1Fの作業員だった人が原発事故による被ばくで白血病になったと認定された。
最初のことだ。
何十年かかるかわからない廃炉作業。15ミリシーベルト以上の線量を浴びた人の数はもっともっといるはずだ。
当該機関がその気になれば認定患者はどんどん増えてくるのだろう。
これらの人にどれだけの補償がされるのだろうか。
そもそも「認定」が遅すぎる。
1Fの作業はこれからが高線量とのたたかいだ。従事する作業員の成り手は減ってくるかもしれない。いや、減るだろう。
特に熟練の人、もっとも必要な人は減る。
作業に当たる人は福島県人だけでは無い。日本全国からの手が必要なのだ。
小児の甲状腺がん患者も増えている。
それは福島県だけのことだろうか。
隣県では検査などまともに行われていない。
各地でいまだもって高線量地域があることも判明している。
事故による避難者。楢葉が全町帰還といっても、帰った人は300人余りだ。
“普通の暮らし”を失った人がどれほど多いことか。
自主避難した人は福島県人だけではない。関東圏、首都圏にだって避難した人は少なからずいる。
被ばく者の「認定」。どこか水俣と重なる。水俣の認定の耐えがたい遅れ。因果関係云々が主因だ。
原発事故だってそういうことになる。
原発事故は「福島」という言葉の中に封じ込められているような気がする。
「福島」、それは明治政府が決めた単なる行政区画だ。行政区画だけをもって事を運ぶ行政。
原発事故はその被災は福島の問題ではない。日本という国の問題だ。なぜかそれを「福島」という言葉で片付けてしまうような空気。
「福島県産」という“表記”ですませてしまう空気。
どうもこの国はどこかに「封じ込めて」しまうことをよしとする民族性があるのかもしれない。
米軍基地を沖縄に封じ込めて平然としているのもその顕著な例だ。
やはり原発事故は行政区画である福島県で語るものではない。
「フクシマ」として全国民が共有する問題であるべきなのだ。
原発の再稼働の動きが激しい。川内で事故があれば、いや、もはや「想定内」としてあり得ることなのだが、150ミリ以上被ばくすれば白血病を発症することが現実として判明した。
作業員の確保はどうするのか。当然発生する「避難」の問題をどうするのか。
福島原発の廃炉に多額の、予想不可能なような費用が投入されている。もう一回あり得る事故が起きればこの国の経済は破綻するだ。
その政策を推し進める人たちの思考回路の中には、作業員の健康・生命や避難した人たちの悲惨な人生なんて“存在”していないのだろう。
すべて「使い捨て」でいいということなのだろう。
だってこの国は経済成長至上主義の道を選択したのだから。
今さら何をだが今さらでも考えなくてはならない問題。
800人余りが海外に資産3兆円を保持している。それがセレブレイトされた、成功者としてもてはやされるということ。
原発問題は、あらゆる社会問題と連関しているという認識が欠如しているということ。
結語が書けない。「フクシマ」というのは日本のことなのだということぐらいしか。
2015年10月22日木曜日
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