2014年6月6日金曜日

福島と”民主主義”

今更、知ったかぶりして言う気もないが。
福島県は「自由民権運動」の東北での発祥地だったようなところだ。

民主主義の根幹を作り上げた「自由民権運動」。

三春には河野広仲がいた。福島民友新聞の創始者だ。浪江には刈宿仲衛という人がいた。3・11で彼の墓は壊され、その後だれかが再建したかどうか。
喜多方事件というのもあった。

福島県は、かっては意識の低い人達が暮らしているところではなかった。
安積艮斉を輩出し、日米開戦を阻止しようとした朝河貫一を輩出したところだ。

宮城県の地方紙に河北新報というのがある。「白河以北一山百文」に怒りを込めてつけられた社名。

河北新報には優れた記者が多い。社の編集方針も確立されているとも思える。そして福島の事に意を用いた記事も見かける。

「もう国会議員は呼ぶな 福島県町村会、怒りの提案」。そんな見出しの記事があった。

//「県選出の国会議員は招待するな」。福島市内で4日あった福島県町村会の定期総会に来賓の県関係国会議員16人全員が欠席し、反発した首長が異例の緊急提案を行った。提案には拍手が沸き、“地元軽視”と多数の首長が賛同した//

緊急提案とは「国会議員は招待しなくていい」というものであり、総会では、県内原発の全基廃炉や汚染水問題の早期解決を国と東京電力に求める特別決議も採択されている。

代理で秘書が来ていたのもあるらしいが、挨拶後早々に退席したという。

町村会長とて、その地の住民による選挙で選ばれた、いわば民意の“体現者”である。招待されたその会合に、いくら国会開会中だととはいえ、そろいもそろって欠席。それは、その場の“民意”を受け取らないということだ。

地元選出の国会議員の役割とは何か。民意を国に反映させ、その接点、橋渡し役をすることではないか。

民意の反映、それは制度としてあるのは選挙だ。民意の反映は民主主義の根幹だ。
国会議員を招待してということは、その会に「特別な意義がある」と町村会が判断したからだ。

こんな光景を想像してみる。

招待状を受け取った議員の秘書は、与野党問わず「センセイのところはどうします?」と議員会館の部屋を、聞いて回る。「ウチは今回、”公務“があるので欠席です」「そうですか、じゃウチのそうします」。

だいたいそんなところがオチなんだろう。

永田町と言うところは伏魔殿だ。そこに足を踏み入れた途端に、物の見方が変わる。国政全般にわたっての公務と相成る。

もう国会議員はいらない。そんな風にも読み取れるこの一件。国会議員選挙ではどうなるのだろう。

なにも大仰に「地方の町村会の反乱」などと言い募る気は無い。だけどこの一件が、民主主義と地方という命題を提供してくれたことは間違いない。

永田町の北側、平河町。そこには「全国都道府県会館」という立派な建物があった。町村会館というビルもあった。そこは国会議員も会合などでよく利用していた。

陳情という手段もある。地元と国との橋渡しとして。選挙区の有力者や有力団体の陳情には耳を貸す議員もいる。内容によってだ。
きょうも、欠席した議員のところにも陳情団が行っているかもしれない。

地元ってのはイコール、単なる票田なのかなとも。

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