2016年1月29日金曜日

永田町「陰の軍団」

どうでもいいことなんだけど・・・。
甘利の辞任会見、半分は本当のことを言っていると思う。
カネの受け渡しと秘書のことだ。

彼の秘書がどいう人かは全く知らない。彼だけでなく大方の議員秘書を。
だから「知っている」いくつかのことを書いてみる。

いつの頃からか「政策秘書」というのが出来た。それが政策立案にどれだけ寄与しているのかわからないが。そして「第一秘書」「第二秘書」というのがある。
彼らは国家公務員特別職という身分だ。

その他は政治資金管理団体も含めて、議員の自費や政党助成金の中でのその団体の「人件費」とされているはず。

かつて自民党の秘書団は大きな組織を為していた。そして派閥単位に秘書会があった。彼らは議員のカネ、献金も含めてだが、ある意味、その議員事務所の実権を握っていた。
さらにそれは相互扶助組織だった。

議員が落選すれば秘書は失職する。それを救済するのが秘書会の役目だった。

新人が当選してくれば、大物秘書をその事務所に回す。そしてその秘書が「永田町処世術」を“教育”する。

二世議員は大方父親の秘書を継承する。秘書は二代に忠勤を励む。

思い出すことがある。福田赳夫政権、折から導入された総裁予備選挙で、大平に負けた。「天の声にも変な声があると」言い残して総理の座を降りた。大平政権誕生の原動力は後藤田正晴が陣頭指揮をとった田中派秘書団の獅子奮迅の活躍だった。

民主党政権が出来、自民党が下野した時、生き残った秘書団が落選議員の秘書を支えた。
民主党政権、そこの議員に優秀な秘書は居なかった。官僚を抑えつけっることを良しとしていただけだから。

自民党が復権した。甘利の秘書が父親の甘利正の時から仕えていた人ではないのだろう。

秘書はあらゆる「陳情」をいかにさばくかが仕事だ。選挙区からの陳情。大変な数だ。選挙区の人間には「当選させてやった」という思いがある。
何でも持ち込んでくる。

窓口の秘書は担当官庁に電話する。時には出向く。
「うちの議員がどういう経過になっているかって気にしているものですから」と一声言えばいい。官僚はその言葉の裏の意味を十分知っているのだから。

甘利事件でこんな昔のことを想い出してしまった。まだ政治献金が、いわば野放図にされていた時代、秘書が自分の取り分と議員の取り分を“仕訳”している場面を見たこともある。

政治とカネ。およそ「民主主義」とは無縁の世界だ。

「おやじ」に終生忠勤を励む秘書もいる。おやじを踏み台にして成り代わろうとする奴もいる。

どんな秘書を持つか。それはその政治家の命運をも左右する。それらを敢えて「陰の軍団」と呼んだ次第。

「総理大臣とは孤独なものだぜ。」ある総理大臣経験者がしみじみ述懐したことがある。孤独な決断を強いられると。

安倍は、きっとあの生まれ育ちからして孤独に耐えられない人なのだろう。気心のあった人といつも“同調”していないと落ち着かない性格なのだろう。
これは秘書官経験者から聞いた話だ。

以前、今の公邸、前の官邸の首相執務室に入ったことがある。重い扉を閉めると外の物音すら聞こえない“孤独と言う名の妖怪”が隅で様子をうかがっているような雰囲気の場だった記憶・・・。

甘利の後任に石原を、担当政務にど素人の石原を据えたのも、その孤独感緩和の故では無いかとも思ってしまう。
安倍は「任命責任は私にある」と明言した。

任命責任とはなんぞや。責任がある以上、その責任をどう取るのかが問題だ。
口先だけのことでは済まされないはず。

何をもって安倍が任命責任を果たすのか・・・。何もすまい。あの“丁寧な説明”ですら“とんずらこいた”人なんだから。

さてさて、明日以降、国会はどんな展開になるのだろうか・・・。

2016年1月27日水曜日

「安心」・「安全」そして「不安」

「福島のお米は安全ですが、食べてくれなくて結構です」。
こんな題名の本がある。
主人公は相馬市の農家、震災と原発事故で農地を“追われた”人だ。
この人が言っている言葉だ。

福島県産の米は全袋検査されている。ベクレルは限りなくゼロの近い。極めて「安全」な米なのに、敬遠される。それは“消費者心理”なるものが「安心」を求めているためだ。

県外の消費者だけではない。県内でもわかっていながら県産のコメを食べることにためらいを感じる人もいる。どこか「不安感」をぬぐえないということなのだろう。

だから、決して開き直っているわけではなく、食べてくれなくても結構です、というのは、まさに「消費者中心」の「消費者本位」のこの社会構造に対する大きな違和感を言っているのではないだろうか。

消費、消費者、消費税・・・。連日のように“消費”という言葉が“消費”されている。消費の拡大が日本経済再生の本丸として、消費税アップが社会保障充実のためだとして。

だから「消費」ということを考える。

消費者のこと。

COCO壱番、壱番屋の廃棄食品の横流し事件。頭の黒いネズミは世の中に満ちている。廃棄物と知りながら売る業者。知っていて買う業者。

メディアを中心に語られることは「安全」「安心」の事だ。業者のモラルを追及することだ。

消費者優先と言う大義名分の社会構造にあって、賞味期限とか消費期限とが決められ、それを軸に食品流通は動いていく。

子供の頃、戦後まもなく、いやしばらくか。食えないものは腐ったものだけだった。それを見分けるのは嗅覚と口に入れた時の味だけだった。
どんなに古いものでも、それを腐らせないような工夫があった。
腐ったものを食べたことも何回かある。
食中毒になったことは無い。

腐る寸前の物まで食べないと飢えはしのげなかったのだ。
食べ物が無かったのだ。

なにも今の食の安全という思想を否定しているわけでは決して無い。そういう時代があったということだ。

たとえば一匹の魚だって、調理を工夫して全部食べられるようにしていた。
それが日本の“食文化”だった。

昨今の廃棄物横流し事件に戻る。何でもカネにしようとする今の社会風潮が根底にある。偽装を平然とやる風潮がある。
こうした商行為を許すわけにはいかない。

でも・・・。壱番屋からそんなに大量の“食品廃棄物”が出るのだろう。二次利用の工夫はないのだろうか。生産、仕入れに齟齬があるのではないのか。

食品ロス、食品廃棄物は年間600万トンといわれている。家庭から出されるもの、店から出されるもの。

その主因は、消費者心理。食の安全神話によるものではないのかと。
3分の1ルールとやらで、まだ十分食べられる食品が廃棄物にされる。

だから、壱番屋にも、事件の責任の一端はあるのではないかとも思う。たとえ「消費者」への責任は果たされていると言っても。

食べ物を粗末にしすぎる。何でも使い捨て時代。コンビニの弁当

食べられない子どもがいると、それも大勢いるというのに。飢えに泣く”難民“だって数多くいるとうのに。

「飽食」と「貧食」が同居している時代。なんとも言えない「もやもや感」にさいなまれる。

ちなみに我が家では賞味期限は全く気にしていません。とれたての新鮮な野菜の味も知っているけれど。
食材は努めて県産のものを買っています。もちろん米だって。

「食べ物を粗末にするとバチが当たる」。祖母の言葉を覚えています。

2016年1月25日月曜日

「責任」という言葉のこと

またもや、なにか事があるたびに、実相が伴わない「責任」という言葉が満ち溢れている。



まさに言葉の亡霊のような感じさえする。



政治にカネは付き物だ。



世の中、誰かに物を頼んだり依頼すれば、その“対価”としてお礼の意味でもカネが介在するのは世の常だ。



しかし、週刊誌が抜いたとはいえ、甘利の“疑惑”はとんでもない。



あっせん利得罪や政治資金規正法に明らかに抵触する。

オヤジギャグを言うのも不謹慎だが、余りにも脇が甘すぎる。



要は「なめてる」んだよ。その他疑惑やスキャンダルが言われても平然と居座るその他の閣僚含めて。



それに、やってることが“みみちい”のだ。



甘利はその責を問われて、「職務に精励することが責任を果たすことだ」と言ってのけた。



責任という言葉の真の意味は何なのだろう。



とにかくいろいろな場面で、世上おきていることに関して「責任」という言葉が多すぎる。



政治責任とは何か。普通は辞職を思い浮かべるのだが。



甘利の発言は責任と言うことに対して世間と認識が真逆だ。



安倍もよく使う。国民に対する責任を果たして行きます。と。それの意味もよくわからない。



責任野党って言葉をしきりに使うが、責任野党ってどんな野党を指すのか。



公共交通機関で事故があれば、メディアはすぐ「責任の所在は」とくる。



だけど思うんだ。



もっとも大事な「責任」というものが追及されていないと。明確にされていないと。誰も責任をとらないと。



先の大戦、戦争責任をとったのは誰だ。責任が明確にされないままじゃないのか。戦争遂行を唱えた国民にも責任の一端はあるのではないか。



原発事故の責任を誰がとったか。誰もとっていない。国家としての責任は“厳然として”存在するはずなのに。

賠償責任だって曖昧なままだ。



そして、なにかあると一般市民には「自己責任」という思考が押し付けられる。



責任、責任、責任・・・。



企業で不祥事があると、メディアは鬼の首でもとったように、責任追及を“正義”だとする。企業責任を問う。



じゃ、誤報の責任はどうなる・・・。“責任者”を更迭しただけでは済まないはずなのに。



「責任」という言葉の迷路にはまったような感じがする。



自然破壊。それの責任者は人間だ。地球の温暖化、それが引き起こす異常気象。それだって責任は人間にある。



自然は人間の“責任”を追及しない。いや、しているのかもしれないけど。

森林は伐採される。福島の自然は放置されたままだ。除染すらされていない。



自然に対する冒涜。それの責任なんて多くの人が考えない。



沖縄に押し付けられている米軍基地問題。



沖縄に対する責任を本土の人間がどれほど感じているのか。



軽井沢のバス事故。愛娘を失った父親の言葉は重い。



“今回の事故については、憤りを禁じ得ませんが、多くの報道を見ていると、今の日本が抱える、偏った労働力の不足や、過度な利益の追求、安全の軽視など、社会問題によって生じた、ひずみによって発生したように思えてなりません。今回の事故については、警察によって原因と責任の追及がなされ、また、行政による旅行業者の問題の洗い出しや、改善が行われることを期待しておりますが、すぐによくなるものではないと思っております”



この言葉から「責任」ということの本当の意味を考えることは出来ないのだろうか。



結局、この民主主義と言われる社会にあって、責任と言う重大な言葉をどう理解し、どう実践していくのか。



自分にもあらためて問いかてみる。


2016年1月17日日曜日

1・17から3・11へ、そして生きると言うこと

21年前のきょう、1月17日。早朝、会社の宿直からの電話でたたき起こされた。会社に行ったものの、とりあえずはテレビの情報を見比べているしかなかった。取材の応援スタッフを決め、待機させ、キー局や大阪の局と連絡しながら、何日か会社にいた。
いたことはいたけど、それはやはり“傍観者”でしかなかった。“当事者”にはなれなかった。

しばらくして、朝日新聞の県版のコラムに書いた。「阪神・淡路大震災と方丈記」という愚にもつかないコラムを。

衝撃的な天災だった。

その時、3.11が来るなんて夢想だにしていなかった。
2011年3月11日、午後2時46分。
1995年1月17日、午前5時46分。

なんで「46」という時間が重なっているんだ・・・。

多くの死者が出た。どうにか助かった人達は、それからの「生きる」ということに懸命だった。

あげく、3・11は原発事故という未曽有の災害を伴ってやってきた。

被災者がいる、助けようとする人がいる、支援に奔走する人がいる。その時、人は自分の中の「正しさ」を判断しながらそれに対処していた。

阪神・淡路大震災と東日本大震災。
ともに多くの教訓を生んだ。さまざまな事を人は学んだ。

神戸と東北3県はどこかでつながった。

神戸の小学生が福島を訪れる。南相馬の小高を見て回り、仮設の人の話を聞き、福島の実相を学ぼうとした。

子供たちは見たことを、聞いたことを、知ったことをどうするか話し合った。
「自分たちの言葉で、そのことを友達や知り合いに伝えよう。話をしよう」と決めた。

自治体はお互いに学びあった。どこかで1・17の経験が3・11後に生かされている。

郡山の開成山公園では、1・17後、早朝にキャンドルをともして「慰霊」と「鎮魂」の祈りを捧げる小さな運動が行われてきた。

今年もそうだった。

関東大震災後、東京の道路は大幅に拡幅された。しかし、今は、それを広いと感じている人はいまい。

神戸でも道路が狭いため、救出・救援活動は困難を極めた。
原発事故、避難命令。
狭い道路一本しかない“避難経路”。届かない情報。

津波の被災地域でもそうだ。避難道路があれば逃げ切ることが出来たはずの人も沢山いる。

3・11後、“復興”なるものについて子供たちはこういった。
「広い道路を作るべきだ」と。

原発再稼働。原発そのものの安全性が前面で論議される。避難道路や避難手順のことは後回しだ。

天災にしても原発事故にしても、人は「逃げる」ことしか出来ないのだ。
「逃げる」ことによって「生きる」ということが出来るはずだ。

数日前から、また列島各地で地震が多発している。いつ、どこになにが来てもおかしくないような気にすらなる。

都市の在り方含め、人知としてやれることはまだあるはずだ。小高を訪れた子供の話を聞いた友人は「想像力」を巡らせているはずだ。
神戸の復旧は、どこか「人工的」なものの感じがする。復興住宅には「人のぬくもり」が無くなったという。

丸5年を迎えるまでに、正しさとは何かと言う漠然としているようで、人間が失ってはいけないことについて、未だ出し得ない、自分を納得させることの出来ない“思考”の根幹について、語れるようなものを問い詰めて行く“作業”をあらためてしなくてはならないと思っている。

それは社会の在り方であり人の在りかたであるということも含めて・・・。

きょうは静かに神戸のことを想うつこりだ。なにかと縁(えにし)のあったところでもあるから尚更に・・・。

2016年1月14日木曜日

三猿としての「安倍政治」

猿を喩えにしては猿に申し訳ないが、“サルマネ”をさせてもらうことをご容赦。
日光東照宮に掲額されている3匹の猿。猿は語呂合わせで引き合いに出されたものかもしれない。

見ざる・言わざる・聞かざる。

論語の「不見・不問・不言」が由来だともいう。“ざる”が“猿”として具象化されてということのようだ。
世の中の悪いことを見たり、聞いたり、言ったりしないで、素直な人生をという教えだ。

これを安倍政治に当てはめてみる。
見ざるーーー。どこまで国民生活の実態を見ているのか。見ざるを決め込んでいる。都合のいい部分だけ見て、あとは見ぬふりだ。

気が向いた時に”アリバイ“のごとく行われる福島視察。彼が見た者は彼にとって都合のいい光景だけだ。もっとも「案内」するほうもする方だが。

国家論戦の中で、非正規雇用者、パートの問題。民主党の女性議員の“実態とのかい離”や論旨(ロジック)不明確なことを追及され、「揚げ足取りだ」と切って捨てた。あげく「枝葉末節な議論は止めましょう」と来たもんだ。

枝葉末節とはどういう意味か。取るに足らないどうでもいいことって意味じゃないのか。
政権が国会に提出した補正予算について議論がされているはず。予算に関わる政策について論議がされているはず。ならば、その政策も“枝葉末節”なのかという理屈だって成り立つ。

聞かざるーーの一つの事例だ。
とにかく、敵対心満載で国会に臨んでいる。ちょっとでも気に食わないことがあると、そのタネは自分がまいたにも関わらず、まさにいつも喧嘩腰。

ああ、宰相の器に相応しくないな・・・。と。
ヴォルテールの「寛容論」でも読んでみてはいかがと。

それは直接、政治に触れたものでは無いが。

そして、マックスウエーバーの「職業としての政治」でも読んでみたはいかがかと。これって政治家になるためのいわば入門編なんだけどな。

彼が聴く耳持つのはお側用人の「心地よい囁き」だけなんだろうな。

どうやら、彼は自分の環境でしか、それを基準にしてしか、“政治如きもの”が出来ないようだ。
「弱者」の声は届かない、聞かざるのようだ。

そして、奇妙なことを言い出す。参院選の焦点は改憲だと言い放ち、拉致問題をめぐる蓮池透の著作に関しては、俺の言っていることが正しい。著者は”問題人物“だ。俺が嘘をついているなら議員を辞めるとまで言う。

しかし1兆円の消費税軽減税率の財源は言を左右にして言わない。

蓮池の国会招致をしてみてはどうだろう。直接対決をさせてみればよかろうに。

数字を捻じ曲げて語るのも得意。自分に都合のいいように話をすり替える。
沖縄に関しては、さらに醜悪なことを言い出す。どこか民主主義を否定するかのような。

「安全保障に関わることは国全体で決めることだ。一地域の選挙で決定するものではない」。そう、沖縄の民意を意に介さないと言っているにも等しい。

 政府が決めるから地方は黙って従え、という意味なのだろうか。地方自治を完全に否定している。

福島県は十分このロジック経験済みだ。

それは長年にわたって積み重ねられてきた「永田町的非民主主義的論理」だ。

福島に「うそかえ祭り」という伝統行事がある。うそ鳥が悪い事の起りを身代わりとなって良い事に変えてくれるという言い伝え。

とかく虚言癖あり、誇大妄想あり、自己主張のかたまりみたいなお方。彼にも「うそ鳥」がついているのだろうかな。

2016年1月8日金曜日

「求めない・・・」老詩人の“遺言”

伊那谷のタオこと詩人の加島祥造翁が亡くなっていたことを新聞の訃報欄で知った。旧臘25日、92年の生涯だったという。
老子の思想に傾倒し、「タオー老子」という現代詩を書き、「求めない」という詩集では山間の素朴な暮らしの中から生み出された素朴な言葉が書き連ねられている。

「3・11」後、それを、特に原発事故をどう自分の中で捉えるか。その時書棚の中から取り出して来たのが「求めない」だった。

求めない すると、何かが変わる。

あの大災害があっても、結局は何も変わらなかった。多くの人が言葉を失っていた。その後出てきた言葉は、頑張ろうであり、絆であり、手を繋ごうといった言葉だ。どれも悪い言葉では無い。当然の言葉だ。でも、どことなく空虚なものに感じられていた。

「前を向うって言うけどさ、どっちが前だかわかんないだよ。それにもう十分頑張って来たし」。仮設の人の言葉が「タオ」の言葉のように聞こえた。

加島祥造の本をあらためて手に取った。付箋を貼ってあった詩を数編・・・。

「求めないー
すると
いま自分にあるものが素晴らしく見えてくる」

「求めないー
すると
もっと大切なものが見えてくる
それは
すでに持っていたものの中にある」

「求めないーすると
求めなくっても平気だと知る」


「求めないー
すると失望しない」

「求めないー
すると
いま在る自分をそのまま見はじめる」

「求めないー
ということはいまのままでじゅうぶんと知ることなんだ
じゅうぶんと感じないから求める?
ちがう、じゅうぶんと知らないから求めるんだ
体はじゅうぶんと感じているけれど
頭が知らんぷりしているんだよ」。

戦争中、子供ながらに教えられたことは“欲しがりません、勝までは”だった。
そして戦後、欲しいものはとりあえず今日の、明日の食べ物だった。
戦後の戦いは兵器の戦いではない。飢えとの戦いだった。

来る日も来る日もすいとん。サツマイモ、サツマイモ。

でも、よく考えてみるとあの頃の方がどこか倖せだったような気もする。
誰もが何も持っていなかったのだから。求めるものもわかっていなかったから。

世の中は変わっていった。
欲しいものはどんどん手に入れなさい。
そうお国が発破をかけた。

そして「我慢する」という欲望を「道徳教育」は教えなくなった。

戦後70年余り。人々は経済成長をひたすら求めている。消費が美化され、使い捨てが文化とされ、煌々たる灯りと高層ビル、煌びやかな服装、消費を煽るテレビCM・・・。

科学技術の進歩は止まるところをしらない。

国家は国民にいろいろな事を求める。
国民の“小さな願い”はなかなか聞き入れられない。
財布の中はポイイントカードが重なり合っている。
正月の福袋に”夢“を求める人が群がる。

求め過ぎている。分不相応なものも、身の丈に合わないものも。

求め過ぎた・・・。

それが原発事故の根底に横たわるこの国の「翳」だ。

でも、それに気づく人は少ない。

それを諌める人たちが、確実に減っていっている。いなくなっている。ということ。

冬の日の夕景が、なにかを囁きかけてくるような気がして。

2016年1月4日月曜日

「参院選挙の年」だということ

きょうから国会が始まった。通常国会では首相の施政方針演説が行われるものだが、当分はお預けらしい。

この国会、7月の参院選を睨んでの国会だ。そして安倍が目指すのはその参院選で与党過半数をかちとり、悲願である改憲に向けての地歩を強固なものにすることにある。

新聞は書く。通り一遍の表現で。
「約3か月ぶりの与野党の本格的な論戦の場になる」と。
本格的論戦とは何を指すのか。本格的論戦で無い物とは何だったのか。

前の国会終了後安倍はあの安保法案について語らなくなった。既成事実化したのだから何かを言う必要は無いということなのだろう。

しかし、彼は“採決”直前まで、自分の答弁の不適格さも含めて「丁寧な説明をする」と言ってのけていた。
その丁寧な説明なるのもを3か月間で聞いたことはない。そしてその非を批判したマスコミもほとんどない。

不特定多数の一般国民に対して、市民に対して、彼は語りかけることを好まない。何かを恐れているからだ。それは自分の能力の足りなさだ。

国会で、またぞろ誰かが書いた文章を読み上げるしか能はないのだ。
それでも、国会の場で、国会なるものを形骸化させてしまってはいるけれど、あらためて、その賛否はともかく、国民を納得させる「丁寧な説明」が求められているのだ。まずはその約束の履行から始めねばならないのだ。

安保法案は新三本の矢と言う名の、“経済政策”にすり替えられた。

改憲を絡めて、安保法案についてどれだけ野党が攻め切れるのだろう。
論破できるのだろう。

選挙のたびに行われるマスコミの世論調査。支持率含め。そこには必ず「無党派層」と言う区分けが登場する。そしてどうやら論調は無党派層を政治的無関心層と位置付け、それらの人をどこか非難する傾向を読み取る。

今の既成政党のどこかを支持していなくてはいけないのか。支持する政党が無いというのは当たり前のことなのだ。

暴論の類かもしれないが、今、日本の政党政治は岐路に差し掛かっている。
もっと言えば、正当なるものを全部解散してほしいくらいだ。

制度としての民主主義。議員各人にも「個」が存在するはずだ。有権者は政党の「コマ」として議員の名前を書いて投票しているわけではあるまい。

反安倍政治を標ぼうして、野党や市民の間に、これまで無かったような動きがみられる。
共産党が実相はともかく、野党統一を掲げて動き出している。党名変更もやぶさかではないとし、自衛隊も安保も容認するという姿勢だ。それに学者や若者などの市民層が交わる。

この動きを、既成概念で見て来た人たちは「野合」と位置付ける。それは野党の中にあってもだ。永田町の論理を“堪能”してきた人たちだ。

選挙権が18歳に引き下げられる。今、街場で民主主義を語っている多くはその18歳を中心とした若者たちだ。

参院選に向けての動きは戦後民主主義の在り方を問うものになるような予感がする。

だから、あらためて、「民主主義とは何か」「憲法とは何か」を一人一人がお仕着せの言葉では無く、一人一人がじっくり考えなおす。それが今年の政治にまつわる在り様だ。

奇をてらうわけではないが、民主主義や憲法を語る上での恰好な材料は「福島」なのだ。10万人もの避難者がいる福島。その人たちは憲法の恩恵に浴しているのか。そのことだって考える足掛かりになるはずだ。

とにかく、今年は人々が保身であったであろう「沈黙」から抜け出る時のような気がする。

2016年1月1日金曜日

「・・・始まり」について

時計が時報をうつと同時に、「よいお年を」という挨拶が「あけましておめでとう」に変わる。その“瞬間”とは何を意味しているのだろう。

そんな見当はずれの感想はともかく、新しい年を迎えた。2016年。あれから丸5年を迎える節目の年だ。

2011年、古稀を迎えた。それを一つの区切りとして毎年出していた年賀状をやめると書かせていただいた。無礼とは思いながらも・・・。
2012年を迎えた時、もし年賀状を続けていたら何を書くのか悩んだことだろう。
多分、何も書けなかったと思う。それでも300枚ほどの賀状を頂戴している。
嬉しいものだ。感謝にたえない。

年頭所感とは言わないまでも、年の始めにあたって想うことを書いてみる。

今年の干支は丙申だ。申年である。申は猿に置きかえられる。

猿は山の神だとも、山の神様からのお使いだともされている。

「三猿」というのがある。日光東照宮にある三猿。「見ざる・言わざる・聞かざる」。東照宮の謂れはともかく、この「三猿」が今年もこの国を“支配”するのだろうか。

去年ほど、民主主義とか平和とか戦争とか、そして憲法まで市井の人たちの関心が高かった時代はない。戦後70年と言う節目だけではなかった。

”危険“な空気を察知したからだと思う。

先頃、新聞の投書欄で21歳の学生のこんな投稿を見た。
「大学のゼミ合宿で沖縄を訪れた。沖縄に行くと友人に伝えたら、“うらやましい”と言われた。東京の学生にとって沖縄は観光地なのだ。
私も沖縄に行くまで沖縄の基地問題に興味がなかった。しかし、普天間飛行場や辺野古の反対運動を目にして、衝撃を受けた。長年基地問題解決を願っている人がいるのに、なぜ変わらないのだろうと思った。
私は沖縄で変わった。そして、国民一人一人が考えるべきことを国民は知らないということも分かった。無知だから無関心なのだ。そう思った私は沖縄から帰ったあと友人に沖縄の現状を伝えた。もっと知って欲しいと願いを込めて」。


そしてこんな投稿もあった。17歳の高校生だ。
「今年校外学習で広島・長崎を訪れ体験者の話を聞く機会を得た。体験談に胸を打たれた。私たちは日頃から積極的に戦争について考えることがあまり無い。戦争への意識が希薄になってしまう。だから、戦後70年と言う節目を大事にすることは重要だ。けれども、その時限りのものでは意味が無い。戦後71年だろうが72年だろうが、いつでも戦争に対する意識を持っていたい。戦後70年を“ブーム”に終わらせてはならないと思う」。

覚醒した「若者」が多いということ。たぶん、それは今年にもつながっていくだろうという確信を持つ。

そうなのだ。戦後はまだまだ我々を取り払ってはくれないのだ。

シールズの若者たちが、「リ・デモス」という団体を憲法学者や市民たちと立ちあげたという。

なにかがまた「始まる」予感がする。

あの奥田愛基くんの”原点“は福島にあるという。3・11後の支援活動に現地でたずさわりながら、その後の社会を見て、考えて、この国を変えなくてはいけないと思ったとも言う。

今年は参院選がある。同日選とも言われている。
政治の世界はこの選挙にむけてすべてが動いていくのだろう。

「選挙に大義はいらない。勝つことのみだ」。自民党の首脳がうそぶいているという。
その前に4月は「安保法制」が施行される。
改憲論議が増すだろう。選挙の争点に据えてくるだろう。
全ては改憲の為に。韓国とのこともそう受け取れないことはない。

また一年間、折に触れて「民主主義」を語るつもりだ。

憲法前文。戦後民主主義を言い当てている文章だ。理念だ。
少なくともこの前文にだけ関しては一切の改憲論には与しない。

新しい年の始めにそんなことを考えている。とにかく「無関心な大人」が「考えない大人」が多すぎるのだ。

もし、メディアがより一層「沈黙」を強いられるなら・・・。
一つの小さな声であっても、老骨鞭うって、言い続けていかないといけないのかと思っている次第。

今日は昨日の続きなのだから。

避難生活者はまだ18万人もいると言う。