2014年6月10日火曜日

「県境の先で」

朝日新聞の連載「プロメテウスの罠」。今日からは新シリーズだ。
「県境の先」

そう宮城県丸森町筆甫(ひっぽ)地区の話になった。やっと、というか、ようやく、というか。

車がすれ違える程度の農道。その農道は県境だ。そこに標識があるわけでも無く。

降った放射線量は福島県内と同じ。県内と言ってはおかしいか。農道からこっちは福島県相馬市。数メートル離れて宮城県松森町。

そこを取り上げたメディアもあった。でも、たぶん、宮城県内の新聞・テレビの内容はわからない。そこを取り上げていたかもしれない。

そこは「高線量」なのにもかかわらず、“忘れられた部落”“置き去りにされた集落”だったのだ。

そこは福島県では無い以上、やはり「福島」、あるいは「フクシマ」と書かざるを得ない。

そこには避難区域となった福島県の町村と同じ線量があったのだ。

宮城県にある「フクシマ」を東電も国も、“無視”してきた。福島ではないから。
子どもたちの被ばく防止対策、除染。町の予算でやってきた。

福島を語る人たちは丸森・筆甫を知らない。山間の集落に忘れられて、取り残された地域があることを。

最近も“丸森”のことを書いた気がする。毎年、書いているかもしれない。

そこは「理不尽」の典型みたいなところだから。

朝日が以降、どんな筆致で丸森を、筆甫を書いていくのかはわからない。

数メートルの県境。数メートルの差が、天地ほどに大きい。意味をなさない県境。数メートル。

被ばく量1ミリシーベルトの上か下かの論議に似ている。福島は危険で、丸森は危険じゃないと言うのか。

この事に、「この国の姿」を見た思いがしていたのだ。

不思議なことにというか、偶然と言うか、その連載の横にあった記事。

環境省が栃木と宮城の2市2町に対して除染費用を拡充することになったという記事。これまで土の剥ぎ取りなどの除染対策に市町村が負担してきた分を震災特別交付金で支援するという記事。
具体的な金額や除染の方法などは環境省の説明には無かったとも言う。

遅すぎる。ふざけるな。だ。

福島、福島と言っていれば事が済む。そんな感覚を持っていたのではないか。
国や東電だけではない。福島を語る人の多くも。

テレビのローカルニュースは「県域」だ。宮城県の様子はよく知り得ない。知らないから気になる。甲状腺検査はやったのか。避難はしているのか。
どういう日常なのか。皮肉を込めて言えば、「情報過多の中にある情報過疎」だ。

避難区域なのか。今の線量は。余計なお世話だが、そこの人の日常も気になる。
賠償は・・・。

宮城県にある「フクシマ」という事実。そして日本にある「フクシマ」という事象。

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