2013年11月11日月曜日

「11日」、たぶん“風化”は進んでいる。

毎月、11日と言う日は来る。その11日はあの日以来“特別な日”になってしまった。
その11日に思う。27回目の。被災地の“風化”が進んでいるんだろうなということを。

石巻の防災庁舎の跡も、釜石の避難センターの跡も、多くの人命を道連れにした建物も取り壊されるという。

亡き家族を思うための場所として残して欲しいという声もある。抜け切れないから無くして欲しいという声もある。どちらが正しいのか。それを被災者ではないボクは言える立場ではない。強いていえば「残して欲しかった」ということか。

折から東北は悪天候だと伝えられている。強風が、風が大方整地されてところからも何かを運んで行ってしまうような。

いわゆる“風化”とは“心の風化”を指す。つまり、忘れていくという事。忘れていくことをどうやって食い止めるか。

実相を知ることである。実相を伝え続けることである。なにか風化を加速させるような”動き“があるような気がしてならない。
伝えることの多くを用意しているような。政治の舞台では確実にそうだ。
一言だけ。なぜ、いま、あの法案なのか。国論をそれに向けるのか。

「特定秘密保護法案のことは大事なことだとわかっている。でも、今、我々が向き合っているのは・・・」。被災地の人は語る。

一昨日、メイクとマッサージのボランティアに向かった人のことを書いた。
彼女からメッセージが来ていた。
「昨夜遅くに東京に戻りました。このボランテイアを通じて、いろんな人と出会い、いろいろ考えたり、自分への気づきもありました。メイク後に撮った写真をその場で差し上げていたのですが、ご自分の写真を見て少女のようにはしゃいでくださる姿にホッと和んだ反面、ふと話してくれた言葉の一つ一つがとても重く感じました」。

彼女が聞いた被災時の状況、その後の様子、補償の問題、立ち入りが出来ない広大な東電が地上げしていた土地のこと、国には見捨てられてと思いながら、意地で自分の家族二人をいまだに毎日捜しているということなどが書かれていた。そしてこう書いていた。

「予想して通り自分が勉強しに行ったような結果になってしまいましたが、無知でいるよりも、知ることが出来たことに意味があると思い、もっとたくさんの人に現実を知って欲しいと思いました。わたしが経験したことなど、まだまだ現実のひとかけらに過ぎないと思いますが・・・」。

返信を書いた。長い返信を。
「知るということが一番大事なんだよ。風化が言われている。風化とは忘れるということ。知ったことは忘れないで欲しい。“ひとかけらの真実”が多くを物語る。せっかく得られた機会だ。今日から、忘れないための努力の日々を送って欲しい」というようなことを。

来月、ある大学の同窓会での講演を頼まれている。その講演の演題は、期せずして「知るという支援」としていた。

「知る権利」と裏腹に「知る義務」というのもあるのじゃないかと。

風化を知らず知らずに受けいれてしまっている人達もいる。風化に立ち向かっている人達もいる。
前にも書いた。「風に向かって立つライオン」になろうぜと。

フィリピンが大きな自然災害に襲われた。レイテ島では死者が1万人を越える見込みだとも言う。

レイテ島。かつて日本軍が進攻し、占拠していた地域だ。

3・11直後、「ともだち作戦」で多くの米軍が被災地の救援に駆け付けた。
被災者は感激して迎えた。政府も多とした。
フィリピンにどれだけ国際社会の目が向いているのか。光景は「3・11」直後と同じだ。

きょうになって。ようやく日本政府が動いた。医療チーム25人を送る。その他はフィリピン政府と調整中だと官房長官は言う。

余りに対応が遅すぎるのではないか。瓦礫除去だってままならない現地。
南三陸に向かって走っていった自衛隊の車列の雄姿を思い出している。

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