2010年8月11日水曜日

「日韓」と「原爆」と謝罪と

菅内閣が日韓併合100年を機に「植民地支配」へのお詫びと反省の談話。謝罪。民主党議員の中には50代以下の世代に「反対」の声あり。自民党は言わずもがな。歴史認識、歴史的事実をどうとらえるか。体験、非体験含め、世代間格差大なりと。


ヒロシマ、長崎、原爆投下65年。広島にはアメリカの駐米大使出席。長崎には出向かず。大量殺戮への謝罪の言葉は無し。


ともに共通していること。事実として多くの人の命が落とされたということ。65年という歳月、100年という一世紀を経ても何も解決しておらず。関係者含めそれぞれが「己が正義」を言いつのる。


それぞれの時代にあった出来事。それを後世にどう伝えるか。共有出来ない歴史認識。政治・外交という国の在り方あるものの、多くの人命がそこなわれている・・・。


恩讐の彼方に。それは小説の世界だけにある言葉か。


お盆という季節。花を手向け、迎え火、送り火。それぞれがそれぞれの風習で先祖に、亡くなった先人を弔う。戦禍で倒れた人達の墓中での胸中や如何。未だ埋葬もされず、地中に骨をさらす人達の胸中は・・・。


時代という時の流れは何を解決し、何を取り戻したのか。決して交わらない国論。二分されたままの国論。


そして、あの8月15日がやってくる・・・。



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