グッドルーザーという有名な言葉がある。悪びれない敗者と訳されている。温めている言葉の一つだ。
「ウインブルドンの観客は、勝者よりも、悪びれない敗者に限りない拍手を送る」。イギリス人がスポーツ選手に対して抱いている思想を如実に表現した言葉。紳士の国と言われていたが、まさにそれだ。日本の武士道の本当の精神だってその言葉と同じ精神性を持っているのだと思うが。
浅田真央に寄せられた森喜朗の暴言。ショートプルグラムの結果を受けて。
「あの娘、大事な時には必ず転ぶんですよね」
「負けるとわかっている団体戦に出して恥をかかせることはなかった」
そして、「見事にひっくり返った」とも。
講演での発言。長い文脈の中で一語を切り取ったとまたもや釈明の様子だが、その言葉を使ったことは事実だ。
その発言が真央ちゃんのところに届けられていたかどうかは知らない。
とにかく彼女はフリーで最高の演技を見せた。誰しもが真似を出来ないような。演技を終えたあとの彼女の表情。天を仰ぎ、万感迫っての泣き笑い。尊敬に値する。人生のすべてを賭けたようだった。
6位入賞。インタビューで彼女は言った。「今まで支えてくれた人に恩返しをしようとだけ思って演技しました」。
とにかくオリンピックになるとメディアはこぞって「メダル、メダル」と言い、選手もそれを意識する。プレッシャーと言われる。それは選手は誰しも百も承知だ。ある種の「覚悟」を持って臨んでいる。
オリンオピックとは国威発揚の場でいいのだろうか。それは誰しも自国の選手の活躍を期待し、どこかでメダルを意識している。金メダルをとれば総理大臣が電話して激励し、“政治利用”する。メダルを取らなかった人は忘れ去られる。
森は元ラガーマンだ。ラグビーの世界では試合が終わればノーサイドとされる。勝者も敗者も無い「ノーサイド」。
1964年の東京オリンピック。マラソンの円谷幸吉選手のことが記憶に新しい。自衛隊員だった彼は、結局「日の丸の重圧」に苦しんで、「もう走れません、お許しください」との遺書を書いて自死した。
その国立競技場。観衆は最後のゴールを目指して最下位で走ってくる選手をじっと待っていた。その選手に万雷の拍手を送っていた。
優勝者への拍手よりも最下位の選手に送られる拍手の光景を見るのが好きだった。そこだけは泣いた。いくら遅かろうとも全力を出し切った人を讃えていた。
日本人の多くは、ウインブルドンの観客と同じ感性を持っていた。
いつの頃からか。そう、バブルという時代からか。この国は「勝ち組」と「負け組」の二極に分化する空気が醸成されていった。企業の勝ち組、負け組、社内での勝ち組、負け組、社会での勝ち組、負け組。
小泉純一郎が首相在任時、大相撲の表彰式で、武蔵丸に勝って優勝した貴乃花を称賛した。「痛みに耐えてよく頑張った。感動した」と。武蔵丸だって負傷していた。両者とも同じ条件。武蔵丸への言及は無かった・・・。
そんな風潮、空気は今も続いている。総理総裁は権力争いで勝った者。勝者の論理が全てだ。
浅田真央を勝つべき人、金メダルを取るべき人としてしまったのは組織委員会やメディアだ。国費で派遣されているから、だから・・・。そんな位置づけが押し付けられる。
2020年東京オリンピック。ここから250キロ離れたところで開催される。
250キロ離れたこの地に居るものは、この地には多くの「敗者」が存在していることを実感している身にとっては、森喜朗が組織委員会の長についているそのスポーツの祭典を拒否したい心境になる。
森喜朗は「元首相」という肩書で今も“君臨”している。真央ちゃんは有終の美を飾りながら「引退」に向かう・・・。
政治家はスポーツに介入してほしくない。政治とスポーツとは全く別次元のものであって欲しい。
そして賢明なる日本国民は、メダル狂騒曲に巻き込まれず、スポーツそのものを楽しんで欲しい。平昌五輪に向けて動き始めている多くの戦士たちのためにも。
国を挙げて称賛され、栄誉賞だのなんだの、それを贈られることを、メダリストたちは本心、喜んでいるのだろうか。彼らは、その場にいない“敗者”のことを常に思っているはず。
2014年2月21日金曜日
“チェルノブイリ”異聞
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