2014年2月7日金曜日

佐村河内 守のこと

福島県本宮市には「本宮方式」と呼ばれる市民による映画製作の気風があった。
昭和の時代、何本かの映画が作られている。「こころの山脈」という映画だった。

その次の次の世代か。平成になって本宮方式によって映画が作られた。
「秋桜」。
主体は本宮の青年会議所の面々。

その映画製作には直接関与していないが、その映画が出来るまでの過程をドキュメンタリー番組としてプロデュースしたことがある。

その映画、「秋桜」の主題曲は佐村河内守作曲のオリジナルだ。
いや、今になっては「そう言われていた」と訂正しなくてはならないのかもしれないが。

当時は、佐村河内という人が、どういう人で、なんで“その人の曲”が主題曲になったのか、わからない。
でも、そのCDを、テープから変換したものだが、持っている。

これが縁だったのだろうか。本宮市は市歌の作曲を先頃依頼した。それは先月、出来上がった。それはもちろん「HIROSHIMA」の影響によるものだろうが。

でも、市はそれを使わないことにしたという。

本宮市民は複雑な心境だろう。

3・11後、佐村河内は津波に襲われて石巻に入った。そこで一人の少女と出会い、彼女の経験したことを聞いて、自分がその地で感じたやるせないさを「ポアノのためのレクイエム」という曲に仕上げた。という。
その曲が完成し、石巻で演奏会が開かれ、多くの市民がそれに感動していた。

石巻市民の感情も複雑だろう。

これらの曲も全部、新垣という人が作曲してということなのか。想像の範囲では「たぶんそうだろう」。

新垣という人は「告白」するにあたって、ソチオリンピックのフィギアスケート、高橋大輔が佐村河内の曲を使うことになっているから、事前に真相を伝えたかった。大輔の動揺を防ぐためにも。そんな“理由”を述べていた。

被災地の人達、多少なりとも佐村河内とかかわりをもった人たちの「動揺」はどうなるのか。出会った少女の気持ちは汲まれているのか・・・。

ゴーストラーター。世間には山ほどいる。芸能人の半世紀から始まって。政治家の自伝ものも。ぼくも手伝った覚えがある。でも、誰のことかとは絶対言わない。言ってどうなるものでもないし。

シェイクスピアだって、どれまでが彼の自作で、どれが贋作か。長年言われてきたものの、誰も解明出来ない“謎”。
日本画だって浮世絵だって「贋作」話は枚挙にいとまがない。贋作の方が上手く出来ているという評価さえあるくらい。

佐村河内と新垣とは、結局、いったいどういう関係だったのか。

交響曲第一番「HIROSHIMA」、そのCDを持っている。何回も聴いた。素晴らしい曲だった。泣けたし、感動した。
多少は、ほんのちょっとは佐村河内が耳が聞えず、被爆者で。そんな背景がその曲を聴かせるきっかけになっていたかもしれない。

でも、ボクにとっては誰の曲かということよりもその曲がよかったからだ。だからこれからも聴く。

「騙された」と多くの人が怒っている。けしからんといい、皆”正義“に走る。
“騙されていたっていいじゃないか”。それがボクの心境。

この2年余り騙され続けてきたんだし。

仮面を剥ぐ、悪者を見つける。悪者探しの風潮、空気に覆われている日本。

ふと思い出した。「一杯のかけ蕎麦」事件。あの時、皆、あの話に泣いたではないか。作者の”実態“がばれて、あの物語も消えた。いや、消したということなのかもしれない。

ボクはその本を今でもちゃんと持っている。読んで泣いた、あの気持ちを無くさないためにも。

そもそも音楽とは。そんな綺麗ごとを並べている人達もなんと多いことか。佐村河内の話で、マスコミけしからんとういう論調も出てきている。特にNHKスペシャルが。悪者作って誰かを責めて溜飲下げて・・・。

別の意味で「息苦しく」もあり。

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