2013年11月20日水曜日

「労働組合」は、「労働運動」は消滅したということ

小・中学時代の同級生に「ネコ」というあだ名の友達がいた。苗字は金子。だからネコ。勉強がよく出来、級長を務めていた。
気が付いた時、ネコは動労の教宣部長になっていた。かなりの活動家だった。そのはずだが。
引退したネコは東京の三鷹に住み、すっかりおとなしくなっているみたいだ。まるで「マタタビ」を食べさせられたみたいに。
数年前、もちろん「3.11」以前、彼が自費出版の本を送ってきた。ま、彼の一代記のような。「猫の股旅日記」という題名だった。

たまたま昨夜、書棚を探していて彼の本に出会ったもので。思い出したのだが。

労働運動史を語るつもりは無い。しかし、一昨年も書いたと思うが、それは主として東電労組の存在についてだったが、また一言物申したくなった。

1F構内の作業員の職場環境、待遇のことだ。過酷な環境が言われ、被曝の事も言われ、”収束“に向けての問題として取り上げられている。
現場の作業員の人たちもその過酷さを指摘する。元作業員の人は、支援活動に励み、実態をメディアに訴えようとしている。

しかし、彼らの”発言“の中には労働組合のことは一切出てこない。東電という会社の中にも労働組合があったはずだ。あるはずだ。他の電力会社の組合とも連携、連合しているはずだ。でも、電力会社の労働組合の声を聞いたことが無い。

労働組合の“お仕事”は、賃上げ、待遇改善、雇用の確保。いま問題になっている原発構内のあらゆることに労働組合の要件が存在しているはずなのに。
下請けや孫請け。未組織労働者を組織化するのも労組の仕事のはず。


総評・同盟があった時代。労働運動の“再編”が行なわれ、連合と言う組織になった時代。

連合は民主党政権誕生と同時に、その“傘下”となり果て、権力の側についた。
どっかで、今の自公政権にもすりよろうとしている気配すら感じる。

労働組合運動とは、常に「反権力」であるべき。社会党が政権に加担したとき、労働運動も消滅したのかもしれない。社会党が蜜の味を知ったと同じように。

特定秘密保護法案。それに対して、新聞労連は民放労連はどう動いているのか。日放労、NHK労組は何をしているのか。NHKの経営委員会が安倍の意気のかっかた人たちで占められようとしている時、日放労は何を言うのか。

労働組合が経営に参画する。労使協調。それは秘密保護法を巡る第三者機関に首相が当たるということと同義にも見える。

体制に組み込まれた労働運動か・・・。

労組の悪弊の残滓だけが、例えばJR北海道の手抜き、隠ぺいに存在している。

東電労組が顔を見えることは無いのだろうか。下請け作業員の待遇改善を言わずして、会社側に1万円引き上げなんて言わしておくだけでよしとしているのだろうか。

労働運動の衰退、消滅は、そのままこの国の“劣化”を示しているともおもえて。

反原発デモでも、秘密保護法反対運動でも、ちらっと労組の旗は見える。でも、なんだか”お義理“で顔を出したというようにしか見えない。

改憲でもそうだ。日教組は借りてきたネコのように、その存在意義を感じさせない。

原発事故現場を思いながら、労働運動を“憂う”という感覚がおかしいのかな。
不甲斐なき東電労組に矛先が向いてもおかしくないはずなんだけど。


なんか無性に「ネコ」に会いたくなった、会って話をしたくなった。

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