文部科学省や県は福島県内の大気中の放射線濃度を常時公開しています。テレビの画面ではスーパーで流されています。
とりあえず何の対象地域にもなっていない郡山市や福島市。このところ微減。だいたい毎時1,5とか1,6マイクロシーベルトで推移しています。
郡山市や福島市には原発30キロ圏内から避難してきた人であふれています。安全地帯と思いきや。計測結果は、この両市よりも少ない放射線量の20~30キロ圏内の地域多々あるということ。少なくとも大気汚染の数値は少ないのです。そこの住民が、汚染数値の高い所に「避難」してきているという”矛盾”。
まだら汚染を同心円で括ったことの皮肉な結果。
数値には問題なくても生活環境に問題多々ありで帰りたくても帰れない人達。物流無し、人気無し、医療機関無し。避難所の方がとりあえずは食えるって。いつまでこの生活続くのか。先は全く見えない。わからないこと。
小佐古という東大教授が内閣官房参与を辞任した。内閣のやっていることは「場当たり的であり、ヒューマニズムの精神に反する。小学校の子供に年間20ミリシーベルトという許容基準を押し付けるのは、法と正義の観点からも許し難い」と。
内閣官房参与って菅に呼ばれて適切な助言を行う立場ってことだった。はい、やはり出ました「身内の反乱」。
「これを許せば私の学者生命は終わり」と言っているとか。実際の帳簿や会計書類見たわけじゃないけど、東大にはかなりの研究費が東電から渡っていたはず。その時点で、すでに学者の良心や生命は終わっていたのと言いたくもなる。
彼の言っていることが正しいとしよう。たぶん、正しい。ただ、わからないのは記者会見して自論を披歴して、これが”正義”だといわれるとなんだか、わからない気持ちなる。
少なくとも彼の発言を受けて郡山や福島の子を持つ親は不安の極致。「我々は不正義のもとで犠牲を強いられている」。混乱はさらに広がる。
今は「戦時下」だ。大本営発表を信じることの愚かさを、あの第二次世界対戦を経験したもの、学んだものは知っている。だから大本営発表に異を唱える人がいることは大歓迎なのだが。
学者にもピンからキリまで。いろんな立場の人、いろんな考えの人がいる。そしてすべての学者に共通していえることは、すべてが未体験ゾーンだということ。
学者の正義と、国家の正義とは。人類の正義とは。
わからないことばかりだ。己の信ずる道を行く。それだけが正義なのか。
東電の正義とは。毎日のように露呈される東電の隠ぺい実態。東電の発電所の中での正義と東京本店の正義には、格段の温度差がある。下請けの作業員の正義。また違う次元が存在している。
すでに終わったことだろうが、東電の社長が東京に戻るために自衛隊機を使ったところ、「俺は聞いてない、知らない」と搭乗を、運送を却下した大臣。なにがなんでもあらゆる手段を使って本社に戻すべし。陣頭指揮に当たらすべし。それが国家として、政権として、あの時の正義の行使のひとつだったのでは・・・・。
結果、帰京を遅らせておいて、東電が悪い、社長がいなかったと責めることで事足れりとしていたような政権。もし、社長不在が、あのベントの遅れの一因になっていたとしたら・・・・。
メディアは一日だけ、この事の顛末を、なんとなく書いただけ、放送しただけ。後追い記事は見かけず。だいたい、自衛隊機に乗って離陸寸前まで行ったのはたしか。乗ることを許可した人がいるはず。
パトカー先導で、通行止めになっていても車は走れた東名をなんでひた走りにはしらせなかったのか。
あれやこれや思いつくまま。わからないことばかり。
2011年4月30日土曜日
2011年4月29日金曜日
会議は踊る、されど進まず
200年も前にヨーロッパで使われた言葉が、今、日本で通用してるなんて。故事に倣うってことか、習って改めるべきと思うのですが。
フランス革命後のヨーロッパの秩序回復を目指したウイーン会議。各国それぞれの「我」を言いあい、まとまらず。会議というものの有り様を言った箴言とも。会議は踊る、されど進まず。
震災後、菅が立ち上げた、多分、自分でも覚えていないだろうくらいの数多くの会議、会議、組織、組織。なんとか本部、本部。
どっかで毎日、その目的に沿った議論が交わされているんでしょうか。はなはだ懐疑的なり。
無意味な会議の典型。菅首相の諮問機関「復興構想会議」。何をする会議なのやら。いまだに不明。しかも下部組織に「検討部会」とか。
メンバーは菅が選んだものだという。お気に召した人達ということか。関係県知事、学者、評論家、宗教者・・・。なんの構想を考えるのか。理想を語る、話しあうというなら、今はまだそんな時期じゃない。哲学者や宗教者が「生きるとは何か」を説くなら、そこに知事なんていらない。知事にも温度差、能力差あり。あげく財源の話までするときたら・・・。
政府と言う行政機能はどうするのか。
今、理念や夢物語を語っている場合か。あげく内輪もめ。検討部会と親会の復興構想会議とで。検討部会で具体論でも話されたら我々は何をやるのかって。まるで権益争いのような。これが有識者と言われる人達の実態。
そして官僚はすべて排除されている。今、官僚組織を使いこなさないで何が出来るの。別に官僚の味方してるわけじゃないけど、政治主導ってのは全くダメだったことを菅が証明したのに。
だいたい、20いくつもの会議や本部を立ち上げて、そこでの議論や内容を菅が聞いているのか。理解しているのか。対策に生かせているのか。
物事には優先順位というものがある。それを決めるのが指導者のつとめ。
まだまだ将来の夢を語っている時じゃないでしょ。
今、今日、この時に困っている人を救うのが政府という立場の人のシゴト。
まだ電気が無い、水道がない。生き死ににかかわることに全体であたりなさいよ。
原発処理に知恵を絞りなさいよ。政府と自治体が一体になって対処しなさいよ。
行きたいっていうボランティアを有効に活用する方策を整えなさいよ。
官邸を中心にした、永田町や霞が関で。机上の空論みたいなことばかりやって時間浪費させてどうするの。
ばかばかしいこと多すぎる。危機意識がまだまだ欠如している。官邸の内部でなにやらごちゃごちゃ「俺、聞いてない」「俺、しらない」「あいつが勝手にやってること」なんて言って、しかも男が男に”嫉妬”するような、足の引っ張り合いみたいなことやってるってのが今の日本の政界の姿。
なんとか復興会議。やるなら官邸を出てやったら。週一回、被災地周り持ちで。空論に少しは現実感が味付けされるかも。
「されど進まず」。もう何日、そんな思いをさせられてきていることか。原発処理。まさに。
なんかテレビでは今、自己満足に近いような、言いわけ並べたような検証番組やっている。
検証はいつでも出来る。今やることって他にもあるはず。家をさがしてあげなさい。満足な食事を与えてあげなさい。本来は善意であるはずの人達が、「不安」という二文字に踊らされて、いがみあうような状況を無くしなさい。
もう、政府に、政治に、踊らされるのは、ほとほと疲れてきましたよ。踊り疲れましたよ。
フランス革命後のヨーロッパの秩序回復を目指したウイーン会議。各国それぞれの「我」を言いあい、まとまらず。会議というものの有り様を言った箴言とも。会議は踊る、されど進まず。
震災後、菅が立ち上げた、多分、自分でも覚えていないだろうくらいの数多くの会議、会議、組織、組織。なんとか本部、本部。
どっかで毎日、その目的に沿った議論が交わされているんでしょうか。はなはだ懐疑的なり。
無意味な会議の典型。菅首相の諮問機関「復興構想会議」。何をする会議なのやら。いまだに不明。しかも下部組織に「検討部会」とか。
メンバーは菅が選んだものだという。お気に召した人達ということか。関係県知事、学者、評論家、宗教者・・・。なんの構想を考えるのか。理想を語る、話しあうというなら、今はまだそんな時期じゃない。哲学者や宗教者が「生きるとは何か」を説くなら、そこに知事なんていらない。知事にも温度差、能力差あり。あげく財源の話までするときたら・・・。
政府と言う行政機能はどうするのか。
今、理念や夢物語を語っている場合か。あげく内輪もめ。検討部会と親会の復興構想会議とで。検討部会で具体論でも話されたら我々は何をやるのかって。まるで権益争いのような。これが有識者と言われる人達の実態。
そして官僚はすべて排除されている。今、官僚組織を使いこなさないで何が出来るの。別に官僚の味方してるわけじゃないけど、政治主導ってのは全くダメだったことを菅が証明したのに。
だいたい、20いくつもの会議や本部を立ち上げて、そこでの議論や内容を菅が聞いているのか。理解しているのか。対策に生かせているのか。
物事には優先順位というものがある。それを決めるのが指導者のつとめ。
まだまだ将来の夢を語っている時じゃないでしょ。
今、今日、この時に困っている人を救うのが政府という立場の人のシゴト。
まだ電気が無い、水道がない。生き死ににかかわることに全体であたりなさいよ。
原発処理に知恵を絞りなさいよ。政府と自治体が一体になって対処しなさいよ。
行きたいっていうボランティアを有効に活用する方策を整えなさいよ。
官邸を中心にした、永田町や霞が関で。机上の空論みたいなことばかりやって時間浪費させてどうするの。
ばかばかしいこと多すぎる。危機意識がまだまだ欠如している。官邸の内部でなにやらごちゃごちゃ「俺、聞いてない」「俺、しらない」「あいつが勝手にやってること」なんて言って、しかも男が男に”嫉妬”するような、足の引っ張り合いみたいなことやってるってのが今の日本の政界の姿。
なんとか復興会議。やるなら官邸を出てやったら。週一回、被災地周り持ちで。空論に少しは現実感が味付けされるかも。
「されど進まず」。もう何日、そんな思いをさせられてきていることか。原発処理。まさに。
なんかテレビでは今、自己満足に近いような、言いわけ並べたような検証番組やっている。
検証はいつでも出来る。今やることって他にもあるはず。家をさがしてあげなさい。満足な食事を与えてあげなさい。本来は善意であるはずの人達が、「不安」という二文字に踊らされて、いがみあうような状況を無くしなさい。
もう、政府に、政治に、踊らされるのは、ほとほと疲れてきましたよ。踊り疲れましたよ。
2011年4月28日木曜日
”一つである”ということ
ニッポンは一つだ。団結だ。みんなの力を信じてる・・・。正確なセリフは覚えてないが、ACのCMだけではなく、メディアからは「日本は一つだ、一つだ」という声がやたらと聞こえている。
たしかに、多民族国家ではない、一応単一民族国家なのだから。ひとつなんだろうけど。
郡山市長が、放射線量の多い小学校や保育所の校庭の土砂を削って、それを市内の産廃処分場近くに埋めようとした。校庭の放射線量はみるみる下がり、校長や父兄は喜んだ。
その放射能を含んだ土の受け入側になった処分場近くの住民が怒り出した。なんで、そんな危険な物を持ってくるのか。ここにも子供はいると。
事前に説明がなかったというが、これじゃ事前説明してたって、受け入れてくれるはずは無い。削りとられた汚染残土は校庭の脇にビニールシートかけられたまま山積みされている。
どっちがいいとか悪いとかの問題じゃないと。要は危険と思われる物は身近から遠ざけたいってことだけ。心理。真理にあらず。
市長も市役所も頭かかえているらしい。汚染残土の処理めぐって郡山市民はひとつではなくなった。
東電による、政府による”人災”は、県内のあちこちの町村がそうであったように、一つであるべきだった地域社会を二つにも三つにも裂いていく。
東北六県という一つのくくりがあった。東北地方は、言わば、東京という大消費地域への生産拠点。農産物から始まって、工場や、それこそ電気などなど。酒も然りかも。東京は東北という生産拠点によって潤ってきた大消費地。
生産と消費、需要と供給。本来循環した一つのサイクルであるべきシステムがこの原発災害によって壊れた。
一つではなくなったような。
本来は、いや、当然一つであるべき政府の対策本部とやら。みんなバラバラ。政権内も一つではないし。
東北内部でも然り。宮城や岩手。地震、津波の被災地。多くの人や家を無くした哀しみから立ち上がり、”復興”という言葉が前面に出てきた。人々は立ち上がろうとしている。
原発進行中の、いや、その実態は全く不明の中、見えざる敵との戦争に疲れ果てているような福島県民。
そう、進行中。復興という言葉はまだまだ先なのかも。
東北という一つの括りがほころびることを恐れる。
その原発。一号機では「水棺」という作業が始まった。その効果をめぐって学者の意見はバラバラ。それでいいのじゃないかという意見もあれば、無意味、危険という意見もある。
学者にとっても未知の体験。だから余計に皆、勝手な意見をいい、それを耳にした人達を悩ませる。信じる物が何も無い。専門家の意見は、何にしても、放射線の危険度含めて、一つではない。
様々な見解を咀嚼して、あとは、それぞれの人が自分で判断しろと言うことか。
「一つであること」。そんな簡単な事が、実は一番難しい。
今は強い北風。大気にある放射線物質はどこに流れていくのか。
”汚染”の風評を他所に、先週は東京から親戚筋の若夫婦が郡山に遊びにきてくれた。街中をふらついて帰っていった。
来週は弟夫婦が遊びに来る。避難所にいる子ども達に何かを持っていってあげたいと物色中とか。
ゴールデンウイークを”口実”に郡山を”脱出”する家族も多いと聞く。
たしかに、多民族国家ではない、一応単一民族国家なのだから。ひとつなんだろうけど。
郡山市長が、放射線量の多い小学校や保育所の校庭の土砂を削って、それを市内の産廃処分場近くに埋めようとした。校庭の放射線量はみるみる下がり、校長や父兄は喜んだ。
その放射能を含んだ土の受け入側になった処分場近くの住民が怒り出した。なんで、そんな危険な物を持ってくるのか。ここにも子供はいると。
事前に説明がなかったというが、これじゃ事前説明してたって、受け入れてくれるはずは無い。削りとられた汚染残土は校庭の脇にビニールシートかけられたまま山積みされている。
どっちがいいとか悪いとかの問題じゃないと。要は危険と思われる物は身近から遠ざけたいってことだけ。心理。真理にあらず。
市長も市役所も頭かかえているらしい。汚染残土の処理めぐって郡山市民はひとつではなくなった。
東電による、政府による”人災”は、県内のあちこちの町村がそうであったように、一つであるべきだった地域社会を二つにも三つにも裂いていく。
東北六県という一つのくくりがあった。東北地方は、言わば、東京という大消費地域への生産拠点。農産物から始まって、工場や、それこそ電気などなど。酒も然りかも。東京は東北という生産拠点によって潤ってきた大消費地。
生産と消費、需要と供給。本来循環した一つのサイクルであるべきシステムがこの原発災害によって壊れた。
一つではなくなったような。
本来は、いや、当然一つであるべき政府の対策本部とやら。みんなバラバラ。政権内も一つではないし。
東北内部でも然り。宮城や岩手。地震、津波の被災地。多くの人や家を無くした哀しみから立ち上がり、”復興”という言葉が前面に出てきた。人々は立ち上がろうとしている。
原発進行中の、いや、その実態は全く不明の中、見えざる敵との戦争に疲れ果てているような福島県民。
そう、進行中。復興という言葉はまだまだ先なのかも。
東北という一つの括りがほころびることを恐れる。
その原発。一号機では「水棺」という作業が始まった。その効果をめぐって学者の意見はバラバラ。それでいいのじゃないかという意見もあれば、無意味、危険という意見もある。
学者にとっても未知の体験。だから余計に皆、勝手な意見をいい、それを耳にした人達を悩ませる。信じる物が何も無い。専門家の意見は、何にしても、放射線の危険度含めて、一つではない。
様々な見解を咀嚼して、あとは、それぞれの人が自分で判断しろと言うことか。
「一つであること」。そんな簡単な事が、実は一番難しい。
今は強い北風。大気にある放射線物質はどこに流れていくのか。
”汚染”の風評を他所に、先週は東京から親戚筋の若夫婦が郡山に遊びにきてくれた。街中をふらついて帰っていった。
来週は弟夫婦が遊びに来る。避難所にいる子ども達に何かを持っていってあげたいと物色中とか。
ゴールデンウイークを”口実”に郡山を”脱出”する家族も多いと聞く。
2011年4月27日水曜日
市長の”決断”
少なくともここ福島県から見ている限り、国政はその本来の使命を忘れ、機能不全を起こしている。
県知事は首長に、いわば”丸投げ”の様相。東電を悪し様にいうこと終始しているような感がある。県知事のメッセージは県民に伝わってこない。県政が機能しているのか。例えば多くの原発避難民が身を寄せ合っているなかで、あらたな避難民が生まれようとしているのに、「仮設」一つにしても、遅々として進んでいないような・・・。
郡山市長の原正夫。一つの”決断”をした。汚染の基準値を超えた小学校の校庭の土を削って廃棄する。きょう行われたこの作業では、少なくとも現状は変えられた。放射線量が極めて少なくなった。また線量が増えたらどうするという声もあるらしいが、今、とるべき施策としては正しい選択だったと思う。市民に多少の安心感を与えられたのだから。
これに対してすぐさま国から、文部科学省から「異論」が出された。文部科学大臣の腹の中。「聞いてない」。「勝手にやるな」と推察。
原くんは、普段はあまり自分の意見は言わず、おとなしい、目立たない、地味な存在の人だった。俺が俺がと出ない人。友人だから、それなりに彼の性格を知っている。
原くんは、原発事故の直後、「廃炉」宣言を発した。それが彼の意図しないところで”拡散”され、得体のしれない反原発団体にまで”利用”されることになったが。廃炉宣言。国策に対する地方からの一つの反乱だった。
廃炉・棄土。原市長が一人で考えた方針かどうかは、まだ、彼に聞いていないからわからない。推察するに、それを進言した”ブレーン”がいたのではと。それを彼は受け入れた。いや、同感した。聞く耳を持っていた。
菅は多くのブレーンを抱えた。参与だとか補佐官だとか。しかし、進言を聞き入れた様子はない。独走しているようだ。
いわき市長は学校給食に県内産の牛乳を使うといった。いま、いわき市長は猛烈な抗議にさらされている。
原子力学者と称し、どことか大学の教授で、テレビでもお馴染みになった人からは、「いわき市長、あなたは神ですか」とまで書かれた。なんで学者である人が「神」という字を引いてくるのか。軽々しく神という言葉を使ってほしくない。身近にある汚染された牛乳と、遠くにある安全な牛乳、どっちをとりますか。そんな”問題意識”の投げかけ方をしている。
武田教授の発言を受けて、あっちこっちの「親」達から、いわき市長は抗議にさらされているという。
遠くの場所にいて、安全な場所に身を置いている人が、安全や安心、危険を叫ぶ。リスクばかり言い立てる。それが被災地にいる人を苦しめる。
そんな人っていっぱいいませんか。メディア含めて。
奥山仙台市長は小学校の修学旅行で恒例になっていた会津若松への旅行を取りやめたという。会津若松は山形県よりの放射線量少ない。
「父兄の心情を思って」と言い訳しているらしい。この”判断”が解せない。
会津若松は福島県。福島県は放射能で・・・。子ども達に刷り込まれる「偏見」。この決定が人間教育として正しいのか。会津には原発避難民がいるはず。その人達の暮らしを見せることの方が、真の教育、修学になるのではと。仙台だって被災地のはず。こう思うのは亭主の偏見だろうか。
県知事は首長に、いわば”丸投げ”の様相。東電を悪し様にいうこと終始しているような感がある。県知事のメッセージは県民に伝わってこない。県政が機能しているのか。例えば多くの原発避難民が身を寄せ合っているなかで、あらたな避難民が生まれようとしているのに、「仮設」一つにしても、遅々として進んでいないような・・・。
郡山市長の原正夫。一つの”決断”をした。汚染の基準値を超えた小学校の校庭の土を削って廃棄する。きょう行われたこの作業では、少なくとも現状は変えられた。放射線量が極めて少なくなった。また線量が増えたらどうするという声もあるらしいが、今、とるべき施策としては正しい選択だったと思う。市民に多少の安心感を与えられたのだから。
これに対してすぐさま国から、文部科学省から「異論」が出された。文部科学大臣の腹の中。「聞いてない」。「勝手にやるな」と推察。
原くんは、普段はあまり自分の意見は言わず、おとなしい、目立たない、地味な存在の人だった。俺が俺がと出ない人。友人だから、それなりに彼の性格を知っている。
原くんは、原発事故の直後、「廃炉」宣言を発した。それが彼の意図しないところで”拡散”され、得体のしれない反原発団体にまで”利用”されることになったが。廃炉宣言。国策に対する地方からの一つの反乱だった。
廃炉・棄土。原市長が一人で考えた方針かどうかは、まだ、彼に聞いていないからわからない。推察するに、それを進言した”ブレーン”がいたのではと。それを彼は受け入れた。いや、同感した。聞く耳を持っていた。
菅は多くのブレーンを抱えた。参与だとか補佐官だとか。しかし、進言を聞き入れた様子はない。独走しているようだ。
いわき市長は学校給食に県内産の牛乳を使うといった。いま、いわき市長は猛烈な抗議にさらされている。
原子力学者と称し、どことか大学の教授で、テレビでもお馴染みになった人からは、「いわき市長、あなたは神ですか」とまで書かれた。なんで学者である人が「神」という字を引いてくるのか。軽々しく神という言葉を使ってほしくない。身近にある汚染された牛乳と、遠くにある安全な牛乳、どっちをとりますか。そんな”問題意識”の投げかけ方をしている。
武田教授の発言を受けて、あっちこっちの「親」達から、いわき市長は抗議にさらされているという。
遠くの場所にいて、安全な場所に身を置いている人が、安全や安心、危険を叫ぶ。リスクばかり言い立てる。それが被災地にいる人を苦しめる。
そんな人っていっぱいいませんか。メディア含めて。
奥山仙台市長は小学校の修学旅行で恒例になっていた会津若松への旅行を取りやめたという。会津若松は山形県よりの放射線量少ない。
「父兄の心情を思って」と言い訳しているらしい。この”判断”が解せない。
会津若松は福島県。福島県は放射能で・・・。子ども達に刷り込まれる「偏見」。この決定が人間教育として正しいのか。会津には原発避難民がいるはず。その人達の暮らしを見せることの方が、真の教育、修学になるのではと。仙台だって被災地のはず。こう思うのは亭主の偏見だろうか。
2011年4月26日火曜日
情報という名の化け物
郡山で学習塾を経営していた知人から、突然電話がありました。
「瀬川さん、今どこにいるの?東京でしょ」。は??何で。「郡山に決まって李じゃない」。一瞬絶句する彼。
「大丈夫なの?」「何が?」。「いやしばらく東京にいたんだけどさ。郡山はひどいらしいね。放射能汚染。政府は情報を隠してるらしいね。東京の証券会社の人や、いろんな人から聞いたけど」。はい、彼の長い話が続きます。
「あのさ、アメリカが80キロ圏内の人に退避を指示したでしょ。あれは菅政権がアメリカに言ったらしい。危険だから国外退避させてくれって。福島市や郡山市の放射線量って実はとんでもない数字らしいよ。大丈夫?」。
適当に聞き流していたけど要約するとこんな話。あげく「本当のこと教えてよ」ときたもんだ。もう50歳を過ぎた大の大人だよ。おれが本当の事を知ってるわけもない。
「外国人を非難させて自国民を見殺しにするなんてひどい政権だけ」と来ましたね。驚きました。
「あのね、アメリカだって80キロ退避を、後になって間違いと訂正してるじゃないの。原発の内部がどうなっているかはわからないけど、放射線量は発表されてる数字、少しは減ってきているし・・・」。
「いや、その数字自体がおかしいって話だよ」。
百歩譲って国や東電が嘘をついているとしても、県や市が嘘の数字を出すわけないでしょ。まして、最近は個人でサーベイメーターもって計りまくっている人もいるくらいだからと言う亭主。だんだん政府の擁護してるみたいになって自己嫌悪。
「安全だって保証するの?塾に通ってくる子ども達を安全なとこに避難させるのは当然でしょ」。はい、子供に対してはそうかも。でも、それは亭主が保証云々の話でない。学習塾をやっているのはあなた。
どうも、彼の周りというか、東京の中のそれなりの”エリート”といわれるような立場にいる人達が言ってまわってるみたい。もちろんごく一部の。
「大使館関係の確実な情報源からきいたんだけど」。まだまだ彼の話は続く。
「あのね、あなたに届くほどの情報が政府から漏れるってことは無いよ。どこの誰が言ってるのか名前言ってごらん。そいつに直接聞いてみるから」。
やっと電話を切ってから気づきました。こんな類の情報がけっこう飛び交っているんだということを。だから「福島いじめ」「福島偏見」がまかり通っているんだということを。風評被害が蔓延してるってことを。
放射能。目に見えない怪物。おなじく目に見えない情報という名の化け物が増幅されているんだなと。
情報隠し。たしかにあった。東電。それは明らか。保安院も然り。だからか。
細野補佐官が東電と保安院を陪席させての記者会見。情報の一本化だと。
あのね、東電と保安院は相対する存在の筈。一緒になってやる記者会見って・・・。
亭主の世代では思わず言いたくなる「大本営発表」。嘘で塗り固められた大本営発表。炉心溶融。崩壊を損傷と言い換える東電の如し。
政・官・業の一体化した記者会見。まさか、バラバラの会見で人手さかれるのを嫌がったメディアが一緒にやってと言ったわけでは無いと思うけど。
新聞・テレビ・ネット・ツイッター・・・・。あらゆる媒体を通して、それを受けられる環境にある人達は、もはや情報の洪水で頭の中が”汚染”されてしまっているかも。
欲しい情報と、いらない情報が交錯している。安全か安全でないか。学者という人達の意見もマチマチ。正反対だったり。
どうやら原発事故は放射能災害に続いて情報災害という新たな災害を産んできた。
どうすっぺ。
「瀬川さん、今どこにいるの?東京でしょ」。は??何で。「郡山に決まって李じゃない」。一瞬絶句する彼。
「大丈夫なの?」「何が?」。「いやしばらく東京にいたんだけどさ。郡山はひどいらしいね。放射能汚染。政府は情報を隠してるらしいね。東京の証券会社の人や、いろんな人から聞いたけど」。はい、彼の長い話が続きます。
「あのさ、アメリカが80キロ圏内の人に退避を指示したでしょ。あれは菅政権がアメリカに言ったらしい。危険だから国外退避させてくれって。福島市や郡山市の放射線量って実はとんでもない数字らしいよ。大丈夫?」。
適当に聞き流していたけど要約するとこんな話。あげく「本当のこと教えてよ」ときたもんだ。もう50歳を過ぎた大の大人だよ。おれが本当の事を知ってるわけもない。
「外国人を非難させて自国民を見殺しにするなんてひどい政権だけ」と来ましたね。驚きました。
「あのね、アメリカだって80キロ退避を、後になって間違いと訂正してるじゃないの。原発の内部がどうなっているかはわからないけど、放射線量は発表されてる数字、少しは減ってきているし・・・」。
「いや、その数字自体がおかしいって話だよ」。
百歩譲って国や東電が嘘をついているとしても、県や市が嘘の数字を出すわけないでしょ。まして、最近は個人でサーベイメーターもって計りまくっている人もいるくらいだからと言う亭主。だんだん政府の擁護してるみたいになって自己嫌悪。
「安全だって保証するの?塾に通ってくる子ども達を安全なとこに避難させるのは当然でしょ」。はい、子供に対してはそうかも。でも、それは亭主が保証云々の話でない。学習塾をやっているのはあなた。
どうも、彼の周りというか、東京の中のそれなりの”エリート”といわれるような立場にいる人達が言ってまわってるみたい。もちろんごく一部の。
「大使館関係の確実な情報源からきいたんだけど」。まだまだ彼の話は続く。
「あのね、あなたに届くほどの情報が政府から漏れるってことは無いよ。どこの誰が言ってるのか名前言ってごらん。そいつに直接聞いてみるから」。
やっと電話を切ってから気づきました。こんな類の情報がけっこう飛び交っているんだということを。だから「福島いじめ」「福島偏見」がまかり通っているんだということを。風評被害が蔓延してるってことを。
放射能。目に見えない怪物。おなじく目に見えない情報という名の化け物が増幅されているんだなと。
情報隠し。たしかにあった。東電。それは明らか。保安院も然り。だからか。
細野補佐官が東電と保安院を陪席させての記者会見。情報の一本化だと。
あのね、東電と保安院は相対する存在の筈。一緒になってやる記者会見って・・・。
亭主の世代では思わず言いたくなる「大本営発表」。嘘で塗り固められた大本営発表。炉心溶融。崩壊を損傷と言い換える東電の如し。
政・官・業の一体化した記者会見。まさか、バラバラの会見で人手さかれるのを嫌がったメディアが一緒にやってと言ったわけでは無いと思うけど。
新聞・テレビ・ネット・ツイッター・・・・。あらゆる媒体を通して、それを受けられる環境にある人達は、もはや情報の洪水で頭の中が”汚染”されてしまっているかも。
欲しい情報と、いらない情報が交錯している。安全か安全でないか。学者という人達の意見もマチマチ。正反対だったり。
どうやら原発事故は放射能災害に続いて情報災害という新たな災害を産んできた。
どうすっぺ。
2011年4月25日月曜日
信頼出来ない人の下で生きていくっていうこと
統一地方選。またも民主は「大敗」でした。もはや「頽廃」した政党かとも。
信頼を無くし、支持も減り、信用できない政権のもと、なにしろ、かにしろって指示され、命令され、右往左往、生活を翻弄される人々。
信じていない人から、何かを言われて、黙々と、唯々諾々とそれに従わねばならない哀しみ。
首相はおろか、政権自体が信を失っている。避難地域の解除めぐる枝野発言。いわき市を除外。「いわき市長から強い要望があったから」と記者会見で言った。いわき市長は抗議。すると、訂正、謝罪。
この不様さにはあきれるばかり。たしかにいわき市長は「屋内避難地域」の時におかしいと抗議したよ。特にテレビ使っては。だから県民は思った。「おかしい」と言えばどうにかなると。南相馬の町長も声は大きかった。「NHKさん助けてくださいよ」と連日言った。
誰かが大きな声で抗議すれば、おかしいと言えばどうにかなるんだ。だったら飯舘の村長も、浪江も川俣も葛尾も言えとなる。町長、村長の苦悩は深まる。
少なくとも、国や行政に対しての、政権にたいしての不信感は強まるばかり。信じていない、信用出来ない、信頼していない。そんな政権の、それを「国」というなら、それを甘んじて受けなくてはいけない民百姓は・・・・。
福島県知事はいかに。東電の社長に怒りをぶちまけたような顔して、泣いてみせて。あげく「国と各首長と住民でよく話し合って」。官邸にのこのこ出かけて言ってなんとか会議っていう意味不明の会議に出て、「現在進行形だから、復興についての意見は持ち合わせていない」と仏頂面。だったら、最初から、こんな変な会議のメンバーになることを拒否すればよかった。東電の社長の面会は何回も”拒否”してるんだから。
「知事は何もしてくれない、何もしていない」。そんな声が最近多くなっている。
誰の言うことを聞けばいいのか。原発について誰が正しいことを言っているのか。誰を信じればいいのか。それがさっぱりわからなくなっているのが福島県民。だから、たとえば放射能情報だって、数字だって、発表されるものを「信じてない」となってしまった県民。そんな不安定な感情が住民同士や家族の間にひろがって行ったら・・・。ぞっとしてきます。
鰯の頭も信心から。なんてことを昔の人は言った。津波の後から持ちだしたのが先祖の位牌。警戒区域に入って持ちだしたいのが先祖の位牌。したいことは墓掃除。信心深いのです。民草は。信心の足るものが欲しいのです。
そして、人間を信じていた動物たちが、そう、あの宮崎の口蹄疫の時のように、あの嫌な言葉。「殺処分」にされようとしている20キロ圏内。殺処分と餓死しか選択肢にない牛や馬や豚。行政命令によって殺処分に向かわなければならない獣医師達の心中やいかに。動物の命を守ることを職業としていたのに。
じゃ「自分」は信じられるか。無責任な情報飛び交い、予報、予測飛び交い、余震のアラーム音に飛び起きる毎日。見失いそうになる自分をどうやって確立するか、冷静さを、正常な思考を保てるか。日々、「自分」と戦っている人も多いはず。
信頼を無くし、支持も減り、信用できない政権のもと、なにしろ、かにしろって指示され、命令され、右往左往、生活を翻弄される人々。
信じていない人から、何かを言われて、黙々と、唯々諾々とそれに従わねばならない哀しみ。
首相はおろか、政権自体が信を失っている。避難地域の解除めぐる枝野発言。いわき市を除外。「いわき市長から強い要望があったから」と記者会見で言った。いわき市長は抗議。すると、訂正、謝罪。
この不様さにはあきれるばかり。たしかにいわき市長は「屋内避難地域」の時におかしいと抗議したよ。特にテレビ使っては。だから県民は思った。「おかしい」と言えばどうにかなると。南相馬の町長も声は大きかった。「NHKさん助けてくださいよ」と連日言った。
誰かが大きな声で抗議すれば、おかしいと言えばどうにかなるんだ。だったら飯舘の村長も、浪江も川俣も葛尾も言えとなる。町長、村長の苦悩は深まる。
少なくとも、国や行政に対しての、政権にたいしての不信感は強まるばかり。信じていない、信用出来ない、信頼していない。そんな政権の、それを「国」というなら、それを甘んじて受けなくてはいけない民百姓は・・・・。
福島県知事はいかに。東電の社長に怒りをぶちまけたような顔して、泣いてみせて。あげく「国と各首長と住民でよく話し合って」。官邸にのこのこ出かけて言ってなんとか会議っていう意味不明の会議に出て、「現在進行形だから、復興についての意見は持ち合わせていない」と仏頂面。だったら、最初から、こんな変な会議のメンバーになることを拒否すればよかった。東電の社長の面会は何回も”拒否”してるんだから。
「知事は何もしてくれない、何もしていない」。そんな声が最近多くなっている。
誰の言うことを聞けばいいのか。原発について誰が正しいことを言っているのか。誰を信じればいいのか。それがさっぱりわからなくなっているのが福島県民。だから、たとえば放射能情報だって、数字だって、発表されるものを「信じてない」となってしまった県民。そんな不安定な感情が住民同士や家族の間にひろがって行ったら・・・。ぞっとしてきます。
鰯の頭も信心から。なんてことを昔の人は言った。津波の後から持ちだしたのが先祖の位牌。警戒区域に入って持ちだしたいのが先祖の位牌。したいことは墓掃除。信心深いのです。民草は。信心の足るものが欲しいのです。
そして、人間を信じていた動物たちが、そう、あの宮崎の口蹄疫の時のように、あの嫌な言葉。「殺処分」にされようとしている20キロ圏内。殺処分と餓死しか選択肢にない牛や馬や豚。行政命令によって殺処分に向かわなければならない獣医師達の心中やいかに。動物の命を守ることを職業としていたのに。
じゃ「自分」は信じられるか。無責任な情報飛び交い、予報、予測飛び交い、余震のアラーム音に飛び起きる毎日。見失いそうになる自分をどうやって確立するか、冷静さを、正常な思考を保てるか。日々、「自分」と戦っている人も多いはず。
2011年4月24日日曜日
「望」という字、言葉。
今朝は町内会の恒例、溝掃除。朝8時から約1時間。空は昨日と真逆。澄み切った青空。この空の青さの中に放射能がいるなんて・・・。そんな天気でした。今は、また雨・・・。
どっかのブログかツィッターに書いてあった。「町内会の表での行事に参加していいものか、迷ってる」て。馬鹿な。参加当然でしょ。なんで無意味に怖がる放射能。測定値みてよ。一年間表にいても問題ないはず。
大人は皆集まったけど子供の姿は無し。「外出禁止令」らしい。心配ごもっとも。御無用なんだけど。と思っている亭主。この太陽の下でこどもたちを遊ばせてあげたい・・・。
年間100ミリシーベルトでガンの発症率0,5%とか。可能性として。太陽で免疫力付けておいた方がいいのでは・・・。ま、これは年寄りの言いぶんか。だけど、おやじ。あんたの吸ってる煙の方が発ガン率高いよ。
とはいうものの、すべて学者の未経験予測。放射能の安全基準、健康への影響なんて、ちゃんとした学説は無し。だから余計にイメージで怖い。
昨夜は仲間たちとの恒例の酒飲み会。先月は中止。放射能のせいじゃないづすよ。会場が営業しなかったから。
佐藤眞人さんに依頼。フルートと歌詞持ってきてもらい。皆で、12人で歌いました。もう恒例の曲。見上げてごらんよるの星を。上を向いて歩こう。乾杯・・・。店の親父も加わって。
そしてみんな泣くんです。歌の力。一緒に歌える仲間の居ること。きっと「普通」の生活に戻れる。そんな望みをこめて。、星に願いを、望みを託して。
「こんな未曾有の大震災時に総理大臣であったことは政治家として”本望”だ」と菅は言った。
望みがかなって満足に思うことをいう。また、かねがね抱いている志をいうー辞書は本望の意味をそう書いている。本懐とも。ちょっとひねって解釈すれば自己満足の世界。あんたには本望でも、俺たちには絶望だわい。
見え隠れする、いや、まる見えの功名心。
希望を失い、それでも一筋の望みを何かに託している人達。それが、やがて無意味なかなわぬ望みとわかった時、いや、もうそうかもしれない。失望に変わる。
あんたには”望み”があっても、我々には”望み”が無い。
せめて月か星でも望むか。
新聞紙上にあったちょこっとした記事。今年度の政党交付金。
民主党42億円、自民党25億円。公明5億6千万、みんな2億7千万、社民1億9千万、国民新党など4党に数千万ずつ。総額800億円。通年では320億円。復興財源がどうだこうだの空回り議論の中で、政党にはこれだけ多額の金が無条件にわたる。少なくとも政治家はそれに異を唱えない。
政治にたいする失望の念はより増す。
この金が無ければ政治は機能しないのか。いや、そんなことは無い。今、この非常時には“無駄金”と言っていいのかもしれない。今年度の交付金なくても政党はつぶれない。
被災地では、被災者は、1,000万円の融資受けられず倒産するところ多々あり。
政権交代に望みを託した。何かが変わると願望した。なんか、すべてが灰燼に帰したような気がして・・・。
被災地の小学校の教室に貼ってあった生徒が書いた習字。「希望」という字。
一抹の希望であっても捨てないで歯をくいしばっている人達・・・。
どっかのブログかツィッターに書いてあった。「町内会の表での行事に参加していいものか、迷ってる」て。馬鹿な。参加当然でしょ。なんで無意味に怖がる放射能。測定値みてよ。一年間表にいても問題ないはず。
大人は皆集まったけど子供の姿は無し。「外出禁止令」らしい。心配ごもっとも。御無用なんだけど。と思っている亭主。この太陽の下でこどもたちを遊ばせてあげたい・・・。
年間100ミリシーベルトでガンの発症率0,5%とか。可能性として。太陽で免疫力付けておいた方がいいのでは・・・。ま、これは年寄りの言いぶんか。だけど、おやじ。あんたの吸ってる煙の方が発ガン率高いよ。
とはいうものの、すべて学者の未経験予測。放射能の安全基準、健康への影響なんて、ちゃんとした学説は無し。だから余計にイメージで怖い。
昨夜は仲間たちとの恒例の酒飲み会。先月は中止。放射能のせいじゃないづすよ。会場が営業しなかったから。
佐藤眞人さんに依頼。フルートと歌詞持ってきてもらい。皆で、12人で歌いました。もう恒例の曲。見上げてごらんよるの星を。上を向いて歩こう。乾杯・・・。店の親父も加わって。
そしてみんな泣くんです。歌の力。一緒に歌える仲間の居ること。きっと「普通」の生活に戻れる。そんな望みをこめて。、星に願いを、望みを託して。
「こんな未曾有の大震災時に総理大臣であったことは政治家として”本望”だ」と菅は言った。
望みがかなって満足に思うことをいう。また、かねがね抱いている志をいうー辞書は本望の意味をそう書いている。本懐とも。ちょっとひねって解釈すれば自己満足の世界。あんたには本望でも、俺たちには絶望だわい。
見え隠れする、いや、まる見えの功名心。
希望を失い、それでも一筋の望みを何かに託している人達。それが、やがて無意味なかなわぬ望みとわかった時、いや、もうそうかもしれない。失望に変わる。
あんたには”望み”があっても、我々には”望み”が無い。
せめて月か星でも望むか。
新聞紙上にあったちょこっとした記事。今年度の政党交付金。
民主党42億円、自民党25億円。公明5億6千万、みんな2億7千万、社民1億9千万、国民新党など4党に数千万ずつ。総額800億円。通年では320億円。復興財源がどうだこうだの空回り議論の中で、政党にはこれだけ多額の金が無条件にわたる。少なくとも政治家はそれに異を唱えない。
政治にたいする失望の念はより増す。
この金が無ければ政治は機能しないのか。いや、そんなことは無い。今、この非常時には“無駄金”と言っていいのかもしれない。今年度の交付金なくても政党はつぶれない。
被災地では、被災者は、1,000万円の融資受けられず倒産するところ多々あり。
政権交代に望みを託した。何かが変わると願望した。なんか、すべてが灰燼に帰したような気がして・・・。
被災地の小学校の教室に貼ってあった生徒が書いた習字。「希望」という字。
一抹の希望であっても捨てないで歯をくいしばっている人達・・・。
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