2015年4月18日土曜日

「会うことに意味がある」そんな“永田町伝説”


昔から永田町には“伝説”があった。
「会うことに意味がある」「メシを食うことに意味がある」という。

会った結果の中身はともかく、「会う」ということに、それが当人同士の意志疎通のきっかけになるということでは無く、他に知らせるということの影響を指していたようだ。

きのう安倍と翁長が「会談」した。

言い分は「平行線」。お互いの主張を述べ合って終わったのだけれど。
お互いに「会った」ことは意味合いはともかく“評価”しているようだけど。

今や、根本的に、基本的に、沖縄の米軍基地の問題については考えを異にしている者同士。

物事の解決は話し合いから生まれる。それは当然なんだけど、「解決」に向けての兆しすら無い。いや、あるべきはずもない。

永田町伝説を敷衍するなら、「強いものが弱い立場の者に譲る姿勢を見せる」ということが話し合いをうまく進める方法ではあったのだけど。


今後もあるかもしれないこの話し合い。安保法制をめぐる自公馴れ合い協議のような、茶番劇みたいな足して二で割る「永田町方程式」は通用すまい。
間に入って取りまとめるなんて人もいるまい。
アメリカに頼っても仕方があるまい。

日本の国民世論が「安倍政権」を作った。沖縄の県民世論が翁長知事を誕生させた。
本土と沖縄の世論の対立ということにより強くなっていくのだろうか。

沖縄の歴史を、琉球の歴史を翁長は知っている。安倍はあまり熟知していないようだ。

もはや遅すぎた会談。双方とも後には引けない立場。
まったく読めない展開・・・。

なにがあっても安倍の「強い政治」は変わるまい。柔よく剛を制すも、剛よく柔を制すもありえない。

力で屈服させる手法を是とする安倍政権。マスコミを力でねじ伏せようとする。
浜岡原発でも仮処分の決定を無視するかのように、関西電力は「異議申し立て」をした。
もちろん国の意向が働いている。
どこまでも、強気なのだ。黒も白と言いくるめるのだ。

安倍が譲るとしたらTPPでの対米交渉だけかもしれない。

本題に戻る。

本土の世論、「沖縄にもっと留意すべきだ。本土でも基地を受け入れなければならない。とはいうものの、我が家の近くに米軍基地がくるのは・・・」だ。心あるひとでさえも。

本土には代替地は見つからない。沖縄の人もそう思っている。
「結局、振興策という名のカネで事が進むのだ。原発と同じだ。嫌がる施設を引き受けてもらうにはそれしかないと思っているのだろう」。

沖縄に対してもまたもや「丁寧な説明」と政権は言う。
その言葉は耳にタコが出来るほど聞き飽きた。

そして、その「丁寧な説明」たるものが為された試は無い。もちろんそれは「福島」に対してだが。

「会った」ということが「対話」の始まりでは無かったということ。そこに“妥協”が入り込み余地はもう無くなっているのではないかということ。

とりあえずは「安倍訪米」の結果を見させて貰うしかないのかも。

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