2021年3月8日月曜日

日本の統治機能は「崩壊」した。

 

かつて、堺屋太一氏がよく語っていた。

日本の官僚は優秀である。政治家がどうあろうと官僚に任せておけばこの国は安泰だ」。

彼が“戦後の三大神話”として取り上げていたこと。

彼は通産省の官僚から作家に転じた人。彼の脳裏には通産官僚のことがあったのかもしれない。

通産省が大揺れに揺れた時期があった。日米繊維交渉。

作家の山崎豊子は「官僚たちの夏」という小説で当時の官僚と永田町との確執、政治家に「支配されない」官僚の姿が書かれていた。

時の通産次官はミスター通産省と呼ばれた佐橋滋。

通産省はある時まで、日本の繊維産業を守るために尽力した。繊維業界は設備投資に励んだ。

それが突如、アメリカの意向を受けて繊維機械を破壊するという国策の犠牲になった。

 

「糸で縄を買う」。

 

繊維産業の縮小は沖縄返還交渉がもたらしたもの。

通産官僚はそれぞれが親しい政治家を頼り、なんと繊維業界を守ろうとした人たちもいた、彼らが繊維業界から「賄賂」を受けていたか。そんな歴史はない。

「公助」の官吏として働く役人の「矜持」を持ち合わせていた。

 

今、総務省がやり玉に上がっている。

接待を受けたか受けないか。バレるまでは国会でも平気に嘘をつく。

安倍・菅と続く中で、首相が嘘の片棒を担ぎ、菅に至っては長男の会社の便宜供与と10年続く泥沼。

世も末だ。

内閣広報官の山田真貴子という“上級国民”が菅首相の息子との7万円の会食問題で、世論や国会から追及の的になり、進退を問われ、彼女は「入院」という安全地帯に身を置いた。

 

不祥事を起こした政治家の大方は「入院」なさる。

どうも政治家、上級国民の「世を欺く、保身とための手段」が入院ということらしい。

かって睡眠障害という病名をいただいた自民党の“大物”もいた。

 

医師は診断書を書いたのだろう。その中身を知りたい。その病院名を知りたい。豪華な病室。例えば慶応病院でも一日30万という部屋がある。勝って石原裕次郎が入院していた部屋。

 

コロナ禍、病院はひっ迫している。医師も看護師も疲れ切っている。“上級国民”を受け入れる余裕はないはず。

「別世界」が医療の分野でも存在しているのだ。

 

菅に関して解せないことがある。何故議員宿舎に住んで公邸に住まないのだ。

幽霊が怖いからか。

一日の多忙な日程のなかで、なぜか議員会館の自室に連日立ち寄っている。

何のために会館に行くのか。

過日テレビでちょこっと映っていた。菅の部屋はカーテンで隠されていた。

総理番の記者も近寄れないようにされている。

部屋の中で誰と会っているのか藪の中だ。

新聞の首相動静欄にも会館に入った。だけでなんの情報もない。

 

隠し事が多い奴に限って「透明性」なんて言葉をやたら口にする。

全力でとか、責任をもってだとかやたら形容詞が多い。

 

内閣広報官の後任には外務省から小野日子氏が登用された。

緊急事態宣言延長の記者会見に登場、世論を気にする菅は1時間以上会見した。

 

菅人事は時として「安倍人事」と思われる時がある。

「女子トーク炸裂」と安倍昭恵が書いたフェイスブックの写真。両脇は山田、小野が占めている。単なる偶然なんだろうか。

 

「期間延長」の菅の記者会見。ほとんど内容に乏しいものだった。

冒頭発言、プロンプターを読む菅。原稿は誰が書いたのか。

首相補佐官に引っこ抜かれた共同通信の柿崎明二。彼も秋田の出身。

テレビで安倍政権批判をぶっていた柿崎が突然転身。権力側に身を置いた。

これが今のマスコミ界を象徴した出来事なのか。

 

権力批判を是とするジャーナリストが権力側に立つ。柿崎補佐官が書いた原稿ならあまりにも出来が悪すぎはしませんか。

世の中、皆「狂っている」の感大なり。

 

2021年2月25日木曜日

地に墜ちた「天下のご政道」。

 

菅義偉という“無能”な政治家が、何かの手練手管を使ったのか、とにかく内閣総理大臣という「天下人」に昇りつめた。

最近の総務省の役人を菅の長男による「接待疑惑」が報道され予算委でも疑惑がやり玉にあがっている。長男が勤務している「東北新社」の名前を久しぶりに聞いた。

創業者は植村伴次郎という。菅の同郷、秋田の出身。

 

「バンチャン」。通称だ。バンチャンは数年前に90歳で鬼籍に入った。

彼はとっても「政治好き」だった。政治家との密なる関係を求めていた。

彼の全盛期、テレビは「多メディア・多チャンネル」という掛け声に踊らされ、各局とも子会社や関連会社に番組制作の多くを依存していた。

それ以前から「東北新社」は外画の同時通訳者の派遣など、“販路拡大”に努めていた。

バンチャンはよくテレビ朝日の専務だった三浦甲子二氏のところにしばしば来ていた。

そこで彼と顔見知りになった。政治家との親交が厚い三浦さんになにか政界工作を依頼していたんだろうか。

そういえば三浦さんも秋田の出身だった。秋田つながりで気心が分かり合っていたのかもしれない。三浦さんからはよく「ハタハタ寿司」を政治家のところに届けるように下命されていた。「お前も持っていけ」といわれるがどうも苦手な名品。

 

秋田県で交わる点と線。

 

総務省の高級官僚は、なんとも「物忘れ」が得意のようだ。

「記憶にありません」「記憶にありません」答弁席で下を向いたまましらを切っている姿はなんともみっともない。官僚の矜持は彼らの中にはない。

あ、思い出した。かって大蔵官僚の接待で「ノーパンしゃぶしゃぶ」というのがあった。さぞかし醜い姿だったろうが、“誘惑”には勝てなかったのだろう。

 

森友問題で安倍は嘘だらけでシラを切りと押した。妻もそうだ。

挙句昭恵夫人を「私人」だと閣議決定までした。

菅も安倍にならって、長男は「別人格」という閣議決定もやりかねない。

 

菅政権とともに登場した女狐官僚。山田という広報官。きょうの国会で反省の弁を述べていたが、「反省だけならサルでも出来る」!!

 

菅政権になってから内閣広報官という地位に就いた。その仕事は首相の記者会見を取り仕切ること。

菅は就任時に「前例踏襲主義はとらない」と豪語した。

山田の司会は前任者のやり方を踏襲したもの。

山田の「指名制」のもとで行われていた内閣記者会の小僧どもよ。

これからの記者会見にどうやって望むのか。

会見を記者の側に取り戻し、聞きたいことは徹底的に聞く。そういう時代もあったんだよ。質問を全部消化することが国民に対しての開かれた記者会見。

何かというと「透明性」という言葉を持ち出す菅。

なりたての広報官が手を挙げた記者の名前を全部知ってる。

日頃、広報官室に記者どもが出入りして昵懇な関係が維持されているのだろう。

 

それにしても、菅の眼はどうしてあんなにどんより濁ったような眼なんだろう。

「眼は口ほどに物をいう」。いろはカルタにあったよな。

 

「マスク社会」。その人を判断する様相は目しかない。

 

安倍から菅へと続く政権。「失われた10年」だ。日本の政治史上で。総務省汚職、山田の7万円の飲食。

 

その記事の隣には、コロナ禍で非正規の職を失い、子供二人を抱えて手持ちの金は数百円。死ぬことばかり考えているという一家の記事があった。

2021年2月1日月曜日

生まれるにも時がある

 

旧約聖書の伝道の書という節の中に「コヘルトの言葉」という章がある。

そこにある言葉。

すべての事には季節があり、すべてのわざには時がある。
 
生るるに時があり、死ぬるに時があり・・・」

 

人が生まれてくるにはその時がある。生まれた時はその人にとって意味があることだというのか。

 

間もなく東日本大震災から10年となる。

あの日、2011年3月11日、東北の被災3県で約100人の子供が生まれた。地震に揺れる最中の病院のベッドの上で、停電の中、懐中電灯の灯りを頼りに・・・。

その一人に「瀬川虎」という名の子がいた。

翌年2012年の3月11日に、このブログで虎ちゃんのことを書いた。苗字が「瀬川」だと云うことだけだが。

 

その中で虎ちゃんに手紙を書いた。

虎ちゃん、100人の赤ちゃん。満1歳の誕生日おめでとう。キミ達のこれからにはどんな前途が待っているかわからないが、生まれるべくして生まれた、希望の光であり、大きな宿命を持ってこの世に登場した救い主かもしれない。

虎ちゃんと見ず知らずのおじさんは、キミに何もしてあげられない。でも、キミの名前は忘れない。

虎ちゃん、そして100人の子供たち。「生まれてきてくれてありがとう」。それぞれのお母さん。「産んでくれてありがとう」。

福島県でも30人の君の仲間がいる。そして、君たちに、君たちだけの手作りの椅子を送るというプロジェクトクトもあるという。

椅子は貰ったかい。その椅子は、君が大きくなってからも、座れなくなってからも、君の大きな宝物だ。

キミ達に一つの言葉を贈る。「ひこばえ」。ひこばえとは大きな樹から生まれて来た春の新芽を言う。そして、その樹の根、原点を忘れるなという意味がこめられている。
もう一つ。「ゆずり葉」。老葉が落ちて、若い葉に代わることを言う。ゆずり葉は柏の葉を指すともいう。虎ちゃん、端午の節句には、がんばって、大きな柏餅を食べてね。

西洋のことわざに「銀の匙をくわえて来た赤ん坊は幸せになれる」という言い伝えがある。椅子は作ってあげられないけど、せめておじさんはキミ達に、この文章の上でだけだけど「銀の匙」をプレゼントに贈る。

 

こんなことをしたためた。

 

ところがだ、びっくりした。その月の終わりごろ、虎ちゃんからお返事が来た。ネットでからから亭の記事を見つけた人が、虎ちゃんのお母さんに知らせたらしい。

 

さんざん探してFBのメッセンジャーに返事を書いてくれた。その経緯から始まって・・・。
””
瀬川虎の母です偶然ネットで、息子の事を書いてくださっているブログを読みとても嬉しかったので、コメントを入れようとしたらいれれずフェイスブックで検索したらヒットしたのでコチラからメッセージさせて頂きました。『ひこばえ』『ゆずりは』『銀のさじ〜』どれもちゃんと息子が解るようになったら頂いた言葉だよと、教えたいと思います。虎は元気にすくすくと育っています瀬川さんが言ってくれたように、沢山やんちゃして、甘えています♫”

 

そして過日、新聞でまた虎ちゃんの姿をみた。

父親はベガルタ仙台のコーチ。虎ちゃんもサッカーに熱中しているらしい。

可愛い姿だった。

 

80年前の今日、僕は生まれた。産婆さんが取り上げてくれたとか。

戦災も経験したし、極貧生活も経験した。

何んら生きていることに意義を見出すこともなく、何も残さず、ただ川の流れに乗ってきたようだ。

80歳になった今後どう生きていくのか。何も考えていない。

 

加島 祥造の『求めない』を目標にしていくのもいいかなと。

2021年1月28日木曜日

「知恵を出せ、知恵を」彼はしばしば口にしていた

 

今年最初の投稿です。体調ままならぬまま年を越し、はや2月が目前。

圧迫骨折の後遺症は強烈であり、だんだん背骨が湾曲してくるという具合。

椅子の背もたれに背骨が当たるだけで痛い有様。痛み止めと共存するのは情けない状況なのです。

 

政治は政治の態をなしていません。

コロナ禍は、政治の貧困を露呈させてしまった。

政治に知恵が無くなった。

国民と政治の間に信頼関係が無くなった。

 

現役時代の彼との交流、彼の言動、行動が様々思い起こされている。

まさに「過去への旅」をしているような。

彼とは田中角栄の事。彼が好んで使った言葉に「決断と実行」があった。

 

昭和40年代の事。政治の中心課題に「本四連絡橋」の問題が大きく横たわっていた。

神戸―鳴門ルート・児島―坂出ルート・尾道―今治ルート。

その3ルートを巡り、どのルートを選択するか。地元の政治家、首長らを筆頭に、連日のように世論もマスコミも沸き立っていた。

 

昭和45年だったと思う。いつものように朝、目白の田中邸にいた。陳情客をさばき終えた後、朝周りの記者が呼び込まれる。

応接セットに皆が座り終えた時、彼がおもむろに口を開いた。

「本四架橋は3ルート同時に着工する」。驚いた。彼の話は続く。

「どれかのルートを選べば、隣接県からの“恨み”が残る。

政治は公平であるべきだ。キミらもいろいろ言っていたが、知恵を出すとはこういうことだ

いがみ合っていたのでは日本のためにならない。」

田中政治の一つの真骨頂だった。

 

その3ルートは、明石海峡大橋、大鳴門橋・瀬戸大橋・瀬戸内しまなみ海道と呼ばれ、人々の往還が日常化されている。

 

今の時代に通用するような話も一つ。

話のきっかけが何であるかは忘れたが、彼はこんなことを言った。

「君たちは我々を批判することが仕事だ。どんどんやればいい。わしらはその批判に負けないような政治をすること、それがわしらの仕事だ」と。

 

彼が総理大臣の頃、記者会見は概ね1時間だった。幹事社が各社の意向を取りまとめ、その内容は秘書官に通知した。「出来レース」はそこまで。あとは最前列の各社のキャプクラスが自由に質問した。官僚の司会者もいなかった。まして、追加質問は認めないとか、一人一問とか、当局側が質問者を指名するなんてことはなかった。活発な議論があった。答弁が飽き足らないと二の矢、三の矢を放つのも自由だった。

今はどうだ。特に安倍以降・・・。

各社の質問を認めます。指名します。報道官と呼ぶのか広報官と呼ぶのか、その人の裁量に任されているようだ。よくよく見ていると、答える首相は常に紙を見ている。質問内容はすでに手渡してあり、その人を指名すると言った具合の”猿芝居”会見。

「後に予定がありますからあと一問で」。

 

記者会見とは政府と国民との仲立ちをする重要な予定なのだ。首相は記者が納得するまで答えるものなのだ。

 

アメリカの政権が変わった。報道官も変わった。サキ報道官の記者会見は時間無制限だそうだ。

ドイツの首相のメルケルは国民に不自由な生活を強いる会見時、メモも見ないで2時間真剣に話しかけたという。

ニュージーランドの女性首相も毎日記者会見を行い、全ての情報を国民に開示したという。

 

田中角栄なら、今のコロナ禍にどいう対処をしただろうか。

対策を小出しにして、後手後手を踏むことは無かったろう。

想像力を働かせて「知恵」を振り絞って、1年前のコロナが蔓延する前に、大きな「網」を被せていたのではないか。

国家の緊急事態が予想される中、「自分の言葉」で連日のように国民に話しかけけていたのではなかろうか。

 

コロナは人災である。しかし、その指導者は余りにも心もとない。

その指導者の下で生命すら左右されかねない。

我々の現在地だ。

 

2020年12月30日水曜日

年の終わりと年の始まりと

 

2020年が終わり、2021年が始まります。

今年はコロナに始まり、政治家は自分の言葉を持たないことを実感しました、首相は紙を読むだけの“操り人形”に過ぎないことが明らかにされました。

コロナ禍が浮き彫りにしたのは「政治家は最悪」という事実です。

 

安倍は「嘘」と「言い訳」に終始する政治家の風上にも置けない醜い政治家でした。菅は「その任に非ず」。権力欲の亡者にしか見えません。

 

コロナ禍を差配する力量もこれなし、政治倫理、政治哲学も持たずその地位に鎮座している「裸の王様」。

安倍は悪あがきに終始している。この期に及んでも。

 

今、この国が一番苦しんでいるのは「コロナ」という厄災です。

武漢の第一報が入ってから、即座に対応に乗り出すべきでした。

ところが、「経済を回す」という悪魔のささやきに乗り、春節の中国からの観光客をやすやすと受け入れていました。

ダイヤモンド・プリンセス号の乗客を“クラスター状態”にしてしまいました。

 

事の重大さに気付いても後の祭り。

 

防疫や感染症に対する危機感がなかったのです。

 

禍の芽は小さいうちに摘め。

 

台湾もニュージーランドも島国です。“鎖国”を決断すれば島国の日本はウイルスの侵入を阻止できたのでは・・・。

 

検査に勝る治療なし。今もって「PCR検査」はその体制含め、不備のままです。

盟友羽田 孜の長男が感染して急死しました。国会内の診療所では対応できませんでした。

 

コロナはやたらとカタカナ語をつれてやってきました。言葉の感染症とでも言えばいのか。

ウイズコロナ・アフターコロナ・ステイホーム・ニューノーマル・おーば^シュート・ロックダウン・ソーシャルディスタンス・テレワーク・パンデミック

 

 

こんな言葉が我々の生活の中に根付こうとしている。専門用語が日常用語とされる。忸怩たる思いです。

 

日本語では三密。どこへ行っても「密を避ける」。「密」は秘密の密とも読める。

安倍に始まって政治家の特権意識とカネまみれ

 

安倍政権、菅政権はコロナと経済を回すことを両立させようとしました。

コロナを早期に終息に向かわせたら、自然に経済はまわるのに。

 

二兎を追うもの一兎も得ず。

 

「静かな年末年始を」と菅は訓示を垂れる。

政治は“常在戦場”、国民に求めるだけで、国会は開こうとしない。

誤った政治の在り方です。

 

医療崩壊は現実のものとなってくる。

コロナの死者より多い自殺者。

非正規社員の首切り。生活苦。

富者はより富み、貧者はより貧困に。

 

資本主義の矛盾をコロナが露呈した・

 

“去年今年(こぞことし)貫く棒の如(ごと)きもの”

高浜虚子の句。

 

去年今年という時間の区切りを超えてあり続けるものを「貫く棒」に例えた。ている。

 

来年は、と言っても明後日だが、新聞の一面トップをどんな記事がかざるのだろう。

コロナは衰えを見せない。多分東京は1000人を超える罹患者となるだろう。

 

ワクチンは4月。

7月からオリンピックを予定通り開催すると菅は断言している。

早い方が良い。中止の判断を下すべきだ。アスリートのためにも。

これ以上コロナの感染者を増やしてどうする。

GOTO再開。お得感という人間の欲望を刺激する愚策。

 

政治音痴にも程がある。

 

コロナは変異しているようです。やっと「入国制限」に踏み切ったが、すべてが後手後手なのです。

 

菅政権を倒閣するのは野党だけの力だけではない。

自民党の若手に是非立ち上がって貰いたいのです。

 

自民党の歴史の中では常に自浄作用が働いてきました。

それが無ければ「亡国」を覚悟しなければなりません。

 

折を見て来年も筆をとります。今年最後の妄語でした。

2020年12月6日日曜日

「言葉」の無い国

 

菅が二回目の記者会見に応じた。

案の定、空虚な会見だった。安倍のようなプロンプターは使ってないが、冒頭発言も手元の紙の棒読み。読むことに「全集中の呼吸」。

相変わらずの「出来レース」の記者会見。

幹事社の質問は先刻ご承知。答えは紙を読み上げるだけ。

内閣記者会と首相との記者会見は記者会側が主催することになっている。

しかし、実態はどうか。

政府側というか、官邸官僚の差配のもとに事は進行する。

代表質問をする幹事社の質問内容は官邸官僚のもとに差し出し済み。

答えは紙になっている。

幹事社以外の質問は挙手した人の中から広報官の女性官僚が指名する。

その人の質問も予め提出済み。菅はよどみなく紙を読む。

そして、時間切れでセレモニーは終わりを迎える。

 

空虚で無駄な記者会見。

 

外国特派員協会か日本記者クラブの会見に任せるとするか。

 

この八百長会見の中でも「菅語」が連発される。本題には踏み込まない。

「人事に関することですからお答えは差し控えます」。

 

一人一問と制限をされているから、菅の言うがままに終わる。

 

安倍政権時から何度も見せられていた光景。

菅の政権公約には「前例踏襲を止める」というのがあったようだ。

記者会見のあり様はまさに前例踏襲なんだけど。

 

コロナはその猛威は依然衰えない。

ウイルスは勝手に“一人”“では移動しない。

国は「不要不急の外出」を避けろと要請する。

不要不急という定義がさっぱりわからん。

片やお国は、そこにどんな利権構造があるのか、GO TO トラベルというキャンペーン張り、人間の「お得感」なるものを刺激して旅行に。手荷物とともにコロナウイルスが旅をする。

医療崩壊、それを防ぐには人の移動を止めさせることだ。

やっと、日本医師会も東京都医師会も、政府の諮問機関のような”分科会”の尾身会長もGO TOの中止を迫る。

国家はそれを是としない。規模を縮小して期間を延長して”愚策”を強行する。

 

 

旅館業を支援することにはなるだろう。観光地の商店も人の賑わいでいくらか売り上げ減の地獄から逃れられるだろう。

 

昔、諺で習った。「二兎を追うものは一兎も得ず」。

コロナ対策と経済とは同時並行には成り立たない政策だ。

 

国は、また補正予算を組めばいい。コロナに特化した予算。

医療機関の真摯な支援、経済対策ならその予算から支援金をだせばいい。

 

紙を読んで「人命第一」という言葉からは何もつたわらない。

 

バカバカしいことを書く。病院はひっ迫しているのに、贈収賄の恐れがある吉川元農相は「不整脈」と言って入院する。かつては「睡眠障害」と言って入院した安倍側近もいた。コロナ病棟とは違うが、大病院が「避難先」になって居る愚。入院する方もさせる病院側もだ。

 

紙芝居が得意な小池の姉御は5つの「小」を守れと言った。少人数で会食することを「小食」と言った。「孤食」の境遇にある人はいる。少人数で会食することを、それを我々は「少食」(しょうにん数の食事会)という。

 

「言葉を生でしゃべる能力が不足しているのが安倍さんと菅さん」。

ある識者がこんな表現をしていた。

菅にはさらに「コメントを控える」という逃げ口上が身についている。

 

自分の言葉でしゃべり、識見をのべるのが政治家の資格なのに。

 

“チェルノブイリ”異聞

  ロシアがウクライナに侵攻し、またも多くの市民、日常が奪われて行く。 ウクライナという言葉、キエフという言葉、チェルノブイリ・・・。 そう、あの最大の原発事故を起こした地名の幾つか。 「チェルノブイリ原発事故」。1986年4月26日。 ウクライナの北部にあるその...