2011年8月7日日曜日

ふるさと納税のすすめ

福島県の南相馬市が電源立地三法のもとずく交付金を辞退することを決めた。
東北電力の原発立地計画があるところ。
これまで約5億円の交付金を受けてきたが、今年の申請はしないという。年5,000万円。

南相馬市の年間財政規模は280億円。そのうちの5千万円の歳入減は痛い。
「原発の新規立地は認めないという姿勢を示すためにも必要な決断」だという。

被災地の自治体は多分、こぞって「赤字団体」に転落するだろう。被災による歳出は大幅に増え、歳入は欠如する。

政権の一部には「甘えるな」と恫喝する議員さんもいるようだけど、復旧や復興、放射能汚染対策などにかかり費用は莫大。

極言すれば「夕張化」は避けられない。

税収は大幅に落ち込むこと必定。払えない人多発。故郷を離れる人も多数。
やむなく地方債に頼る自治体。それとて償還考えればむやみに発行もできまい。
国からの交付金はどうなるか。三身一体の改革なんていつぞやは言っていたけれど。

福島県は東京電力による「カネ」で、立地地域を含め潤ってきたことは事実。電源三法による交付金で歳入まかなっていたことも事実。

もはや「原子力」による「カネ」とは決別せざるを得ない。

東北から東京など大都市圏に出て行った人は多いはず。東京人と言ったって多くが今は住んでいる、働いているということであって、被災地を故郷とする人多いはず。

で、お願い。ふるさと納税の勧め。寄付してくれれば、その分(制約はあるけれど)税金が控除される。どこに払っても同じ税金ならばふるさとへ。

住民票も被災地に置いたままにしておいて欲しい。市県民税はそこに払うことになるのだから。

そんな制度を活用されてはいかがかと。

このままで行けば被災地はまともな住民サービスも受けられなくなるのだから。

2011年8月6日土曜日

平成23年8月6日

小学校4年生の頃だったと思う。書き初めという授業がありました。亭主は多分、それが当時の流行り言葉だったのでしょう。「平和日本」と書きました。

教室に貼り出されたそれぞれの書を見ながら担任の先生が言いました。「平和がないから願いを込めて平和って書くのよね。早く平和という言葉が使われなくなる時が来ればいいのにね」。今でもその先生の言葉を覚えています。それ以来、「平和」という言葉を封印したわけではありませんが、考えながらその言葉を使うようになりました。安易に使ってはいけない言葉なんだと思い。

戦後まだわずかの時期。原爆の悲劇が日本中に知れ渡って間もなくであったような時代。

いわずもがな、きょうは原爆の日、原爆忌です。何回か8月6日に広島を訪れました。原爆ドームも記念館も見て回りました。
亭主の記憶の中では、8月6日はいつも青空があの日がそうであったといわれるように広がっており、暑い日であり、記憶の中の惨禍をなぞる日でした。

原爆投下時、どこにいたのかはっきりした記憶がありません。ピカドンという言葉と黒い雨という言葉や現象は残っているのですが、

母親の実家があった兵庫県にいたような。東京にいたような。でも被爆者と呼ばれた人達と接触した覚えはあるのです。何人もの。それは病院の待合室。祖母が空襲の被害にあい大やけどを負い、病院に同行していたから。亭主にとって原爆は「身近」なものでした。

8時15分。鎮魂の鐘に合わせて黙とう。「平和」の鳩が飛び立っていきました。カタルニアの鳩のようにピース、ピースと鳴いていたかどうかは知りませんが。

被爆者と被曝者。原子爆弾は人を殺すために人間が作った残酷な兵器です。原子力発電は、結果はともかく、目的は電力を生み出し、国を豊かにするためのモノとされてきました。「原子力の平和利用」。この言葉は被爆者たちに大いなる“錯覚”を与えたのかもしれません。自分達を犠牲にした憎むべき原子力が「平和」のために役だってくれるならという。

原発事故。被爆者の方々の心の中は様々でしょう。

「平和」という一見使いやすいわかりやすい言葉。しかし読解の難しい言葉。

被爆と被曝。たまたま双方を身近に体験した亭主。科学者の驕り、人間の愚かさを思うだけです。

菅が何を言うか。耳をこらせていました。聞こえてきたのは、所信表明演説のような無味乾燥な言葉。紙に書かれた「脱」という文字を読み、依存しない社会を作るという言葉遊びだけのような。

菅のあいさつに送られたまばらな拍手。その意味が読みとれない。

「追悼式典でエネルギー政策に触れるのは異例」とマスコミはコメントする。触れるのは当然でしょう。触れるだけでは意味が無い。自分の言葉で、自分の「思い」を語って当たり前。しかしー。挨拶からは何も伝わってこなかった。

抜けるような青空の下、高校野球が始まりました。選手宣誓をはじめ、こどもたちの言葉の方が、笑顔の方が、伝える力は大きかったと。

2011年8月5日金曜日

経産省人事の”怪”

昨日の朝日新聞(福島)、一面トップ。「原発関連3首脳更迭へ。首相意向」。
そして本記。
「菅直人首相は3日、経済産業省の松永事務次官、細野資源エネルギー庁長官、寺坂原子力安全・保安院長の3人を更迭する方向で、海江田経産相との最終調整に入った」。

他紙見てもこの記事無し。アサヒの「特ダネ」。特ダネとは往々にして「リーク」。

この記事読んだ人、多分思ったでしょう。最近経産省憎しで凝り固まっている菅。幹部人事に手をつけた。原発事故の責任をとらせた。脱原発発言以来、なかなかやるもんだなって。

朝日新聞見て驚いたのが海江田。朝、緊急記者会見。「人事は私が決めること。一ヶ月前から考えていて数日前に菅に報告したばかり。人事は私の管轄」と。

海江田発言信用するならこういう構図。3人の更迭人事を菅に報告。時期は12日。海江田は自分が発表するつもりでいたし、菅からは後任含め任せると言われていた。菅は考えた。更迭を海江田が言うと彼の“得点”になる。なんでもいい。得点は自分の物にしたい権力亡者。で、海江田が発表する前に自分の方から「リーク」して朝日に書かせた。自分の意向だと。

最近、なんか怪しい菅と朝日新聞との関係。脱原発を言い始めた頃からか。朝日新聞の論調は菅支持に回る。それまでは散々こきおろしていたのに。主筆の若宮くんまで登場してきて菅擁護。朝日の原発に対する論調は、反対でも脱でもなかった。むしろ支持派だったはず。

菅と朝日新聞の間に何があったのか。仄聞するに首脳とは密かに食事を共にしながら会談していたとか。どっかで気脈通じるところがあったのか。

今日の紙面。海江田の会見はそのまま書いた。解説で負け惜しみ。「菅は後任を改革派起用したかったけれど海江田が反発。順送りになった新鮮味の無い人事」と。

この人事。更迭、更迭っていうけれど経産省内部に言わせればいわば「定期人事」。そろそろ交代の時期だっただけ。
更迭って言葉使って世間受け狙う人気取り。

更迭には処分の意味あり。ならば彼ら3人の退職金はどうするの。天下り先はどうするの。朝日新聞はそれをちゃんとフォローするんでしょうね。

さ、官僚は更迭しました。“更迭”求められている菅さん、あなたはどうするの。

菅も海江田も「ヤメル、ヤメル詐欺」実行中。あげく菅は国内は脱原発。海外には原発輸出の答弁書を閣議決定。これじゃ「原発詐欺」じゃないの。

あすは広島原爆の日。またぞろ菅はウケ狙いの戯言発するのか。

2011年8月4日木曜日

移ろいゆくのが世の習いというけれど

しばらく前に書いた塩野七生さんの論。

「メディアとは国内国外を問わず次の性格を持つ。
何かが起こらないと報道しない。
悪い事ならば何であろうと取り上げるのに、事態がうまく進んでいるような場合だと、報道心を刺激されないのか。取り上げられることはなはだ少なし、になる」。

少なくとも原発被災地福島県に居住するものにとって気がかりなのは、もちろん身の回りの放射線量や被曝問題ですが、当の原発がどうなっているかという報道も重大な関心事。

毎日、東電や保安院の会見は行われているのですが、現場の様子を伝えるニュースが極端に減った。

何かが起きると・・・・配管塔で5シーベルト以上の放射線量検出。途端に大見出し。本文をよく読むと、周辺への物質飛散は無しと。たしかに近くで作業している現場の人たちはたまったもんじゃないだろうけど。

冷水循環装置。故障すると大騒ぎ。復旧しても伝えず。

毎日、一号機の近くに置かれた固定カメラの映像みています。草木が風にそよぐだけ。中の様子は伺いしれない。雨が降るとレンズに水滴。汚染水増えるぞって嫌な予感。大雨や台風には現場避けてと願う。

汚染水の状況、雨による影響。ほとんど報道無し。時々伝えられえる処理達成率の%。ベタ。

メガフロートはどうなったのか。覆いはどうなたのか。もう報道心を刺激されなくなったのか。

「汚染牛肉」。もっぱらの関心はそっちに。もちろん大問題。しかし、伝え方は「危険」「危険」。買い占めに走っていた人たちが、買い控えに大転換。
やがて「汚染牛」は当たり前のことになってニュースの俎上にも上らなくなるのか。

報道の関心は、めまぐるしいばかりに変わりゆく。諸悪の根源から目が離れて行っているような。

時が移ろいても変わらぬもの。復興した市場。その裏に積まれたガレキの山。震災直後と変わっていない光景もあり。

被災地や被災民を思う人のこころに変化はありや。いまだ黙々と片付けを手伝う名も無きボランティアあり。でも人数は減った。そのボランティア活動も伝えられなくなったような。

世の習い通りになって欲しくないのだが。

2011年8月3日水曜日

それでも「電気」を首都圏に送り続ける

多分、日本の原発はこのまま順次終わりになっていくのでしょう。稼働中のものが定期点検に入ったら再稼働は知事や立地自自体が認めない。点検中のものも再稼働は認めない。

菅が「脱」を言おうと言はまいと。

そして依然「闇」のままの電力量。電力不足なるものはずっと続きます。数年前、埋蔵金騒動ってのが永田町で流行りました。歳入不足の折。特別会計洗っての埋蔵金探し。官僚は隠しに隠し続けた。

これからは「埋蔵電力探し」に躍起にならざるを得ない。そして、今言われている「節電」なるものが「日常」というか、あたり前のものになってくる。

企業が生産拠点を海外に移すとかなんとか言っても、だれもそれを止められない。電気が足りなくなるんだから。

原発事故による放射線被曝。それが福島県内だけのことなら、その人達を忌避すればよかった。差別、区別すれば事足れりとしたかもしれない。

牛乳、野菜にはじまって、牛肉がセシュウム汚染藁を食べ、それが全国に流通したとあっては“賢明”な消費者さまも他人事ではなくなった。

原発はいらない。合い言葉のように。

「脱原発を言う菅を辞めろっていう民主党はおかしいんじゃないか」。テレビで噛み付く芸能人コメンテーター。

脱原発を言う人は良い人。躊躇する人は悪い人。かつての持論はどこへやら。原発危険を叫ぶ“専門家”ばかりが増えて。

異常気象は続くでしょう。いや、もっと異常になるかも。酷暑、酷寒。

電気で成り立っている近代国家。君はこの「節電」に「電力不足」に未来永劫立ち向かえるや。

福島第一原発から南へ20キロ圏内。広野火力発電所というところがあります。
震災以来稼働していませんでしたが、先ごろ試運転もどきの再稼働。発電能力は平時で380万キロワット。とりあえずは100万キロワット。今月中には220万キロワット増。燃料は重油と石油。もくもくと煙を上げながら電気を作り、東京へと送電しています。広野町住民は避難中。

童謡の「汽車」。♪今は山中、今は浜、今は鉄橋わたるぞと、おもうまもなくトンネルの闇を抜けたら広野原♪

この歌の舞台だとも言われている。蒸気機関車が走る常磐線の光景。発電所の煙はどこか蒸気機関車の煙。原子力発電が蒸気を電気に替え、新幹線を生んだと言えるかも。

地域住民が居ない発電所で電気が作られ、多くの人が暮らす東京圏内にその電気が送られている。原発の惨禍があっても福島は東京に電気を送り続ける。

原発が無かった時代、常磐線は多くの集団就職の「金の卵」を福島県から上野に運んだ・・・。

原発の「闇」は依然続く。抜けられない。

2011年8月2日火曜日

さあ、アメリカを見習いましょう

「日米同盟の深化」。民主党政権のお題目だった。だったら米国を見習おう。
かつて、自民政権時、野党はこぞって「対米追随外交」と批判した。そう言っていた人たちも生き残りはまだ民主党の中にいる。

米国の国家的最大危機が回避された。デフォルト、債務不履行の危機。世界の市場は大混乱にもなりかねなかった。

その危機回避。与野党の話し合い。譲り合っての合意形成。米国議会のいわば「愛国心」の結果かも。この国を潰すわけにはいかないよいう。

もっとも、深読みする人は言う。次の大統領選にらみの民主、共和両党の政治的思惑と。
どこもここも選挙狙いの思惑かい。

合意の要点。2,1兆ドルの債務上限引き上げ。かわりに、最大2,5兆ドルの財政赤字削減。大幅な赤字削減。

同盟国日本。うまくいけば円高恐慌から逃れられる。と思いきや。円高おさまらない日本。う~~ん、どういうこっちゃ。やはり政治のあり方か。

国家的危機にある日本。二次補正は成立したが、公債特例法は未だし。単純に比較できる話ではないけれど、公債特例法成立しないと被災地の復興資金は無い。

法案めぐっての与野党駆け引き。被災地抜きの政局ネタ。もちろん今議論されているわけではないが財政支出削減の気配無し。
国会議員の定数減。歳費のカット。公務員の削減。すでに公務員削減可能な法律は出来てるはずだけど誰も言わない、手を出さない。

被災地はほんと深刻なんですよ。愛国心というか、国民を愛するっていう政治の要諦は全く欠如している日本の議員さん。

同盟国を見習って早く合意してはいかが。いやするべき。

あげく菅は言う。「特例公債法案が成立するまでは辞めない」と。続投の意思表明。

日米共に国会は「ねじれ」。菅はオバマにはなれないけど、マネだけは得意な菅なのだから。

国家が危機的な状況にある時に、出てくる出てくる隠蔽、隠蔽。なんか中国の列車事故にみる対応と重なるような。
これじゃ「日中同盟の深化」じゃないの。

震災後の地方選。投票率最低。選挙どころじゃないよっていうことか、すでに政治は見放されていると言うことか。

ほんとにあきれる国会議員さんたちの感覚。

2011年8月1日月曜日

想像力欠如の政権

以前、指導者の、リーダーの要件として「想像力」ということを書いた。菅にはそれが全く無いと。
改めてそれを思い知らされている昨今。菅だけではない。政権が。

直近の例。被災地を中心とした高速道路の無料化。被災地の住民や、たとえば県外に避難した家族のところに行くとか。それは善政であった。被災証明か罹災証明をとれば。それに証明書無くても「物資を運ぶ」大型トラック。

世の中、なんでも「得」することに乗らないのは「損」。全市民に被災証明出した自治体も。
亭主の周りでもいました。被災証明書貰って来た。全国何処へ行ってもタダだからどこかに遊びにいかなくっちゃ。いい大人が真顔で話しあっている。スポーツジムのサウナで。

「悪知恵」働かす奴はどこにでもいる。九州から首都高は通らすに水戸あたりまできて高速降りてUターンして東京。数万円の高速料金浮かせる。
なんでも利用するものはしてやろう。そんな根性の人いるのは当然。問題になると所管大臣様はすかさず言う。「制度を中止します」。

くるくる変わる国の方針。制度を決める際に、ちょっと考えればこんな事態がおこること誰でもわかりそうなこと。

「こうしたらこうなる」「なったらこうしよう」。そんな想像力が全く無し。とてもじゃないが政治ではない。いきあたりばったり、思いつき。

避難区域の設定も然り。菅の想像力の無さ。今でも思いだすと胸くそ悪くなるあの発表の時のしたり顔。

肉牛の汚染藁問題も然り。当然予想されて然り。唖然としている大臣の顔見ると殴りたくなる。なんでそんなこと想像出来ないのだ。

多分、農水省の役人どもはわかっていた。でも教えない。なんたって「政治主導」なんだから。意見具申でもしようものなら怒られる。

牛の全頭検査や買い上げを地方自治体が国に求めると、「甘えてばかりいて何もしない」と国対委員長ふぜいまでがわめく。

原発事故直後から今に至るまで、そしてこれからも続くであろう菅政権なるものの素養素質の無さ。

想像力に無いリーダーを持った国は必ず滅びる。歴史が証明している。

きのうも菅は得意そうに言っていた。はやり言葉では“ドヤ顔”っていうらしいけど。
エネルギー環境会議でわめいた。「安全保安院のやらせメール問題は、あの薬害エイズの時と同じ構図だ」と。保安院のやらせメールは数年前のこと、自分の政権下ではなかった。またぞろ菅の卑怯なとこ。悪いところは前政権。

薬害エイズと同じ構図だと今言うなら、そんな官僚のずるがしこさわかっていたのなら、政権獲得後、なんで、大ナタふるってこなかったんだって。

なんでもかんでも経産省を悪者、保安院は最悪との言いよう。
あんたは社長でしょ。役所は組織としての部下でしょ。社長から悪者にされた部下が真面目に働くとでも思っているの。市民運動の中では通用してたかもしれないが政治の世界では通用しない。

男らしくないし、なんだか不様に見える海江田の涙、号泣だったけど、海江田の心情もわかるような気がする。

そして海江田の涙も帳消しにするような、電力不足、需給見通しをめぐる資源エネルギー庁と電力会社との“怪”。これとて「想像力」欠如のなせる業かと。

“チェルノブイリ”異聞

  ロシアがウクライナに侵攻し、またも多くの市民、日常が奪われて行く。 ウクライナという言葉、キエフという言葉、チェルノブイリ・・・。 そう、あの最大の原発事故を起こした地名の幾つか。 「チェルノブイリ原発事故」。1986年4月26日。 ウクライナの北部にあるその...