2015年4月13日月曜日

「遠のく政治」、「先細りの自治」。

自分の予想が当たってしまったことに、「衝撃」を受けている。
昨日の地方選の結果だ。

地方選挙は身近な政治であるはずなのに、あの投票率。史上最低とも言われる投票率。

身近な政治がさらに遠のいて行くということ。

投票率が低いと、すぐ有権者の側の意識が問題にされる。そうだろうか。
入れたい候補者がいない、地方自治が身近で無いと言う、いわば「選ばれる側」の問題が大きいのではないだろうかとも。

だから、「地方議会不要論」も出てくるのだ。今の制度では、地方議員の「力」などたかがしれているからと思われているからだ。
当局の議案審査だけの人と思われているからだ。

この選挙の結果を受けて、政権の側は、勢いづくだろう。本音では地方自治など“無視”しているにもかかわらず、「民意」が示されてとばかりに猛進するのだろうか。

40%の“民意”だ。それを民意とは呼びたくないのだが・・・。

多くの無投票、無風選挙。

国政選挙の趨勢も然りだ。選挙と言うものに冷めてしまっているのだろう。

だれがやっても、だれがなってもなにもかわらない。
それがいまのこの国を覆う「空気」。

もはや「投票に行こう」と呼びかけるだけでは全くの無意味なんだ。
地方自治の在り方が根本から問い直されていると認識しなければならないのだ。



北海道知事選、原発問題が大きな争点だった。いや、とりようによっては片方の候補がそれを取り上げただけで、片方は取り合わなかったという構図だったのかもしれない。

北海道電力泊発電所の再稼働。そのものの是非を問うた世論調査では多くの人が再稼働反対だった。
しかし、結果は、その再稼働反対派だった人の40%以上が現職の側に票を入れていた。

これが意味するところは大きいはずだ。

原発再稼働反対だけを言っていたのでははじまらない。原発を必要としない社会システムをどう作っていくかを明示しなくてはならないということだろうかとも。

「長いものにまかれろ」「強い方に付いておこう」。そういうことなんだろうな。


選挙に盛り上がるとかなんとかという言葉を使うのは好きではないが、こんな「シラケた」選挙にしてしまった責任はすべからく民主党にある。

まともに候補者も立てられない政党。野党第一党。
惨敗に惨敗を重ねてきた民主党には、もう「戦闘意欲」さえもなくなったのかと。

そして、永田町の関心は、民主党の衰退よりも大阪維新の会の消長に向けられていると言うこと。

なんだかすべてにおいて難しい国になっていっているような気がする。
その難しさが、実は単純な“独裁者”の狙いなんだろうけれど。

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