2012年6月5日火曜日

野田の“遺言状”

増税法案成立に「政治生命をかける」と言った野田。きのうの改造見ると、それはあたかも“遺言状”ではないかと斜めに眺める亭主・・・。

改造の目玉。防衛大臣の森本敏だという。防衛問題の専門家。ドジな国会答弁なんてありえない。
与野党こぞって、マスコミも加担してこの人事を批判する。政治家ではないからと。自衛隊の最高指揮官であり、シビリアンコントロールを為すためには国民の負託を受けた政治家でなくてはならないと。一応、建前としては正論。
だけど、民主党には人材はいないんですよ。今の政治家で防衛大臣に適任と思われるのは自民党の石破茂だけ。

遺言その一。「今の民主党にはもはや人材はいない」。くその役にも立たない政治家が大臣やるより、よっぽどマシかも。総理大臣が最高指導者。

遺言その二。「政治主導は幻想だった」。そう森本人事がそれを物がたっている。民主党の建前論が画に書いた餅だったと自覚したということ。
野田は財務官僚に乗っかっている。致し方無し。田中角栄に比するような官僚操縦術にたけた人物はいないのだから。

3・11後、菅は次々に官邸に呼びいれたのは学者とか、なんとか。政治家で周りを固めようとはしなかった。それが無意味なことがわかっていたはずだから。参与という肩書与えて何人呼びこんだのだろう。ただ、その人たちはくその役にも立たなかっただけ。

遺言その三。「マニフェストのいい加減さを認めた」。輿石に指示した。与野党協議進めろ。その逐一を自分に報告しろ、おれが指示する。自民党への秋波、すり寄り。それすなわち修正協議でマニフェストの非を認めること。

党を割って出ることもかなわぬ小沢。小沢たなざらし。これとても遺言の一つかとも。

それにしても、今まで何人の政治家が「政治生命」の安売りしてきたんだろう。
もはや売り物にもならない「政治生命」って言葉。


改造劇の陰に隠れるように細野担当大臣が大飯原発再稼働で福井県へ。安全性を担保するために副大臣か政務官を原発に“常駐”させると。

思い出します。♪男、山村新冶郎♪。よど号ハイジャック事件での人質身代わり。時の運輸政務次官。
ハイジャック犯は身代わり認めたけど、原発は身代わり認めませんよ。誰がそこにいようが、暴れるときは暴れる。

これとても原発再稼働を達成するための“遺言”の一つなのだろうか。再稼働も野田は近々決断するということらしいが。

“鳥の将に死なんとするその鳴くや哀し。人の将に死なんとするその言や善し”
論語の一節を当てはめる気はありませんが。せめて鳥をドジョウに変えましょうか。

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