もひとり、銀色のはるかな道
ひとりひとりはるかな道は、つらいだろうが頑張ろう
苦しい坂も止まればさがる、続く続く明日も続く、銀色のはるかな道
続く続くはるかな道を、暗い夜空を迷わずに、二人の星よ照らしておくれ
近い近い夜明けは近い、銀色のはるかな道
続く続くはるかな道を、暗い夜空を迷わずに、二人の星よ照らしておくれ
近い近い夜明けは近い、銀色のはるかな道、はるかな道//。
今、我々の前に銀色の道は開けていない。今日の空模様のように、どんより鉛色の道だ。その「道」は明日も続くが、決して夜明けは近くない。
「道」って言葉、難しいんだよな。特に「どう」と読ませれば・・・。
そして、ほら、そこからはけもの道だぜ・・・。
2014年11月25日火曜日
「豊かさ」に思う昭和と言う時代
高倉健に刺激されたというわけでもないが・・・。
あの任侠映画がなぜ人気をはくしたのか。若者に。
全共闘運動に敗れ、“破壊”することの無意味さを感じたからか。
自分たちの無力さを彼に託したのか。
“立ち向かう”勇気を、それも孤高で。それを取り戻したいと思ったからか。
全くの個人的感想である。でもそれは僕の中に“内在”していたものかもしれないから。
もちろん高倉健も相知らぬ、関知せざることである。いやゆる、当時の“左翼”にシンパシーを持っていたはずもないだろうが。
「満員の観客に驚いた」と言っていただけである。
自分の映画を小屋に一人見に行って。
今日は病院の定期顔見世の日。医者も高倉健の死去が悲しいと言っていた。そのことを話したかった様子あり。でも、またの機会に。患者さん待っているんだから。
任侠の健さん、昭和と言う時代。
―その時の事象には、それなりに意味があるー。誰かの言だ。
なぜ、高倉が任侠の世界から離れたのか。
男の生き様が、価値観が、時代と共にかわったからかもしれない。
「男は強くなければ生きられない。男は優しくなければ生きてい居る資格が無い」。
強さから優しさへ。「モーレツからビューティフルへ」。
一人の映画俳優はその二面性を持たなければならなかった。
いや、持つ必要があると感じたからだろう
「豊かさ」。
高度成長時に求めた豊かさ。政治も国民も、それはこの国全体が豊かになることと思った。そういう政治もあった。
そして経済成長は、高度経済成長は、その望んでいた「豊かさ」をもたらした。
それが“副作用”を生んだ。水俣をはじめとした各種の公害。そして、原発。
その副作用は「一部のこと」として、視界から外されてきた。
豊かになれなかった人もいた。山谷や釜ヶ崎のドヤ街に巣食う人達・・・。
豊かさに疑問を持つ人は、いわゆる「ヒッピー」となって、白い目をして見られながらも独自の社会を築こうとしていた。
三種の神器は手に入った。車も持てた。団地に住めるようになった。車が公害を引き起こすなんて考えてもみなかった。便利なのだから。便利と豊かさは同居していた。団地が崩壊し、“負の遺産”になることも想像の外だった。
バブルの崩壊、リーマンショック。時代にズレはあるが皆「カネ」にまつわること。
そして原発は健在だった。もう一回「豊かさ」を取り戻そうとした。その豊かさは、平成になって求められた豊かさは“平等”を目指した豊かさではなかった。
富む人はより富み、貧しき人はより貧しく。
今の経済政策。「トリクルダウン」と言われるその考え。上を富ませばその余慶が下に滴り落ちてくるという経済理論。
落ちないんだ。
例えば結婚式であるシャンペンシャワー。上のグラスから下のグラスにシャンパンは落ちてくる。そのピラミッドが上手く積まれているからだ。
今の社会構造の中では、うまくピラミッドは構築されていない。一番上の豊富な水を持っている人は、水を落とさないのだ。
ジャブジャブと市場に供給されたカネ。呼び水。それはどこかで堰き止められている。
平等を目指した豊かさ。格差を生み出す豊かさ。それは昭和と言う時代をどう見るか、いま生きている平成と言う時代をどうみるかにかかっている。
戦後の平和と豊かさを支えたはずの沖縄米軍基地。多くのエネルギーを供給し続けた原発。そして今なお、依然としてそれらに頼ろうとする人達・・・。
高倉健の背中に「昭和」という文字を感じるのは、けだし、当然なのだろうが。
「昭和レトロ」という“文化が、もてはやされているとも聞くが。
あの任侠映画がなぜ人気をはくしたのか。若者に。
全共闘運動に敗れ、“破壊”することの無意味さを感じたからか。
自分たちの無力さを彼に託したのか。
“立ち向かう”勇気を、それも孤高で。それを取り戻したいと思ったからか。
全くの個人的感想である。でもそれは僕の中に“内在”していたものかもしれないから。
もちろん高倉健も相知らぬ、関知せざることである。いやゆる、当時の“左翼”にシンパシーを持っていたはずもないだろうが。
「満員の観客に驚いた」と言っていただけである。
自分の映画を小屋に一人見に行って。
今日は病院の定期顔見世の日。医者も高倉健の死去が悲しいと言っていた。そのことを話したかった様子あり。でも、またの機会に。患者さん待っているんだから。
任侠の健さん、昭和と言う時代。
―その時の事象には、それなりに意味があるー。誰かの言だ。
なぜ、高倉が任侠の世界から離れたのか。
男の生き様が、価値観が、時代と共にかわったからかもしれない。
「男は強くなければ生きられない。男は優しくなければ生きてい居る資格が無い」。
強さから優しさへ。「モーレツからビューティフルへ」。
一人の映画俳優はその二面性を持たなければならなかった。
いや、持つ必要があると感じたからだろう
「豊かさ」。
高度成長時に求めた豊かさ。政治も国民も、それはこの国全体が豊かになることと思った。そういう政治もあった。
そして経済成長は、高度経済成長は、その望んでいた「豊かさ」をもたらした。
それが“副作用”を生んだ。水俣をはじめとした各種の公害。そして、原発。
その副作用は「一部のこと」として、視界から外されてきた。
豊かになれなかった人もいた。山谷や釜ヶ崎のドヤ街に巣食う人達・・・。
豊かさに疑問を持つ人は、いわゆる「ヒッピー」となって、白い目をして見られながらも独自の社会を築こうとしていた。
三種の神器は手に入った。車も持てた。団地に住めるようになった。車が公害を引き起こすなんて考えてもみなかった。便利なのだから。便利と豊かさは同居していた。団地が崩壊し、“負の遺産”になることも想像の外だった。
バブルの崩壊、リーマンショック。時代にズレはあるが皆「カネ」にまつわること。
そして原発は健在だった。もう一回「豊かさ」を取り戻そうとした。その豊かさは、平成になって求められた豊かさは“平等”を目指した豊かさではなかった。
富む人はより富み、貧しき人はより貧しく。
今の経済政策。「トリクルダウン」と言われるその考え。上を富ませばその余慶が下に滴り落ちてくるという経済理論。
落ちないんだ。
例えば結婚式であるシャンペンシャワー。上のグラスから下のグラスにシャンパンは落ちてくる。そのピラミッドが上手く積まれているからだ。
今の社会構造の中では、うまくピラミッドは構築されていない。一番上の豊富な水を持っている人は、水を落とさないのだ。
ジャブジャブと市場に供給されたカネ。呼び水。それはどこかで堰き止められている。
平等を目指した豊かさ。格差を生み出す豊かさ。それは昭和と言う時代をどう見るか、いま生きている平成と言う時代をどうみるかにかかっている。
戦後の平和と豊かさを支えたはずの沖縄米軍基地。多くのエネルギーを供給し続けた原発。そして今なお、依然としてそれらに頼ろうとする人達・・・。
高倉健の背中に「昭和」という文字を感じるのは、けだし、当然なのだろうが。
「昭和レトロ」という“文化が、もてはやされているとも聞くが。
2014年11月24日月曜日
♪まことに遺憾に存じます♪
元祖スーダラ男、植木等にでも登場いただこうか。
「こりゃまたどういうわけだ
世の中、間違ってるぜ。
まことに遺憾に存じます」。
この歌知っている人は相当のご年齢か、通だね。作詞は青島だ~~。
いまならさしずめ綾小路きみまろってことか。
歌はサラリーマンの悲哀・・・。でも、今の世相にもこの極めのフレーズはぴったりかとも。
選挙報道の中で、さまざま俎上に上らない事、選挙の陰で隠れてしまっていることもあるということ。報道されていても、扱いは小さいし。
福島原発。事故現場。トレンチの水抜き。結局失敗だった。お手上げ様子だ。
コンクリでかためるとかなんとかもうまくいかない。
果たして“勝算”あっての作戦だったのだろうか。結果みて「あげつらう」ようで遺憾ではあるのだけど。
汚染水が海に流れているのかどうか。これだってずっと続いている頭痛のタネ。
延々と続く除染作業。たまる一方のフレコン。すでに老朽化で破れはじめている。
今は「再開」されたともいうが、再生可能エネルギーの買い取りストップ問題。
政治は止まったまま。「福島」の時も止まったままの感。
福島をどうする。立派な選挙の焦点なのだ。
知事選以降、語られなくなった沖縄。辺野古では住民の“強制排除”が続き、小競り合いの毎日。
なぜか沖合にあった「ブイ」が撤収されているという。
選挙を意識しての事という解説もあり。
来月には特定秘密保護法が“施行”される。
選挙があければまたぞろ集団的自衛権問題が・・・。
消費税問題、それにからめた経済問題だけが争点にされる。なぜ、野党はそれに乗るのか。その矛盾した論理に。
新聞数紙が書いている。選挙の投票先を。自民へが30%強。民主が7%から10%。
そして多くが「無関心」。
やはり「安倍政治」は支持されるのだろう。狙った通りの帰結となるのだろう。
「世の中とはなるようにしかならないものさ」。そう豪語した慎太郎や麻生。
新聞は書く。勝敗ラインは何議席と。選挙区ごとの“分析”に余念がないかの如く。
景気の問題、円安のよる物価高。あがらない賃金。何がどうあろうと。すでにして「あきらめ」が支配しているような。
そして原発再稼働とくるのだろう。
長野県の地震。家を無くした人たちは、どうやってこの冬を過ごすのだろう。余震は頻発している。
あの東日本大地震を体験し、その被害を目の当たりにしたものには、特に福島県民は、大きな地震と聞けば、すぐ「原発はどうだ」となる。新潟の原発はと。
とにかく植木等のおでましだ。こりゃまたどういうことだ、世の中間違ってるぜ。
大相撲で32回の優勝を果たした白鵬が言っていた。
大相撲が一連の不祥事で場所の中止が決まった2011年3月11日。その数時間後に来たあの災害。3か月後、相撲協会は被災地へ慰問を行った。
土俵入りを見つめる人たち。
横綱の四股を踏むということには「大地を鎮める」という意味があるという。四股を踏みながら目に入ってきた、家を、街を、家族を失い、避難所で辛い日々を送っている人の姿。その人たちが自分を拝んでいた。
それを見て、横綱とは何か、相撲とは何かを自問したという。横綱とは日本の魂ではないかと。
彼の中には「3・11」が刻まれたままなのだろう。
昨夜高倉健の“遺作”、「あなたへ」をテレビで見た。エンドにあった山頭火の歌を思わず投稿した。
あの作品の彼の台本には、一枚の写真が貼ってあったという。毎日その写真を見ていたという。
瓦礫の中を大きなペットボトルを二つ持って、歯を食いしばるようにして歩いている小学生の写真。たぶん、高倉健の心の中にも刻まれたものがあったのだ。
そんな逸話を目にするからだろうか。したかららどうか。やはり真面目に思う。
「世の中、間違っている」と。
「こりゃまたどういうわけだ
世の中、間違ってるぜ。
まことに遺憾に存じます」。
この歌知っている人は相当のご年齢か、通だね。作詞は青島だ~~。
いまならさしずめ綾小路きみまろってことか。
歌はサラリーマンの悲哀・・・。でも、今の世相にもこの極めのフレーズはぴったりかとも。
選挙報道の中で、さまざま俎上に上らない事、選挙の陰で隠れてしまっていることもあるということ。報道されていても、扱いは小さいし。
福島原発。事故現場。トレンチの水抜き。結局失敗だった。お手上げ様子だ。
コンクリでかためるとかなんとかもうまくいかない。
果たして“勝算”あっての作戦だったのだろうか。結果みて「あげつらう」ようで遺憾ではあるのだけど。
汚染水が海に流れているのかどうか。これだってずっと続いている頭痛のタネ。
延々と続く除染作業。たまる一方のフレコン。すでに老朽化で破れはじめている。
今は「再開」されたともいうが、再生可能エネルギーの買い取りストップ問題。
政治は止まったまま。「福島」の時も止まったままの感。
福島をどうする。立派な選挙の焦点なのだ。
知事選以降、語られなくなった沖縄。辺野古では住民の“強制排除”が続き、小競り合いの毎日。
なぜか沖合にあった「ブイ」が撤収されているという。
選挙を意識しての事という解説もあり。
来月には特定秘密保護法が“施行”される。
選挙があければまたぞろ集団的自衛権問題が・・・。
消費税問題、それにからめた経済問題だけが争点にされる。なぜ、野党はそれに乗るのか。その矛盾した論理に。
新聞数紙が書いている。選挙の投票先を。自民へが30%強。民主が7%から10%。
そして多くが「無関心」。
やはり「安倍政治」は支持されるのだろう。狙った通りの帰結となるのだろう。
「世の中とはなるようにしかならないものさ」。そう豪語した慎太郎や麻生。
新聞は書く。勝敗ラインは何議席と。選挙区ごとの“分析”に余念がないかの如く。
景気の問題、円安のよる物価高。あがらない賃金。何がどうあろうと。すでにして「あきらめ」が支配しているような。
そして原発再稼働とくるのだろう。
長野県の地震。家を無くした人たちは、どうやってこの冬を過ごすのだろう。余震は頻発している。
あの東日本大地震を体験し、その被害を目の当たりにしたものには、特に福島県民は、大きな地震と聞けば、すぐ「原発はどうだ」となる。新潟の原発はと。
とにかく植木等のおでましだ。こりゃまたどういうことだ、世の中間違ってるぜ。
大相撲で32回の優勝を果たした白鵬が言っていた。
大相撲が一連の不祥事で場所の中止が決まった2011年3月11日。その数時間後に来たあの災害。3か月後、相撲協会は被災地へ慰問を行った。
土俵入りを見つめる人たち。
横綱の四股を踏むということには「大地を鎮める」という意味があるという。四股を踏みながら目に入ってきた、家を、街を、家族を失い、避難所で辛い日々を送っている人の姿。その人たちが自分を拝んでいた。
それを見て、横綱とは何か、相撲とは何かを自問したという。横綱とは日本の魂ではないかと。
彼の中には「3・11」が刻まれたままなのだろう。
昨夜高倉健の“遺作”、「あなたへ」をテレビで見た。エンドにあった山頭火の歌を思わず投稿した。
あの作品の彼の台本には、一枚の写真が貼ってあったという。毎日その写真を見ていたという。
瓦礫の中を大きなペットボトルを二つ持って、歯を食いしばるようにして歩いている小学生の写真。たぶん、高倉健の心の中にも刻まれたものがあったのだ。
そんな逸話を目にするからだろうか。したかららどうか。やはり真面目に思う。
「世の中、間違っている」と。
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