2011年1月9日日曜日

右へ倣らえ

小学校や中学校の朝礼の時、よくやらされました。前へならへ。右へならへ。つまり皆で同じことをしようってことか。

菅の小沢切りとやら。各紙、各局同じ「切り。切り」。そして内閣改造、党役員人事。各紙、各局ほとんど同じ報道。共同通信の配信記事をそのまま掲載している地方紙じゃあるまいし。仙谷を党役員へ。馬渕更迭。誰それ留任。国対委員長は渡部恒三・・・。みんな同じなんです。まるで発表記事書いているみたいに。きっと同じ出元と思いますが。

人事の観測記事は各紙各様のはず。それが右へならえ。外れても当たっても誰も損をしないし得にもならない。異様、異形なのであります。

コメンテーターは言う。マスコミ人の。「あくまで観測、推測ですが」。なんでそれが同じなの。

東京スカイツリーなる現代のバベルの塔。各局、皆同じような企画。新名所誕生。地域経済活性化って。自分たちの「電波」を出すために作った塔。そりゃ持ち上げないといけないんでしょうが。右へならえ。

右に倣わされるように、携帯電話のカメラ持ってお出かけ、タワーを撮影する人、する人。どっちもこっちも「同じこと」がお好きなようで。皆と同じってのはやはり安心感があるんでしょうか。

最近テレビに出てくる女の子、町の中にいる女の子。みんな同じような顔に見える。化粧や髪形のせいか。なんか右へならえしているみたいで。

なんか怖いんです。皆が右へならへえをしている世の中が。過去にもそういう時代があった・・・。

0 件のコメント:

「国民」とは誰そ

日本国憲法には「日本国民は正当に選挙された・・・」で前文が始まるように各所に国民と言う言葉が登場している。 かって、帝国憲法には「国民」という言葉は無く「臣民」だった。 しかし子供たちは「少国民」と呼ばれ、兵士になることを名誉だとする教育が施されていた。 いささか屁理屈...