2012年6月20日水曜日

またまた、テレビの”手法”について

台風一過、とりあえず青空が戻ってきているようです。次には5号が接近中とか。茶化すわけではありませんが、日本列島は台風列島であり、地震列島なのです。

昨夜、NHKはほとんど台風情報を伝えていました。当然です。台風の様子は気になる。原発にどんな影響を与えるかも含めて。地盤沈下した東北の被災地。大潮だってすごく気になる。

去年のように修羅場と化した避難所の光景ではなかったけれど、やはり多くの人が呼びかけで避難所へ。体育館の床に毛布にくるまって寝ている人の姿。辛いと思います。

テレビを見ながらネットを開けると、こんなものも。その人をフォローしているわけではないので、誰かのRTなんですが、「なんでテレビは台風ばかりやっているんだ。腐っている・・・」。そんな調子のもの。

台風の進路にあたって無い人からすれば“他人事”なのでしょうか。台風が来ようと来まいと「原発反対」って打ち続けなければならないのでしょうか。

それはさておき・・・。相変わらずの台風報道の手法。まずカメラは「画になる」ことを撮る。波しぶきが打ちつける海岸を撮る。
そして、ヘルメットをかぶったレポーターが登場する。男女を問わず。
「ものすごい雨と風です。吹き飛ばされそうです!!」と金切り声で絶叫。それが実態を正しく正確に伝えているということなのか。

この“手法”はやめようということになっていたはずなのですが。レポーターを“危険”にされせて喋らせることに何の意味があるのかと。

カメラマンもレポーターも安全なところに身を置いて、そこから伝えても十分、その様子は伝わるはず。

絶叫レポートになんで固執するのか。それが臨場感であり、報道と言う名の“仕事”なのか。

荒れ狂う自然の姿を、冷静に伝えることも必要なのです。それの方が、聞き取りにくい絶叫を聞いているより、視聴者にはより伝わる。

ロータリーの会報でこんな記事を読みました。亭主はロータリーに入っているわけではありませんが。群れるのは嫌いな性質でもあるし。

DMAT、災害医療救援チームの責任者であり医師の話です。災害医療にあたって彼らに課せられた「鉄則」があるそうです。大原則があるそうです。
「災害医療では、自分を危険にさらして人を助けてはいけない」。なぜか。
「あなたが誰かを助ける時に死んだら、この先、あなたが助けるはずの何百人の命を救えないから、涙をのんで身を守れ」。そう叩き込まれているそうです。

災害現場に行って、守れなかった命があることに隊員たちは苦悩するそうです。でも、この大原則を守る。

議論の余地があることかもしれません。ただ、絶叫する台風の現場。災害医療を災害報道に置き換えてみたら・・・。

昔、雲仙普賢岳の火砕流で、取材に行っていた後輩テレビマン達が亡くなったことを思い出すと、災害時のテレビの手法には考え直すこと、未だ多々ありかと。

これは安全なところに身を置いて、わかったようなことをいうなという議論とは別です。“自主規制”して原発40キロ圏内に取材に入らなかったこととは別次元の問題です。

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