2015年4月11日土曜日

・・・そして11日

あの日から5年目の11日。4月と言う桜の季節の、花の季節の。

きょうもまた、どこかでは祈りが捧げられているはずだ。おそらく、両陛下もあの時間には東北に向かって祈りを捧げられるのかもしれない。

5年目と言う月日。それぞれの人の5年目。

福島の人、被災した人、原発事故の被害にあった人。

「もう被害者意識は捨てよう」。そんなことを問いかけてみる。意識としての被害者だ。被害者という位置に身を置いている限り、たとえば“いつまでも被害者づらをして”という「難癖」を付けられる。そういう人も増えてくるのだ。

だから言ってやろう。あの事故の被害があって、生活環境も変わり、辛い思いもした。逆境に身を置いてきた。だからこそ「何も考えないで生きている」人達よりは、はるかに成長することが出来たのだぞと。

そんな発想を学んだのは川内村のたった一人の卒業生だった秋元千果さんの「一人だけど一人じゃない」と言う言葉だった。

逆境が強い子供を育てたのだ。

そして、たぶん、こんな強い子が福島の地では育っているのだ。

福島に意を用いている人もいる。役場の臨時職員になった

ふたば未来学園の副校長に、文部省を辞めてきた人がいる。

福島は被災地である。原発被害の地である。

でも“希望”の地だと思ってみようよ。

とはいうものの・・・。
「福島の現状」。都路地区から汚染土の中間貯蔵施設への試験移送が始まった。

その展開がどうなるのかは見えないが。

1F構内では、燃料デブリを調査するために満を持して投入したロボット作戦が失敗した。
ロボットの扱い含めて、あらためて検討すると東電は言う。

「廃炉作戦」、一筋縄ではいかないのだ。

東電の福島廃炉カンパニーの増田所長はNHKの国際放送でのインタビューでこんなことを語っている。

「政府は廃炉作業を2020年に始める意向だ。それは非常に大きなチャレンジだ。正直に言って、私はそれが可能だと言えない。でも不可能だとも言いたくない。

成功させるために何が一番必要か。
言うのは難しいが、おそらく経験だろう。
どのくらいの被ばく線量なら許容されるのか?周辺住民ににはどんな情報が必要なのか?
どうすればよいか教えてくれる教科書はない。
私は、ステップごとに決定を下さなければならない。
正直に申し上げて、私が正しい決定をするということは約束できない」。

当事者が語る福島の現状なのだ。

「だれもわかっていない」。

「アンダーコントロールされている」と言った人だけが「わかったふり」をしている。

ロボット作戦はいったんは“失敗”した。原発構内で起きている、それこそ汚染水処理も含めての数々の失敗。

失敗は成功の母。そんな悠長なことわざはそこには適用されるわけも無く・・・。

郡山の桜は八部咲きだとか。
夜の森はほぼ満開だ。通信社が「ドローン」を飛ばして撮ったのだろうか。
上から見た夜の森。桜のトンネルは健在だった。人影の無い中、己の使命を果たすかのように咲き誇っていた。2011年と同じように・・・。

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