2014年2月4日火曜日

2014年の雪、そして2011年の雪

からから亭日乗。文豪永井荷風の日記「断腸亭日乗」から“拝借”したものだ。
日乗とは日記のこと。

荷風の日記、断腸亭日乗は、大正から昭和30年代までの、世相とそれに対する批判、批評、論考を綴ったもの。

明治に生まれ、大正、昭和と三代にわたって生き、もちろん“戦争”も体験し、世俗も味わってきた。

墨東奇譚、子供ながらに読みふけっていたっけ。

日記風に書く。

2014年2月4日。暦の上では立春も過ぎたというのに、冬が遅れてやって来た。
今年の冬は寒くはあったが、雪が無かった。いや、豪雪地帯には大量に降ったが、郡山の雪は無きに等しいようなものだった。
朝から雪である。雪が舞っている。このまま降り続けば、夜には積雪になるだろう。

昨日の気温は16度。今日は0度。この気温差を肌で感じ受け入れている。

去年のいつ頃からだろうか。体は変調をきたしている。怠い、無気力、寒冷性蕁麻疹・・・。
勝手に決め込んでいる。気候の変化に体がついていけなくなっているからだと。

病院に行って検査をしても、多少の数値の変動はあっても特に疾病は見つからない。いや、無い。
念のため、きょうはCT検査、その後MRIということになった。

潰瘍痕や梗塞痕は見つかるだろうが、よくある話だし。

降り続く雪を見ていると、その中に身を置くと浮かんでくる光景。

2011年3月11日の雪。あの日、津波に襲われて地域には季節外れの雪が舞っていた。津波と雪の中を、人々は生き延びた。尋常では無い寒さに耐えながら。
翌日もそう。雪の中をヘリコプターが舞い降り、また舞い上がって行く。命がけの日々。

福島では原発の異変。雪の舞う中を、寝間着にガウン姿のような、病院に入っている患者が搬送されていく。搬送を指揮し、手伝うのは普通の格好をした看護師や医師。

あの日以来、雪は風情ではなくなった。
0度の中に何時間も何十時間も身を置くことの辛さ。それに耐えねばならなかった人達。

雪はあの光景を連れてきてくれてしまうのだ。

窓外は真っ白だ。雪は不思議なことに音を消す。東京にも雪は降っているのだろうか。知事選の音はビル街に木霊しているのだろうか。

火山の爆発、噴火。気温の変動。時たまの地震。あきらかに地球規模の異常気象。いや、異常とは人が言っていること、感じていることであって、宇宙からすれば以上でもなんでもないのかも。

あの日の吹雪の光景を見てから、雪のことはあまり書けなくなった。

寒波もやがては去るだろう。四季の国、日本には、やがて春が来る。そう、「3・11」の後はすぐ、桜の便りだった。

春を恨まないとも書き、咲く花に畏敬の念すら覚えたが、あれ以来、春や桜についても書けなくなった。4月、5月。ひたすら大好きだった夜ノ森公園の桜並木の記憶だけ引きずり出していた。

避難所で語りあった夜ノ森の桜のこと。

気温16度の差。一日にしての。自然は気紛れなんではないと思う。気温差だけではない。新型のインフルエンザが大流行し、PM2,5なる微粒子も飛来してくる。

街にはマスク姿が大勢目につくし・・・。

1812年。チャイコフスキーの大序曲「1812年」。ロシアに侵攻したナポレオン軍は大雪で完全に敗退した。ロシア軍の勝利を告げる高らかに打ち鳴らされる鐘の音。
数日後にはロシアのソチで高らかにファンファーレが鳴る。

断腸の念、断腸の思いの数々。多すぎる。

体調の異変で言えば、目が見えにくくなっている。液晶画面からは離脱しないと。腱鞘炎も起きている。箸を持つ手にも痛みが走る。とはいえ、口述筆記は頼めないし。

ため息つきながら、もろもろぼやいている雪の日の午後・・・。

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