2010年12月31日金曜日

「錯覚」なのかと

大晦日。いよいよ今年も終わり。ご来店各位ありがとうございました。

今年一年、言葉で表すってのが流行っており。大体が漢字一文字ですが。世相みるに亭主は「錯覚」の一年だったと。去年の政権交代。これってやはり国民の「錯覚」だったのではと。そして政権を担当した民主党連立内閣。政治を知悉しない人たちが政治というものに、政権というものに「錯覚」しているのではと。小沢クンだって自分の力や立場を錯覚と。

今朝も新聞が伝えています。年越し派遣村は今年は無いからはじまって、失業者が280万人。

貧困、孤族、地域社会の崩壊・・・等々。人々の絆が無くなり、つながりが無くなり、孤独なひとが多く、無縁社会なるものが生まれ。

人は皆、さびしさを抱えて。年越しの孤独感に耐えられず自死する人も出るとも。

人と人のつながり。犯罪を起こした人も言う。ネットだけが頼りだとか。ネットでつながっているとか。子供たちの間ではメールのやり取りをめぐっていじめ問題にも発展するとか。

ネット以外に居場所が無いという人多し。ブログ書いたりつぶやいたり。それにレスがあってつながりを感じるという。

ネット。偽装のつながり、架空、匿名社会での。顔を見てのつながりではなく。見えない顔につながりを求める。人は人と相対し、顔をみて話すことで絆やつながりが生まれるもの。ネットでつながっていると思うのは絆の錯覚。

なんでもかんでも地域社会っていうけど、顔の見えない、会ったこともない町内会長、民生委員。地域社会なんてとっくに崩壊している。それを金科玉条の如く言うのは、村社会が存在していると思っている、いや無いもののせいにする一つの錯覚。幻覚。

完全にデジタル化していないのに、3Dテレビがどうとかこうとか。3D。単なる目の錯覚じゃないのかと。

あと数時間で今年も終わりかい。日付の錯覚であってほしいとも(爆)。紅白見ながらたぶん思うでしょう。なんだい去年と同じじゃないかと。ここでも起きる自分の錯覚。

2010年12月30日木曜日

結局「エコ」がわからない

歳末でございます。なんか慌ただしい。嫌いなんです。この雰囲気。サラリーマンは大方休み。自営業の方は明日までというとこも多々。世の中様々。

買い物で駅ビルへ。郡山駅の中に食品館ピボットというところがあります。魚、寿司、肉、野菜その他・・・。そこそこ上質な物を取り扱っており、暮れの買い物客できょうも大にぎわい。なにせ駐車場が満車だったのだから。

どうもここで買い物する気になれない。隣の輸入食材ジュピターは大好きなんだけど。どうしてピボットが嫌いかって。レジです。

「買い物袋持ってますか」。判で押したような事務的、マニュアル的応対。もし「無い」とでも言おう物なら無理矢理っていうくらいに一枚5円でポリ袋買わされる。持ってない人を睨むようにして。

この「エコバック」導入、だいぶ前からなんですが。まるで持ってない人は悪人のような。会社帰りのサラリーマン。無理矢理買わされるポリ袋。弁当買っても。あの袋が一枚5円もするの。まるで罰金のよう。ヨークベニマルってスーパーは3円。欲しい人はその旨書かれた札を籠に入れる。強要はなし。

レジ袋一枚って1円以下。4円以上はピボットの儲けなんでは。

エコを逆手に、いや大義名分にした営利。

役所が発表するエコにかかわる数値。信用出来ず。エコポイントなども要は電化製品作っている会社をもうけさせたようなもの。テレビ至っては言語道断。誰も望まぬデジタル化。

エコということで儲けた人達多いんでしょうね。2010年の回顧(爆)。レジ袋廃止で、エコバッグなるものが売れたし。風が吹けば桶屋が儲かるの論法か。

鳩山前首相が唐突に言い出したCO2,25%削減。意味無しだった。挙げればキリがない偽装エコ。

ゴミはポリ袋に入れてゴミ置き場に出しているんですよ。袋に入れておかねば回収もしてもらえない。レジ袋廃止、塵も積もればってことなのでしょうが。

余得に預かっている商売のやり方が気に入らない。食品館ピボットの経営主体はJR。

2010年12月29日水曜日

「工事中」なのです

官庁の御用納めとやらも終わり。街のあちこちで見られた工事中の看板はなくなったようですが。

当からから亭、目下「工事中」と相成りました。見られないって問い合わせや”抗議”もいただきまして。恐縮です。

サーバーの変更というかブログをこれまでのムーバブルタイプというのからグーグルのブロガーというのに替えるとか。合わせてホームページ、トップページその他も更新ということのようです。

なんか他人事のような書き方ですが、はい、当店、管理人さまがいらっしゃいまして。「そろそろ更新しましょ、書きやすいし、写真や動画の貼り付けも簡単だし、スパムもなくなるから」って言われまして。「はい、よろしく」ってことになった次第です。一応新年から新規開店ということなんですが。

書くことは出来てもシステム系はさっぱり音痴の亭主。管理人さんにお任せ。なんだかんだと管理人さん頼り。

とうことでここまでたどりついていただけた方はここを「お気に入り」にでも登録していただければと。

携帯から覗いてくださっている方がどうすればいいのか。年明けに管理人さんからいろいろ説明受けることにしていますが。

写真貼り付け簡単ということなので何かとも思ったのですが何も用意できておらず。コメント投稿が容易なのかどうかも試して居らず。すんません。無責任で。

これから事務所の掃除にチャレンジしてみます。面倒だけど仕方ない。書類や紙切れの山をどうすればいのか。一番の悩み(爆)。

ああ、政界も大掃除ってことにならないのかな。

とりあえずのご挨拶で。

2010年12月28日火曜日

なんとなく・・・

この余りにも漠然とした言葉。曖昧模糊とした雰囲気をかもしだし、確固とした意思を表せない言葉。「なんとなく」。
その「なんとなく」にとりつかれています(笑)。年の瀬、なんとなく慌ただしい。なんとなく気ぜわしい。大掃除はおろか小掃除を終えていないことへのアセリ(爆)。
なんとなく体調優れず。気力湧かず。そりゃ昨夜の酒のせいだ(爆)。つがれるがままの熱燗に。作られるままのお湯割りに。若干二日酔いの症状かもしれない。
テレビ見てると、新聞読んでいるとなんとなく腹が立ってくる。イライラ感さえ伴って。なんでこんな話題しかないんだよって。画が音が耳に障り目に障る。こりゃ不定愁訴だ(爆)。
なんとなく「ぼんやり」してしまう。ぼんやりした頭に浮かぶ言葉。「将来に対するぼんやりとした不安」。そう芥川龍之介の"最後の言葉"。もちろん、それは健康問題だったようなんだけど、今は社会に対して抱く思い。ぼんやりとした不安。将来への不安。
なんとなく暮れを迎え、大晦日になって。なんとなく新年を過ごすのか。はは、のんきだね(嗤)。

2010年12月27日月曜日

凋落するのか新聞は

新聞の発行部数が大幅に減っているという。2010年。5,000万部を割り4,000万部台へ。一年間で100万部の減。

新聞がつまらなくなったのか、必要とされなくなったのか、テレビが台頭したのか、購読料がはらえないのか。巨大メディアの凋落を見る思い。

新聞・テレビ・雑誌・ラジオ。広告収入低下の一途。経営難、経営難。とってかわるネット。新聞は読売まあまあ、朝日はその後塵を拝し。毎日・産経は・・・。

ニュースはテレビで見ればいい。ネットでみればいい。ネットも携帯で十分。そんなご時世。その日のニュースや出来事はそれで知るのだけで十分でしょうが。

まだまだ、というか、やはり。新聞でなければ果たせない役目がある。ネットでは見られない記事に意味がある。特集ものや企画物。十分な紙面を割いて書かれたルポ。今を考えるヒントを提供してくれるのは新聞と。

ツイッター含めネットの速報性は群を抜くし、テレビも然り。新聞社も勢いネットにシフトしているけれど。

新聞社も人材確保に懸命とか。テレビへの「天下り」もろくでもない奴だけ。ましな奴は大学教授などへ転身とか。

もし新聞が無くなれば。日本人の「知」はどうなるのか。繰り返すようだが新聞でなければ果たせない使命ありと。

新聞の凋落は日本人の「知力」や「考える力」の凋落につながりかねない。最早メディアの棲み分けは不可能になったのか。

そんな中、元日の紙面は各紙どんな記事や特集で飾るのか。それが来年一年間の新聞界の趨勢を占うことにもつながるかも。そして来年は購読料値上げもあるのかな。

新聞を世帯の半分もとっていないという現実。それも新聞人の自業自得と切り捨てるのはちと哀しいかも。

2010年12月26日日曜日

白の光景

歌では聴きなれた光景。ホワイトクリスマス。今年はまさに歌を地でいったようで。木々も街中もすっかり白の光景。心も白く出来たかな。
慣れたもんだとはいえ、やはり雪景色は冬の本格化を告げる。冬といえばこの政界。しらけきった冬。やることなすこと寒々しく。連合なんていう労組がしゃしゃり出て菅と小沢の仲を取り持とうと。怨念対決ひた走っているような二人。弱体労組が何を出来るっていうんかい。昔の社会党と総評の関係ならいざしらず。
白い雪景色の中で行われた愚か事。歴史は夜、作られる。連合主催の会談で何かが生まれるわけなし。ポーズ。ポーズ。しらけきった雰囲気だったとは当たり前。
誰も知らないところで何かが進行してるかも。
きょうも一日白の景色。きのう知り合いが会津でつぶやいていた。車に閉じ込められて帰れないって。郡山まで8時間だったとか。そしてきょう判明したのが300台の立ち往生。いまだ道路通行止め。
被害者にとっては雪は魔物。窓から見る雪景色は絶景。天国。どこにいるかで白の意味が変わる。
さ、年の瀬。一年間を真っ白にして真っ白な手帳に替えるのか。
白が消えた道路は黒に。泥水の道に。
白い犬をより白く。雪の中、シャンプーに出してきました。
垣間見るとホワイト犬電話での、つぶやき多し。

2010年12月24日金曜日

指の話

一昨日は坪井病院のクリスマスロビーコンサート。佐藤眞人さんのフルート演奏。よせばいいのに亭主はカフォン持って飛び入り、押しかけ、強制参加。多少練習はしたのですが。

頭に描いたリズムが指に手に伝わらない。やりたいように出来ない。どうにかこなしたものの終わったあと「ほろにがビール」。なぜって喉がからからだし。

そして昨日。手も腕も指も痛いのです。

病院ですれ違った顔馴染みの看護婦さん。また言われた。「タバコ臭いですよ。1月にはお薬入りますからね。禁煙成功を期待していますよ」。おもわず思いだしたCM。小指を立てて。「私はこれでタバコをやめました」(爆)。「会社を辞めました」ってのもあったっけ。

携帯電話の調子がイマイチ。傷だらけだし。替えようかな。スマートフォンに。流行を追いかけたがる亭主の悪い癖がまたもや。お悩み中なり。

携帯でメールやってる人を称して誰が名付けたか「親指族」。さっき登場したiphne4所有者。タッチパネルの操作は全部人差し指。

かつてみゆき族とかタケノコ族ってのがいたけど今は死語。親指族も放逐される運命か。変わって登場、人差し指族。なんかピンと来ないな。誰かが上手い命名をするかな。

年を経るごとに痛感している指のこと。指紋が摩耗しているのか。本のページを繰ったり、新聞のページを繰ったり。紙をいじるときは親指を舐めている。無意識に。ブザマだね。指を舐め舐め金勘定なんていうのは夢のまた夢。(爆)。

脳の指令が行き届かない指はパソコンのキーボードも打ち間違える。
きょうはクリスマスイブ。神の御手にすがってこようかな(笑)。

2010年12月22日水曜日

落とす「腰」もないのでは

横綱白鵬が官邸訪問。菅総理を"激励"したとか。土俵際に追いつめられた時の極意を伝授。

「腰を落とす」。

うまいことを言うもんだ。横綱はそれで何回も危機を救って来たことでしょうが。

土俵際、崖っぷちの菅政権。

それで乗り切れ、逆転も可能なら腰を落としたいところでしょうが。落とす腰も無いのでは。
一部報道機関の調査では「反小沢」の旗幟鮮明にしたことで支持率上昇とか。
この小沢問題、言ってみれば党利党略、私利私欲。

どっちもどっちの泥仕合。

党の攻撃の仕方だって然り。国会対策、統一地方選対策。ありきたりですが国民不在。
打ち出す政策は、いかんせん愚策の数々。

そしてマスコミ。今朝の某紙。「菅の昼飯は"孤食"だ」と。

どうでもいいじゃん。

メシを一人で食べようと秘書官と一緒に食べようと。
で、孤独だとか孤立だとか。
変わった視点の記事のつもりなんでしょうが読んだ方はバカバカしくって(爆)。
孤食の若者、都会にはうようよだよ。そっちに目を向けるのが先かと。

腰を落とせないなら、どうせ腰がひけているんだから、世間をあっと言わせるようなことやってみれば。
世間が腰を抜かすようなことやってみれば。
そうです。解散、総選挙。小沢除名。民主党解体。
身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ。相撲の極意。

うっちゃり。

保身じゃダメ。

身を捨てる覚悟ないと。そこまで言わなかった白鵬はやはりやさしい横綱だ(笑)

2010年12月21日火曜日

市役所の窓口

健康保険組合からの指示で「被扶養者の非課税証明書」とやらを貰いにいかなけらばならず。久々市役所に行ってきました。市民課の窓口。どの用紙に何を書いたらいいのかわからない役立たずの亭主。多分、案内人のようなひとがいると思いきや。いない。


困惑した表情できょろきょろしていたら窓口の女性とたまたま目があった。「誰か案内係の人いない?」って大声の亭主。その女性、後ろの方にいる職員にこえかえるんだけど誰も無反応。パソコン画面にむかったり書類見てるようなふり。そう、ふりにしか見えない。


まさか「怖いおじさん」と思ったのかどうか。その女性がカウンターまわって飛んできてくれて。彼女はやるべき応対"客"はいるはずなのに。事情説明。健康保険組合の書類見せて。書くべき書類を出してくれて記入欄に鉛筆で印つけてくれて。「番号札を取ってお待ち下さい」。亭主の番号121番。その人の前には120番の電光表示。その"客"終わり呼ばれて。


笑顔で応対してくれましたよ。その女性。窓口にもいい人いるもんだって。思わず名札見たら「臨時職員、なんとか妙子」。なんとかっていうのは覚えたつもりが忘れてしまう亭主の"老化現象"(爆)。


市役所の臨時職員ってどんな位置にいるのかしらないけど正職員でないことは確か。給料も安いだろうし一年間の更新かもしれないし。でも、その臨時さんが"客"の方からすれば一番役に立ってくれているし親切だし。うしろで鼻毛引っこ抜いたり、仕事してるそぶりだけ見せている正職員ってなんだい。


なんとか妙子さんのお陰で亭主も笑顔になれたし、一日不愉快な思いをしないで済んだ。市民課窓口の手本。これって役所の教育ではなく個人の素養の問題なのか。


市民を"客"呼ばわりしないでいいから、もっとまともに仕事しなさいよ。正職員さん。正職員に亭主の知り合いも多々おり。この人達はまともだけど、やはり典型的お役人体質の人はいるってこと。


市役所は現場の臨時職員でもっている。市役所だけでは無し。こんな例各所で多し。民間だってそう。派遣社員の受付嬢の応対の仕方でその会社の評価、評判が決まる。窓口は顔なんだ、顔。


原市長さん、このなんとか妙子さん「慰労」してあげてね。今度会ったらまた言うけど。



2010年12月20日月曜日

金持ちの「区分」

年収いくらが金持ちなの?ってことです。
税制改正で配偶者や扶養者の控除を減らすことになった問題。政府の提案しているのが年収1,500万円以上は「富裕層」ってことで控除を減らす。いわば"増税"。
政府は決めたんです。年収1500万円以上は金持ちだと。さ、議論百出。年収1500万円以上の給与所得者は1,2%。50万人。ごく少数。1500万円以上のサラリーマンが声をあげた。「俺たちは金持ちじゃない」って。
難しい金持ちの区分、線引き。家族構成にもよるだろうし、生活様式にもよるだろうし。単身赴任者なんて出費は二重だし。
こまった海江田くんは新語を持ちだした。「中間層」だって。笑える。1500万以上。たしかに中間管理職多いし。
バブルの時代は決して富裕層に数えられなかった年収の方々。今のご時世。やはり1500万以上は金持ちというか富裕層に入りのでは。いいじゃない。富裕層なんて言われるのは出世した証拠(笑)。
給食費を払わない親が激増。こども手当で天引き出来ないかと模索する政府。天引きというか相殺というか。当然のこと。1500万以上の給料貰っていて給食費腹払わない親もいるとか。
家にオカネが無くて給食袋を学校に持っていけなかった亭主の小学校時代。あれは辛かった。数日遅れの支払い。親も懸命に給食費を稼いだ。給食費は払えなかったけど貧乏人とは思っていなかった。だって家があってメシも食えていたもん。
個人情報がなんとやらで所得ランキング公表されなくなったけど億万長者ってのもいっぱいいるはず。たとえばユニクロ社長、たとえば携帯会社の社長等々。
政府が勝手に作った金持ちの区分。それぞれがどう受け止めるのか。

2010年12月18日土曜日

すべてのことに「時」がある

天の利、地の利、時の利。この時とはいわばタイミングということでしょうか。すべての事柄には為すべきタイミングがあるのです。それをはずしたり、間違えたりすると同じ事をやっても意味がなくなる。いやかえって逆効果になる。


戦国武将は、この天の利、地の利、時の利を考えた。間違えたら勝つべき戦も負け戦になるから。民主党政権のやっていること、おしなべて時の利を心得ていない。タイミングを間違えている。


なんでいまさら小沢の政倫審なのだ。やるならもっと早くに動くべきタイミングがあったはず。参院時の消費税発言とて然り。税制改正大綱出来たら、マスコミはこぞって消費税論議をすべきだというのに。あの時はコテンパンだった。


強制起訴控えた小沢には「司法の場」という大義名分が出来てしまった。政倫審なんてちゃんちゃらおかしいって理屈が筋が通っているように見えてくるから不思議。


沖縄問題も然り。今では遅すぎる。尖閣問題もタイミング間違えた。


そして月曜日には菅・小沢会談だとか。明日では遅すぎるってことになるはず。


菅さん、碁打ちのくせに三目先までも読めないへぼ碁なのか。小沢は八目先まで読んでいるはず。


亭主も「時」を間違えないようにしないと。死ぬ時はまだちょっと先だと思うけど、どうも一日の段取り含め「時」を間違えているようなこと多々ありのようで。

2010年12月17日金曜日

東京日和

昨日当からから亭は休業。亭主、東京へ行っていました。三月に一回の慶應病院センセイ表敬と初台への"センチメンタルジャーニー"。


新幹線大宮駅。ふと車窓みて気づく。鉄道博物館ってのがある。そう言えばそうだった。子供の頃、よく万世橋にあった交通博物館に遊ぶに行ってたっけ。毎週のように。兄弟や友達と。なけなしの小遣い使って。


東京都というけど、埼玉県というけど、神奈川県というけど。行政区画は分かれているけど、自宅、勤務地同じ圏内。千葉だって。みんな県は東京都を中心とした小惑星みたいなもんじゃない。大宮だって東京じゃないか。変な思いにとらわれる。なんで、今更って(爆)。


JRでお茶の水乗り替え。神田川沿いの光景は昔と変わらず。ちょっとした一角だけだけど。壊れてしまいそうな小さな家が数軒、軒を連ねている。大学生の時と変わらぬ風景。なぜか、なごみ、ほっとする。この光景、芥川賞受賞作、「ひとり日和」の光景に似ている。なんって言ったっけ、あの作家、女性。そうだ青山七恵って言う人だった。主人公の知寿と遠縁のおばあちゃん吟子さんがしばらく暮らした駅の見える、電車の音が聞こえる家。小説は京王線だったけど、読んだ時思い浮かべた光景はお茶の水だった。


初台。あった筈の建物無くなりビルに。空き地やシャッター商店が目に付く。テレビが映し出すあの雑踏の中を行く人達って結局どこへ帰って行くのだろう。新宿の隣の駅前は閑散としているのに。東京に集まって千葉や埼玉、神奈川に帰っていくのかな。


寒く冷たい空気の東京でした。とても想い出にひたる日和じゃない。日和にはもうひとつ意味が。「事の成り行き」ってのが。そう言う意味での東京日和。



2010年12月15日水曜日

それにしても変な政党だ

言わずもがな民主党。世論調査なるものの信憑性、正確な民意性はともかく。つるべ落としの秋の日の如く、その支持率、信頼性の下落には眼を覆いたくなる。人材がいない。政治がわかってない。組織としての体を為してない・・・。


幹事長が一兵卒に会いたいと言っても御返事無し。上官の命に背いておとがめ無し。三顧の礼を尽くしたかどうかはともかく。会いたいという申し込みも直接出来ず職員に依頼とか。一兵卒転じて雲上人となり。


幹事長には会わないが夜な夜な側近とは飲み食いかつ喋り。人嫌いじゃないんです、多分淋しいのか。そして側近なるバカ共は声を揃えたようにいう。「政権交代を成し遂げた立派な人を、力のある人を政倫審に引っ張り出す、お白州に引き出すなんてのは許せない」。あなた達が決めた、作った議会の中の機関でしょ。小沢くんだって一度ならず「決まれば何処にでもでも出て行く」って言ったはず。あなたたちは議会人であるはずなんです。民意に背いているのです。言動、行動が。


"小沢擁護"で日夜駆け回っている議員さん。あなた達の本分は何なの。当選させて貰ったという恩義だけに支えられているの。次回選挙落選決定。


あげく飛んで行ってしまう筈だった鳩が舞い戻ってきて、日々鳴き声をあげる。意味不明の。総理大臣経験者は終わったら一線退きなさい。みっともないよ。


そして言葉を知らない政権側。総理大臣が仮免なんていうかと思えば、あの影の総理と言われる三百代言長官がなんと。沖縄県民に基地を「甘受」しろって。言葉を知らない人達がうごめいている言論の府。日本国民も諸外国もあきれているはず。


なんか言ってはすぐ撤回、謝罪。だから売れている本。「日本語が亡びるとき」。閣僚は毎朝7時半に官邸集合。小学生並みに「朝読書」やりなさい(爆)。



2010年12月14日火曜日

カフォン

ついついいたずら心を起こしてしまった亭主。親友サトウマサトが来週病院のクリスマスコンサートをやるのでつい飛び入り参加を言ってしまった次第。毎年やっている坪井病院の入院患者さんへのロビーコンサート。


このカフォンって楽器です。やはり友人のドラマー佐藤喜一くんから拝借。昔取った杵柄いかにあいなりや。ちょっと練習してみたのですが、手が指が、思うように動かない。年寄りの冷や水。頑張ってみるぞ(笑)。


このスピーカーみたいな箱の面を叩く打楽器。南米ペールーの楽器です。スネアドラムの音やバスドラムのような音が叩く部分でいろいろ出せる。マサト先生もボサノバ練習中だとか。音楽を壊さないように上手く乗れるかな。


書き物たまり締め切り迫っているのに楽器をいじくってる亭主。Pearl Primero Box Cajons カホン PBC-507



2010年12月13日月曜日

言葉あれこれ

先日は恒例の紫酔会。忘年会かねてほぼ全員集合。からから亭主はその前にも一件忘年会。もう無理です梯子は(爆)。


その紫酔会。「知的」な人が居られて。飲むほどに何か遊びを企てる。今回はいきなり漢字を書こうと。「は」という読みの字をって。端から「は」と読む漢字を書いていく・・。わかんない、むりだーといろいろな叫び伴って。若いメンバー。密かにipnoneを。「検索」。ダメ!!(笑)。漢字とか言葉とか、咄嗟になるとけっこう書けないもの。盛り上がってしまって。


イッペイちゃんから思わぬ贈り物が。自書の「柊木犀」の書。額装されて。はい、澪への贈り物。当からから亭日乗を見て密かに書いて送ってくれた。感謝、感激。お陰で酒量が・・・。酩酊で帰って写真と遺骨の前に供えました。


柊。ちょっと崩した漢字の字だったけど読めない若者がいたり。うん、木へんに冬かって納得してもらい。


しばらく馬鹿馬鹿しくて遠ざかっていた当店政治ネタ。あの菅がまたやった。言葉を知らない音痴が。「仮免許運転中」だって。なんだいそりゃ。余りにも貧困な語彙。


民主党の御方、その他も言葉遣い知らない方多く。政倫審招致は「人民裁判だ」とわめいたり、「北朝鮮みたいだ」と言ったり。「議会制民主主義の破壊だ」と叫んだり。なんだい、この言語力は。


きのう新聞の書評欄みていたら「語感」という本があるとか。勉強になりそう、面白そう。だけど三千円以上の価格。手が出ない・・・(笑)。欲しいけど。


さっきの言葉検索の話。なんでも検索。便利だけど言葉を覚えない。覚える必要ない。手書きしないと字も言葉も覚えられない・・・。ちょっと気になる今の風潮。亭主もずいぶん言葉や字を忘れています。書けなくなっています。



2010年12月11日土曜日

"i"に席巻される世の中

iphoneに代表されるスマートフォンというのか多機能携帯がとにかく流行っています。からから亭亭主主宰の粒々塾でも塾生の半数はiphone。指を伸ばしたり挟んだり引っ張ったり。アプリケーションは多数だし、検索にも優れているし。画面は見やすいし。ああ、食指が動く(笑)。音楽性能も優れており。使いこなせればとんでもない遊びも含めたツール。地図も見やすいし。写真も動くし。


あげく、塾生の一人大ちゃんはipadも所有。千円余りでダウンロードしたソフト。なんとキボードのついたシンセサイザーのような楽器にも。演奏はもとより録音まで。深夜ひそかに楽しんでいるとか。


ソフトバンクだけでなく、auも。docomoも類似商品ありとか。シムカード使えばiphoneも使えるとか。亭主の携帯もそろそろ痛み激しく買い替えかとひそかに思っているところでなんですが。


彼らのほとんどはその携帯や電子ツール使ってツイッター。何を食ったからはじまって今どこにいるとか風邪ひいたとか・・・。どうでもいいんだよお前らがどうしてようと(爆)。そう思いながら彼らの「つぶやき」をパソコンでチェックしている亭主。


ああ、"i"が世の中席巻しているんだ。"愛"ではなくて(笑)。


そして電子書籍も本格化。なんとコンビニで購入できるシャープ製の端末「ガラパゴス」。ipadに対抗した商品とか。


いっかい試してみたくなる誘惑。


でももろもろ使いこなせる自信無し。


ふと気付く。iphoneなどちょっと従来の携帯よりも大きめのもの。皆ストラップつけてない。あれほど流行った携帯ストラップ。ぬいぐるみからアクセサリーぽいものまで。名札のものまで。次世代携帯はもうひも付きではないのか(爆)。


ソフトバンクは田舎では電波の通り悪いとこいっぱいあるよ。それにしてもつい数年前まではドコモのフオーマがどうのこうのと言っていたのに。


ついていけないよ。でもほしいかも。でもまだいろいろ変わるかもしれないから我慢しようかな。いまさらお年玉もらえるわけでもないし(爆)。


"愛"が無くなって"i"に席巻され支配されそうな世の中。きょうもホワイト犬がなぜかぐるぐる回っている。「何かが変だ」と吠えながら。上戸彩の右腕が上にあがったままになっている・・・。



2010年12月10日金曜日

宮内庁って変なとこ

歴史のロマンというべきか。斉明天皇の墓の傍に孫にあたる大田皇女の墓もみつかった。日本書紀の記述通り。この乱開発された国土の中に、未だ存在していた古代の歴史。発見。時空がさかのぼる思い。


研究者って、その執念含め凄いもんだすな。牽牛子古墳が斉明女帝の墓だったことがより信憑性を持った。


昔の天皇の墓がどこにあったなんてどうでもいいやって人もいるだろうけど、古墳の謎や天皇家の墳墓のことは、やはり知っておきたい歴史。


なのに。宮内庁は未だそれを認めず。斉明天皇の墓は近くにある車木古墳だと主張しているとか。


宮内庁のお仕事。天皇家に関することを取り仕切るとこでしょ。この際あらためて歴代天皇家の墳墓の再点検やってみたら。時の経緯はいざ知らずではあるけど違ったところを指定されていたんじゃちょっとね。


もっと専門家を入れて、旧弊にとらわれず、現代の"技術"を駆使して、正しい歴史を万世一系のものとして権威あるものにしたらいかが。我説に拘泥する宮内庁ってなんか変。皇太子ご愛飲の酒は「百年の孤独」ではなく「天孫降臨」にしてみたら(爆)。


野次馬根性なれど面白い歴史ロマン。



2010年12月9日木曜日

柊木犀

またも犬の話で恐縮ですが・・・。


我が家では飼っていた犬が死ぬ度に、庭に思い出の樹を植えてきました。初代のプードル、「プーサン」。なんて単純な命名。その子が死んだ時に植えたのは月下美人。花言葉は「はかない美」だとか。


次がキャバリアの「漠」。この子には金木犀を。今でも芳香を放ちます。花言葉は「謙遜」だというけれど我が儘いっぱいだった。


人づてに貰われて来た子。真っ黒なスコッチテリアの「雷太」。この子はひめうつぎ。花言葉は「秘密」。うん、どこか神秘的雰囲気のある子だった。澪が一番懐いていた。


やはり貰われ子の「りょうくん」。この子にはにほんうつぎを。花言葉は「風情」だとか。澄んだ眼にたしかに風情があった。


そして澪。たまたま知り合った犬の家にあった柊(ひいらぎ)木犀。それを澪の記念樹に決定。手配しました。花言葉は「想い出の輝き」。それもぴったりと来て。


なんか感傷的な亭主、女々しい亭主とお笑いくださるな。とにかく犬には弱いのです。昨夜はどいう加減か。ゲンキが亭主のベッドに入ってきてしばらく一緒に寝ていました。犬は犬で、絶対に何かを感じている。何かを思っている。


澪の死を悼んで塾生の一人が送ってくれました。星の王子様の一節。「誰かが、何百万の星のどれかに咲いている。たった一輪の花が好きだったら、その人は、そのたくさんの星を眺めるだけで幸せになれるんだ」。


今夜は曇りか雨、雪の予報。雲の彼方には星がきっといっぱいあるだろうと。



2010年12月8日水曜日

1千万が250万に

なんとも哀しい話しじゃありませんか。破綻した日本政策投資銀行への初めてのペイオフ適用。1,000万円までは保護されるけどそれを超えた預金は・・・。1,000万円が250万円にしかならない。みすみす無くした750万円。制度は制度だから仕方ないだろうけど、預金者はたまったもんじゃないでしょうね。


もっとも1、000万円を超える金を持ていた人達、金持ち。この銀行だけでなく他の銀行にも預金してたかもしれない金持ちの部類。この銀行で1,000万超の預金者は3,400人。額にして107億円とか。


早稲田から日ハムに行った斉藤祐樹くんは1億円プラス出来高払いって契約金に「ゼロの数を数えるのが・・・」といったけど庶民にとっては1千万は大金。


この銀行作った木村剛、逮捕されたけど先日保釈されたとか。かれの資産はそれくらいあるのか。戦後の光クラブじけんじゃないけど、金という欲にむらがった人達の一つの"物語"か。


1千万超える預金ないからいいけど、ある人は「分散」させましょうね(笑)。


1千万が250万円になっちゃうっていう「悲劇」。やはり「詐欺」にひっかかったとばかりにあきらめるのか。


他人の財布が気になる年の暮れ(爆)。



2010年12月7日火曜日

四馬路

四馬路。スマロと読むのか。スマルゥと読むのか。上海の"地名"。繁華街だそうです。子供の頃に流行っていた歌。


♪青い夜霧に火影が紅い どうせおいらは独り者 夢の四馬路か紅口の街か ああ、波の音にも血が騒ぐ♪


確か夜霧のブルースって曲。


菅総理大臣様、またぞろ夜の外食が増えたようで。公務もあり夫人とでもあり。自分の給料で美味いメシ食っていてどこも悪いこと無いのですが。まさか官房機密費で飲んだ食ったやってるわけじゃ無いでしょうから。


新聞の片隅に載る首相動静。昨夜は銀座の寿司屋でメシをくって四馬路ってバーに行ったとある。どんなバーかはしりませんが。総理大臣が行くとなると周りは大変。店の周りは私服警官、SPが取り囲み。お馴染みさんでも入りづらくなるのではと余計な心配。


四馬路。中国、上海。尖閣問題にはじまり、なにかとやっかいな中国。その名前を冠した店。あえて選んだ店なのか。(爆)。


で、思わず浮かんだ昔の歌ってわけで。ちょっと歌詞を変えれば今の菅さんの心境にぴったりか。孤独だろうし、野党の攻撃には血が騒ぐだろうし。中国には相手にしてもらえないし。


余り夜に出歩くと麻生太郎化なんていわれますよ。


昨日の記者会見。朝5時に起きて勉強してると自慢たらたらの愚痴。田中角栄さんは4時には起きていましたよ。(爆)。


 



2010年12月6日月曜日

郡山のサッカーチーム

すっかりサッカー好きな国民に変身した日本国民。Jリーグも終わり、ワールドカップの招致はならず。1月にある侍ジャパンの国際ゲームが待ち遠しい。


郡山にはあるにはあったけど、無かったようなサッカーチーム。亭主が知っているだけでも郡山FCという教員主体のチームが昔あったけどやがて解散、ついでビヤンコーネというのが出来たけどこれも解散。そしてバリエンテというのが2年ほど前にできたけどこれも消え・・・。


Jリーグ一部残留が決まった仙台のベガルタとまではいかないけど、福島市を本拠地とするチームはそこそこ活躍。郡山地元にもという声もあり。


てなことでシャンオーレ郡山というチームが出来上がり。しかし、まだまだチームとしては知られておらず。社会人リーグでも二部だし。運営資金にも事欠くし。で、友人の肝いりでNPO法人を立ち上げてこのチームを支援しようということになり。


シャンオーレ。造語。フランス語で歌を意味するシャンと、水を意味するオー、それをサッカーの応援掛け声オーレにかけて・・・。


チームは試合だけでなく、少年達を育成するジュニアサッカースクールも開設。どうにか地元に認知して貰おうと躍起。


先頃NPOの認可が決まったのを契機に活動開始ってことで。


亭主もそのNPOの役員に入ってしまいました。なんの役にも立たないけど。(爆)


音楽文化はそれなりに活躍中の郡山。スポーツでもという小さな願い(笑)。「地元紙のスポーツ欄の小さな記事にも眼を通してください」と選手の一人がささやかな"お願い"。


気が向いたら覗いて見てください。


http://chaneaule.org


賛助会員募集中。一口1万円。



2010年12月3日金曜日

なんで童謡が・・・

早寝をしたせいか。尿意催し眼をさます。時間みたら丁度夜中の12時。なんだい、こんな時間に、いつもと違うって思っていたら、突然"童謡"が浮かび。


♪今は夜中の三時頃、隣のおじさん飛び起きて、便所と寝床を間違えて、あっというまに大ションベン。それを見ていたオカミサン、ふんどしまるめてひっぱたいた♪。はい、ご幼少のみぎりに覚えた替え歌。


♪今は山中、今は浜、今は鉄橋わたるぞと、思うまもなくトンネルをくぐりぬけたら広野原♪が"原曲。


トイレに行っても、もう、この歌が頭から離れず。なんで、幼少時に覚えたことっていつまでも記憶にありそらんじること出来るのか。不思議なもんですな。人間の脳って。そういえば、いまでも小学校の校歌や中学校の校歌、高校、大学までも校歌を歌える、覚えている。


なのに、今は・・・。きのう出会った人の名前が浮かんでこない。もちろん初対面だったのですが。とにかく物忘れがひどいのに。


不思議だ。脳の働き。


朝になってもまだ頭の中は♪今は山中、今は浜♪状態でした。そしてしばらくすると別の童謡が浮かんでいる。これって何???。原点回帰かい(爆)。


     夜半に覚め 来しかた思い枕辺を つつむ静寂に憎しみや覚ほゆ


たしか高橋治の小説の中にあった句。童謡を消そうとしたらこれが浮かんできた夜中。そうだ、夜中の闇の中にはたしかに何かが潜んでいる(爆)。


目覚めずに7時間熟睡してみたい・・・。



2010年12月2日木曜日

ゲゲゲー

流行語大賞。ゲゲゲーだって。驚き。ゲゲゲーですな。NHKの陰謀(笑)。ゲゲゲの意味は知りませんが、そんなに流行ったのですかね。世相をどれくらい言い当てているのか。非現実への憧れか。現実からの逃避か。


ゲゲゲと言いたくなるのが、相変わらずのテレビ。歌舞伎役者の喧嘩騒動。どれくらい時間費やして報道しているのか。エビゾウくんには悪いけど、単なる酔っ払いの喧嘩騒ぎってことじゃないの。顔が商売の人の顔を傷つけたから罪っていう人もあるけど、顔が名実ともに大事なら夜の六本木など徘徊しなければいい。自らを律する気持ちが切れたのか。


酔っ払っての乱暴狼藉。古今東西枚挙にいとまなし。テレビも週刊誌もなんであんなに大騒ぎするの。


たとえワイドショーだってメディアがやるべきこともっとあるはず。


とにかく芸能人お好きな日本人の国民性か。ブラックホールがぶつかるぞ。日本の安全保障が脅かされてるぞ。高齢者はますます住みにくくなってるぞ。政治家は品位のかけらもないやつらばかりになってるぞ。メディアが糾弾しなくてはならないことが山ほどあるぞ。


芸能人の喧嘩騒ぎに取材費かけるなよ。


劣化、劣化。亭主の頭も劣化してくる。している。なじょすっぺ。ゲゲゲーだ。「おい、鬼太郎、どうにかしろよ」(爆)。



2010年12月1日水曜日

ネットは"光"なのか"闇"なのか

当からから亭もネットのお陰で成り立っているものであり、恩恵に浴しているものではありますが。


デジタル化された通信手段としてのネットの急速な進歩発展。戸惑い面食らっている人も多い筈。亭主だって最小限の作業しかできない。


ネット業者に頼んで整備される公共機関や企業のネットインフラ。


一部の手練れの人達だけは自在に操れる、最早日常生活に溶け込んだネット。


尖閣ビデオ、警視庁の極秘ファイル流出、そして今回のウッキリークスによる米国公文書の大量流出。秘密が秘密でなくなった。しかもウッキリークスは米・英・仏などの既存メディア、新聞とある意味手を組んで・・・。


ネットは既存メディアを凌駕した。ネット信奉者は快哉叫んでいるでしょう。内部告発、意図的リークのいかんを問わず。


小沢一郎だって、既存メディア、マスコミは相手にせず。ネットの動画サイトにはニコニコ顔で出演。ネットは今世紀に人類のもたらされた"光"なのか。


ネットという匿名社会で、チャットでおしゃべり、ツイッターでつぶやき。それらがあらゆる情報源だとしている人達。「もう図書館もいらなくなるよ」と電子書籍に期待する人達。なんか人類はおそろしい知的な"闇"に到達してしまったのか。


ネットをめぐる様々な動き。何をどう見てどう考えればいいのか。亭主の見方さっぱり定まらず。翻弄されるのみのようで。