2015年4月28日火曜日

「平和条約」の日に「戦争」という字が踊る皮肉

きょう4月18日は日本にとって歴史的な日だ。サンフランシスコ講和条約、日本と連合国の間で締結された平和条約が発効した日だ。

日本と言う国が主権を回復した日なのだ。昭和27年のこと。講和条約発効を記念して、日の丸の小旗を打ち振っていた大人たちの姿をよく覚えている。

「平和国家日本」と学校で習った日だ。公式に戦争が終結した日なのだ。

だから、戦後70年では無く、戦後63年というのが正しいのかもしれない。

70年前は天皇の詔勅によって戦争を終わらせ、ポツダム宣言を受諾した8月15日。その日から7年間はアメリカの占領下に置かれていたということ。

理屈を言おう。昭和20年8月15日は「敗戦」の日、それから7年後の4月28日が「終戦の日」だということを。

日本国憲法が制定公布されたのが5月3日。だから憲法は占領下で作られていったという未だに尾を引く“憲法論議”にもつながっていくのだ。

講和条約発効、平和憲法制定。それによって、戦後の平和国家日本が動き始めたのだ。そして誰しもが「平和」を疑わず「戦争」はしないで済むと思っていたのだ。思って来たのだ。

昭和40年代、日本の国防論議が盛んだった頃、日米安保をどう解釈するかの論議が盛んだった頃、自衛隊は出来たけど、それは「専守防衛」とされて来た。

シビリアンコントロール、文民統制が言われ、「軍隊」の長に文民である総理大臣がいる以上、「軍」が主導する戦争は在り得ないと公言されてきた。

今は・・・。「軍隊」としての自衛隊が戦争をいうのではない。戦争をしたがっているのでも無い。戦争をしたがっているのはまさに“文民”である総理大臣だということ。

今朝の新聞に踊っている見出し。防衛指針の改定。日米ガイドラインの変更。
それこそ日米安保の枠を超えて、地球のどこへでも自衛隊が派遣出来るということ。

戦争放棄をうたった憲法の理念はどこかに消え去り、平和の対義語でもある戦争が出来る国家になったということ。
安保法制を巡る与党協議なるものが、まったくの「玉虫色」で決着したということ。

極東の範囲とは・・・。連日そんな国会論議があったにも関わらず、自衛隊は明らかに極東以外の地域にも行ける・・・。

その講和条約発効の記念すべき日に、安倍は訪米している。上下両院で演説するという。
講和条約のことに触れるのだろうか。何を語るのだろうか・・・。
そこで語られたことをアメリカはどう受け止めるのだろうか。

そして明日29日は「天皇誕生日」だ。もちろん昭和天皇の誕生日。
昭和天皇は平和を希求されていた。
それこそ、昭和22年の頃、我が家には大事にされている本があった。ビロードで装丁された「天皇裕仁」と金色で印字された写真集。
昭和天皇の戦後の行幸などの記録が主な内容だった本。なぜか毎日のようにそれに見入っていた記憶。

「四方の海、皆同胞(はらから)と思えども、なぜ波風の立ち騒ぐらん」。明治天皇の御製を引いて東条英樹に開戦を思いとどまるよう迫った天皇。その真意を汲み取り、戦争回避の意向を伝えようにも、もはや軍部の独走で、開戦不可避となっていたという史実。

その昭和天皇の意志を受け継ぐ平成天皇をはじめとする皇室の意向、意志。それらは“無視”されている。

平和の日に戦争の文字が踊る4月28日。

歴史の記憶すべき日は時日とともに、時の経過とともに「忘れ去られて」行く。

4月26日はチェルノブイリ原発が事故を起こした日だ。その日はすでにして忘れ去られ、言葉遊びに数字のごろ合わせの「風呂の日」と巷間呼んでいた人もいた。

今朝の新聞の折り込みチラシには「明日は肉の日」と特売が大書されていた。


毎日が3・11だ。忘れられる日とはされまいが。それとてもやがて歴史の中では忘れられる日となるのかもしれない。

歴史にあった出来事の中には忘れてはないないことがある。

ネパールは東日本大震災時に、日本の被災地に5,000枚の毛布を支援物資として送ってくれた。ネパールの国民所得からすれば、とんでもない大きな金額に相当する「毛布」・・・。一刻も早く日本の救助の手が彼の地の被災者のもとに届くように祈る。

青空が広がっている。その青い色の空が何故か悲しく見えるのだ。今年のこの日は・・・。

0 件のコメント: