2009年9月15日火曜日

イチローと記者会見

大リーグのイチローが前人未踏の大記録。9年200本安打。日本中が湧いた。いやアメリカも世界も。そして久しぶりに聞くイチロー節。記者会見。テレビと新聞でしかその模様は見聞きしていませんがー。


200安打を達成して一塁上で思ったことはーという質問。答え。「解放されましたね。人との戦い、争いに一応終わりを迎えることが出来た。人の記録との戦いから来る解放感ですね」。この人というコトバが気になるのです。人とは誰を何を指しているのか。新聞によれば括弧付きで前人のキラーだと書かれていますが・・・。イチロー語録はどこか哲学的であり、コトバを選び、コトバを大事に喋る人だと思っています。ゆっくり言葉を頭の中で考え、丁寧に喋る。そんな印象があります。


記者会見は延々と続いていました。「達成していく過程が面白かった。200を到達すると、いろんなものが消えてしまうので。それを実感できる時間だったのでよかった」。「 時々崩れる人間性を磨いていきたい」。彼ならではの言葉の数々。次の目標はーそんな愚にも付かない質問には一瞬むっとして愚問だと言いながらも言葉を探していた・・・。


会見を通じて感じたことは、記者会見とインタビューとではいささか違うものの、記者とイチローの資質の差。冒頭の「人」とはなにかについては、それの意味を聞く人がいなかった。あの「人」という言葉は「自分」ではなかったのか。彼の中には鈴木一郎という人間とイチローというプロ野球選手がいる。野球選手イチローを常に冷静に見ている鈴木一郎という人がいる。毎日同じ行動を繰り返し、同じトレーニングを課している。時にはそれから逃げたくなる場合もある。それを押しとどめるもう一人の自分・・・。その"自縛"から解放されたーーそう言いたかったのではと。


あの会見の場に臨んだイチローの心中に思いを致す記者がどれくらいいたのか。彼の一言一言を噛みしめて聞き、それをふまえて突っ込んだ質問に入って行けばもっといろんな事が聞き出せたのかと。だからでしょうか、イチローの答えはどこか発せられる質問とは無関係のような答えになって行く。ただのタイミングだけと捉えて、今、自分が言いたいことを言っている。あたかも質問者を無視するように。そんな気がしたのです。


アスリートと呼ばれる人達に問いかける記者の質問。どこでも、いつでも判で押したような・・・。返ってくる答えも判で押したようなもの・・・。「率直な今のお気持ちを、感想を」。誰も率直だよ。率直じゃない気持ちってどんなの?。


野球選手としてだけでなく、彼の言葉を聞いていると、「人」としても、言葉の使い手としても優れた人だ。そんな思いがするのですが・・・。聞き手としての記者の資質を磨けないものか。せめて、「イチローさん、冒頭で言われた人とは誰を何を指しているのですか。ワタシはこうとらえたのですが」。こんな質問をして欲しかった・・・・。



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