2015年4月3日金曜日

春に背いて・・・

その人は突然歌いだした。4畳半の仮設の中で。

今日も暮れゆく異国の丘で、友よ寒かろ切なかろ
我慢だ待ってろ嵐が過ぎりゃ、
帰る日もくる、春が来る・・・。

歌い終わって一呼吸おいて、その人はこう言った。
「俺には春は来ねえな」と。

原発事故で避難した人たちの「帰還」への動きが散見される。

いち早く避難指示が解除され、全村帰村を打ち出した川内村も、帰村率は56%だという。その7割は65歳以上だと言う。
村の東部では12%だと言う。


楢葉では帰村に向けた準備宿泊なるものが来週から始まる。
3ヶ月の“長期宿泊”。

町民は言う。
「泊まろうにも帰る家がない」と。おおよそ千軒が地震で損壊したか、荒廃家屋だ。

南相馬の一部区域では「特定避難勧奨地点解除」の取り消しを求める訴訟も起きている。


帰村出来た都路村。いや、帰村させられたというべきか。帰村率は30%台だ。

「まだ原発が安定していない」「避難先に馴染んでしまった」「帰っても日常生活が、買い物ひとつとてもままならない」などの理由だという。

帰村した区長は言った。

「5年経った。帰ってこない人は、もう帰っては来ないだろう」と。

その都路村にある、国道288号沿いに置かれたフレコンバッグ。大熊、双葉に次いで、中間貯蔵施設に搬入されるという。

とにかく「搬入」が何事も無く進むことを祈るのみだ。

中間貯蔵施設。まだ未完だ。順次運び込むということだ。そこは、除染で出た汚染廃棄物の“墓場”だ。

運び込まれる土、運び込まれる草木。土は草木を育ててきた。草木は人間や動物たちの食物として、命の糧として、その地にあったものだ。

それらはすでにして黒い袋の中で息を止めていたものだろうが、廃棄物として、”墓場“に運び込まれる。
季節が巡っても「生まれ変わる」ことはない。

      こっつん こっつん 打(ぶ)たれる土は
      よい畠になって よい麦生むよ

      朝から晩まで踏まれる土はよい路になって車を通すよ
      打たれぬ土は 踏まれぬ土は 要らない土か
      いえいえ それは名の無い草のお宿をするよ

金子みすゞの詩「土」。

2011年の桜の季節。映画「無人地帯」の監督とカメラマンが福島県を歩いていた。
飯舘村の桜は満開だった。まだ村が全村避難を決める前。長泥も比曾も桜が咲き誇っていた。墓にも寺にも神社にも。

彼らが撮った桜は一つのイメージカットだったのだろうか。随所に桜があった。
桜の枝越しに東電原子力発電所の煙突が垣間見えていた。

その後・・・。あの桜花はどうなったのだろう。やはり「汚染」ということで切り取られ、袋の中に入れられてしまったのだろうか。

その監督は、今、毎日のように東京の各所の桜をスチールカメラに収めている。

無人地帯の続編を彼は作ると言っていた。そのタイトルは確か仮題ではあろうが「次の春へ」だったように記憶している

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