蛇の生殺しというか、なんというか。全村帰還、全員帰還を言い、除染でそれがどうにかなるようなことを言って来た国。
帰りたい、戻りたいと、メディアのインタビューには答えていた人達も本音は「帰れない」と思っていた。あるいは「帰らない」とも。
避難地域の広大な面積。広大な山林。それを「除染」するというのは不可能だと言ってきた。
あらためて書くのもなんだが、「帰還困難区域」「居住制限区域」「避難指示解除準備区域」。その三つの区域に線引きされた町村。線量によって。
すでにして除染費用は何百億円もが投入されている。除染の「完了」したのはどれくらいだろう。一割にも満たない。帰還困難区域は手つかず。
5兆円ともやがては10兆円にもなるとも言われる除染費用。
要するに、仮設暮らしが「精神的に限界」になる、「諦める」。そのことを、なんとかうまいことを言いながら月日の経過を待っていただけのこと。
国は事実上、「全員帰還」を断念させる方針に立ち位置を変えた。それはもっと早くに打ち出すべきことだったはず。
「何年かかるかの見通しを政府が示し、住民の判断材料にしてもらい、併せて移住による生活再建も示す」。
そんなどうにでもとれる表現の内容が示されるとか。遅すぎるのだ。疲れ果てるのを待っていたのだ。政治とはとかくそんな手を使う。
帰還困難区域には2万5千人の人が該当する。
簡単に言おう。もう帰れませんよ。除染は困難区域以外でやります。そこにカネを使います。インフラ整備も行い、早期帰還を後押しします。
待てよ、その区域の人たちだって帰らない、帰れないと言い始めているんだ。
除染にかかる費用を移住に充てる。困難区域の人たちへの賠償金も引き上げる。だから新居を購入してくれ。
もう遅いのだ。どこにその土地があるのか。不動産業者に探せというのか。
浪江町の町長は泣きながら言っていた。「分断させるんですね、悔しい」と。
一時言われていた「仮の町」なんていうのもとんと聞かれなくなった。復興住宅なんていうのも進んでいない。
ポーズと見せて、疲れ果てて諦めるのを待っていた。そうしか言いようがない。
除染の在り様はもう変えたほうがいい。業者だけが儲けている。事務所の隣にあった除染業者。儲かったのだろう。大きなビルに引っ越して行った。
国直轄の除染。大手ゼネコンだけが儲かる。欲を満たせる。東電の作業員だった人も、東電関連会社を辞め、除染会社に移った。
国が「集団移転」という方針を正式に決めたら、福島県の地価は急上昇するだろう。山林のところでも。
津波で仮設暮らしの人たちも、地域の人たちに“分断”が起きている。
高台移転しようにも、そこにあった土地は、所有者は東京の人。売買価格を東京の土地取引価格で提示する。一桁違う。
人が不幸であろうとなんであろうと、カネになることろはカネにする。
カネを中心に人間の欲望が渦巻き始めている。
自分自身の心を”分断“させ、住める家を持とうと決心した人も、おいそれと家が見つかるわけではない。建てられるわけではない。
除染にかかる費用を計算したら、移転費用に振り向けた方がいいという判断なのだろう。わかりきったこと。なぜ早くやらぬ。
どういう移転計画、移転作業が行われていくのか。もはや東電や国との交渉にもみんな疲れ果てている。
家族の規模、年代、職業の有り無し。百人百様なのだ。
国は国有地を開放するのか、銀行が不良債権として持っているマンションを買い上げるのか・・・。
おそらく、福島県内を希望するだろう。移転先は。見知らぬところには行きたくないはず。特に高齢者は。
そんな解決策、移転策を国が出来るとはとても思えない。今の内閣では。見せ掛けだけの復興庁。
原発難民が生まれた、生まれる。かつて自分の土地だったところを追われたパレスチナ人。彼らが住んでいるパレスチナ自治区。争いが絶えないのは「土地争い」。
福島に「原発難民自治区」でも作るのか。争いの火種にもなるそれを。
早くも県内の空き地や住宅地の「地上げ」に走っている欲ボケ業者が入り込んでいるとも聞く。
またまた怒りがマグマのようにたまっていく・・・。
2013年10月31日木曜日
2013年10月30日水曜日
「破壊」、「独裁」、「輪廻」
郡山に郷さくら美術館という日本画の作品を収蔵した美術館がある。展示室から展示室に移動する廊下に青銅で作ったオブジェのようなものが3点展示されている。作品は非常に抽象的だが、動物や貝類などの生き物を積み上げてのものだという。その「価値」は理解できる目はないが、その題名にひかれた。
「破壊」、「独裁」、「輪廻」と名付けられている。福島県三春町の遠藤裕さんという人が2006年に完成させたものだとか。
おもわず、「最近の作品ですか」とたずねてしまうくらいに。
一昨年、この国は破壊されたと思う。津波は三陸の地を破壊した。原発は破壊した。物理的なこととして。
そして、破壊された原発は、すなわち、この国を構築してきた社会システムをも破壊したのじゃないかと。電気と言うエネルギーに頼り切っていた国の在り様を。
その破壊された原発を持ち、生活を破壊させられた多くの人がいることを知りながら、他国に原発を輸出しようとする指導者。
原発輸出によって、また、多くの大企業が利益を得る。
オリンピック招致のために行って前回のトルコ訪問。歓喜に沸く安倍は、一つの歴史的事実を持ち出さなかった。エルトゥールル号事件のこと。
そのことを僕はここでも指弾し、他でも指摘し、その無知なることを“罪”でさえあると言った。
イラン・イラク戦争時、その事件の恩返しだと言って、トルコ国民は事件のことを皆、教科書で知っているとして、バクダット空港にいた日本人を救出した。
恩返し。この話を聞いた塾生は「恩送り」という言葉を僕に教えてくれた。
当事者ではなく、後世の人たちにも恩を送ることと。
安倍は、その日本人救出の“恩返し”に原発と言う”仇“を返そうとしているように見える。
なぜ、今回、エルトゥールル号事件の関係者を集めて“感謝”を伝えることをやったのか。誰かが入知恵したのだろう。
エルトゥールル号事件のことを、安倍がそれに感謝したことを、NHKは再三、ニュースで伝え、その関連の話題も伝えていた。まるで政府広報の如くに。
どうやら、感覚的に言って、安倍晋三なる男は“独裁”の道を歩もうとしている。破壊されつくした後に独裁者が生まれ、独裁がまた破壊を呼ぶ。まさに輪廻のような流れ。歴史もそれを物語っている。
不思議なものだ。過去に生み出されて芸術や文化は、今を見通しているかのようなことが数々ある。
黒沢明の夢という映画にしても、歌にしても、文学にしても。この美術館にある作品も、2006年に、作者は「今」を見通していたのかもしれない。
国中が経済成長に雪崩をうち、特定秘密法を作り、日本版NSCなる組織を作り、すべての機能を官邸に一元化するという。
独裁と言ってなんの不可思議やあるか。
かつての「師」の諫言にも耳を貸すどころか一顧だにしない。師に背いても己の考えを押し通そうとする。お茶坊主、お側お局さまは、その尻馬に乗る。
彼らを“破壊”することは不可能のようだ。まさに日の出の勢いなのだ。国民の半数がそれを支持すらしている。
君はボスポラス海峡を見たか
ボスポラス海峡を見ずして、ボスポラスを語るなかれ。
そんな詩があった。うろ覚えだが。安倍は視察した。その海ではなく、海の下に通された地下鉄を。技術の粋を見て、それが日本から輸出されてものかどうかはともかく、その上に長年ある海を見たのだろうか・・・。
「破壊」、「独裁」、「輪廻」と名付けられている。福島県三春町の遠藤裕さんという人が2006年に完成させたものだとか。
おもわず、「最近の作品ですか」とたずねてしまうくらいに。
一昨年、この国は破壊されたと思う。津波は三陸の地を破壊した。原発は破壊した。物理的なこととして。
そして、破壊された原発は、すなわち、この国を構築してきた社会システムをも破壊したのじゃないかと。電気と言うエネルギーに頼り切っていた国の在り様を。
その破壊された原発を持ち、生活を破壊させられた多くの人がいることを知りながら、他国に原発を輸出しようとする指導者。
原発輸出によって、また、多くの大企業が利益を得る。
オリンピック招致のために行って前回のトルコ訪問。歓喜に沸く安倍は、一つの歴史的事実を持ち出さなかった。エルトゥールル号事件のこと。
そのことを僕はここでも指弾し、他でも指摘し、その無知なることを“罪”でさえあると言った。
イラン・イラク戦争時、その事件の恩返しだと言って、トルコ国民は事件のことを皆、教科書で知っているとして、バクダット空港にいた日本人を救出した。
恩返し。この話を聞いた塾生は「恩送り」という言葉を僕に教えてくれた。
当事者ではなく、後世の人たちにも恩を送ることと。
安倍は、その日本人救出の“恩返し”に原発と言う”仇“を返そうとしているように見える。
なぜ、今回、エルトゥールル号事件の関係者を集めて“感謝”を伝えることをやったのか。誰かが入知恵したのだろう。
エルトゥールル号事件のことを、安倍がそれに感謝したことを、NHKは再三、ニュースで伝え、その関連の話題も伝えていた。まるで政府広報の如くに。
どうやら、感覚的に言って、安倍晋三なる男は“独裁”の道を歩もうとしている。破壊されつくした後に独裁者が生まれ、独裁がまた破壊を呼ぶ。まさに輪廻のような流れ。歴史もそれを物語っている。
不思議なものだ。過去に生み出されて芸術や文化は、今を見通しているかのようなことが数々ある。
黒沢明の夢という映画にしても、歌にしても、文学にしても。この美術館にある作品も、2006年に、作者は「今」を見通していたのかもしれない。
国中が経済成長に雪崩をうち、特定秘密法を作り、日本版NSCなる組織を作り、すべての機能を官邸に一元化するという。
独裁と言ってなんの不可思議やあるか。
かつての「師」の諫言にも耳を貸すどころか一顧だにしない。師に背いても己の考えを押し通そうとする。お茶坊主、お側お局さまは、その尻馬に乗る。
彼らを“破壊”することは不可能のようだ。まさに日の出の勢いなのだ。国民の半数がそれを支持すらしている。
君はボスポラス海峡を見たか
ボスポラス海峡を見ずして、ボスポラスを語るなかれ。
そんな詩があった。うろ覚えだが。安倍は視察した。その海ではなく、海の下に通された地下鉄を。技術の粋を見て、それが日本から輸出されてものかどうかはともかく、その上に長年ある海を見たのだろうか・・・。
2013年10月29日火曜日
「うそつき原発」
ちょっと久しぶりに「仮設」に行ってきた。毎度おなじみの例のばあちゃん。
やっと“つかまった”ので。
先週末、弟一家が郡山に遊びに来た。弟夫婦、その娘夫婦。一粒種の9歳の孫。
弟は東京の老舗の銘菓を持参。「あのビッグパレットで会ったばあちゃんに渡してくれ」と。そう、一昨年、新幹線が開通して間もなく彼らはやってきた。
避難所のビッグパレット行きを求められた。手持ちの「支援」を多少準備して。富岡と川内の役場に(当時はまだビッグパレット内にあった)それを届けた。
川内のばあちゃんの事はこのブログを読んでいて知っていた。そのばあちゃんとじいちゃん(当時はまだ健在だった)に差し入れ持って。
ばあちゃんに電話したが、出ない。折り返しも無い。まさか具合が悪くなって入院でもとちょっと不安がよぎったが。
今朝、電話がつながった。「川内に行っていた。電話はぶん投げていた。ゴメン」だと。このクソ・・・・。
菓子と、たまたま貰った郡山の大根葉(だいこんぱ)を持って立ち寄る。
「大根葉はナ、ちょっと油で炒めて、卵を合わせるとうまいんだ」。
「新鮮な葉だ、そのまま塩もみして食おうぜ」。
いつものような会話が始まる。
「川内はどうだった?」
「川内はいいとこだぞ、ほんといいとこだ。でもな、やはり不便だ。魚屋は一軒あるけど、刺身の鮮度は悪いし・・・」。
もう炬燵が入っている。ケージの中の愛犬は尻尾振りまくり。
炬燵の上の灰皿に見慣れたタバコが置いてある。ボクのタバコと同じ銘柄。
「タバコ変えたのかい?」
「あんたの忘れものだ。ほらライターも」。
マイルドセブン(今はメビウス)とフロンティアライトの煙が4畳半に溶け合う。
最近、医者に通っているという。薬を見ると高血圧の薬。
「川内には診療所はあるけど・・・」。
彼女も避難してきて知った“便利さ”。買い物、医療機関。連れ合いだったじいちゃんも”酸素“を抱えての避難だった。去年亡くなっている。それでも郡山では、病院に入院していた。
家に風を入れ、草むしりのために帰る村。
「この前、富岡の人と一緒に富岡の家に行ってみた。ネズミに食われて、土足であがるしかない。フンだらけで。新築だったのに」。
「川内の家は、水は井戸水だから問題ないが、ガスがね。釜ごとダメになっている。取りかえないと」。プロパンだからだ。
「川内には帰らない」と言う。娘さんたちが郡山に馴染み、戻らないというからだとか。「一人ではね・・・」。
車を乗らなくなった。廃車にした。車が無いと生活は出来ない。免許証だけがテレビの前に置いてある。こうすぐ更新時期だが、更新はしないという。
生産、出荷を始めた川内村のコメのことを持ち出す。
「コメは大熊のコメが美味かった。あとは郡山の米かな」。
そして言う。「うそつき原発のやろう」と。
彼女の言う「原発」には、原発そのものもあるが東電もその中に含まれる。国のことも含まれている。
「また、汚染水の話だべ、帰れないよ。もう懲り懲りだ」。
4畳半二間に日用雑貨が増えている。棚を作ってうまく収納している。居心地のいい場所になろうとしている。
「仮設の期限は伸びたけど、その先はどうするかな。娘は一緒に住もうと言っているけど、借り上げアパート。犬は入れないし」。
帰って帰れないことは無いけれど、帰ることへの逡巡。不便さへの懸念。
前途への不安。
「瀬川さん家に遊びに行きたいけど、犬の顔も見たいけど、歩いていくのは無理だ・・・」。「わかった、今度は送迎付きにする、お茶のみにきっせ」「うん、すまないがそうしてくれ。楽しみだ」。
長居した。いとまを告げると表まで見送りに来てくれる。開けた車の窓枠に手をおいたままた、まるで行く車を抑えるような感じで、名残を惜しんでいてくれるような。
「うそつき原発」か・・・。1ミリシーベルトは嘘なのか、本当なのか。20ミリシーベルトは嘘なのか本当なのか。
「帰村宣言は早すぎた」と彼女は言う。早期帰還は「ウソ」なのか、帰還困難は「本当」なのか。
「帰れると思っている人はいないと思うよ」という“当事者”の一人。
仮設暮らしの日々と、1ミリシーベルトの間に、ボクは「接点」を見出せない。
また忘れそうになっていたタバコとライターを持ってきてくれていた。箱の中には1本しか入ってなかったけれど・・・。
やっと“つかまった”ので。
先週末、弟一家が郡山に遊びに来た。弟夫婦、その娘夫婦。一粒種の9歳の孫。
弟は東京の老舗の銘菓を持参。「あのビッグパレットで会ったばあちゃんに渡してくれ」と。そう、一昨年、新幹線が開通して間もなく彼らはやってきた。
避難所のビッグパレット行きを求められた。手持ちの「支援」を多少準備して。富岡と川内の役場に(当時はまだビッグパレット内にあった)それを届けた。
川内のばあちゃんの事はこのブログを読んでいて知っていた。そのばあちゃんとじいちゃん(当時はまだ健在だった)に差し入れ持って。
ばあちゃんに電話したが、出ない。折り返しも無い。まさか具合が悪くなって入院でもとちょっと不安がよぎったが。
今朝、電話がつながった。「川内に行っていた。電話はぶん投げていた。ゴメン」だと。このクソ・・・・。
菓子と、たまたま貰った郡山の大根葉(だいこんぱ)を持って立ち寄る。
「大根葉はナ、ちょっと油で炒めて、卵を合わせるとうまいんだ」。
「新鮮な葉だ、そのまま塩もみして食おうぜ」。
いつものような会話が始まる。
「川内はどうだった?」
「川内はいいとこだぞ、ほんといいとこだ。でもな、やはり不便だ。魚屋は一軒あるけど、刺身の鮮度は悪いし・・・」。
もう炬燵が入っている。ケージの中の愛犬は尻尾振りまくり。
炬燵の上の灰皿に見慣れたタバコが置いてある。ボクのタバコと同じ銘柄。
「タバコ変えたのかい?」
「あんたの忘れものだ。ほらライターも」。
マイルドセブン(今はメビウス)とフロンティアライトの煙が4畳半に溶け合う。
最近、医者に通っているという。薬を見ると高血圧の薬。
「川内には診療所はあるけど・・・」。
彼女も避難してきて知った“便利さ”。買い物、医療機関。連れ合いだったじいちゃんも”酸素“を抱えての避難だった。去年亡くなっている。それでも郡山では、病院に入院していた。
家に風を入れ、草むしりのために帰る村。
「この前、富岡の人と一緒に富岡の家に行ってみた。ネズミに食われて、土足であがるしかない。フンだらけで。新築だったのに」。
「川内の家は、水は井戸水だから問題ないが、ガスがね。釜ごとダメになっている。取りかえないと」。プロパンだからだ。
「川内には帰らない」と言う。娘さんたちが郡山に馴染み、戻らないというからだとか。「一人ではね・・・」。
車を乗らなくなった。廃車にした。車が無いと生活は出来ない。免許証だけがテレビの前に置いてある。こうすぐ更新時期だが、更新はしないという。
生産、出荷を始めた川内村のコメのことを持ち出す。
「コメは大熊のコメが美味かった。あとは郡山の米かな」。
そして言う。「うそつき原発のやろう」と。
彼女の言う「原発」には、原発そのものもあるが東電もその中に含まれる。国のことも含まれている。
「また、汚染水の話だべ、帰れないよ。もう懲り懲りだ」。
4畳半二間に日用雑貨が増えている。棚を作ってうまく収納している。居心地のいい場所になろうとしている。
「仮設の期限は伸びたけど、その先はどうするかな。娘は一緒に住もうと言っているけど、借り上げアパート。犬は入れないし」。
帰って帰れないことは無いけれど、帰ることへの逡巡。不便さへの懸念。
前途への不安。
「瀬川さん家に遊びに行きたいけど、犬の顔も見たいけど、歩いていくのは無理だ・・・」。「わかった、今度は送迎付きにする、お茶のみにきっせ」「うん、すまないがそうしてくれ。楽しみだ」。
長居した。いとまを告げると表まで見送りに来てくれる。開けた車の窓枠に手をおいたままた、まるで行く車を抑えるような感じで、名残を惜しんでいてくれるような。
「うそつき原発」か・・・。1ミリシーベルトは嘘なのか、本当なのか。20ミリシーベルトは嘘なのか本当なのか。
「帰村宣言は早すぎた」と彼女は言う。早期帰還は「ウソ」なのか、帰還困難は「本当」なのか。
「帰れると思っている人はいないと思うよ」という“当事者”の一人。
仮設暮らしの日々と、1ミリシーベルトの間に、ボクは「接点」を見出せない。
また忘れそうになっていたタバコとライターを持ってきてくれていた。箱の中には1本しか入ってなかったけれど・・・。
2013年10月28日月曜日
「真実に生きる社会」
天皇皇后両陛下が水俣を訪問された。
そこで天皇は、患者の実態を聞かれてこう言われた。
「真実に生きるということが出来る社会を皆で作っていきたいとあらためて思いました」と。
事前に用意されていた「お言葉」ではない。予定外の発言だという。
“真実”という言葉に初めて出合ったのは中学生の時によく読んでいた山本有三の「真実一路」という本だった。「路傍の石」もよく読んだ。
「真実一路の旅なれど、真実鈴振り思い出す」。この一行を今でも覚えている。
事実と真実は違う。事実の向こうに真実があるのか。真実とは「深い」言葉だ。
陛下が真実という言葉を使われた。それは「今の社会が真実に生きられない、生きていない社会だ」と”指摘“されたことにも等しい。
陛下はさらに言われた。
「今後の日本が、自分が正しくあることが出来る社会になっていく、そうなればとも思っています」とも。
ボクは勝手に解釈し、陛下の心中を推し量る。
「正しくあることが出来ない社会だ」と言われているようだと。
水俣病患者の語り部の会の人の話を聞いて咄嗟にそう思われたのか。前から思っておられたことなのか。
状況としての真実。事実としての真実。
大震災の後、原発の事故が起きて以来、多くの人は「真実が知りたい」と思った。知りたいと言った。
真実は伝わらない。すると“虚偽”の「真実」が登場する。特にネット上で。その鉾先は「福島」に向けられる。
日ごと、それの繰り返し。福島の人は、その虚偽の真実に酔う。ネットからそれを見つけ出してくる。例えば「真実のブログ」なんていうヨタを。
未だに流されている写真。大熊町の、町役場や消防署を退職したOBたちが、仮設から延々3時間かけて町に出向く。出入りの特別許可をもらって。町を見回り、わずか一反歩に満たない田んぼに田植えをする。防護服を着て。着なければならない線量地区。水田の汚染が作物にどう作用するか、影響するか、移行係数を計るための“実験”。
その写真を、そのブログには転載、引用、拡散ご自由にと書かれている。
その写真は去年のもの。
安倍が広野町のコメを使ったお結びをほおばったことにひっかけ、福島のコメは美味しいんです。いつも食べてますとか言ったことにひっかけ、「こんなコメを食わすのか。殺人だ」とわめくコメントを書く人が多々居る。
郡山の人もその写真を使って「おそろしい」とネットに書く。
そんなコメがどこかに出回るわけがない。まして稲は野性化した動物に食い荒らされている。
福島県人であっても福島のことを知らない。なのに“真実を知りたいだけ”と言いわけする。真実云々以前の常識でしょ。
名古屋の市民運動家とおぼしきおばさんはこんなことを書いていた。1年で終わりとされた賠償金のこと。どっかの記事を引用して。一人、毎月10万円、旧警戒区域の人たちを対象にして賠償金。
知らないよ、こんなこと。8万円でしょ。と。
8万円は避難区域でもなんでもない郡山や福島、中通の人たちを対象に一昨年支払われたもの、去年は4万円。こんなことは新聞に載っていたこと。事実だ。
ボクは8万円の受け取りに躊躇した。結果振り込んで貰い、何らの賠償金の対象にならない動物たちのために、寄付した。4万円も同じ。
その受け取りさえも拒否した若者がボクの周りにはいる。
反原発、脱原発を声高に言う市民運動家をボクは全く信用しない。それに与する人も「否」とする。
まして、国会の弁当はベクレル弁当だと言い、福島市や郡山市に防護マスクをつけて入ってくるバカ野郎。なんでこんな奴が当選するんだ、させるんだ。
ねじまげられた“真実”。それが大手を振ってまかり通っているこの国。
福島県は「真実」と地球の反対側以上の距離の、場所とされているような。
ネットをあさりまくっている人達。如何にも“教養”があるようなふりをして。
どう思おうと勝手だが、それを「正しいこと」として振り撒かないでよね。
多分、天皇陛下は「福島の真実」、デマや中傷に翻弄されている福島の真実を知っているのかもしれない。真実とか正しいことの意義を、あえて水俣の地を借りて言われたのかもしれないと・・・。
そこで天皇は、患者の実態を聞かれてこう言われた。
「真実に生きるということが出来る社会を皆で作っていきたいとあらためて思いました」と。
事前に用意されていた「お言葉」ではない。予定外の発言だという。
“真実”という言葉に初めて出合ったのは中学生の時によく読んでいた山本有三の「真実一路」という本だった。「路傍の石」もよく読んだ。
「真実一路の旅なれど、真実鈴振り思い出す」。この一行を今でも覚えている。
事実と真実は違う。事実の向こうに真実があるのか。真実とは「深い」言葉だ。
陛下が真実という言葉を使われた。それは「今の社会が真実に生きられない、生きていない社会だ」と”指摘“されたことにも等しい。
陛下はさらに言われた。
「今後の日本が、自分が正しくあることが出来る社会になっていく、そうなればとも思っています」とも。
ボクは勝手に解釈し、陛下の心中を推し量る。
「正しくあることが出来ない社会だ」と言われているようだと。
水俣病患者の語り部の会の人の話を聞いて咄嗟にそう思われたのか。前から思っておられたことなのか。
状況としての真実。事実としての真実。
大震災の後、原発の事故が起きて以来、多くの人は「真実が知りたい」と思った。知りたいと言った。
真実は伝わらない。すると“虚偽”の「真実」が登場する。特にネット上で。その鉾先は「福島」に向けられる。
日ごと、それの繰り返し。福島の人は、その虚偽の真実に酔う。ネットからそれを見つけ出してくる。例えば「真実のブログ」なんていうヨタを。
未だに流されている写真。大熊町の、町役場や消防署を退職したOBたちが、仮設から延々3時間かけて町に出向く。出入りの特別許可をもらって。町を見回り、わずか一反歩に満たない田んぼに田植えをする。防護服を着て。着なければならない線量地区。水田の汚染が作物にどう作用するか、影響するか、移行係数を計るための“実験”。
その写真を、そのブログには転載、引用、拡散ご自由にと書かれている。
その写真は去年のもの。
安倍が広野町のコメを使ったお結びをほおばったことにひっかけ、福島のコメは美味しいんです。いつも食べてますとか言ったことにひっかけ、「こんなコメを食わすのか。殺人だ」とわめくコメントを書く人が多々居る。
郡山の人もその写真を使って「おそろしい」とネットに書く。
そんなコメがどこかに出回るわけがない。まして稲は野性化した動物に食い荒らされている。
福島県人であっても福島のことを知らない。なのに“真実を知りたいだけ”と言いわけする。真実云々以前の常識でしょ。
名古屋の市民運動家とおぼしきおばさんはこんなことを書いていた。1年で終わりとされた賠償金のこと。どっかの記事を引用して。一人、毎月10万円、旧警戒区域の人たちを対象にして賠償金。
知らないよ、こんなこと。8万円でしょ。と。
8万円は避難区域でもなんでもない郡山や福島、中通の人たちを対象に一昨年支払われたもの、去年は4万円。こんなことは新聞に載っていたこと。事実だ。
ボクは8万円の受け取りに躊躇した。結果振り込んで貰い、何らの賠償金の対象にならない動物たちのために、寄付した。4万円も同じ。
その受け取りさえも拒否した若者がボクの周りにはいる。
反原発、脱原発を声高に言う市民運動家をボクは全く信用しない。それに与する人も「否」とする。
まして、国会の弁当はベクレル弁当だと言い、福島市や郡山市に防護マスクをつけて入ってくるバカ野郎。なんでこんな奴が当選するんだ、させるんだ。
ねじまげられた“真実”。それが大手を振ってまかり通っているこの国。
福島県は「真実」と地球の反対側以上の距離の、場所とされているような。
ネットをあさりまくっている人達。如何にも“教養”があるようなふりをして。
どう思おうと勝手だが、それを「正しいこと」として振り撒かないでよね。
多分、天皇陛下は「福島の真実」、デマや中傷に翻弄されている福島の真実を知っているのかもしれない。真実とか正しいことの意義を、あえて水俣の地を借りて言われたのかもしれないと・・・。
2013年10月27日日曜日
「がんばろう東北」だったはずだが・・・
2年半前、「がんばろう東北」という言葉が横溢していた。車にも、看板にも、垂れ幕にも、ヘルメットにも。「東北は一つ」だった。
「がんばろう」という言葉の理解や、意味合いや、受け止め方はともかく。
東日本大震災の“被災地”として、おおかた、6県の人たちの思いや、共同性は同じだった。
首都圏からの目も、関西圏からの目も、西日本からの目も「東北6県」だった。
東北六魂祭と銘打ったイベントも盛り上がり、東北は一つだった。
ある時期から、一つであった「東北」に微妙な亀裂が生まれたような気がする。
同じ被災地であっても、津波の被災地と、原発事故の被災地。福島県にあっても。
津波で根こそぎ家を流され、多くの死者を出した地域。生きてはいるが、前途に希望の見えない人達。
そこに温度差めいたものが生まれている。
例えば「寄り添う」という言葉がある。家族を亡くした人たちの喪失感に寄り添うということは、あり程度は可能だ。人は誰しも死者を得たという喪失感を経験しているから。
しかし、原発避難者にたいして「寄り添う」ということは、何を指すのか。難しい。
報道もそうだ。今は、ほとんどの報道は原発に目が行っている。根こそぎ街を家を流された三陸方面に関する報道は少なくなった。
同じ「応急仮設住宅」というところに暮らしながらも、そこから抜け出す方途が違う。
それは「支援」という、ボランティア含めた対処の仕方にも表れている部分がある。
津波で被災し、家族を失った人たちの多くの悲しみと苦しみ。あの津波の恐怖から抜け出せない人達。
わけのわからぬまま“強制避難”をさせられ、建物としての家はあるのに、そこに帰れないという「非情」さを抱えた人達。
風評被害なるものにさらされている福島の人達。
三陸の人たちは、「マスコミももう伝えなくなった。忘れられている」と感じている人達がいる。“復興”に向けて立ち上ろうとしている人達がいる。
前途に希望の見えない原発被害者たちがいる。
その“温度差”。それは「カネ」の問題になって具象化してくる。
いわき市はその渦中にあると言ってもいいかもしれない。
原発避難者には、一人10万円の賠償金が東電から支払われる。津波で家を流されて人たちには、賠償や補償は無い。うまくすれば生活再建資金が貸し出されることがあっても。
「家を無くした」。同じ環境にあっても、そこには乖離がある。カネの問題。それに端を発した”軋轢“。
原発は現在進行形。しかも放射能汚染という“差別”の対象。様々な制約の中、“復興”もままならない三陸。
共通しているのは“住民合意”という小さな民主主義だけか。
福島県の浜通りの一部は津波と原発のダブルパンチの被災地。宮城県にも放射能は飛散している。
風評被害は東北三県に及んでいる。
岩手や宮城でも沿岸部と内陸部には大きな温度差が発生していると現地の“地方記者”は見てとっている。
「東北は一つだ」。そんな言葉が色褪せて見えるような・・・。
敢えて言う。健康被害を恐れる人たちは、多くの死者に思いが及んでいるのだろうか。災害関連死した人達、つまり「避難によるストレス死」、そして自死した人たちの心情に思いが及んでいるのだろうか。
死者と生者の間に溝が生まれている。生者の中にも埋まらない溝が出来はじめている。
「がんばろう東北」「がんばろう福島」。そんな言葉に出合う度にやりきれなさを感じてしまうのだが。
「がんばろう」という言葉の理解や、意味合いや、受け止め方はともかく。
東日本大震災の“被災地”として、おおかた、6県の人たちの思いや、共同性は同じだった。
首都圏からの目も、関西圏からの目も、西日本からの目も「東北6県」だった。
東北六魂祭と銘打ったイベントも盛り上がり、東北は一つだった。
ある時期から、一つであった「東北」に微妙な亀裂が生まれたような気がする。
同じ被災地であっても、津波の被災地と、原発事故の被災地。福島県にあっても。
津波で根こそぎ家を流され、多くの死者を出した地域。生きてはいるが、前途に希望の見えない人達。
そこに温度差めいたものが生まれている。
例えば「寄り添う」という言葉がある。家族を亡くした人たちの喪失感に寄り添うということは、あり程度は可能だ。人は誰しも死者を得たという喪失感を経験しているから。
しかし、原発避難者にたいして「寄り添う」ということは、何を指すのか。難しい。
報道もそうだ。今は、ほとんどの報道は原発に目が行っている。根こそぎ街を家を流された三陸方面に関する報道は少なくなった。
同じ「応急仮設住宅」というところに暮らしながらも、そこから抜け出す方途が違う。
それは「支援」という、ボランティア含めた対処の仕方にも表れている部分がある。
津波で被災し、家族を失った人たちの多くの悲しみと苦しみ。あの津波の恐怖から抜け出せない人達。
わけのわからぬまま“強制避難”をさせられ、建物としての家はあるのに、そこに帰れないという「非情」さを抱えた人達。
風評被害なるものにさらされている福島の人達。
三陸の人たちは、「マスコミももう伝えなくなった。忘れられている」と感じている人達がいる。“復興”に向けて立ち上ろうとしている人達がいる。
前途に希望の見えない原発被害者たちがいる。
その“温度差”。それは「カネ」の問題になって具象化してくる。
いわき市はその渦中にあると言ってもいいかもしれない。
原発避難者には、一人10万円の賠償金が東電から支払われる。津波で家を流されて人たちには、賠償や補償は無い。うまくすれば生活再建資金が貸し出されることがあっても。
「家を無くした」。同じ環境にあっても、そこには乖離がある。カネの問題。それに端を発した”軋轢“。
原発は現在進行形。しかも放射能汚染という“差別”の対象。様々な制約の中、“復興”もままならない三陸。
共通しているのは“住民合意”という小さな民主主義だけか。
福島県の浜通りの一部は津波と原発のダブルパンチの被災地。宮城県にも放射能は飛散している。
風評被害は東北三県に及んでいる。
岩手や宮城でも沿岸部と内陸部には大きな温度差が発生していると現地の“地方記者”は見てとっている。
「東北は一つだ」。そんな言葉が色褪せて見えるような・・・。
敢えて言う。健康被害を恐れる人たちは、多くの死者に思いが及んでいるのだろうか。災害関連死した人達、つまり「避難によるストレス死」、そして自死した人たちの心情に思いが及んでいるのだろうか。
死者と生者の間に溝が生まれている。生者の中にも埋まらない溝が出来はじめている。
「がんばろう東北」「がんばろう福島」。そんな言葉に出合う度にやりきれなさを感じてしまうのだが。
2013年10月26日土曜日
1F、4号機の燃料棒取り出しが始まるという
未明の地震。寝入りばなの地震。起きて、やはりテレビを見る。震源地はどこだ。津波は・・・。
原発がどうしても気になる。過敏症ではないのだけど。4号機が気になるのだ。
大雨の汚染水よりも。
東電の「ふくいちライブカメラ」は4号機を望める場所に据え付けられている。
林立するクレーンを毎日見ている。
一昨年、原発爆発事故の時、4号機も爆発した。しかし、ちょっとした”偶然“で燃料棒は、格納庫にあって、損傷を免れた。もし、あの時4号機も他の号機のようにメルトダウンしていれば・・・。
菅が血相を変えて東電に乗り込み、怒鳴りつけ、「東北は終わりだ」と言ったのは、東北はおろか東京や関東一円まで大量に汚染され、人が住めなくなっていたからだ。斑目あたりがご進講したのだろう。その危険性を。
4号機にある核燃料棒はいちばん「量」が多いのだ。
来月8日に燃料棒の取り出しが始まるという。工程表の前倒しだと。クレーンで一本一本燃料棒を吊り上げ、キャスクという容器に入れるという作業。何の「覆い」もない中で。キャスクを水中に入れ、そこで”移動“させるということなのか。白日に曝した中で吊り上げるのか。
作業内容は8日までに明らかにされるのだろうか。
汚染水問題が解決していない中、その他の収束作業が進捗していない中、なんで4号機の作業を急ぐのか。
一日でも早くやりたい、一番”危険“なところだからだ。他の号機の燃料は溶けている。ここのは溶けていない。
もし、何かがあれば・・・。もしかしたら何かが起きる“兆行”があるのかもしれない。決して収束作業が順調に進行しているからの前倒しではない。そう思う。
4号機の危険性。現場にいる作業員の、前からいる熟練の作業員は、そのことを知っているはず。しかし、それをあからさまには言わない。いや、言えない。
東電本社も言わない。
クレーンの操作は手作業なのだ。一瞬の油断も許されない。極度の緊張を強いられる作業。
11月8日以降、もしカメラがそのまま据え付けられているのなら、カメラに釘づけだ。
燃料棒全体を収めたキャスクはどこに置かれるのだろう・・・。
毎日行われている東電の会見では、そのことは話題になっていると思うのだが。
汚染水どころの騒ぎじゃないんだぜ。
監視カメラどころじゃない。テレビは完全中継もんだぜ。許可されるかどうかはわからないが。
除染、イコール帰還。そんな状況ではなくなるはず。
一昨年、アメリカが80キロ圏内退避を言ったのは、4号機の爆発映像を見たからだと思う。燃料棒が無事だとわかって退避命令を解除したのだとも。
素人が危険を煽っているのではない。素人でもわかる危惧なのだ。
原発構内の様子は全くと言っていいほどわからない。一時投入された無人ロボットはその後どうなったんだい。まだ“活躍”しているのかな。
能天気なテレビはこぞって無人自動車の開発を技術の粋だともてはやしている。
ニュースの話題は特定秘密保護法のこと。とんでもない法律。原発のことも秘密の対象になるはず。
「原発」の現状から目をそむけさせようとでもしているのか。
当事者も語れない、語らない原発にしようとするのか。
安倍の思うがままにこの国は動いているような“恐怖”。
正確無比な無人クレーンなんて開発されているのか。いない。無人戦闘機は、もちろん人が遠隔操作しているのだろうが、無差別に人を殺す。
燃料棒取り出しに失敗すればこの国はどうなる。
もし工程前倒しに嬉々としている人がいるとすれば大間違いだ。嬉々じゃない危機なんだ。
やらねばならないことだが、やって欲しいようなやめて欲しいような。
でもやるっきゃない現状。
長々書くのはやめた。一言だけ。「あなたはそれでも原発を選びますか」ということだけ。
権力に不都合なことは「法律」を盾に封じ込まれるような国になること。そんな国を望みますか。ということ。
原発がどうしても気になる。過敏症ではないのだけど。4号機が気になるのだ。
大雨の汚染水よりも。
東電の「ふくいちライブカメラ」は4号機を望める場所に据え付けられている。
林立するクレーンを毎日見ている。
一昨年、原発爆発事故の時、4号機も爆発した。しかし、ちょっとした”偶然“で燃料棒は、格納庫にあって、損傷を免れた。もし、あの時4号機も他の号機のようにメルトダウンしていれば・・・。
菅が血相を変えて東電に乗り込み、怒鳴りつけ、「東北は終わりだ」と言ったのは、東北はおろか東京や関東一円まで大量に汚染され、人が住めなくなっていたからだ。斑目あたりがご進講したのだろう。その危険性を。
4号機にある核燃料棒はいちばん「量」が多いのだ。
来月8日に燃料棒の取り出しが始まるという。工程表の前倒しだと。クレーンで一本一本燃料棒を吊り上げ、キャスクという容器に入れるという作業。何の「覆い」もない中で。キャスクを水中に入れ、そこで”移動“させるということなのか。白日に曝した中で吊り上げるのか。
作業内容は8日までに明らかにされるのだろうか。
汚染水問題が解決していない中、その他の収束作業が進捗していない中、なんで4号機の作業を急ぐのか。
一日でも早くやりたい、一番”危険“なところだからだ。他の号機の燃料は溶けている。ここのは溶けていない。
もし、何かがあれば・・・。もしかしたら何かが起きる“兆行”があるのかもしれない。決して収束作業が順調に進行しているからの前倒しではない。そう思う。
4号機の危険性。現場にいる作業員の、前からいる熟練の作業員は、そのことを知っているはず。しかし、それをあからさまには言わない。いや、言えない。
東電本社も言わない。
クレーンの操作は手作業なのだ。一瞬の油断も許されない。極度の緊張を強いられる作業。
11月8日以降、もしカメラがそのまま据え付けられているのなら、カメラに釘づけだ。
燃料棒全体を収めたキャスクはどこに置かれるのだろう・・・。
毎日行われている東電の会見では、そのことは話題になっていると思うのだが。
汚染水どころの騒ぎじゃないんだぜ。
監視カメラどころじゃない。テレビは完全中継もんだぜ。許可されるかどうかはわからないが。
除染、イコール帰還。そんな状況ではなくなるはず。
一昨年、アメリカが80キロ圏内退避を言ったのは、4号機の爆発映像を見たからだと思う。燃料棒が無事だとわかって退避命令を解除したのだとも。
素人が危険を煽っているのではない。素人でもわかる危惧なのだ。
原発構内の様子は全くと言っていいほどわからない。一時投入された無人ロボットはその後どうなったんだい。まだ“活躍”しているのかな。
能天気なテレビはこぞって無人自動車の開発を技術の粋だともてはやしている。
ニュースの話題は特定秘密保護法のこと。とんでもない法律。原発のことも秘密の対象になるはず。
「原発」の現状から目をそむけさせようとでもしているのか。
当事者も語れない、語らない原発にしようとするのか。
安倍の思うがままにこの国は動いているような“恐怖”。
正確無比な無人クレーンなんて開発されているのか。いない。無人戦闘機は、もちろん人が遠隔操作しているのだろうが、無差別に人を殺す。
燃料棒取り出しに失敗すればこの国はどうなる。
もし工程前倒しに嬉々としている人がいるとすれば大間違いだ。嬉々じゃない危機なんだ。
やらねばならないことだが、やって欲しいようなやめて欲しいような。
でもやるっきゃない現状。
長々書くのはやめた。一言だけ。「あなたはそれでも原発を選びますか」ということだけ。
権力に不都合なことは「法律」を盾に封じ込まれるような国になること。そんな国を望みますか。ということ。
2013年10月25日金曜日
「風化と闘う」と彼らは宣言した。
いささか旧聞ではあるが・・・。
マスコミ倫理懇談会という集まりがある。年に一回、全国の新聞、テレビ、ラジオの関係者が集まって行う懇談会、討議の場。全体会議や分科会に分かれて。
今年は仙台で行われた。テーマは「震災被災地で問う、日本のあすとメディアの責任」。具体的テーマの一つが“風化”だった。
世の中のあらゆる事象には、常に、その“負”の問題として「風化」が伴う。
戦争は、戦争体験は風化した。原爆も風化した。水俣も風化した。阪神淡路大震災も風化した・・・。忘れてはならないと言っていた事件や出来事も。
風化とは世の習い。誰でもそれを知っている。だからか・・。
東日本大震災、多くの死者、途方に暮れた被災者。原発事故。15万人の避難民。
一昨年、それが発生して、国中が“騒乱状態”にあった時、多くに人は「風化させてはならない」と思った。誓った人もいる。
月日の経過は恐ろしいものだ。もちろん意図的では無いにしても、どこかで風化を招いている。それが“国難”であったとしても。
ある程度落ち着きを取り戻し、どんな形であれ“日常”を持った人たちは、日々の暮らしの中で、記憶が薄らいで行っているような。
マスコミ倫懇。略してそう呼ぶ。その大会宣言。
「メディアは手抜き除染など、多くの事実を発掘しただけでなく、被災者の声を報じ、震災の風化と闘ってきた」。
闘ってきたのかどうかを巡って彼らの中でも議論があったという。そう言い切れるかどうかという疑問を彼ら自身が持っていた。
表層だけを伝えていたのでは「闘った」ことにはならない。「隠れた、隠された真実」に迫らなければ風化は食い止められない。その覚悟と決意が有や無しやだ。
ボク自身の中でも“風化”は起きているかもしれない。それを食い止めるために、日々のすべてのことに優先してこの“亭主日記”を書いている。
風化に抗(あらがう)している人達もいる。
でも「被災地」の多くの人は風化が進んでいると感じている。
意図的では無いと信じたいが、永田町や霞が関では、マスコミの話題になりそうな、マスコミが好みそうなネタが提供されている。伝えなければならないことが次々と生まれている。
それはそれ、これはこれ。永久的に語り継がれなければないらないことはあるはずだ。区分けは出来るはずだ。
テレビはもっとあの日の津波の映像を間断なく伝えるべきだ。混乱の極みにあった避難所の姿を伝えるべきだ。
あの時、多くの被災者は、助け合いとか、人のために役立つとか、どうしたらここから脱却できるかを真剣に体験していたはずだ。
逆説的で皮肉な物言いかもしれないが、あんな状況があったから、人々は”希望“を見出そうとしていたのではないか。とも思う。
原発事故に立ち向かう人たちもそうだった。
「風化」とは、ある記憶や印象が時とともに薄れていくこと。手元の国語辞典にはそうある。まさにそうだ。
日頃、マスコミ批判に明け暮れている亭主。でも、このマスコミ倫懇の宣言を信じたい。その宣言をすべてのマスコミ人が心に刻んで欲しい。
多くの無念の死、その死者に報いるためにも。多くの原発避難者、その不条理さを他者として感じるためにも。
原発再稼働、それは「風化」のためのめくらましとも言えなくはない。風化させない限り、再稼働論議は起きないはずだと思うのだが。
伊豆大島の悲劇。それは次への教訓を生んでいる。「3.11」から学ぶことは多々ある。学ぶことで風化は防げるとも思うのだが・・・。
マスコミ倫理懇談会という集まりがある。年に一回、全国の新聞、テレビ、ラジオの関係者が集まって行う懇談会、討議の場。全体会議や分科会に分かれて。
今年は仙台で行われた。テーマは「震災被災地で問う、日本のあすとメディアの責任」。具体的テーマの一つが“風化”だった。
世の中のあらゆる事象には、常に、その“負”の問題として「風化」が伴う。
戦争は、戦争体験は風化した。原爆も風化した。水俣も風化した。阪神淡路大震災も風化した・・・。忘れてはならないと言っていた事件や出来事も。
風化とは世の習い。誰でもそれを知っている。だからか・・。
東日本大震災、多くの死者、途方に暮れた被災者。原発事故。15万人の避難民。
一昨年、それが発生して、国中が“騒乱状態”にあった時、多くに人は「風化させてはならない」と思った。誓った人もいる。
月日の経過は恐ろしいものだ。もちろん意図的では無いにしても、どこかで風化を招いている。それが“国難”であったとしても。
ある程度落ち着きを取り戻し、どんな形であれ“日常”を持った人たちは、日々の暮らしの中で、記憶が薄らいで行っているような。
マスコミ倫懇。略してそう呼ぶ。その大会宣言。
「メディアは手抜き除染など、多くの事実を発掘しただけでなく、被災者の声を報じ、震災の風化と闘ってきた」。
闘ってきたのかどうかを巡って彼らの中でも議論があったという。そう言い切れるかどうかという疑問を彼ら自身が持っていた。
表層だけを伝えていたのでは「闘った」ことにはならない。「隠れた、隠された真実」に迫らなければ風化は食い止められない。その覚悟と決意が有や無しやだ。
ボク自身の中でも“風化”は起きているかもしれない。それを食い止めるために、日々のすべてのことに優先してこの“亭主日記”を書いている。
風化に抗(あらがう)している人達もいる。
でも「被災地」の多くの人は風化が進んでいると感じている。
意図的では無いと信じたいが、永田町や霞が関では、マスコミの話題になりそうな、マスコミが好みそうなネタが提供されている。伝えなければならないことが次々と生まれている。
それはそれ、これはこれ。永久的に語り継がれなければないらないことはあるはずだ。区分けは出来るはずだ。
テレビはもっとあの日の津波の映像を間断なく伝えるべきだ。混乱の極みにあった避難所の姿を伝えるべきだ。
あの時、多くの被災者は、助け合いとか、人のために役立つとか、どうしたらここから脱却できるかを真剣に体験していたはずだ。
逆説的で皮肉な物言いかもしれないが、あんな状況があったから、人々は”希望“を見出そうとしていたのではないか。とも思う。
原発事故に立ち向かう人たちもそうだった。
「風化」とは、ある記憶や印象が時とともに薄れていくこと。手元の国語辞典にはそうある。まさにそうだ。
日頃、マスコミ批判に明け暮れている亭主。でも、このマスコミ倫懇の宣言を信じたい。その宣言をすべてのマスコミ人が心に刻んで欲しい。
多くの無念の死、その死者に報いるためにも。多くの原発避難者、その不条理さを他者として感じるためにも。
原発再稼働、それは「風化」のためのめくらましとも言えなくはない。風化させない限り、再稼働論議は起きないはずだと思うのだが。
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