2010年2月28日日曜日

exhibition エキシビション

エキシビション。展示という意味。公開演技ということらしいです。少なくともスポーツでは。冬期オリンピック。世界中を沸かせたフィギアスケート。その有終の美を飾るのが競技の上位入賞者によるエキシビション。冬期オリンピックの競技ではこの種目にしかないプログラム。


楽しみにして見ました。どれも美しく、感動的であり、それはスポーツと芸術が融合された美でありました。勝ち負けでの涙ではなくその美しさに見ている者は泣けてくる。芸術なのだと。


バンクーバーからの中継。地上波はテレビ東京。系列局の無い地方はBS頼り。


折からチリ地震による津波警報発令。画面の4分の一は日本列島の地図と赤の警報点滅。スケートの画面が見にくい。どこのチャンネルを回しても同じような点滅画面。テレビとしての報道姿勢としては当然ということなのでしょうが。つい思ってしまう。BSまでも「速報」かと。


録画して後からと思っても、録画したものにもこの画面は消えない。スケート見る方の「集中力」は完全に途絶える。たしかに、スケートどころではない、災害が来るのかもしれないのだから。そう思う反面、なんでもこういう情報を出し続ければ、変化のない情報。点滅地図を出し続けることが報道機関テレビとしての使命なんでしょうが、どうも、出しておけばいいというような「免責」を感じてしまう亭主は不心得ものか。地上波とBSとでは差別、区別があってもいいような。フル画面で4年に一度しか見られない「エキシビション」を心行くまで見たいというのはおかしな考えか。不心得ついでに言えば、津波で避難する必要のない内陸部の人も多々あり。無関心な人も。それが世の中というものとも。


ただ今、津波情報入りつつあり。いまだ日本列島被災は無い様子。警報が狼少年であってくれればいいと。


エキシビション。展覧会って意味もあるのでしょう。ムソルグフスキーの展覧会の画。題名は「pictures at an exhibition」。この曲に付けられた訳詞あり。


 


      地球はひとつなのですが、
      世界はひとつではないのです。
      世界をひとつにしようとして、
      あまたのいくさがありました。


      世界はひとつではないのです。
      それをみんながわかったときに、
      世界はひとつになるのです。
      たったひとつの地球のうえで。


どこか、オリンピックの精神につながる。銀盤に舞う若者たちのこころはみんな一つのように見えていました。


チリへ、ハイチへ。支援。やりましょう。世界を一つのものにするためにも。津波が列島に被害を与えないことを祈りつつ、ちゃんとフィギアのエキシビションを見たいと思う欲望も捨てがたく。


 



2010年2月26日金曜日

2.26という日

2.26と言う日はなぜか歴史の彼方の日を思い浮かべるのですが。それから70年以上も経って・・。


平和の祭典が繰り広げられており、事件を知る人とて無く。


女子フィギア。冬期オリンピックのクライマックス。リンクの上で、インンタビューの席でそれぞれが涙をこぼし。スポーツの歴史に残る日となったかも。


長かった4年間を4分間で終わらせる。それぞれがそれぞれの事をやり遂げ。素晴らしい若者達に心から拍手を。惜しみない拍手を送る。


連日、連日のフィギア報道。それらをものともせず自分たちの演技をやり遂げた若者達。それぞれがそれぞれの事情を持ちながらも。


真央ちゃんは日本人だから日本という国を背負って。未来は血は全く日本人だけどアメリカ国を背負って。オリンピックというのは国と国の闘いなのか。自分たちの闘いなのか。


試合は終わり。まだ彼女たちはマスコミから解放されないだろう。でも早く自分の時間の戻してあげたいと。過酷な練習に耐え抜き、試合ではものすごい精神的重圧を受けて。それぞれの涙にそれぞれの意味があると。


鈴木明子の涙に一番打たれたかも。メダルには届かなかったけど彼女は十分金メダルに値する。悔しいだろうけど泣くな真央ちゃん。史上初のアクセル2回を飛んだんだよ。


それにしても彼女達選手をどれくらいの人達が支えたことか。演じるのは一人だけど、多くの人達が演じさせた。そこには"絆"があった。


金銀銅という三つのメダルで結果を分けるのが忍びない気持ちに。ヨナを越える選手はもう出ないかも。彼女の敵は今後は彼女自身。自分が自分を越えていく。「長かった4年間があっという間に終わったという感じ」。真央ちゃんの言葉は重い。


2010.2.26。日本の女子フィギアスケートは歴史に名を刻んだ日と。よかったよ。君たちは今という時代に生まれてきていて。2、26事件の青年将校も、オリンピックの選手も「日本」という国のことを真剣に思っていた。思っている。



2010年2月25日木曜日

深い霧

今朝の霧は予想外。凄かった。山の中じゃないのに。平野なのに。羽田も凄かったとか。3万人に影響でたとか。霧の中をライトをつけて走っていると、迷いそうになる。そう、今の日本と同じ。


日本人は坂の上の雲を目指して登ってきた。山のまで来て雲の中に入って迷った。山の上で迷って右往左往ってのが今のこの国ってとこか。


トヨタの問題も霧の中に入ったよう。成長のスピードに人間がついて行けなかった。豊田社長の反省の弁。トヨタだけじゃありませんよ。技術革新の進歩に人間はもうついていけなくなっている。五里霧中の世界にいる。


トヨタ問題。アメリカの脅しか。貿易摩擦とは言わないけど政治的思惑ちらつく。アメリカは議会や政府が前面に。なぜか日本政府の声が聞こえない。社員の前で泣く社長。おそるべし、同族意識。


なにかとおかしな検察。厚労省村木局長"事件"。証言がことごとく検察の「でっちあげ」を暴く。検察にも霧が・・・。亭主が記憶している中の汚職事件。黒い霧事件。吹原産業と黒金泰美。その残滓が・・・・て話もなぜか聞こえてくる。誰の話って。言えませんが。


審議拒否やめちゃった自民党。なんともだらしない。拳ふりあげてこれじゃ完敗。国会をつつむ霧。♪霧にむせぶ夜♪は良い歌だったけど。



2010年2月24日水曜日

「小沢辞任」で困るのは

昨日は岩瀬郡の町会議員、村会議員さん、町長、村長さん達の研修会。「政局展望」。1時間半話してきました。


政権交代あった。新しい時代だ。しかし景気は回復しない。地方はどうやっていくのか。それぞれの方が一様に思っている課題。それを解きほぐす術は語れず。参院選までの"展望"を勝手に亭主なりに喋って来ましたが。


小沢が辞めるか辞めないか。マスコミと政治動向、世論操作に皆さん関心がお有りだったようで。


小沢が辞めないと民主の支持率はまだまだ下がる。誰もクビに鈴つけられない。小沢がまともな政治家だったら"私怨"や"野望"を捨てて、政権交代に望みを託した民意に応えたほうがいいのに。


でも後は誰に託すの。選挙の陣頭指揮。辞められたら当座、鳩山は困る。


小沢辞めろと吠える自民。本音はちと違うかも。小沢が居るから攻撃材料あって鳩山政権を攻められる。辞められたら攻める目標が無くなる。参院選まではその座にとどまっていて欲しいと思ってるんじゃないか。


だって自分たちだって・・・・・。(爆)。


政治の話は面白い。喋っていても楽しい。感謝ってとこか。終わって「宴会」。天栄村の旅館で。村の名物、ヤーコン料理に舌鼓。名産品として売り出し中。米は台湾に「輸出」しようとの目論みありと。村は村でガンバッテいる。


盛り上がった宴席で酒交えて延々政治談義。なんと運転代行呼んでもらって郡山へ。かなりの長距離。1万円は覚悟してたらなんと。6,000円でいいですよって。郡山の代行ではあり得ない金額。ここでも地方は身を切るように努力していると(笑)。


たまに町村議員さんたちとゆっくり話するのもいいもんだと。亭主も勉強した次第。



2010年2月23日火曜日

新聞崩壊

広告費。ついに新聞がネットに抜かれて第三位。電通の調査。これを新聞記事にした新聞記者もつらかったでしょう。


「日本の総広告費は7兆円。そのうち2兆円がテレビ」。大まかな数字をひっさげて以前は話をしていたのですが。テレビも2兆円を大きく割り込み1兆7千億くらい。ついに総広告費は5兆円台に。新聞の下落率高く18%余り減らし6千億円台とか。ネットが急伸だそうです。


ネットにどれくらいの広告効果があるのか。依然疑問はあるのですが、事実は事実。既成のメディアは惨敗。


総広告費の衰退。それはいわずもがな。景気が悪いこと。過日の講演でも話してきたのですが、広告費の推移は景気を見る上で重要な指標であると。


広告費が減っても新聞はまだ販売費、購読料収入があるからまだしのげるかも。広告費頼りの民放は辛い。事業収入などで補ってもそれも限界あり。


勢い、新聞・テレビ界のコスト削減に向けての"努力"、計り知れず。結果、報道内容にも影響あり。アメリカでも新聞の衰退甚だしく。新聞崩壊とまで言われ出しているとか。


新聞は独禁法違反すれすれの商法展開してくるでしょう。オシガミ商法とか。内容よりも販売、発行部数を購読部数を増やさねば。


落日のJALの光景を新聞、テレビに見るがごとし。流通業界も大手スーパーや百貨店の売り上げが7兆円。なんとネット通販も7兆円市場になったとか。


ことごとくネットが市場を支配し始めた。ネットの"闇"を破る手だてはもはや見つからないのか。無理でしょうね。政治家がネットでつぶやくのを善しとしている時代なんだから。


不況の新聞、テレビ、雑誌。ますます"権力"にすり寄る気配濃厚。この"権力"とは。決して民主党政権には非ずと。



2010年2月22日月曜日

"辞めろコール"が聞こえてきそうで

海の向こうのバンクーバーでは日の丸をふって「ニッポン」コールがわき起こっているのでありますが。さてさて当の国内ではといいますと・・・。


長崎県知事選で民主大敗。新聞の勝手な世論調査では鳩山内閣の支持率が不支持に負け。参院選も民主に入れない人が増えているとか。


のんきなとうちゃん鳩山くん。「景気と政治と金の問題がそういう結果になったのでしょう。真摯に受け止めます」と優等生答弁。敵失みて小躍りする自民は「説明責任」ふりかざし、審議拒否へ。小沢、国会に出てきて喋れってことなんでしょうが、喋ったらそれで説明責任とやらが果たせたことになるのか。なんとも稚拙な国会対策。言い訳聞いてもはじまらないだろうに。


当の小沢は世間の風の冷たさ何処吹く風。島根に乗り込み、なんとドン青木幹さんに対抗馬。地元のテレビ局アナウンサーとか。相も変わらぬ人気頼みの"人選"。自民もオリンピックに出た岡崎朋美に声掛けとか。世の中をバカにするのもいい加減にしてよって。


しかし、まあ、義理も人情もないのか小沢くん。さんざん青木幹さんの世話になっておいて。自民党の中でも出馬に異論あり。それこそ自浄作用待てばいいのに、自分が刺客になるなんて。怖いお人じゃのう。


なんでもありの政局となって来た気配。あすは「これからの政局について」という講演あり。小沢君をどう読み取るか。考えないと(笑)。


マスコミも、世論なるものも小沢くんへの"辞めろコール"が大きくなることは必至。どこまで柳に風と聞き流していられるのか。表面上は傲岸不遜そうにしている小沢くんだけど。


2月22日は「猫の日」だとか。ニャンニャンニャンと猫の鳴き声の語呂合わせ。小沢は猫ではないと思うけれど、誰もあの太い首には鈴をつけられず。飼われている鳩が自分のクビにつけられている輪っかをはずせるかどうか



2010年2月19日金曜日

これも「げんかつぎ」

久々繁華街へ。それほど繁華していない昨今。居酒屋。広い店なのにお客は二組。ご時世ですな。大変だと思う飲食店。


で、近くには新しい店がオープン。前が何だったのかは思い出せず。花輪がずらり。「○○さん江」。そう例えば「祝、開店。からから亭さん江」という具合。普通の言葉なら「江」でなく、というか「江」の意味がわからん。「へ」と書くはずなのに。


これって、たしかに「へ」なんですが、そこが商売の験担ぎ(げんかつぎ)というか。「へ」だと「屁」なる。屁にもならないってことになりそうで縁起が悪い。で、「江」という字をあてたとか。日本語の妙というべきか。粋というのか。


げんかつぎ。漢字をあてると験担ぎ。縁起をかつぐってのが由来。えんぎを反転させて音韻が変化。「ぎえん」が「げん」になったとか。反転読み。昔はその筋の業界用語。


それはともかく。なんで「へ」が「江」なのか。水商売だからサンズイがいいてことなのか。「へ」は「ヱ」もあれば「会」もあるのに。


たとえば「住之江」なんて屋号付けたら「江」がだぶる(爆)。そうだよ。なんで東京は昔は江戸だったのか。「へ」と「江」。どうでもいいことに悩んでいた昨夜の数分間(笑)。



2010年2月18日木曜日

白と黒

また雪であります。いささか飽きました。降る雪を見ながら思い出す谷川俊太郎の詩。


   どんなに白い白も ほんとうの白であった試しがない


   どんなに黒い黒も ほんとうの黒であった試しがない


   黒はすでに白へと生き始めている


黒い地肌が見えていた道路も、屋根も、白へと・・・。白黒の世界がまた・・・。なんで鉛色の空からあんなに白いものが降りてくるのか。白の下に黒が 浮かび上がるのを息をひそめるように待っている。


世の中、なかなか白黒つかないことばかり。小沢問題も、党首討論も、トヨタ問題も。みんな白と黒の間の灰色だらけ。景気も晴れ間は見えそうもなく。


バンクーバーの観客のカラフルな衣裳が美しく見え。かたや日本は白のシャツに黒い服のひとがあふれているようだし。


同じ盤の上で争う将棋と碁。将棋の駒にはそれぞれ役割がある。碁はどれを取り出しても同じ白と黒。役割は決まっていない。打ち手が役割を与える。人生オセロゲームか。いきなり変わる白と黒の世界。


我が家には白と黒が二匹。白はいつも白く、黒はいつも黒い。白が黒くならないように雪の間は外出無し(爆)。



2010年2月17日水曜日

"オリンピック効果"か

きのうは白河市で金融機関主催による会合で講演であり。戴いたお題が「どうなる2010年の金融・経済情勢」。事前の資料整理や亭主自身もお勉強(笑)せねばならず。終わったあとの酒が美味かった。


「アニマルスピリッツ」という話を。ケインズ経済学の一つの概念。景気回復には経済原理だけでなく「気」の問題もありということ。バンクーバーオリンピックで日本がいくつメダルをとれるかによって、アスリート達が与えてくれる生き様に教わるところ大。景気回復に寄与するかもって申して来ましたが。折も折、スピードスケート500Mで日本が銀と銅。懇親会もその話題で盛り上がり。


きょうの朝刊各紙のコラムもこのメダルで持ちきり。昨日の紙面はGDPが上がったけど実感乏しい景気回復って記事だったのが、メダルで意気軒昂。紙面のトーンも様変わりの態。明るいニュースは気持ちも晴れ晴れさせてくれると。


「消費税を4年間封印。それが鳩山政権のアキレス腱だ」って話をしてきて今朝の新聞みたら、ある新聞の社説。きのうの亭主の講演聞いていたのか(笑)。それはないけど同じ様なことを力説されており。真似された・・・・(爆)。


市井の傍目八目の経済論議も大新聞さまの論説委員さまも同じ見解とは。これじゃ亭主も大新聞と横並びになちゃう。嫌だね(笑)。


同行してくれたその金融機関OB。「今は何して居るんですか」ってかつての部下や知り合いの問いに曰く。「毎日テレビの前にいる!」って。


さまざま。オリンピック効果(爆)。



2010年2月16日火曜日

猫の居場所

事務所の入り口に玄関マットを置いてあります。特に意味があるわけでなく、中に二枚あったのを一枚外にだしただけなんですが。安物のせいか、誰も持って行きません(笑)。


今日は久しぶりに晴れ間あり。気温は低いんですが。事務所に着いて車を駐車場に入れようとして。見たら、なんとマットの上に猫チャンが座っている。ひなたぼっっこするように。車で猫ちゃんを驚かしてはいけないーー車を路駐。あまりにほほえましい光景、なんか"出勤"してくる亭主を待っていてくれたみたいに用ありげにも見え。写真撮ろうと。車降りたらネコチャンは立ち上がっていなくなりました。近所の飼い猫なのか、野良なのか。後ろ姿は悠然としており、やせこけてはいないのでオサンポの途中休憩だったのかな(爆)。


マネキネコラックのCMでなにかとネコが主役。ローカル線の駅長さんもネコ人気におんぶにだっこ。ネコの挙動が気になる(爆)。


ネコは炬燵で丸くなる。童謡がそう教えてくれましたが、ネコは気まぐれ。外出したものの、まだ残る雪と凍った家並みや庭。居心地悪しとでも思ったのか。


日だまり求めて居場所を変えるネコのCMもあり。家かサッシメーカーだったか。どのネコも良い表情している。


お願い、邪魔しないから、またマットの上に来てみてと。ご飯はないけど。


まだまだ続く寒さ。猫も居場所が少ないのかな。



2010年2月15日月曜日

涙、いろいろ

バンクーバー冬期オリンピック。楽しんでいます。


上村愛子。良い涙を見せてくれました。悔し涙でもない、うれし涙でもない。結果はともかく、あの涙には人をうつものがあったと。彼女の涙からいろいろ教えられ。モーグルって競技にそれほど興味があったわけではなかったんですが。


スポーツは人間を作る。学ぶこと多しと。


ある集まりの後、中学生の男の子を持つお父さんから泣かれました。話をしていて急に涙一杯になり。大男が泣いている。あることで彼は嬉し涙を流した。そう、仲間に出会えたような感動の覚えたという涙を。泣かれた亭主は困ってしまったけど泣いてくれて嬉しかった。


また一つ良い出逢いがあった。


このところ「講演」がそこそこあり。草稿練り、レジメ書いて。プリントアウトしようとしたらプリンターが「故障」。紙詰まりなんだけど亭主は手詰まり。作業が次に進まない。涙目ですよ。


SOS!Tくんが翌日、つまり昨日到着。上手く処理してくれました。「機械」に弱いってことは時々悲しくなり涙でるくらい辛い時が。いまさらどうしようもないけれど。


昨夜のサッカー。日韓戦。なんたる不様な負け方。選手に涙無し。涙することも忘れているような。


一つの「講演」は明日。涙目になって準備しないと(笑)。



2010年2月12日金曜日

お奉行さま

江戸の治安を一手に守っていたお奉行さま。北町奉行、南町奉行。さかのぼれば大老の補佐役。奉行の下には与力、同心、岡っ引き。ほいきた合点承知と十手鳥縄。


三奉行と言えば町奉行に勘定奉行、寺社奉行。五奉行という時代もこれあり。諸藩や幕府の要職。


とかく政治家は大時代的なものの例えがお好き。竹下派七奉行。さて誰が名付けたか。マスコミか。しゃれっ気のある政治家が居て、それをマスコミが戴いたのか。小渕、梶山、橋本、羽田、渡部、奥田、小沢一郎。お元気なのは恒三さんと小沢くらいか。


誰が名付けたか黄門さま、渡部恒三。やたらに印籠ふりまわし。おいおい、政治は講談の世界じゃないんだよと言ったことも。東北のケネディーと標榜して登場した恒三さん。もう昔話。ケネディー転じて黄門さまに。そして調子にのって民主党に七奉行なんてのを置き。奉行にされた人は本心どう思っているのか。やめてーくらい言えばいいのに。悪乗りマスコミは小沢と距離を置く「大物」ということでなにやら持ち上げ。恒三さんは「次代のホープ」ってことで名付けたらしいんですが。野田、玄葉、仙石、岡田、前原、枝野、樽床。


奉行が仕える殿様って誰なの。大老って誰なの。将軍って誰なの。大岡裁きをやった越前の守は有名だけど、裁きをやったのは事業仕分け人だった枝野くらい(笑)。


折から極寒。鍋の季節は続きます。鍋奉行ってのはつとに有名。あく取り代官って誰?あくーは悪。越後屋からワイロもらったり。勘定奉行はカネの集計。鍋が出来上がるのをひたすら待っている待ち(町)奉行とか待ち(町)娘ってのも登場するのが鍋の世界。


七奉行よりも七人の侍って黒沢映画で呼んであげたほうがいいのかも(笑)。奉行はおれど裁きは無し(爆)。



2010年2月10日水曜日

喋る自販機

飲料の自販機。お茶を買いに。小銭なくて千円札投入。ガシャって音がして・・・。ペットボトルが出て・・・。突然人の声。「まいどおおきに。釣り銭忘れんといてや」。


自販機が喋る(笑)。しかも関西弁。ここは郡山やで、大阪ちゃうやんーーー。機械のしゃべりになんとなく暖かみを感じてしまうってどうなん。たしかに釣り銭忘れない。取り出す。よく忘れたことがある亭主。どうせなら郡山弁の自販機作ってよ(爆)。


喋る自販機は初めての体験。自販機はともかく家電や電化商品はよく喋ります。


風呂入れると「お湯張りをします」。湯が一杯になると「お風呂が湧きました」。うら若い女性の声(笑)。


IHクッキングヒーター。いつも何か喋っています。よく聞き取れないけど。「右ヒーターのロックがどうのこうのとか」。これには時々「ウルサイ」って答えたり、お風呂が沸きましたって言われると、おもわず「はい」って返事したり。


そういえばカーナビもいつも喋っている。家に着いたら「おつかれさまでした」って。おもわず「はい、ありがとう」って答えたり(爆)。


喋る自販機、喋る家電。独居老人の孤独感をいささかでもいやしてくれるのか。いつもテレビに向かって喋っているって老人の話を聞いたことがありますが。


今度自販機が喋ってくれたら「もうちょっと、なんぼかまけてえな」とでも言ってみようかな(爆)。



2010年2月9日火曜日

身の丈

身の丈(たけ)。要は身長のこと。「身の丈を知る」という言葉があります。自分の身長を知れ、わきまえろということか。同じような言葉に「分をわきまえる」「身の程を知る」などがあります。己の力をわきまえ、自分を過大評価したりしない。何事も身の丈に合った生き方がよろしいかと。


身の丈に合わなくなったーーートヨタのプリウスリコール騒ぎ見ていて浮かんだ言葉なんです。トヨタは大きくなりすぎた。世界一を目指しての拡大路線。大男総身に知恵が回りかねとまでは言いませんが、ブレーキに欠陥、大きくなりすぎたゆえの"罠"かと。身の丈を越えた故に頭脳(トップ)が機能しない。対応の悪さ、遅さ。下手な言い訳。


身の丈に合わなくなった経営。身の丈を見誤った経営。それでつぶれた企業もいくつあったことか。マンション会社などもその一例。


朝青龍にも言える言葉かと。永田町にも言える言葉かと。


百貨店が続々閉鎖。若者が高級品を買わなくなった。嫌消費という言葉まであるとか。身の丈にあっった暮らしを好むということなのか。


「セレブな暮らし」「セレブが行く店」とかなんとか。セレブセレブと身の丈知らずを良しとして贅沢を賛美するようなテレビ番組の数々。テレビもそろそろ身の程わきまえないと(爆)。



2010年2月8日月曜日

リコール

トヨタのプリウスなどがブレーキに不具合。リコール決定。アメリカのみならず日本も。世界のトヨタにしてこのていたらく。暗澹たる思い。ことは安全にかかわること、リコール致し方なしとおもうのですが。


アメリカの反応にいささか怖さを。トヨタによってやっと外需が回復基調にのろうとしていた折も折。アメリカは政府が前面に出てきての「制裁」。国交省も追随。


折からー。沖縄米軍基地問題でぎくしゃくの日米関係。思い出してしまった沖縄返還交渉。時あたかも日米繊維摩擦のまっただ中。日本の輸出自主規制。


結果言われた。「糸で島を買った」。


ふがいないのがトヨタの危機管理能力。「フィーリングの問題」とはこれいかに。とっくにわかっていたのに知らぬ存ぜぬの態。


アメリカは事あるごとにとてつもない「脅し」をかけてくる。それもまたこの問題の一面かと。


リコールは致し方なし。株価始め我が国経済に与える影響大。暗雲晴れやらず。


きょうも凍てつく道路。亭主の車はハイブリッドカーでなし。一応、プリウスを見掛けると避けて通ってました(爆)。



2010年2月5日金曜日

「灰色高官」

小沢一郎、政治資金規正法違反は嫌疑不十分。よって不起訴。メディアも永田町も市井も侃々諤々。ああでもないこうでもないと。小沢の今後は全て世論だと。世論はマスコミが作る。こぞって限りなく灰色。グレーと書かれ、報道され。


かつてこの国を騒がしたロッキード事件。「灰色高官」という言葉が飛び交い。その筆頭は田中内閣の官房長官をつとめた二階堂進氏。いつも怒りをこめてぼやき、つぶやいていました。「灰色ってのはいつまでたってもいつになっても灰色だ。起訴されて裁判にならないかぎり黒白つかない。どっちでもいいからハッキリさせて欲しいよ。死ぬまで一生灰色っていわれるのはたまらん」と。二階堂さんのこのぼやき、小沢一郎だって聞いたことあるはず、知っているはず。グレーの背広を好んで着ていた二階堂さん。ぼやきついでに「オレは灰色だからグレーを着るんだ」と。


小沢vs検察という構図の中で、検察が負けたとかなんとか。見方様々。


灰色高官ついでに思い出す金丸信の佐川急便事件。検察と金丸側との闇取引。罰金20万円の代わりに役職退くという。いったん成立したこの闇取引も憤懣やるかたない特捜現場が探し出した"金塊"問題。


小沢不起訴でもどこかに"取引"あったはず。役職を辞める気配はないけれど。どことなく似ているような感じあり。何かがあるはずだけどメディアは探れない。


死んでも口をわらない。墓場まで持っていく。そんなことがよく言われた時代。政治家も秘書も。灰色と言われながらも口をわらなかった事実ありやなしや。リークしたくても出来ない"事実"を検察は知っているはず。


叩けば埃の出るからだ。うん、うん、あらためて名言かと(笑)。いや、迷言かも(笑)。



2010年2月4日木曜日

春立ちぬ

如月も早や4日。今日は立春。暦にはやっと春という字が登場。年賀状の初春のお慶び・・・はなんとなく季節はずれの感もありますが、今頃になると春という字が、言葉が、手に届きそうで。


立春は旧暦では正月。元日。昨日の節分を境に年が改まる。だから古人は初春という言葉を年始の挨拶に用いたのか。


如月は更衣とも書き。


「重ね着の袖をひじるや薄氷」


きょうも外気は零度。雪の残滓があちこちにみられ、雪解け水が氷となって足元を驚かす。もちろん春は名のみ。雪の下や雪の間から春の芽吹きも。


この季節。児童詩誌「青い窓」を主宰されていた佐藤浩先生のことを思い出します。「氷が溶けたら何になるかって子供に聞くんです。大人は溶けたら水っていうでしょ。子供は違うんです。春になるっていうんですよ」。子供の感性を受け止めて育んできた佐藤先生。この話が今でも頭に残っています。


送られて来た青い窓の最新号。


「ふわふわとまいおりてくる ゆきのようせいが あっ てにのったよ つめたいな でもすぐいなくなちゃった」


小学校4年生の詩。


今夜も雪が舞ったら妖精に会ってみようかと。



2010年2月3日水曜日

いい加減にしてよ「常套句」

例えば火事。「警察と消防で出火原因を詳しく調べています」。当たり前でしょ。調べるのは。テレビのニュース。火事の時には必ずつく最後のアナウンサーの言葉。常套句。新聞ならば「原因を捜査中」と。


火事があったら原因を調べるのは当たり前のこと。それも詳しく調べるのは当然。それがお仕事。それがニュースとして伝えられるなんて。変わらぬ安易な報道姿勢。調べるってのはニュースでも何でも無い。調べなかったらニュースになる。


犬が人を噛んでもニュースではないが人が犬を噛んだらニュース。そんな"名言"あり。


百歩ゆずって原因を調べていますって一回報道したら、後日判明したときそれを扱かったことあるんでしょうか。大事件や放火でないかぎりニュースにはならない。というか、放送した途端にその火事は忘れられている・・・・。


きょうも火事のニュースあり。はい、予期に違わず常套句で締めくくられていました。記者もデスクもアナウンサーもこれでよしと思っている。テレビ報道の貧困さ。


常套句をもう一つ。「成り行きが注目されます」。NHKでよくあるんです。特にニュース9のあの田口さん。注目されるなら後追いしろよ。略して「なりちゅう」。一応ご法度の常套句とされているんですが。


雪や風。天気予報。「今後の気象情報にご注意下さい」。誰だって気にしているよ。


どいつもこいつも、もう少しまともなこと言えないのかって(爆)。



2010年2月2日火曜日

雪の日に生まれまして

亭主は数十年前、雪の降る日に生まれたそうです。本人はもちろん記憶無し。母親から聞いた話なんです。もちろん病院、産院じゃない。お産婆さんが取り上げたとか。当時の家屋だものみなさんさぞ寒かったであろうと。


生まれた時の天候がその人の人生になんかかかわりがあるのかどうか。なにやらもっともらしく言い伝えを説く人もいますが。「雪の日に生まれた子はなにかと雪に・・・・」。母親からなんか言われたような気がするんですが覚えておらず。でも、たしかに誕生日にはよく雪が降るのです。東京でも郡山でも。


肺腫瘍(肺癌)とかで東京の病院に入院したときもその日の夜から大雪でした。あらら・・と思って病室の窓から雪景色を見ておりました。


昨夜も雪。だからどうってことないんですが、数年前の誕生日も雪だった。大雪の部類。友達三人と酒飲み。店の人に煙草を買いに行って貰ったら、その人転んでしまい骨折。とんだプレゼントを差し上げてしまい。頭があがりません(笑)。


雪の降る夜に生まれた子はなにかと人生の節目で雪とかかずりあうのか。だとすれば亭主のあの世への旅立ちも雪の日・・・・(爆)。なるべくならそれは避けたい。弔問に来てくれる人に迷惑かける。葬式出すのも大変だし。暖かい季節がいいな。


雪の日に生まれたせいでしょうか。寒がりだし。でも雪は嫌いじゃないし。腹の中含めてどこも真白じゃないけど。雪の日に生まれたせいか。宮沢賢治が詠んだ詩が好きです。


永訣の朝。


「わたしのけなげな妹よ この雪はどこを選ぼうにも余りにも真っ白なんだ  あんな恐ろしい乱れた空から  この美しい雪がきたのだ お前が食べるこの二椀の雪に ワタシはいまこころから祈る どうかこれが天上のアイスクリームになって お前とみんなとに聖い資糧をもたらすように わたしのすべての幸いをかけて願う」。


昔。亭主の人生を変えた大好きだった先輩が亡くなった時、社報に書いた弔詞にこの詩を引用させて貰ったことを思いだし・・・。



2010年2月1日月曜日

縦書きと横書きと

広告も含めてこのところの話題。電子書籍。I?PADとかで本が読める。いや、前からそんなツールはあったようですが。そこに携帯電話も"参入"。流行ってすたれた携帯小説(笑)。


外国語、英語は全て横書き。たしかにアルファベットを縦にしたら多分読めない(笑)。我が日本語は・・・。縦書きと横書きが共存。少なくとも本、書籍は縦書きが主流。主流というか、そうあるべき。辞書だって縦書きだし、六法全書も縦書き。ネットで見ると横書きの辞書あったり、憲法全文もあったりしますが。


新聞だって縦書き。ところが横書きのページが挟み込まれていたりして。


日本人の脳の動きがどうなのかはわかりませんが、基本的には縦書きの文章を読むように出来ているのではと。役所の資料やあちこちからの案内文は横書き多いのですが、少なくとも亭主は横書きの文書はどうも頭に入らない。読みにくい。目の移動。左右がいいのか上下がいいのか。


で、なんでも便利、なんでも電子。小さい液晶画面で本を読む。嫌だね。書店の経営がどうとか著作権がどうとか、出版界がどうとかっていう観点ではなく、本は紙に書かれた、印刷された文字を読むってのが読書と。自分の指でページを繰るのがいいのだと。画面の上で指を動かしてページを繰るなんて・・・・。嫌だね。


本には本の香がある。匂いがある。新聞にはあの懐かしい印刷インクの匂いがある。匂いが欲をそそる。古書には古書の匂い。カビくさい匂い。これが"歴史"を呼びさまされてくれたり。


電子書籍、縦書きに変換出来るともいうけど。装丁や厚さや表紙の図柄含めて本は本。紙の本が本。なんでも電子化しないで頂戴。本の重みが読んだ人の重みにもなってくる。


手紙とて然り。やはり縦書きの年賀状のほうが素直に気持ちが届く。


頑迷固陋なるかなこの亭主。おもわずはやっていない本屋に行って本を買ってきました。またまた。さていつ読むのか(爆)。買った本の一つ。「ネット帝国主義と日本の敗北」。サブタイトルに惹かれたのです。「搾取されるカネと文化」。


日本の文化は縦書きにあると存知候なり。