2014年6月16日月曜日

その日本語、「大丈夫」ですか

真夜中の地震三連発。さすが鈍感な年寄りも、最後の震度4では飛び起きました。もっと激しくなりそうな感じがしたので。

福島県沖2時40分。茨城県沖3時お19分。福島県沖5時14分。先日は岩手の内陸部で震度4があったとか。

ちょっと大きな地震があると、必ずSNSに飛び交う「どこどこ方面の方、“大丈夫”ですか」という呼びかけ。今朝もそうだった。

気なるのはやはり原発。1Fの状況。やはり「あそこ」のは敏感になっている。
“大丈夫”だったようだ。

何気なく使われる“大丈夫”という言葉。
「危なげなく安心できるさま」と辞書の一項目に書かれている。そういう意味での“大丈夫”なんだろう。

その言葉を使っている人に全く悪意も無いし、それ以外の言葉が浮かばないから使うのだろう。

大丈夫、大丈夫という言葉が飛び交う日常・・・。

塾の最初の講義のテーマは「昔、言葉は思想だった」。実はこの表現、政党保守の論客、西部邁氏の著作から“拝借”したもの。
始め「ロゴス」ありきから始まって、言葉について、日本語について何回も話しをした。なぜか。日本語が乱れ、劣化し、それこそ“思想”をも無くしてしまうような世相を憂いたから。

古典は読めない。論語すら(日本語で書かれている)すら読めない。明治の書物も読めない。現代語なるものに訳さないと。それだけならまだ我慢しよう。
わけのわからない言葉づかい。間違った言葉づかいが大手をふってはびこっているのが我慢できなかったから。

曖昧な日本語というテーマの時だったか。この「大丈夫」を取り上げた。
それはマニュアル敬語やコンビニ用語が、若者言葉の延長として。

「ご注文は以上でよろしかったでしょうか」。なんで“過去形”になるんだ。たったそれだけかいってことかと邪推する。

「お待たせしました。こちら刺身になります」。意地悪爺はとっさに言う。刺身になる前はなんだったんだいと。怪訝そうな顔をされて終わり。

そして「大丈夫」。レジ袋はお持ちですか。大丈夫です。持っているってことなんだろうな。欲しいということではないのかい。

ミルクは大丈夫です。要らないってことなのらしい。コンビニでのやりとり。

先日、道路で転倒して頭を強打。やおら、ようやく立ち上げって痛む後頭部を手で押さえながら約束の場所へ。通りすがりの人が声を掛けてくれる。優しいのだ。「血が出ていますよ。大丈夫ですか」と。怪我してるんだから大丈夫ではないけれど、「はい、どうにか・・・」としか答えられない。

呼ばれた救急車。さすがに救急隊員。「大丈夫ですか」って聞かなかったような気がする。

数日後も「大丈夫ですか」と事務所に来た人。答えようがないんだ。「うん、大丈夫だよ」って答えればいいのかどうか戸惑う。痛いし、辛いのだから。
「大丈夫じゃないよ」って答えたらどうなる。きっと鼻白むはず。

でも、この言葉以外に気づかいの表現ってないのかもしれない。不便な言葉達というテーマにつながる。

大丈夫の反対語ってなんだろう・・・。

地震のせいできょうは寝不足。大丈夫じゃない(笑)

しかし・・・、すごいな。ネットの人達。揺れる中でスマホかパソコン操作してるなんて。まずは自分を“大丈夫”な環境におくことなのに。

その書き込みみたって返事する余裕はないし。

言葉の安易な、慣行としての使い方。そして簡略化、どこからともなく生まれた言葉。
コミュニケーションツールとしてあるネット。それが、独特の奇異な言葉によって、かえってコミュニケーションを、意思疎通の風通しを悪くしているのかも。

好き勝手な爺の毒舌です。毒舌ではないか。偏見かな。いや、屁理屈だ。

0 件のコメント:

2018年の「秋思譜」

時代にそぐわないようですが、なぜか「西暦」が苦手なんです。 気が付けば21世紀も18年が経ったという事。 20世紀と21世紀では何が変わったのかということ。 1999年12月31日から2000年1月1日。日付を跨いだが月日はなんだらだらと過ぎているような気がする。つまりだ...