2010年10月9日土曜日

ノーベル賞と「正義」と。

ノーベル平和賞、中国の反体制作家、劉暁波氏に。予想通りの向きも、そうでない向きも。


ノーベル賞を誇りととらえる人にはまさに受賞は「正義」であり。ノーベル賞委員会の「正義」が中国と言う覇権国家に"挑戦"した。歓迎するものなり。


受賞報道を遮断するといったまさに北朝鮮的手法を用いての愚挙。中国国民の目をそらせるとでも思っているのか。国家としての「拒絶」の意思表示なのか。中国政府にとってはそれが「正義」。


ノーベル賞には政治的意味もあるという。政治的という表現をした時、そこにはなにか「うさんくさい」という雰囲気を醸し出す。


政治的意図が介入した時にそれが「正義」となりうるのかどうか。正義という言葉にはひとそれぞれの概念はあっても定義無し。勝手に解釈される正義。


ノーベル賞委員会の見解。毅然、決然とした意思表明。それに「脅し」をかける中国。国際正義とは如何。


オバマも腰だめな感想。菅総理さまのコメント。「ノーベル賞委員会のメッセージを受け止めておきたい」だと。何たる反応。事なかれ主義。中国共産党の顔色窺うような。


「人権」をめぐる議論、見解。どこの国に正義があり、どこの国に正義がないのか。日本人の人権。ちゃんと守られているのか。


ノルウエーとの外交問題にまで言及し、我が意を押し通そうとする中国政府。国際社会の糾弾も恐れず。その国に媚をうるような他国。


日本人受賞にはこぞって喜んだ日本人。他国民の受賞も喜んで然るべきかと。さにあらざる人はその意見通すべき。


さて、中国はこれから如何に処していくのか。「孤児」になるには「大国」になりすぎた



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