2011年1月25日火曜日

何故かニーチェが

たまに本屋に行くとニーチェの本が平積みされています。ニーチェが流行っているようです。

「超訳ニーチェの言葉」とか「ニーチェはこう考えた」とか。なんか「愛の言葉」というのもあるらしい。

超訳ってのをパラパラめくってみましたが。結論。つまらない。この超訳ってなんだろう。論語の超訳ってのも出てるみたいだけど。「言葉」として伝わってこない感じ。

なんでニーチェが流行るのか。今のこのどうしようもない時代。そこに生きている人たちがドイツの哲学者で”超人”思想に何かを求めようとしているのか。

人によっては「言葉」は道標(みちしるべ)となる。言葉を求めている人もいる。

デカルトでもカントでもショーペンハウエルでもなく、それがニーチェであることが面白い。

ツアラツーストラかく語りき。リヒャルトシトラウスが楽曲にして、デオダードがロックにした。時々、今でもこのデオダードを耳にする事あり。

”ツアラツーストラ”を音楽だと思っていた世代。ニーチェの哲学本だと思っていた世代。それをうまく使ったテレビドラマが昔あったっけ。

「ここにはまことの男が少ない。だから、女性が男性化する。つまり、本当に男らしい男だけが女の中に女を解き放つ」。
ツアラツーストラかく語りきの一文。

草食系男子ってニーチェの時代にもいたんだ(笑)。

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