2010年6月30日水曜日

ナショナリズムなのだ

サッカーW杯。パラグアイ戦。もちろん見ましたよ。自宅なんですが。無情なる幕切れ。悔しいとか残念とかいう気持ちよりも「淋しい」気分というのが正解か。もうあのメンバーの国際試合は見られないだろうから。岡田監督は引退とも言われるし、俊介ももどうなるか。中澤は、稲本は・・・。それぞれがそれぞれの所属チームで活躍はするのだろうけれど。


試合前の国歌。肩を組みながら選手の殆どが君が代を口ずさんでいた。これまでは歌っていなかった選手もいたのに。あの光景を見たとき、ボクは勝てると思ってしまった。もちろん相手チームは大声で歌っていたのですが。


あの光景みて浮かんだ言葉。「大声で歌え、君が代」(笑)。丸谷才一の名著「裏声で歌え君が代」をどう読むかは別にして。


国には国の旗が有り、国には国の歌がある。亭主は別に日の丸や君が代の礼賛者ではありません。いや、むしろ若い頃は、当時の若者にありがちだったように、常に君が代、日の丸に違和感を感じてきました。そこには多分、あの戦争の残滓を感じていたからかも。


サッカーだけではなく、オリンピックでも、フィギアスケートでも、スポーツの世界では国旗は付きものです。それは国威発揚という事だけではない。一つの旗の下に、共有の歌のもとに共にあるという事が士気を高め、自分のアイデンティティーを認識する・・・。


W杯。会場でも、日本国内のあらゆるところで、サポーターは日の丸を振り、ニッポンコールを繰り返していた。国と国との戦い。そこには自ずからナショナリズムが発生する。


ナショナリズム。いかにも右翼的な言葉ととられそうですが、さに非ず。民族主義とか国家主義とか、国民主義とか、国粋主義とかいろんな意味がありますが、ニュアンスは異なっていると思うのです。


サッカー選手もサポーターも、皆、一つになった。成れた。岡田ジャパン。チームの一体性を強調した。みんなでやるサッカーを目指した。そして、それに国民こぞって燃えた。「一つになった。一つになってやった。みんなでやった」。それに共感したから、PK戦で敗れて敗者となっても、誰も悪し様には言わない。感動をありがとうと健闘をたたえた。そして勇気と希望を貰ったと戦士達に感謝する。


そうなんです。今のこの国には国民が一つに成れる物が無い。グローバル社会だの個人個人の価値観だのと言って、日本人であることを認識していない人が多い時代になった。皆、一つに、一緒に、全員でという気持ちはどこかに持っているはずのに。


今の日本人がともすれば忘れてしまった、決して右翼的思想によるものではない、日本人たる意識。誰もが持っているであろうそれを南アフリカの地でサッカー選手が呼び覚まさせてくれた。


だから改めて思うのです。スポーツというものは凄いと。こころを一つにしてくれるものだと。駒野よ頭をたれるな。グッドルーザー。戦士達よ、君達は「わるびれない敗者」なのだ。


余談。話はさかのぼるようですが。デンマーク戦に勝ったあと渋谷のスクランブル交差点に集結し、歓喜の声を上げるサポーター。すぐさま警官隊がそれを制止し、検挙するとまでマイクで叫ぶ。いいじゃないでか。ナシナリズムの発揚なんです。普段は出来ない日本人としての喜びを味わっているのです。もし、その歓喜の輪の中に警備に当たる警官も交じってニッポンコールをしていたら・・・・。そんなおおらかな寛容な国であったら・・・。変な政治家が「愛国心」なんて言わない方が良い。皆、愛国心を持っている。あなたたち以上に。それをスポーツが証明してくれた。これって極論、狂論かな(笑)。



2010年6月29日火曜日

疑惑だの誤審だの

いよいよ今夜はサッカーW杯日本vsパラグアイ戦。サッカーフアンならずとも多分夜中はテレビに釘付けでしょね。予選リーグでは蚊帳の外だったTBS。いちばん美味しいカードの放映権持っていた。どこにラッキーが転がっているかわからない。


どっちが勝つにしても負けるにしてもどうしても避けて欲しいのがレフリーの誤審。疑惑のゴール。イングランドとドイツ戦。誰が見たって、というか、テレビカメラはハッキリ映し出していた。ボールは入っている。それを認めないFIFAや審判。サッカーの審判はたしかに難しいとは思うものの。明らかな誤審は興ざめ甚だしく。「神の手」や「俺の手」見落としもさることながら。


これだけ映像技術が進化した中で、いわゆる「ビデオ判定」を取り入れようとしないサッカー界。尊厳と信頼と、そして人間には誤りがあるということを認めた「伝統的」スポーツだからということなのか。


野球でもビデオ判定あり。ポールすれすれのホームランなど。アウトセーフを誤審した一塁塁審は謝罪した。だから選手は許し、その塁審は名誉を確保した。


水泳、陸上競技。何分の一秒を競うスポーツ。ビデオ判定。競馬だってビデオ判定。思い出す昔の光景。水泳も陸上もゴールのところにストップウオッチ持った人がずらりと並んでいた光景。


野球賭博に揺れる相撲界。その相撲だってビデオ判定。たとえ八百長相撲があったとしても土俵の上での勝ち負けは正確。なのに賭博疑惑は・・・。なにやらわからぬ"闇"と"藪"の中に。


「こいつはやってないだろうな、いや、やてるかも」。そんな疑惑のまなざしが土俵上に注がれる。全員白黒決着させないと疑心暗鬼が土俵を覆う。しこ名を変えようという人も(笑)。白鵬はシロ。黒海はクロなんて(笑)。


世の中どこを向いても疑惑だらけ。誤審、誤判だらけ。せめてスポーツだけはと思うのは素人考えか。人が裁くということはこういうことなんだ。誤審があってもそれに従うのがサッカー精神だと割り切って認める玄人考えが妥当なのか。


誤審あり、疑惑のゴールあり、ファウル見逃しあり、乱発されるイエローカードあり。だからサッカーは面白いなんて言う人もいたりするものの。審判は神聖だということか。


選挙。民主党政治にレッドカードなんてやってる演説光景見てると「お前は審判かい」って思わず吹き出し、その政党が嫌いになる亭主なのです。



2010年6月28日月曜日

ドクター、モー。

我が輩は犬である。名前はもう有る。モーという名前である。なんでその名がついたのか。我が輩がその家に行った時、飼い主さまが「モー可愛い」って叫んだからだという話だ。今では周りの人達から「モーモ」とか「モ助」なんて呼ばれているが。



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我が輩のご主人は獣医である。昼夜を問わず患者と、いや患獣と向かい合っている。この獣医さんのところに住むようになってからもう7年。最初はいろんな犬や猫が来て五月蝿く、大好きな昼寝もままならなかったが今はすっかり慣れた。


もともと我が輩には向学心があったのだと思う。いつの間にか見よう見まねで医療技術、医療の心得を学んだ。確かにご主人は専門知識を持ったお医者さんであり、患者さんやその家族から絶大な信頼を得ているが、人間は人間。犬の気持ちをどこまでわかったおるのか。昔から犬は犬同士というではないか。我が輩は猫であるという小説を書いた夏目漱石という人が猫は猫同士といったかどうかは知らぬが。


よって、時々ご主人様の目を盗んで、後ろの方から診療を観察することにしている。的確なアドバイスを与えられないのが残念だが。残念ながらドクターコトーやブラックジャック先生にはなれないが、「街のかかりつけ医」を目指している。だから観察は余計に欠かせない。


この病院の中で自分の担当は入院患者の「セラピスト」だと任じている。入院患者がくると一応チェックする。自慢の鼻さえあれば十分。鳴き声聞けば十分。そいつが何を訴えているかを即時に診断する。そして我が輩の見立てを先生に伝えようとするのだが・・・・。かなり意思の疎通は図られていると思うのだが。


最近、毎晩やってくる患者がいる。名前は澪。近所の奴らしい。もう相当な高齢。時々足がもつれたり、倒れる事もある。そんな時は我が輩が即刻参上。杖になり、クッションになり。最初に鼻をくっつけた時からこいつとは気が合うなと思った。だから相当気合いを入れて面倒をみている。澪はメス。我が輩の場合は異性としての愛情では無く、犬同士としての愛情である。


犬とはいえ、仕事があることはいいことだ。もちろん診療報酬は無いが、報酬目当てで我が輩は生きてはおらん。いかに社会貢犬が出来るかが我が輩がこの世に生を受けた使命だと思っておるんだから。


先生は診療台の上で手際よく仕事をこなしている。それを"監視"しているのも楽しい。ただ、忙しすぎて我が輩の三度のメシだけは忘れないようにして貰いたい。


診療室の片隅でいつも考えている。今夜は澪となんの話をしようかと。話題を考えるのも我が輩の仕事。お互いボケ防止になることだし。澪が話してくれた生い立ちや昔話は面白かった。いろんな犬の話も面白かった。真夜中、寝付く前に二人で必ず言う。「お互い、飼い主に恵まれてよかったな」と。時々何を澪は考えているのか。話しかけてもつれないそぶりをする時があるのだが。それはそれでまたよし。今夜は子守歌でも聞かせてやって、気が向いたら枕になってやろう。犬とはいえ、「医療従事者」はけっこう忙しいものなのだ。ワン!。そろそろオヤツの時間だ。きょうは何があるのか。気になる・・・。


 



2010年6月26日土曜日

セイフティーキャンペーン

警察署の前で信号待ち。なにせ国道と国道の交差点。そこそこの時間がかかります。変わるのに。警察署はその交差点の角。最近電光掲示板が設置されているのを発見。スクロールされる文字を見るともなしに見ていると・・・


「三人ひと組になって半年間、無事故無違反だったら豪華賞品が当たります。賞品をゲットしましょう。申し込みは交通安全協会へ」という趣旨の文言。お知らせのタイトルはセイフティーキャンペーンだったと。


無事故無違反だと賞品がもらえるんだ。なんか不思議。三人て家族、友人?。もしペーパードラーバーを仲間にして申し込んだら、一人で頑張ればいい。しかし、無事故無違反って・・・。事故はもらい事故もある。亭主経験済みのもらい事故。相手の悪質保険会社。いかなる場合でも走行中は過失が発生しますとの強引な主張。なにをもってこのキャンパーンの無事故というのか。警察は人身事故でないと「民事不介入」のはず。証明は保険会社なの?。被害者であっても事故にあったことは事実。判定やいかに。


電光掲示板のデジタル文字を読んでいるうちに可笑しくなってきた。


そして気づく。そうだ、ここにも登場。交通安全協会。事業仕分けの対象団体。安全協会と警察は一体なんだ!!(笑)。


でも豪華賞品って何だろう。面白いから申し込んでみようか。妄想が湧く。身近にペーパードライバーいるし・・・。


もちろん"参加"しませんよ。へそ曲がりクンは。ただ、この電光板読んでいるだけで信号待ちの時間が短く感じられたことだけは事実(爆)。



2010年6月25日金曜日

果報は寝て待てと言うけれど

サッカーWカップ。日本勝ってくれてありがとう。良かった、良かった。感慨ひとしおであります。


キックオフ午前3時半。起きていようか、しばらく寝て起きようか。迷った昨夜。早寝も考えたのですが、結局いつものような時間に。夜12時前ではあるんですが。


「果報は寝て待て」。勝手に自分に言い聞かし。今日はある会社の株主総会。監査役務める亭主。寝ないで行って読み上げ失敗するわけにも行かずと自分に甘くなる悪い癖出て。果報は寝て待て。全くの自己中解釈。良い結果は寝て待つと。


夢の中にサッカーの光景が。いつの間にかサッカーが水泳に変わっていたりして。とにかく目覚めてしまったのです。時計を見ると4時前。テレビつけて・・・。やった。いきなりゴール!。壁に頭ぶつけ(笑)。


観戦と相成りました。見ていてよかった。感激。


果報は寝て待て。人事を尽くして天命を待つではないけれど、やることをちゃんとやって、やったらくよくよしないで大きく構えていろ。そんな解釈が正解。やはり起きていなければいけなかったんだ。


本田の無回転シュート、遠藤の曲がり球。岡崎のシュート。古人曰く。「神は細部に宿る」って諺。繊細な足さばきから生まれた得点。足の細部に神が・・・。神懸かり的シュート。これも本来の意味では無し。細部に神が宿っていたとしても最後は全体が統一されていなけれならないってような意味。芸術というのは全体的な価値なのだと。そうですよね。神懸かり的なシュートも得点もその人の足の細部があげたのではなく、チーム全員であげた得点。見えない神が支えていた。


それにしても。よくぞここまで来たもんだ。またも諺。「まかぬ種は生えぬ」。やはり種はまかれ、生え、育っていたんですね。


次戦は29日夜11時から。眠いけど見るぞ。果報は起きて待つぞ(爆)。



2010年6月24日木曜日

究極の"業界用語"

テレビを見ているといわゆるタレント、芸能人がやたら"業界用語"を連発しています。一例。「マイウー」。吹き出しまで作って。美味いってことです。皆様ご存知のように。言葉をサカサマにして言う業界用語。もともとはバンドマンで流行っていたコトバ。バンドマンはどこから仕入れたか。多分、落語、寄席からではないかと思うのですが。


業界用語はあくまでも業界用語。意味不明のものも多々あり。テレビ関係者だけが使っているのなら、それはそれでよろしいのですが。電波に乗っけるとなると問題ありです。変な業界用語が日本語として定着してしまう。これは恐ろしいことと。ただでさえ日本語が乱れているというのに。


業界用語、隠語。それはその社会だけに通用させるもの。一般化しては意味が無い。別の例えですが、「薩摩弁」。単語自体が独自。訛りとは違う。なぜか。江戸時代、幕府の隠密が入ってくるのを見分けるために考案されたコトバ。


ヤクザ屋さんにはヤクザ屋さんの独自の隠語あり。流通業界でもあり。ヤクザで思い出しました。相撲賭博。話題の阿武松部屋。


落語の世界での業界用語を使った一文。「あのタレは、トバはいいけど、セコトウスケで、おまけに阿武松(おうのまつ)」。訳せば「あの女は着ている物はまずまずだが、器量がまずいうえに、大メシ食らいだ」ってことになります。


阿武松とは4代目の横綱、阿武松緑の助のこと。彼はとにかく大メシ食いだったらしい。


タレントさんの業界用語と比べて、やはり落語の世界の隠語、業界用語はどこか粋で洒落。以上は前座、前口上。


真打ち、トリは・・・・・「ぶら下がり」。いつの間にか定着したマスコミと政治家との"業界用語"。総理大臣の前にマイク突き出し。総理番の若い記者がみんなで付き合わせて質問をメモを読みながら質問する。この「ぶら下がり」という変なコトバがすっかり定着。それ自体が政治の劣化とも思えるくらい。新聞も好んで使い、記事にして当たり前の言葉にしてしまっている。


ぶら下がり。あんまり気持ちのいいコトバではありませんよね。ぶら下がる・・・・何を連想します。


そもそも今のように「技術、機器」が進んでいない時代。一本のマイク、一台のカメラのコードで録画録音。それを各社で分けた。コードがぶら下がっているjことからテレビ、ラジオの人達が呼んだ言葉。


記者会見とは似て非なるもの。それがいつしか言葉含め定着。それをやるかやらないかで内閣記者会と官邸側でもめているとか。嫌味で言えば「ぶら下がり」とは一斉報道、メディアスクラムの原点かとも。究極の業界用語でございます。


参院選公示。矮小化されて消費税論議だけが前面に。選挙の業界用語「七つ道具」をひっさげて候補者達は・・・・。マニフェストに始まってアジェンダなんていうカタカナ語ばかりが飛び交い。これらも一種の"業界用語"かもと。



2010年6月23日水曜日

NHKが相撲中継を止める?

野球賭博問題で揺れる角界。週刊誌の後追い報道。集中的、画一的切り口。各メディア。それにしても凄いネタもと持っている週刊新潮。ネタもと知りたいよ(笑)。


とにかく煮え切らない相撲協会幹部。会見での追及に「キレル」なんて、理事長の顔は小沢一郎の顔に見える(爆)。何が彼らをして逡巡させているのか・・・・。闇、伏魔殿、能力欠如か。


名古屋場所が開催されても「皆様のNHK」は相撲中継を見送る、中止するとの動きありとか。福地会長さんの下知。


おかしいですよ。みなさまのNHKでしょ。場所が開催されたら中継はやるべきでしょ。疑惑が解消されてない、土俵に上がっている力士にも疑いがあるという状況では公共放送としては電波に乗せる訳にはいかないと言うことなのか。清く正しい皆様のNHkは、それなりに身の程わきまえずに「制裁」という挙に出ると言うことなのか。


疑惑の場所。それを中継して見せるのも面白いんじゃないですか。力士一人一人の表情を見ながらテレビの前で素人下馬評するのも。どんな場所になっているのかを見せるのもメディアの使命。あるがままの姿を伝えなさい。独占放送、大相撲中継。相撲期間中は民放の裏番組は視聴率メタメタ。


「声なき声を聞け」、安保改定の時に岸信介が言ったセリフ。中継に反対という視聴者からの声が多数寄せられているのが「中止判断」の基準だとも。どんな内容でも場所中継は見たいってフアンもいるはず。それが今は声なき声のはずと。


すべからく今のメディアは自分たちが「社会的制裁を下す」ということに使命感を持っているような。思い上がりも甚だしいと思量するなり。



2010年6月22日火曜日

日本人は賭博好きなのに

角界の野球賭博問題。いやはや毎日大騒ぎですね。はい、いつもと変わらぬ集中報道。メディアスクラム。そりゃ暴力団がからんだ賭博、暴力団の資金源とくりゃ指弾されるのは当然なんですが。


暴力団、昔はヤクザもんと言った。くりからもんもん入れて。刺青は昔はヤクザもんの証拠。今や外国のスポーツ選手、サッカー選手もなんとタトウの多いことか。ヤクザの前はばくち打ちと呼ばれていたし。


サッカーにはtotoというサッカーくじがあるし、競馬、競輪、競艇・・・。公営ギャンブルあり。宝くじもあり。事業仕分けの対象にはなったものの。その存在は万人認め、奨励するし。


外国だって代表的なのはカジノ。ラスベガス、モナコ、ウオーカーヒル・・・・。おおぴらな博奕場。しかも上流階級出入りの社交場。裏ではマフィアが牛耳っているって話しだし。にも関わらず。


東京都知事もカジノ構想あり。大阪でも、その他の自治体でも。


賭け麻雀は当たり前。賭けゴルフも当たり前。花札バクチもテレビの無い時代の家庭団らんの遊び。バクチ、賭博は遊び事。身上つぶした人も多々ありではあるのですが。


ギャンブルと賭博とどう違うのか。公営ギャンブル、テラ銭巻き上げているのはオカミ。暴力団胴元よりもテラ銭高かも。


勝負とはつまりカケ。人生だってカケ。人生はともかく、皆賭博は好きなんです。


暴力団からんで恐喝だなんだとなると話は別でしょうが。カケゴルフまでやり玉とは。


旧知の相撲担当記者。部屋に入り込み、関取とバクチやっていましたよ。かなりの大金動かして。相撲記者クラブ加盟していたっけ。


とりあえずやり玉に挙がった相撲取りや親方は集中砲火浴び。他の人、関係者は知らぬ顔の半兵衛(笑)。演歌にも映画にも賭場という言葉は登場するし。それを皆格好良いって思ってるし。


週刊新潮の抜きネタに一斉に飛びつき、なんだかんだとまじめくさった解説重ね。


昔は記者クラブは連日賭け麻雀。花札。警視庁クラブでは宿直のお巡りさんまで参加していた。いえいえもうずっと前ですよ。もう時効(笑)。今の若い記者さん達は使命感に燃えており、そんなことはしていないんですが。皆、きれい事ばかり言っているようで。


パチンコだって賭博でしょ。数千円が数十万円に化けたり。


賭け麻雀、パチンコ、もう20年以上やっていません。ゴルフで千円の「馬券」は無理矢理買わされるけど。亭主の"告白"。競馬もやってないな。なんでか。単にバクチ運が悪いということを悟っただけ。


「浜の真砂は尽きるとも世にバクチ事の種は尽きまじ」。石川五右衛門さんならそう言うかも(爆)。



2010年6月21日月曜日

メディア政治

またもマスコミの世論調査。菅内閣10ポイント支持率減。消費税を言ったからと。いったい年に何回世論調査なるものやるのだろう。しかも簡単な電話調査とやらを。幸か不幸か亭主のところにはどこからも掛かって来たことなし。無作為抽出なら当たってもいいと思うのですが(笑)。運が悪いんだ。


今のご時世、携帯電話が主流なご時世に、自宅の電話に昼間掛けて出るのは誰。普通は昼間は家にいない。だから土日に調査してるっていうんだろうけど。消費税引き上げイエスかノーか。そう聞かれて良いことだと答える人はまずいない。消費税やむなしとする人だっていろんな前提条件あり。一概にくくっての問いにはノーと言うさ。


はい、また始まったのです。政権いじめ。マスメディアによる。選挙前に。「人気投票」恐れると国の未来について語れなくなる。地に足付けた政策を打ち出せない。世論調査によって政治の場はまたも混乱させられる。


世論とは選挙で示される結果が一番。調査、調査で世論誘導。しかも今の日本国民。多数の側になびく傾向あり。周りが反対ならボクもワタシも反対って。


メディアが政治を牛耳っている。


政治家とメディアのもたれ合い。選挙に勝つためにはメディアに露出度が多いほうがいい。なんでもいいからテレビに出たがる政治家諸氏。そんな政治家心理を知っているから勝手きままにやり放題のメディア。


相撲界の野球賭博事件。部屋の前に陣取っていて大声で質問というか、大声、金切り声を上げるメディアの方々。「一声、一声」って。ヒステリックに騒ぎ立てる。いくらわめいても無駄だってこと承知の上で。そして画面で言う。「何にも答えない」って。答えない人はみんなワルイ人なのだ。


批判しながらメディアは政治家に擦り寄る。ネタ欲しいから。


メディアと対峙できる強靱な精神力を持っていないと、もはや政治家は務まらないかも。そして市井の人。知識派なる人。マスコミはけしからん、けしからんと言う。しかし、そのマスコミから発信される情報を信じているのも彼ら。


かくてメディアが闊歩する。メディアの動向に気を遣うこと甚だしい政治家。かくてメディア政治なるものが今日も大手を振って日本を席巻している・・・。「文句があるなら対案を出しなさい」。きのう何気なく聞いていた田中角栄演説集。"自民党周辺居住者#は大声でわめいていましたよ。


 



2010年6月20日日曜日

つい広告にだまされて

先日。新聞に載っていた本の広告。本の題名ではなく帯封のコピーに惹かれ。アマゾンで買ってしまった本。広告にはこうあった。「ここに確かで美しい日本語がある」と。


たまたま「塾」で日本語の話をしていることもあって手を出してしまったのですが。


ある作家の月刊誌に連載していた巻末エッセーをまとめたものだった。その作家の日記のようなものであり、随所に出てくるのは病気の話しばかり。なんとか文学賞をとった作家なのですが。


美しい日本語にはお目にかかれなかった。内容も結果「だから、何」って感じ。文芸春秋社ともあろうものがよくこんな本を出版したもんだ、よく広告を打ったもんだ。


またも反省なのであります。本は本屋に行って、一応ペラペラと数葉めくってみないと。簡単手軽なアマゾンやるとこうなる。


近くに書店があればいいのに。そこそこ品揃えしてある本屋さんがあればいいのに。無いんですよ。最近は。駅前のデパートかちょっと郊外の岩瀬書店にでも行かないと。


本は(いや本だけには限りませんが)現物を、実物を見てみないと「ゼニ失い」ってことになりかねない。昨日発売の雑誌。新潮45。田中角栄特集。結局デパートの本屋に予約して取り置きしておいてもらい、雨の中、求めに行ったのです。あと数日待っていればよかった。(笑)。


新潮45も中身はたいしたことは無し。ただ角さんの演説のCDがついている。それが欲しかった。演説聴いたからってどうってことはないのですが、なんとなく聞きたくなったあの声・・・・。



2010年6月18日金曜日

過ちを改むるに・・・

過ちを改むるに憚る事なかれ。はい、勿論論語を元にした有名な諺。


菅新政権、参院選マニフェストに関連して「消費税増税、10%アップ」打ち出し。すかさず公約違反と批判の声。はい、マスコミなんですが。たとえば朝日新聞の本記。


「民主党が昨年8月の総選挙で掲げたマニフェストは消費税率の引き上げに触れておらず、当時党代表だった鳩山由紀夫前首相は「私どもが政権を担う4年間、消費税の増税をする必要がない」と明言していた。党代表が菅氏に交代したとはいえ、わずか1年足らずで党の基本政策をひっくり返したことは、党内外の批判を呼びそうだ。


"くせ者"はこの最後の一行。内外の批判を呼びそうだ。内外ってどこの誰。書いてるアタナでしょ。自分の意見は言わずなんでも"伝聞的"にやらかす。記者会見でも然り。「そういう声がありますが」とか。何処の誰の声。アナタの声でしょ。漠然とした世論とか世間とか風聞にかまけて疑問をぶつける。どうも姑息としかいいようがない。反対なら反対と書けばいい。そして一方の社説。そこから滲んでくるのは"歓迎"の筆致。


自民党がいち早く消費税10%アップを言い出した時は批判的な記事は散見されなかった。どうも政策議論になるとマスコミは定見を欠く。一年たらずで基本政策をひっくり返した。いいじゃないですか。そのままやってろと言うことですか?。間違いに気づいて改める。いいじゃありませんか。公約違反、マニフェスト違反とやり玉にあげてなんの得やある。


しかも衆院選で信を問うとまで踏み込んだ。いいじゃないですか。勇気あるじゃんって。


抱き付きだとか、擦り寄りだとか。そんな批判は次元が低い。


もちろん貧乏亭主、税金が上がるのは嫌ですよ。困りますよ。でも、この国の将来考えたら、切る物は徹底的に切って、上げる物は上げないと成り立たない。飴だけばらまいた鳩山政権。菅直人よ、敢えて悪者になりなさい。本当にそれしかないと信じるなら。国民福祉税を持ち出した細川政権は瓦解した。その徹を踏むか否か。


嗚呼、またも気になるマスコミ論調。無責任論調。みんな一緒に真剣に考えようよ。オランダ戦控え、岡ちゃんも選手と一緒に真剣に考え議論している。スポーツメディアも勝つための方策を真剣に考えているように映るのですが。



2010年6月17日木曜日

目的と手段、公と私。

いよいよ参院選決まり。熱い季節でございますな。関係者の皆様ご苦労さま。天命でございますから致し方なし。ご奮闘を。


さてさて、国会閉会まで、菅内閣発足時も含めて、いや、それ以前から、なんでもかんでも「選挙目当て」と非難が続いていました。野党は与党を。メディアは政権のやることを。だって当然でしょ。選挙目当て。政権をとって、維持して政治を行うことは「目的」、いわば「公」。選挙はその政治家になるための「手段」。当選するまでは「私」。与党だって野党だって選挙が一番とは誰しもが思っているのに。前にも書いたが本音と建て前の使い分け。訳知り顔に解説するなって。論評するなって。猿は木から落ちても猿だが、議員さんは落選すればただの人(笑)。言い古された言葉。


国会の終わり方は異例と批判するけれど、慣例だらけの国会。異例があるってことは「新しい」ってことかも。多くの廃案閣法。障害者自立支援法という「悪法」の扱いだけは遺憾なのですが。


多くの政治不信と不満と不安を抱えながら選挙戦が始まった。いや、その途の通によれば公示は即終盤と。結果はいかに。高見じゃない、低見の見物(爆)。


与野党の政策の違いが極端な物は無しと。不安定な基盤での綱渡り政治よりも、いま、ここしばらくは、少なくとも衆院選までは政局安定、政権安手の方が望ましいとも。安定してないと政策が遂行されない。ねじれともなると「最大不幸社会」が続くことにも。とりあえずの政権安定が、その是非は百論あったとしても、ないかとよろしいのではないかとも思ったりする次第。


はい、今日の列島酷暑であります。街頭でお仕事の皆さんご苦労様っす。(笑)。



禁煙コール

昨夕、自宅前。向こう三軒両隣。なにやら旦那さんたちがタバコくゆらしながら子供達も交じって談笑中。「何してるの?」亭主。「井戸端会議です」旦那たち。男にも井戸端会議てあるの?家で煙草吸えないから表で・・・かななんて勝手に思っていると。向こう三軒ならぬ四軒めのF中さんの奥様登場。時々当店ご来店の由。ありがたやなんですが。「煙草やめましたか?ワタシは止めましたよ。お医者さんの薬で」と。「止められますよ。簡単ですよ。やめなさい」。傍で旦那は吸い続けている・・・(笑)。地域社会の輪は大切にしないと(爆)。「はい、そのうちと思っているのですが・・・」。逃げる亭主。「ちゃんとチェックしてますからね」。追い打ち(笑)。


今朝病院で久々に胃カメラ。なんとなく胃が不調だったので。鼻から入れるのではなく口からの奴。相変わらず七転八倒。むせかえる亭主。「大丈夫ですよ、大丈夫ですよ」と看護婦さん。大丈夫だとかそういう問題じゃないんだよ。鼻から息が吸い込めないから苦しんだ。苦しくて涙流れ、よだれ流し、「楽にしてください」という看護婦の掛け声も励ましにも慰めにもならず。筋肉硬直(爆)。


終わって診断。「逆流性食道炎ですね」「びらん性胃炎ですね」。淡々と"解説"される医者。原因はストレスですと常套句を言うと思いきや。「煙草です」。常時薬を服用されているようですが煙草吸ったら薬の効果は相殺ですよ。なんで知っているの、このセンセイ。


朝飯抜きだから腹は減ってくるし、くたくた。外来に降りてしばし。いつもの担当医さんに呼ばれ。またもや懇切丁寧に説明あり。胃が痛んだ時はいつもの薬を倍の二錠飲んでください。あらら、タバコには触れず。禁煙外来専門医なのに。


「内視鏡のセンセイに煙草っていわれましたよ」と亭主。「はい、あのセンセイも禁煙外来やってますから」。そしてすかさず。「いつから止めましょうか」と。「あ、はい、そのうち、近々」またも濁す亭主。


煙草やめろコール、禁煙コールが高まっております(爆)。わかっちゃいるけどやめられねえ。捨て台詞吐くわけにも行かず。病院滞在時間3時間。吸いたい気はおこらなかったのですが。


くたくたジャガー状態で事務所へ。食べ物口に入れてほっとすると。はい、やってました。無意識に。一本、一服。


赤城の山も今宵限り。可愛い子分のお前達とも別れ別れに・・・。国定忠治のセリフじゃないけれど。なんか国定忠治の心境(笑)。「可愛いお前とも別れる時が近づいたようだよ」。手にしたタバコに声を掛けたり(爆)。


to be or not to be。吸うべきか吸わざるべきか。ハムレットの心境。禁煙圧力はさらに強まり攻撃力を増しているようです。本来ならここで一服と相成るわけですが、とりあえず我慢して投稿ボタンをポチと(爆)。



2010年6月15日火曜日

1960年のボク

今から50年前。1960年の今日、6月15日。安保闘争で樺美智子さんがなくなった日です。「アンポ反対。岸を倒せ」「安保反対」。連日国会議事堂を取り巻いたデモ。労働者や学生。国会議事堂の周りの道路は人で埋め尽くされていました。巨大なマグマがそこに存在しているような。


二十歳になっていない年齢の亭主もその中にいました。学生服を着て。コートで襟章を隠し。振り返ってみてなんでいたのかあの場所に。日米安保の何たるやをきちんと理解していたのかどうか。単なる反体制。若者が陥りやすい「流行病(やまい)」のようなものだったのか。誰に誘われた訳でもなく。誰にそそのかされたのでもなく、たしかに学校の中には立て看板が並び安保反対のシュプレヒコールに充ち満ちていたのではありますが。


もちろんいかなるセクトに属していたわけでも無く。ただ、その場に「行かなくてはならない」そんな"本能"があったのではないかと。


怖かったです。警官隊・機動隊。後ろの方にいたのがいつの間にか前面に押し出され。後ろから押してくるデモ隊。押し返そうとする警官隊の盾と警棒。そこそこ殴られて。怖くなって・・・。


亭主がいたのは議事堂の正面の道路。樺さんが亡くなったのは南通用門。デモに行く前に学校で呼び止められた先輩に言われた言葉。「お前は大事な存在なのだから行って欲しくはないが、行っても無茶するな」。その言葉を思い出してデモの列から抜けだし、日比谷公園で汚れた服を脱ぎ、職質に会わないようにして自宅に帰りました。自宅で聴いたラジオ。南通用門で東大生の樺美智子さんが死んだというニュース。衝撃でした。


樺美智子さんは勿論知らないひとです。ただ父上が本学の教授をされていた。樺教授は知っていた。ただそれだけのつながりなのに身近な人が死んだという思いと、そこから逃げ出した自分の不甲斐なさ。悩んだ時がありました。


それから数年後。南通用門の前の建物が職場となり。南通(そう呼んだのですが)の前を通る度に、見る度にこみ上げてきた複雑な感情。


そして今でも思うのです。あの時のあのエネルギーは何だのか、どこに消えてしまったのか。「安保反対」。そんな声はどこからも聞こえなくなった。少なくとも日本社会党という政党が消滅してからは。そして議事堂を取り囲むデモ隊もいなくなった・・・。


デモ隊少年は国会議事堂の中でお仕事をするようになった。あの日は雨だったのだろうか。それとも警官隊の放水によるものだたのだろうか。妙に寒かったような記憶があります。♪アカシアの雨に打たれてこのまま死んでしまいたい♪。西田佐知子の歌が流れる度に1960年6月15日のボクを思い出していたものですが・・・。50年後。誰もが「日米同盟」を言う時代なのです。日米安保が日本の繁栄をもたらしたと確信している時代になったのです・・・。



2010年6月14日月曜日

眠られぬ日々

東北にも梅雨が来たのでしょうか。雨。肌寒く。またまた風邪の気配。寝不足も原因なんで。はい、昨日はワンが自宅泊。ほとんど寝ずの"看病"で。大声で泣くので耳も痛く、頭も痛いし。病院のセンセイのご都合だったのですが。澪も辛そうだけどゲンキも大変。センセイからは"薬"を戴いてはきていたのですが。どうも上手く行かず・・・。


いよいよ始まったサッカーワールドカップ。そこそこサッカーフアンの亭主。チャンネルを合わせる合わせる。今夜はカメルーンと日本。寝られない。眠られぬ日々が続きそう(笑)。


テレビも全くワールドカップ一色。よくもまあこれだけ話題捜してきてやるもんだと。イケメン選手ランキングなんて。馬鹿馬鹿しい企画まで。サッカーは顔でやるんじゃないよ。思い出した小咄。男にもてないって泣く女の子に間違って言った奴がいる。「人間の顔じゃないよ」って。「人間は顔じゃないよ」って言おうって思ったのに間違えた(爆)。野獣ってあだ名のサッカー名選手もいたのに。


しばらくはテレビのサッカー漬けになりそうな気配。評論家には成る気なし。それにしてもテレビのサッカー番組、アナウンサー、解説者が誰かによってどうしてこんなに違うんだろうって。変なアナや解説、司会を見聞きすると興がそがれることこの上なし。


寝不足で体調すぐれないところにもってきてパソコンも不調。眠っているのかと思うくらいに遅く、重い。季節のせいかい?(笑)。これだけ書くのも一苦労なのでありました。



2010年6月13日日曜日

本音と建前

東京に行ったり、なにかと多用でちょと休業の当店でした。


東京で知った亀井の辞任。おもわず電車の中で歌ってしまいました。


♪もしもしカメよカメさんよ、政界のうちでお前ほど本音を語らぬものはない、どうしてそんなに上手いのか♪って。


解説はしません。とにかく政界というところは伏魔殿とか。本音と建前使い分ける人たちばかり。人、人、人の群れの東京。みんな「他所いき顔」に見え。建前だらけの花の都(爆)。永田町の近くにいたから余計にそう感じられたのか(笑)。


昨日の暑さときょうの涼しさ。季節も本音と建前使い分けてくれているのか。


犬だけは本音。東京のワン公。本音で歓迎してくれての体当たり。柴犬の力はすごい。我が家の澪さま。きのうからまた不調の極み。奇声発したり、奇怪な行動とったり。老老介護、厳しさを増しであります。どこが痛いのか、何をしてほしいのか本音なかなか読み取れず。



2010年6月10日木曜日

政局と政策と

昔、田中角栄さんという人によく言われました。「政局や人事ばかり追いかけている政治記者はダメだ。大物に成れない。政策を勉強しなさい」と。この言葉の触発されたのかどうか。必死で政策を勉強した同僚記者がいました。田中角栄さんが自民党の都市政策調査会長をやっていた頃。まとまったその要綱。件の記者は迷うことなく読みこなし、わかりやすい記事を流れるように書いていた。亭主はチンプンカンプン(笑)。そして彼は「大物」になり、最後の最後まで田中角栄さんと親交を結んでいた。信頼も厚かった・・・。


さてさて、爾来マスコミ・メディアの政治担当記者はどうしているか。記者だけではなくコメンテーターとか解説者とかいう人達含めて。政局の時はいきいきとし、報道時間も長く、大騒ぎ。それがいったん落ち着いて政策がニュースになる、それに対する的確なコメントが求められるとどうなるか。まともな情報が発せられるか。どうもそうではないようで。


昔、通産官僚から評論家、作家になった堺屋太一さんの言った戦後日本の三大神話の一つ。「日本という国は官僚が優れているから政治家がどんなひとであっても大丈夫なんだ」。


政策報道は勉強も強いられるし、地味だし、難しいし、余り面白がられない。政局はなんたって面白い。夜討ち朝駆け、身を粉にしても。人間模様が垣間見える。駆け引き、裏技、騙し合い・・・。官邸や自民党担当記者は政局、政局。政策は各省庁担当記者にお任せ。だって官僚が政策作っていたから。


ここ数日。政局ばかり報道することに自戒の弁を述べる向きもあり。かといって「反省」程度で終わっているようですが。


近づく選挙。マニフェストなるものが表舞台へ。政策論議強いられるメディア。その報道姿勢は。あら探し、けなし、見当はずれ。何処まで深く掘り下げて伝えてくれるのか。しかも分かり易く。


郵政改革法案はたしかに「政策」。それを盾に取ったように今日も離脱云々の政局報道が行われるのでしょう。


何でも反対。何でもケシカラン。批判の言辞だけしか出てこない自民党も哀れ。そりゃ支持率上がりっこないは(爆)。



2010年6月9日水曜日

ただあきれるばかりにて

菅政権誕生。お祝いの一言でも送ろうかと思っていたのに。いきなり飛び込んで来た荒井大臣の事務所「架空経費計上」問題。読売新聞の抜きネタらしいけど。各メディア追随。釈明や細野代理の話だけではここもとない。何処までが真実で、事実で、どこまでが虚報なのか。定かならずではあるものの一点も曇り無きには非ずと。


ただただあきえかえるばかりなのであります。


組閣まで数日間を費やした新内閣。その間に「身体検査」、そう、永田町用語ですが、カネや女などで世の誹り受けることありやなしやをあらゆる手段講じて調べるのが通例。やったでしょうが検査したのが相当の"藪医者"だったのでは。


「クリーン、クリーンと洗濯屋みたいなこと言うな」。田中真紀子サマがおっしゃったというが、この報道でまたもやクリーンなるもののイメージが大きく損なわれたことになる。事務所の架空経費問題。さんざん問題になったのに。ばかばかしいとしか言いよう無し。


架空経費問題で自民政権当時二人も農水大臣が辞任。農水大臣は"鬼門"とされて今回も人事最後まで決まらなかったというが。荒井も農水省出身。まさに鬼門。鬼が怒るぞって。鬼と言えば早速鬼の首とったように自民党は罷免罷免、任命責任と騒ぎ出すし。


すねにキズの無い政治家っているのかな(笑)。


早くも政策ではなく醜聞で混乱する政権。ああ、もう、うんざりだ。黒でもいい、白でもいい。本人逃げ隠れせず正直になんでも言って早く決着つけましょうよ。


それにしても早くも始まったマスコミによる醜聞探し。まだまだなんか出るかも。週刊誌含めウノメタカノメ。


歯切れの悪い言い訳は聞き飽きた。イラ菅。いえね、国民がイライラさせられるってことになりますよ。何処を向いても同じ穴のムジナばかりか・・・。



2010年6月8日火曜日

まるで駄々子みたいで

駄々っ子。「駄々」とは分別を欠いた我が儘な行動を現す言葉。子と書くと子供のことを指すようだが成人にも当てはまる。


駄々をこねる。駄々を言う・・・。


小沢一郎が両院議員総会を予想通り欠席。側近なる人達が言っているという。「静かにしていろと言われたから」。「売られた喧嘩は買う」とか。駄々をこねてると言わずしてなんと言うべきか。そう。所詮駄々っ子にしか過ぎなかった。生まれも育ちも。勝手に"神話"のようなものを作り、その影におびえ、実力を過大評価・・・。品格なしの政治家だったのでは(笑)。駄々子は脅す。駄々っ子は強面を作る。


小沢クンに送ろう。中庸の一節。


隠れたるより見(あら)わるるは莫(な)し。微(ひそ)かなるより顕(あき)らかなるは莫(な)し。故に君子はその独りを慎む。


退任記者会見を拒む鳩山由紀夫。言行不一致の典型。この人も駄々っ子だったのでは。母親や妻に甘やかされた。鳩だから言うのではないが、あらためて送ろう。月並みな言葉。


立つ鳥(飛ぶ鳥)跡を濁さず。


800万円かけて改装した公邸。去るにあたってキレイにしていくのかな。菅ちゃんもまた改装するのかな。賢夫人はそんなことさせないと思うけど。雨露しのげればどこでもOKって言うと思うけど。菅直人は組閣人事にあたって駄々っ子だったのかな(爆)。



2010年6月7日月曜日

"刷新"すべきはマスコミ

金曜日以降週末のテレビは凄かったです。政局報道。小沢はずしだ、小沢色一掃だ・・・。小沢が怒っている、小沢は9月の代表選の出る。党役員・閣僚の内定、下馬評も皆小沢をからめて。反小沢だ非小沢だと。


昨夜のフジテレビのワイドショーみたいな番組。女性タレントが言っていました。「小沢さんがどうのこうのって関係ない。明日の暮らしがどうなって行くのかが知りたい」って。解説の共同通信記者。デスクとか肩書きあったが。お粗末でしたね。そもそも言ってることがよくわからない人だけど。「小沢さんの影響があるかないかで政策に関係してくるからなんです」というような御返事。女性タレント納得してない様子。司会のミヤネ某もまたもや話を「小沢問題」に軌道修正する。もううんざりなんです。


たしかに。永田町で取材にあたっている記者たち。一生懸命なんですが。そこから情報あがってくる本社のデスク。解説。専門家を任じる評論家、コメンテーター。揃いも揃って裏話、小沢動向、小沢政局を語る。それがどれ程の意味があるのか。


ま、人間誰しも同じ。仕事含め身近な事が全て。彼らの努力は努力だし、それを報じる事が使命だと固く信じているから。一概に否定はしませんが。


永田町の常識は国民の非常識。よく言われた言葉。政治担当のマスコミはこの永田町常識から抜けきれていない。政治がどうなる、暮らしどうなるってのが一般素人の関心事。


で、政策となると、いかにも菅は消費税増税論者のように訳知り顔に言い出す。そして言及しなかった事取り上げて「方向転換」などと言う。選挙目当てだと言う。税制改革の中の一つが消費税なのに。


この国をどうすろか。どういう国がいいのか。そんな事になかなか触れないマスコミ。触れられないマスコミ。裏を探りおもしろおかしく政治を語るのがその使命だと思っているような。


組閣の時に何々派といって派閥均衡とか党内に火種なんてやっていたのは自民政権時代の政局報道。小沢グループだ、非小沢グループだなんてまことしやかに"解説"してるなんてもう古すぎる。それもどの局みてもどの紙面みても。


"刷新"すべきはマスコミ。亭主が仕分け人になる気はありませんが(爆)。



2010年6月4日金曜日

束の間・・・

晴天、快晴、爽やかな初夏の陽気。ここ数日でした。今はどこからか雷鳴が聞こえはじめ・・・。束の間の好天気だったようです。束の間。人の往還の中ではとかくあること。


262日。鳩山政権。ハトちゃんにとっては束の間の"夢"だった。"悪夢"もいっぱいあったけど。花束貰って官邸を去り。「道半ばにして退くことにした。国民との約束を全うできず申し訳ない」と談話だけ残し。"恒例"の記者会見もやらなかった。持ち上げられたり落とされたり。もうマスコミの前で喋るのはこりごりだったのか。


「飛ぶ鳥(立つ鳥)跡を濁さずと」いう。最後の「思い」を語るべきだったのではなかったのかと。喋りたくない気持ちもわからないではないけれど。引き際はなんとも難しい。


はい。めでたく菅さんが民主党代表、総理大臣に。代表任期は9月まで。束の間の菅政権となるのか続投出来るのか。


政権放り投げ、無責任と批判したマスコミも世論調査で半分以上の人が鳩山退陣歓迎と出ると、途端に鳩山批判トーンダウン。こういうの。束の間論調とでも言うのかな(笑)。


菅と亀は天敵のような犬猿の仲。亀はどう出るか。連立維持は確認したけれど。


鳩山退陣の二大原因。沖縄と政治とカネ。政治とカネについては言及したけれど沖縄については触れなかった菅。鳩山の「思い」を引き継ぐという言葉の中に沖縄、普天間の問題が入っているものと忖度(笑)。


雷鳴やんでまた薄日。雨が降ったら「雨降って地固まる」って代表戦を持ちあげようと書きたかったけど束の間の雷鳴はこけおどし(爆)。ま、菅さん、ゆっくり地固めしてくださいな。



2010年6月3日木曜日

鳥のまさに死なんとする・・・

穏やかな日。空は晴れ渡り、鳥の声が聞こえ・・・。いいな自然界は(笑)。


一羽のハトが去りました。鳴き声を残して。


「鳥のまさに死なんとす その鳴き声や悲し 人のまさに死なんとすその言やよし」。論語の言葉ですが。思いのたけをぶちまけたハトの去り際。その言や良しとするか。どうも長広舌から窺えるのは「自己中」の人柄とも。日本人は判官贔屓と申しまして、去り行く人を悪し様には言わないんですが。"死者"にむち打つようなことは言わないしないという"美徳"があるとも言われているのですが・・・。


自分たちの報道で世論を"誘導"し、世論調査で辞めろ、辞めろと迫り。紙面でも語り口でも「辞めろ」と迫ったマスコミ。実際辞めてみれば「投げだし」「無責任」とくさす。是が世間というものか。


勇気振り絞ってオザワ道連れにすれば、後継選びで「小沢の影」とか「影響力」とかこれまたクサス。小沢と鳩山の間で何があったのか。政界には裏のまた裏もあり。何が誰の真意で、事実は何か。当事者だってわからないこと。


段々不愉快になってくる政局報道。社説もさることながら、テレビは一体何考えているのか。どの画面見てもやれウブカタだとかなんとかだとかテレビ出たがり呼んできて訳のわからん奴に訳のわからんこと言わしている。極めつけは渡部恒三。ひっぱりだこ。なんであの人が・・・。黄門さまなんて異名つけてもてはやすテレビ。彼が喋っていることにいかなる意義ありやと。一人だけ正義の味方気取って(爆)。グダグダと効かない薬の効能書きみたいなことばかり。


どうやら形勢は菅直人の様子。次期首相。またメディアはこぞってクサスでしょうね。あることないこと取り上げて。多分「風見鶏」とでも言うのでしょう。


「やはり菅さんでしょうね。なんかカンジ悪いけど」と昨夜の飲み屋のおやじの弁。


済州島で一人鳥を見ながら退陣を決意したというハト。金子みすずの詩をどうぞ。


きのふもけふもこの岸へ、
かはるがはるにくる波よ。

いま來た波は、あの波は、
どこの國から來たのだろ。

いま退く波は、あの波は、
どんな岸までゆくのだろ。

波に浮かんだ海の鳥、
おまへはきつと知つてゐよ。

もしも教へてくれるなら、
こんどの祭に招(よ)んであぎよ


民主党には大波が襲い、政局というお祭りが始まっています。ハトはもう招かれていないけど。



2010年6月2日水曜日

「鳩山」を見誤っていたマスコミ

英断と言うべきか、一種の茶番というべきか。鳩山、小沢道連れ心中。激震と言えば激震。予測の範囲といえばそれまた然り。誰がシナリオを書いて演出は誰だったのか。


午前10時前に流れた鳩山辞任の速報。その1,2時間前までのマスコミ。新聞の朝刊も。きのうの鳩山の左手の親指立てたポーズをあげつらい、したたか、しぶとい、鈍感などなど罵詈雑言を浴びせていました。そして両院議員総会後のコメント。「一世一代の名演説」と褒めそやす。政治も劣化しているがマスコミの劣化も甚だしいと。


その日その日の表面的出来事だけを追い、政局を見通せていない。洞察力無し。そのマスコミ報道を受けての世論調査。そりゃ支持率低下は当たり前。


誰もが数日前までは小沢が鳩山の首に鈴をつけると思っていた。おっとどっこい。小沢に鈴着けたのは鳩山の話を信ずれば鳩山だった。鳩山の顔を立てた小沢のシナリオか。


大きな目を潤ませ「思い」を20分間にわたって述べた鳩山。さぞかし無念とは拝察するものの、所詮自らが招いた種。自分で刈り取らねば。


数日前の当店亭主。「もののふの進退はある日ある時一瞬にして決めるべき」と書いた。鳩山がもののふかどうかはともかく。マスコミはいささか鳩山を見誤っていたのではとも。済州島で見た鳥を我が家の鳥になぞらえるあたりは情緒過ぎとは思うけど。沖の鴎よ伝えておくれ。歌の文句じゃないけれど。


うがった見方。小沢を切るためのは自らが共倒れしないと。そんな「思い」もあったのか。鳩山、すっきり。小沢渋面。それはテレビの画像だけのこと。二人の間のやりとりは永遠の謎かも。


さてさて民主党にとって吉とでるか凶とでるか。鳩山決断に依然異を唱える自民党。ここ数日は次期首班めぐる民主党関連ニュース。またまた霞む自民党。やはり小沢のシナリオか。


株は値上がりしてるというけれど民主の支持率上がるのか。マスコミを騙し続けた鳩山くん、あっぱれ!(爆)。



2010年6月1日火曜日

アリと象

永田町の混乱ぶりを見ていてふと思ったイソップ童話、寓話のタイトル。イソップだけじゃないけど。


アリとキリギリスだったり、北風と太陽だったり、アリと象のお話しだったり。大政党民主党がアリのように小さい政党社民党の党首の「反乱」で崩壊寸前。


「なめたらあかんぞよ」。映画、極道の妻達のような・・・。


数合わせを優先した連立なるもののある意味当然の帰結かと。「大きいことはいいことだ」。これは昭和の時代の高度成長期の合い言葉。積み木の家だった連立政権。


己の保身に走る改選組の議員さん達。しょうがないでしょ。キミ達が選んだ頭領が撒いた種なんだから。鳩山降ろし。ちゃんちゃらおかしい。批判してきた自民政権末期と同じ事をやろうっていうのか。首のすげ替え。「着せ替え人形じゃありまいし」。亀井はクールビスに反発してスーツ姿で吠えた。着る物だけじゃない。党首替えても所詮着せ替え人形の誹りあり。


衆参同時選挙大歓迎。民主大敗。再び起こる林立した有象無象の政党間の合従連衡。それもいいかも。政権交代があったということは5年や10年かかって新たな国造りへの産みの苦しみと思うべし。


子供手当めぐる様々な思惑。子育てって買い物に行くことか。商魂逞しく「手当」を狙う商売人の方々。そしてアナリストなる人は言う。経済波及効果は余り期待できないと。銀行は預金勧誘。


今日から六月。衣替え。なんで閣僚は皆カリウシなの。とっくに沖縄からは嫌われているのに。着る物で機嫌とろうっていうこと?


衣だけではなく着る人の中身も替えましょう。外気の暖かさと室内のいささかの肌寒さと。この差が永田町と国民との温度差か。