2010年12月1日水曜日

ネットは"光"なのか"闇"なのか

当からから亭もネットのお陰で成り立っているものであり、恩恵に浴しているものではありますが。


デジタル化された通信手段としてのネットの急速な進歩発展。戸惑い面食らっている人も多い筈。亭主だって最小限の作業しかできない。


ネット業者に頼んで整備される公共機関や企業のネットインフラ。


一部の手練れの人達だけは自在に操れる、最早日常生活に溶け込んだネット。


尖閣ビデオ、警視庁の極秘ファイル流出、そして今回のウッキリークスによる米国公文書の大量流出。秘密が秘密でなくなった。しかもウッキリークスは米・英・仏などの既存メディア、新聞とある意味手を組んで・・・。


ネットは既存メディアを凌駕した。ネット信奉者は快哉叫んでいるでしょう。内部告発、意図的リークのいかんを問わず。


小沢一郎だって、既存メディア、マスコミは相手にせず。ネットの動画サイトにはニコニコ顔で出演。ネットは今世紀に人類のもたらされた"光"なのか。


ネットという匿名社会で、チャットでおしゃべり、ツイッターでつぶやき。それらがあらゆる情報源だとしている人達。「もう図書館もいらなくなるよ」と電子書籍に期待する人達。なんか人類はおそろしい知的な"闇"に到達してしまったのか。


ネットをめぐる様々な動き。何をどう見てどう考えればいいのか。亭主の見方さっぱり定まらず。翻弄されるのみのようで。



2 件のコメント:

Kujira さんのコメント...

こんばんは。最近はネットでの情報が速すぎて朝刊見ても新鮮な感じがしないのも困ったものです。これからの老後はスローライフでのんびりと行ったほうがいいのでしょうか⁈

亭主 さんのコメント...

kujiraさま
ネットでチラ見。新聞で熟読。深層を見るにはやはり活字かと。老後。貴兄にはまだ合わない言葉。青春とは言わないけれど。寝すぎでのんびりしすぎて馬鹿になりました。

「責任論」をめぐるあれこれ

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