2014年2月11日火曜日

・・・そして2年11か月

時計の針が 前に進むと「時間」になります。                 後ろに進むと「思い出」になります。


寺山修二の詩の一節。この詩をどう解釈するか。人それぞれだ。時間と思い出をどうとらえるかも。

あの日以来、2011年3月11日以来、時計は前に進んだのか、後ろに進んだのか・・・。

ボクの脳内時計は、止まったままのようだ。針は前にも後ろにも進んでいない。
止まったまま。

思考は停止していないが、出口を見いだせないままの2年11か月。その“時間”を早いと感じるのか、もうと感じるのか、まだと受け取るのか。


あと一月後には丸三年を迎える。時間軸で捉えれば大きな節目。日本の文化の中では「三」という数字はいろいろな意味を持つ。

三年という区切りの中で、各メディアは、新聞、テレビは、節目の企画を考えている。それは「お決まり」のようなものであっても。

どんな企画が練られ、何が伝えられるのだろう。

もしかしたら「ソチ」の興奮が覚めた頃から、来月に向けての関連企画が出てくるのだろう。
3・11前後までは、メディアはそれ一色になるのかもしれない。

NHKは「花は咲く」を連日、フルバージョンで流しても、こと原発問題になると、腰が引けて当たり障りの無いものが放送されるのかもしれない。
そうでないことを願う。NHKの物量でしか出来ないこともあるのだから。

民放はくだらないお笑い番組やバラエティーを流し続けるのだろうか。プライムタイムでは。

風化という言葉もあまり聞かれなくなった。風化を食い止めるためには、ジャーナリズムが伝え続けなければならない。記録も含めて。

風化というのは忘れるということだ。忘れると言うことは辛い記憶から逃れようとすることにもつながる。

ネット友達の「しげさん」が、数日前、自分が忘れないようにするためにと、津波の被災地を、3・11後から撮られた画像、写真のリンクを貼っていた。

何回も見た写真もあった。海を茫然と見つめるミニスカートの少女。海に向かって深々と頭を垂れる僧侶。赤ん坊を助け出し、笑顔で抱く自衛隊員の姿。瓦礫の中をさまようように歩いているそこに生活していた人達の姿・・・。

見ていなかった映像があった。写真があった。「死者」だ。死んだ牛の姿だ。
とりあえず被せられた毛布。毛布で覆われた死者。毛布からはみ出ているような手や足。
どれも、“整えられて”いない。泥にまみれたまま。

パソコンの前で、正座し、手を合わせながらその画像を見た。

以前にも書いた。被災直後から現地入りしたメディアは多くの死者を見ているはず。棺だけではなく、盛った土に仮置きされた死者だけでは無く。

その映像はどこも流さなかった。掲載しなかった。

津波が襲う光景も、しばらくしてからは、それを見る事が精神的な苦痛を覚えるかもしれないから、見るには留意してくださいというような、「言い訳」が必ずスーパーで付けられていた。

被災地を撮ったカメラマンとそのことで話し合ったことがある。カメラマンはそれが使われないことへの異論を述べていた。映画監督もそうだった。

あの残酷な光景。子供に見せればトラウマになると言われる。そうかもしれない。しかし、それを肉眼で見た子供たちも被災地にはいる。それを子供ながらに見たことによって、その体験があったから、考える力を持った子供たちもいる。

4歳の子供は、戦禍のさなかにいた。焼夷弾で家が焼かれ、街が焼かれ、親や祖母と逃げまどっていた。逃げる途中、多くの焼死体を見た。防火用水槽から引き上げられて遺体。道路脇にむしろをかぶせられただけの遺体。

それを見た子供はトラウマにはかかっていない。あるとすれば「戦争」というものに対してのトラウマだ。

残酷な遺体の記憶、九死に一生を得た顔面大火傷の祖母。それが「戦争」を知りたい、知らなくてはならないというその子供の原点になっている。その子供とはボクだ。

“成熟”したメディアは、残酷な映像の露出を“自己規制”する。報道倫理を持ち出して。
それが「3・11」の実相を伝えているのかという疑問。
残酷さにとってかわるような美しい物語を探し出し伝える。

議論の分かれることだろう話しだが・・・。

「三年を迎える」番組。どうしても避けて通れないあの津波に襲われる光景の映像。またも「見る時は注意」の”言い訳“が映像に添えられるのだろう。

ドラマの中では何人もの死者が“登場”する。それに異議を唱える人はいない。
実相の中にあった死者は忌避する。

答えは見つからない疑問であり、問いかけなのだが。

3・11とメディア。その「もう一つの視点」だとも思うのだが。


「見るという行為は、人間を部分的存在にしてしまう。                もし、世界の全体を見ようとしたら目をとじなければ駄目だ」

寺山修司の詩の後段にはこう記されている。目を閉じていたら、あの大惨事の全体は見えないと思うのだが。

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