2009年7月7日火曜日

「内政懇」

麻生クン、今頃はイタリアの地でいっぱいの太陽を浴びながら「檜舞台」にたって総理大臣生活を満喫していることでしょう。最後の檜舞台。降りてくる花道は没落への道であることを覚悟しながら・・・。早晩いなくなることがわかっている日本の「指導者」を相手にサミット参加国の首脳はどう相対するのか。約束は全部反古になるって可能性もあるのに。ま、いいか。優秀な官僚がついているんだから。

総理大臣の外遊時に付きものなのが同行記者団との「内政懇」。外交なんてさっぱりわからない政治部記者がなんでぞろぞろ、金魚のウンコみたいに高い旅費や宿泊費を払ってついていくのか。主目的は帰国前に行われる「内政懇」という奴。

旅の恥はかき捨て。いや書き捨てか(笑)。異国の地で「内政」に関して記者団と懇談する。異国ということもあるのでしょうか、数日日本を離れているせいなのでしょうか。放言や問題発言も飛びだしたり。首相の方も計算尽くで発言する。なんで日本で毎日顔を合わせているのに外遊だといろいろ言うのか。亭主も何回か経験ありますが、この内政懇には違和感ありました。にわか勉強の外交記者。現地の特派員の方が専門家。うわすべりな外交ニュースの原稿。内政懇ともなると腕が鳴る(爆)・・・。

今回、その内政懇は中止だとか。前例なし。それをテレビや新聞は「中止」ってことをネタにする。解散問題とからめて。総理大臣と同行記者の懇談が中止になったってことをニュースにするってのも考えようによってはオモシロイっていうか不可思議。今は、なんとなくそんな気がする。やはり変な慣行なんだって。外交時は外交オンリーでいいじゃない。口先では国際問題を話し合い、腹の中は「国内」気がかり。いやいやご苦労さん。二足のわらじ。

内政懇が無くなったのなら政治記者は行くのを止めたら。役に立たないんだから(笑)。経費節減にもなるし。いや、やはりドタキャンは"信義"にもとるか(爆)。

サミットの成果があるのかどうかわかりませんが、帰国したらすぐ解散しなさいよ。麻生降ろしなんてバカな奴らを見返してやりなさいよ。

野党は内閣不信任案だしなさいよ。自民の"反乱"ねらいで。やるべき。野党の不信任案には乗れず。だったら「信任」するきゃない。「信任」したら「降ろし」なんて言えなくなる。

イタリアからの国際電話が鳴る。麻生から鳩山へ。「ねね、出してよ、不信任案。おみやげ買っていくから。センスの良いネクタイを」。あはは。こんなことあってもいいな。「ローマの太陽」はそう麻生にささやきかける(笑)。

官邸と記者団との"慣行"、"取り決め"が政局のニュースネタにされる。やはりなんか変。



2 件のコメント:

popa31 さんのコメント...

「内政懇」ねえ。わざわざ外地で行うからそういうのでしょうが、同行する内閣記者クラブといういわば内輪の気安さと非日常の旅行気分から旅の恥はかき捨て的な雰囲気が感じられなくも無い。で、うっかり口をすべらせる。オフレコという約束自体が馴れ合いの極みでしょうが、オン・オフの狭間でマスコミの側はそれなりに注目しているのでしょう。
 本来なら出先の国でその国の国民に日本の立場を理解してもらう絶好の機会なのにせっかく開く記者会見も日本の報道陣を半数以上も指名して海外のジャーナリストの遠慮のない質問に真っ向から応えようとする気概もない。まったく情けないかぎり。「内政懇」だかなんだか知らないけれど、いずれにしても下らん習慣と切り捨てておきましょう。笑。
 とにかく閉鎖的で特権的な記者クラブと人選段階で勝負がついている審議会は海外のジャーナリズムから繰り返し非難されていますが、身内主義の日本の組織では政府に限らずどこも自由社会で最も基本になる「フェア」という概念が致命的に欠けているので、身内の馴れ合いがなくなりません。で、相変わらずの大本営発表、つまりお上の情報をそのまま垂れ流す報道がまかり通っていますね。困ったものです。
 民間も身内主義だから談合がなぜ悪なのかを理解できない。悪どころかむしろ公平を期すためにも談合は必要と信じきってさえいる。民主主義社会になって半世紀以上経っても変わりません。身内主義をあまりにも自明のこととみなしているから身内の枠内での公平しか考えない。で、他者を締め出していることに気づかない、というか敢えて気づかない振りをして恥じない。
 こうした身内主義は古代の市や座の時代からあり、経済の停滞をもたらす元凶でした。で、織田信長は楽市楽座を宣言して経済を興しましたが、お上のにらみが弱くなるとすぐ復活。経済の停滞が限界を超えて行われた江戸時代の3大改革も同様に談合組織の株仲間の解散をめざしましたが結局失敗。この国の排他的身内主義の根深さを示しています。
 流動性のほとんど無かった古代や近世の閉鎖社会ではそれなりに機能したといえなくもない談合という仕組みが、自由社会になって半世紀以上経った今でも濃厚に残っている。ほんとうにこの国は保守的で、耐えられないほどの外圧に晒されないと何も変わらない。振り返ってみれば外圧によらずにこの国を変革したのは織田信長が最後ですよね。その後の鎖国による江戸の幕藩体制も明治維新も戦後の改革もみな外圧なくしては考えられませんから。

亭主 さんのコメント...

popa31さま
投稿ありがとうごじます。ご迷惑かけました。まだバージョンアップについて行けず・・・。
要は「村社会」ってこtなのかも。記者クラブどころか派閥担当記者なんてなるとそれはもう・・・(笑)。
村社会の論理はあらゆるところでいまだ跋扈しておりますぞ。