ちょっと前、さまざまな自由というタイトルで日本人のことを書いた。
そこで引用させてもらったのが「海を見る自由」と題された立教新座高校の校長の式辞。2011年3月の15日付だったか。
それから3年後、その校長は、卒業式で「福島」について再び言及している。
もちろん見知った間では無い。それはどうでもいいことであり。彼から発せられる言葉は僕の心をわしづかみにしている。その言葉を温めている。折に触れて使わせてもらっている・・・。
その式辞から言葉を抜粋する。
「あらゆる身の回りのものを捨てて、二時間、福島の太平洋に向き合いなさい。
二時間で十分です。二時間は長いそれで十分です。
体で海を凝視しなさい。身についているすべてのものを脱ぎ去りなさい。
携帯電話。
スマートフォン。
書物も、カメラも。
友達も、恋人も、家族も置いて行きなさい。
忘れなさい。自分を取り巻くすべての情報から離れるのです。
あまりに過剰な情報に沈黙を与えなさい。行為として沈黙を作りだすのです。
独として海に向き合うのです。そして感じなさい。
五感を震わせて海を感じなさい。
波頭をその目で見つめなさい。潮のにおいをその鼻でかぎなさい。
波の音を聞きなさい。吹く風を身に受けなさい。
息を胸いっぱいに吸いなさい。
自然を体感するのです。若き体をいっぱいに開いて感じるのです。
新聞やテレビで分かった気になってはいけない。
今からでも遅くない。否、今だからこそ。震災から 3 年たった福島の海を見つめなさい。
すぐ近くで悲劇がおこり悲劇が続いているのです。
誰もいない海を見なければならないのです。
君が子供を持った時、君の子供はきっと聞くだろう。
「お父さん。震災の時何してた」と。
君が外国へ行った時、君は聞かれるだろう。
「日本の海はどうだ・・。福島の海はどうだ・・。」
「あの頃どうしていた」と聞かれるのは、君達の青春史に刻まれた宿命なのだ。
君は「忙しかったんだよ」と答えるのか。 忙しいと忘れるは、同源の語である。心を亡くすることだ。
「僕は福島を忘れていたよ」と答えるのだろうか。
福島に対して忙しいと言える者はこの日本にはいない。
福島に対して忘れたと言える人はこの日本にはいない。
福島をめぐる数々の言説。虚偽をないまぜにした過剰な情報。その情報に「福島」は戸惑っているのだ。
他者として、福島を見る目。この式辞はまったく正しい。この校長に敬意すら抱く。
「情報に沈黙を与え、行為として沈黙を作り出す」。
彼が言う「情報」とは、あの事故当時の開示されなかった情報のことではない。
今の1Fの様子を、避難生活を送る人たちの正しい情報を指しているのではない。
スマホ、カメラ、書物と例示している。そう、そこから吐き出される、時には興味本位の、時には偽善み満ちた、同情と言う名の憐みを持った情報のことなのだろう。
海を見て2時間沈黙する。体感する。そこを思考の場とする。他者が「福島」を語る上での“原点”だということなのだろう。
卒業生に与えられた式辞だ。でも、それは、日本人全員に、そこには福島県人ももちろん含んだ上でのメッセージなのだと勝手に思量する。
立教。昔で言うミッションスクール。この校長ももしかしたら「キリスト者」なのかもしれない。
「沈黙」。その二文字は、遠藤周作が書いた長編小説「沈黙」に重なっているのかもしれない。
何故、神は何があっても黙っているのか・・・。門外漢の僕も考えされられたあの小説。
そうなんだよな。あらゆる意味で、福島に対して、「人は饒舌すぎる」のかもしれないと。
2014年6月3日火曜日
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