その人は突然歌いだした。4畳半の仮設の中で。
今日も暮れゆく異国の丘で、友よ寒かろ切なかろ
我慢だ待ってろ嵐が過ぎりゃ、
帰る日もくる、春が来る・・・。
歌い終わって一呼吸おいて、その人はこう言った。
「俺には春は来ねえな」と。
原発事故で避難した人たちの「帰還」への動きが散見される。
いち早く避難指示が解除され、全村帰村を打ち出した川内村も、帰村率は56%だという。その7割は65歳以上だと言う。
村の東部では12%だと言う。
楢葉では帰村に向けた準備宿泊なるものが来週から始まる。
3ヶ月の“長期宿泊”。
町民は言う。
「泊まろうにも帰る家がない」と。おおよそ千軒が地震で損壊したか、荒廃家屋だ。
南相馬の一部区域では「特定避難勧奨地点解除」の取り消しを求める訴訟も起きている。
帰村出来た都路村。いや、帰村させられたというべきか。帰村率は30%台だ。
「まだ原発が安定していない」「避難先に馴染んでしまった」「帰っても日常生活が、買い物ひとつとてもままならない」などの理由だという。
帰村した区長は言った。
「5年経った。帰ってこない人は、もう帰っては来ないだろう」と。
その都路村にある、国道288号沿いに置かれたフレコンバッグ。大熊、双葉に次いで、中間貯蔵施設に搬入されるという。
とにかく「搬入」が何事も無く進むことを祈るのみだ。
中間貯蔵施設。まだ未完だ。順次運び込むということだ。そこは、除染で出た汚染廃棄物の“墓場”だ。
運び込まれる土、運び込まれる草木。土は草木を育ててきた。草木は人間や動物たちの食物として、命の糧として、その地にあったものだ。
それらはすでにして黒い袋の中で息を止めていたものだろうが、廃棄物として、”墓場“に運び込まれる。
季節が巡っても「生まれ変わる」ことはない。
こっつん こっつん 打(ぶ)たれる土は
よい畠になって よい麦生むよ
朝から晩まで踏まれる土はよい路になって車を通すよ
打たれぬ土は 踏まれぬ土は 要らない土か
いえいえ それは名の無い草のお宿をするよ
金子みすゞの詩「土」。
2011年の桜の季節。映画「無人地帯」の監督とカメラマンが福島県を歩いていた。
飯舘村の桜は満開だった。まだ村が全村避難を決める前。長泥も比曾も桜が咲き誇っていた。墓にも寺にも神社にも。
彼らが撮った桜は一つのイメージカットだったのだろうか。随所に桜があった。
桜の枝越しに東電原子力発電所の煙突が垣間見えていた。
その後・・・。あの桜花はどうなったのだろう。やはり「汚染」ということで切り取られ、袋の中に入れられてしまったのだろうか。
その監督は、今、毎日のように東京の各所の桜をスチールカメラに収めている。
無人地帯の続編を彼は作ると言っていた。そのタイトルは確か仮題ではあろうが「次の春へ」だったように記憶している
“チェルノブイリ”異聞
ロシアがウクライナに侵攻し、またも多くの市民、日常が奪われて行く。 ウクライナという言葉、キエフという言葉、チェルノブイリ・・・。 そう、あの最大の原発事故を起こした地名の幾つか。 「チェルノブイリ原発事故」。1986年4月26日。 ウクライナの北部にあるその...
-
新しい年となった。雪の中だ。 良寛の詩作を引く。「草庵雪夜作」の題名。 回首七十有餘年 首 ( こうべ ) を回(めぐ)らせば七十有餘年 人間是非飽看破 人間の是非看破(かんぱ)に飽きたり 往来跡幽深夜雪 ...
-
ロシアがウクライナに侵攻し、またも多くの市民、日常が奪われて行く。 ウクライナという言葉、キエフという言葉、チェルノブイリ・・・。 そう、あの最大の原発事故を起こした地名の幾つか。 「チェルノブイリ原発事故」。1986年4月26日。 ウクライナの北部にあるその...
-
そう、あれは6月の初めだったか。 急に視力が悪く、パソコンの画面が見え難くなった。 脳梗塞で入院した時、最初に診察してくれた当直の麻酔科の医師が「白内障が出てます。手術した方がいいですよ」と教えてくれていた。 その後転倒して、それも二回。 CT 検...