2014年6月29日日曜日

戦争を語る人、戦争に行く人

多少小理屈めいたことを書く。

戦争とは「宣戦布告」があって成り立つものだ。宣戦布告の無い戦争、それを国際法では戦争と言わない。
いわゆる太平洋戦争。昭和天皇の詔勅があり、ラジオから流れる「戦闘状態に入れり」という放送があって“正式”に始まった。敗戦。昭和天皇は終戦の詔書を読み上げ、それをもって戦争が終結した。

全くの局地的な武力衝突が前面“戦争”に拡大した。しかし、その戦争は日支事変であり、満州事変と呼ばれている。事変なのだ。

「集団的自衛権の限定的行使」、それは事実として、現実としての、人が人を殺す、大量の破壊的兵器が行使される、その点では全く戦争だ。でも正式には戦争と呼ばれないはずだ。国際法の範疇外にある戦争状態。

そこには様々な意味で国際法は適用されないということにもなる。ルールにのっとらない「戦争」なのだから。

戦争と“定義”されない戦争。それが集団的自衛権の行使ということになる。海外派兵をすればだ。

だから、仮に、世界の警察官をもって認じるアメリカの要請で、あるいは日本の権力者の恣意でそれが行われれば、大義名分無き戦争として、戦争状態を引き起こしたものとして国際世論の反発、批判を受けることだってあり得る。

イラク戦争という。それは法の範疇外の内戦だ。あるいは他国による侵略だ。

集団的自衛権の行使ということは、宣戦布告無き戦争に日本が突入するということを意味する。その行使を首相が内外に発表する、宣言する。でも、それは宣戦布告ではない。

今、政治の場にあって、集団的自衛権を語っている人たち。その根底の認識には“戦争”ということがある。マスコミ人もそうだ。いわんや官僚とても。

それらの人たちは「戦争に行かない」人たちなのだ。戦争に行かない人たちが戦争を熱心に語る。どこか“神聖喜劇”のようにも見える。

戦争に行くのは、自衛隊員だ。彼らは国を守ることを本旨としている。派兵されることは考えてもいなかったはず。
全くの当事者である、当事者となる自衛隊員が戦争を語らないということ。語れないということ。

どこか“原発戦争”の構図と似てはおらぬか。当事者そっちのけの原発議論。なぜ“原発戦争”と呼ぶのか。それは、事故の当事者である東電や政府が責任のなすりつけ合いばかりに終始し、保身にばかり走る中で、実際の被害者、被災者、逃げ惑った人、その結果によって命を失った人や、今なお苦悩に坩堝の中にいる人たち、そう「当時者」の言を無視していることとも似通っているからだ。

公明党にスポットをあて、それが“生命線”だと「錯覚」するのはやめたほうがいい。今、焦点とされているが、それはほとんど無意味なことのようにも思えるから。

ちょっと前まで、公明党の国会議員で、幹部だった神崎武法という人がいる。粋人だった。川柳に秀でていた。中でも秀逸だったのがこれ。
「出て壊し、入って壊す小沢流」。そう小沢一郎が絶頂期に在った時に皮肉ったもの。

いま、彼、存すればなんと詠んだか。
党本部の幹部と一般議員。議員と地方議員。本部と支持者・・・。おおもめにもめていると聞く。幹部が末端の声を聞く、受け入れる度量ありや。無しだと思う。もう「芝居」は大団円を迎えようとしているのだから。

「出て恐れ、入って認める山口流」とでも詠むのだろうか。

今日の朝日新聞の天声人語。まったくもって久しぶりの秀逸なコラムだった。いつもは気の抜けたビールみたいなことばかり書いているのに。
「暖室に酒呑みながら主戦論」
明治生まれの川柳家の一句を引き合いに。

政治家にせよ、市井の人にせよ、自分は戦場に行く気遣いの無いものが、酒席で気炎を上げている光景を皮肉ったもの。

亭主もその中の一人かもしれないが・・・。

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