2016年8月22日月曜日

“グッドルーザ”ということ

オリンピックのことをまた書く。

グッドルーザーという言葉がある。悪びれない敗者という意味だそうだ。
「ウインブルドンの観客はグッドルーザーに惜しみない拍手を送る」。
テニス界にある“伝統的”な言葉だと聞いた。

リオ・オリンピック。女子陸上5,000M競技。
予選の競技の最中、アメリカの選手とニュージーランドの選手が接触して、二人ともトラックの上に倒れた。
アメリカの選手はすぐに起き上ったが、ニュージーランドの選手はなかなか起き上がれなかった。
「立って、最後まで走り続けないと」励ますアメリカの選手。

ようやく二人は走り始めた。そして気づく。
手を差し伸べ、起き上がらせたアメリカの選手は足を負傷していたのだ。
今度はニュージーランドの選手がアメリカの選手に手を差し伸べる。

そして二人はレースを走りきった。

この手の話しにはなぜか泣ける。涙が溢れる。

作られた美しい話ではない。現実に目の前にあった出来事なのだから。

昨日、吉田沙保里の事を書いた。
彼女はこれからもレスリングとかかわっていくだろう。
後進の指導にもあたるだろう。

彼女は負けて良かったのだ。

負けを知ったから勝の重さを余計に知る。
負けたということの体験が指導者としての彼女をさらに成長させる。

彼女はグッドルーザーであるべきなのだ。

話しは変わるが・・・。

1964年の東京オリンピック。それを機にこの国は「高度経済成長」にまっしぐらに突入していった。新幹線、高層道路、各種のインフラ整備・・・。
今のこの国の“原点”を作った。それがこの国にとってよかったのかどうか。

マラソンの円谷幸吉がお詫びの遺書を書いて自死した・・・。

リオ・オリンピック。ブラジルには「負の遺産」は残らないのだろうか。

2020年の東京オリンピック。選手はそこでの活躍を誓う人もいる。どうもメディアがその「言」を無理強いさせているようにも思える時があるのだが。

安倍がアンダーコントロールと公言した1Fはもちろんアンダーコントロール下には無い。
2020年、安倍は首相でいるつもりだ。「栄光」の中にいたいと考えているのだろう。

リオ・オリンピック。テレビはその「狂騒曲」の演奏者だった。それはそうだ。高い放送権をIOCから買っているのだから。

だからテレビから消えたことも数々ある。
1Fの凍土壁は「破綻」だった。
伊方は再稼働した。

沖縄、高江のヘリパッド建設を巡る機動隊側の“理不尽な暴力”、新聞記者までも身柄拘束のような状況に置く“強権的暴挙”。

ほとんど伝えられない。

そして芸能界の、スマップ解散騒動。血道を挙げたマスコミ。
それが2016年夏のこの国の風景。

安倍三選を観測気球のように、オリンピックの陰に隠れるように打ち上げる二階幹事長・・・。

2020年の東京オリンピックはなぜか7月末から8月初めの酷暑の夏に行われる。
4年後、日本には二つの熱中症が発生する。夏にある“熱中症”という病気、そしてオリンピックに狂奔するという「熱中症」という空気。

オリンピックは嫌いでは無い。一生懸命競技に励む選手の姿を見るのも好きだ。

でも、でも・・・。

「嘘」と「疑惑」に塗り固められた東京オリンピック。
3・11を体験したふくしまに住む者としては、その開催に大いなる抵抗がある。

1968年のメキシコオリンピック。
人種差別で揺れていたアメリカ。男子200メートル走で金と銅のメダルを獲得したアメリカの黒人選手。二人は表彰台の上で頭を垂れ、黒い手袋をつけた拳を突き上げていた。

政治がオリンピックを利用するなら、オリンピック選手、スポーツ選手も逆に政治“利用”することだってあってもいいとも思うのだが。
因みに銀メダルだったオーストラリアの白人選手はこう言ったという。

「僕も君たちと一緒に立つ」と。

天気予報では、まもなく郡山にも台風が襲来するそうだ・・・。

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