ご存知、粗忽長屋に住むクマさんは最近憤懣やるかたなし。
「おい、なんでえ、このところテレビ見てたら、やたらにクマ、クマって声がして。オレが呼ばれているのかと思って返事したけどどうも違うらしい。でね、ご隠居のところに行ってみたら、なんと本物の熊が山から下りてきて人に危害を加えたりしているってえ話じゃねえか。驚いたね。俺が若い頃はそんなことなかった」。しゃべりだしたクマさん勢いはとまりません。
「親がね、俺にクマって名前つけたから俺はその名前を後生大事の持っているんだ。たしかに若いころは鬼熊とか、暴れ熊ってあだ名を頂戴したこともあったけど。最近はめっぽう大人なしくなったのに。とにかく毎日、毎日テレビで呼ばれているんじゃたまったもんじゃねえ」。
「テレビ見ているとなんか涙出てくるね。かわいい小熊を母熊が守って一緒について歩いている。人間様の世界じゃ虐待だの放棄だのと言って子供がおいてけぼりにされてるっていうのに、熊の世界ちゃ見上げたもんじゃねえか」。
「その熊をよ、猟友会っていう人たちが鉄砲で撃てやがる。しょうがねえて言えばそれまでだけど、なんか俺が撃たれたようで、どうりでこのところ案配よくないわけだ。だからじゃないけど、俺も名前が名前だから君子危うきに近寄らずってことで、この長屋からは一歩も出ないことにしてるんだ。盛り場なんかに酒飲みに行ったら、それこそお姉ちゃんに"あらクマさんが来た"なんて大声出されたら途端に警察や消防来てしまいそうだし。しゃれにもなんねえや」。
「ご隠居に聞いたら、なんでも里山ってのが無くなって熊も食い物が無くなって人間さまのところに顔出すようになったっていうじゃないか。里山が無くなったのは人間様のせいだっていうじゃないか。どうも腑に落ちねえ」。
「山に食い物無くなって行き倒れになりそうだから下りて来たっていうじゃねえか、それで下りてきたら生き倒れってことになるのけえ」。
季節がめぐり冬眠の季節になるまで長屋中にはクマさんのぼやきが聞こえそうです。