2009年9月14日月曜日

「ね」の不快感

どうでもいいことであり、別に見なければそれでいいのであり、人それぞれなんですが。


NHK夜9時からのニュースウオッチ9に出ている田口五朗という人。この番組、NHKの報道の看板番組であろうし磯村尚徳という名キャスターを誕生させたテレビの報道史に残る番組。、なのに、そして、ひくてあまたの人材をかかえている筈のNHkなのに。なんでこの人が起用され続けているのか。どうも理解に苦しむところであります。ほんと余計なお節介でスイマセン。ちゃんとお金払って見ている一視聴者の繰り言。


人相の事は言うべきではないと思いますが、どうも彼のご面相はお笑い漫談家のよう。ジャーナリスティックな雰囲気は感じられない。それはともかく、ニュースの項目ごとに喋るコメント。どうでもいいような当たり前のことを滔々と述べる。その際ー。「この問題はです"ね"、長年の懸案だったんです"ね"」とかなんとか知ったかぶりの説明かた始まって、「全力を挙げて解決してもらいたと思うんです"ね"」。とにかく、ひとことひとことのあとに"ね"っていうのがついてくる。一日の番組の中で何回"ね"って使うんでしょうか。もちろん数えたことはありませんが(爆)。とにかくこの人の"ね"は鼻につく。ストレスとなる。だって必要ないんです"ね"という言葉は。これって文法で言えば終助詞っていうことになるのかな。


テレビ朝日の昼のワイドショーの佐々木くんも夕刊なんとかってコーナーで早読み。彼も年中"ね"を連発。こっちはまだ芸能ニュースみたいなもんだからまだいいけど鼻につくのは同じ。


テレビ局のアナウンサーでもなにかのレポート、中継ではよく"ね"をつかいます。"ね"と"よ"。文節の終わりに。


「自分の言葉で喋ろう」ってすると、どこか柔らかく、親しみを込めてっていうことでしょうか。"ね"とか"よ"を使ってしまう傾向があります。「綺麗な花が咲いているんですよね」。「花が咲いています」でいいはずなのに。


"ね"を使うってことは、慣れ慣れしさになり、田口キャスターの場合は隣の青山さんだっけ、あの女性との会話でなら、まいいけれど、視聴者に対しては失礼になる。それこそ「上から目線」となる。コトバに五月蝿いNHKのアナウンサーさん達はどう見ているんでしょうか。番組のプロデューサーも。


夜のテレビ、ニュース以外に見るもの無し。仕方ないから家に居るときはNHKにしてしまう時がままあり。いささか音を上げています(爆)。どうにかならないかな(笑)。



“チェルノブイリ”異聞

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