2010年1月10日日曜日

ごみ拾い

新聞の片隅に載っていた記事。


箱根駅伝の走路を参加した大学の陸上部員が多数参加して観戦者の落としたゴミを二日がかりで拾って走るとか。いい話ですね。単なるゴミの類だけではなく落とし物のようなものまであるとか。


これも一つの「礼」でしょうか。概してスポーツマンは礼儀を心得ているかと。走路に一礼するランナーを数多くみたし、ピッチ、グラウンドに礼をして去る選手も見掛けるし。


寒気の中、通りすがりの神社にひとしれず一礼して行く若者の姿も見ました。若者に学ぶところも多し。


思い出した事務所の前。道路にビニール袋に入れたビールの空き缶多数。やがて車が踏みつけ缶が散乱。もちろん誰も拾う人なし。誰が何でゴミ袋放置していったのか。しかも路上に。風で収拾所から飛んで来たとも思えず。大量の空き缶。事務所の前に滞留なのであります。


週明け。亭主のお仕事はその缶拾いかと。自分が作ったゴミ。自分が出したゴミではないものの、「だれかが始末せねばならず」と。他人のゴミを拾うってことは抵抗感ありです。


犬の糞も然り。自分の家の犬の糞の始末は当然としてやりますが近くに他の犬の糞があったら始末すべきかどうか。ついでに拾うのが当然なのか、放置しておくのか。不心得者の後始末をすべきなのか・・・。犬とともに考える現実。糞を放置したままの飼い主も毎日のように同じ場所を通っているはず。始末しておけば爾後しなくなるのか。それをよしとして放置を続けるのか。


すべからく。考えさせられる「後始末」。駅伝街道を掃除している学生さん見かけたら沿道のみなさん、お茶の一杯も差し入れてあげてくださいね。ねぎらいと感謝の言葉も忘れずに。



4 件のコメント:

キャプテン・イチロー さんのコメント...

亭主どの
ゴミ拾いの記事読みましたよ。若者に学ぶところ多し、ご亭主に同感。
犬の散歩で出会う小中学生は、必ず先方から挨拶してくれます。この国も見捨てたもんじゃないと、嬉しくなります。
若い女の子も声かけてくれないかな、ウヒヒヒ
キャプテンからでした

亭主 さんのコメント...

キャプテン閣下
毎度ご来店深謝^^
亭主もあいさつは受けています。事務所の周りでは女子高生からも「コンニニチワ!」って。笑顔であいさつ返します。
でも、声をかけられるのはいいけど声かけはご法度。変なおじさんと思われますよ。駅前行けばもしかしたら若い女の子に声かけてもらえるかも。ただし、お金がかかります(笑)。

popa31 さんのコメント...

ゴミ拾いに反応してのコメントです。
 じつは小生リタイア後いくつかボランティア活動に参加させてもらっていますが、今いちばん充実感があるのは近所を流れる「いたち川」という小河川の清掃を主に活動している「いたち川愛護会」の活動です。
 毎月第4日曜日に受け持ち範囲の河原と両岸のプロムナードの除草や清掃をするだけですが、ゴミを拾うという単純さがいい。
 ぼくは現役時代の仕事が教育関係だったので完璧な日などあり得ない毎日が反省の繰り返しでした。が、川の清掃は無心にただゴミを拾えばいい。拾った後は確実に拾っただけはきれいになる。反省点のほとんどない達成感の爽快さがいいのですね。
 無論すぐまたゴミは捨てられるのですが、それは格別腹立たしいことではありません。かくいう小生だって煙草を吸っていた30数年前は日に数十本は吸い殻を投げ捨てていましたから。要するにゴミは拾った分だけは確実に少なくなるところがいいのでしょう。
 どこかでその話をしたら、皮肉屋さんが、マスターベーションとちがうか、といっていましたが、そうかもしれません。でも、マスターベーションも気持ちがいいですよね。本チャンの方がいつでもよりいいわけではないのだから充実感があればいいではありませんか。おっと、なんの話だっけ。あはは。

亭主 さんのコメント...

popa31さま
お久し振りでした。
なかなか含蓄のあるお話しで。前段も後段も。
すべからく何に、何処に自分の満足感、達成感を見いだせるかということでしょうか。ゴミをめぐるいたちごっこも相対性理論の極地にも思え。
町内会のゴミ拾い作戦に積極的に参加しています。(笑)。
ゴミ拾いとか、掃除とか。禅の前座かも(爆)。

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