2012年11月30日金曜日

ネットとテレビ、あるいはネットと新聞

今度の衆院総選挙。その帰趨にはネットが多いに影響してくるのだろう。
それの是非はわからない。なぜなら、未だ以て、「ネット」なるものに“懐疑的”だから。それをちょこっとだけ使っているにも関わらず・・・。

原発が選挙の争点になっていないと何回か書いた。世論調査の結果を受けて。
「世論」というものに疑問も呈した。

そして、今日の新聞を見て驚いた。朝日新聞。ツイッターの「つぶやき」を専門機関に分析依頼したところ、「原発問題」に対する関心が圧倒的に多数だというのだ。一位。二位がTPP。その数は二位の3倍に当たると言う。

既存メディアとネットとの「世論」というものに対する大いなる乖離。

しかし・・・。ツイッター上で見られる「原発」をキーワードにした「つぶやき」には、その多くが福島に対する誹謗、中傷、デマの類が多いということ。
それに対する反論も数多い。

輿論と世論。その、それぞれの字義を、意味を語るつもりはないが、世論はその対比で行けば、多分に感情的要素が入っている。

なんだかんだと有ったが、ネットを使った党首討論なるものが実現した。ニコニコ動画による。討論の最中に書きこまれるツイッターの数々。見るに堪えない表現も多々あり。
あの討論を視聴した人は140万人だという。
朝日の調査は、その討論を組み入れたものではないが、討論のテーマは「原発」「TPP」「消費増税」に絞られていた。

各政党も、スタッフにはそれぞれ有能な人材をそろえている。世の流れを汲み取り、どうやれば自党に有利なのかの戦略を練る。

かつて小沢がそうだったように、自民党は既存メディアよりもネットを選択した。

たしかに140万人というのは大きな数字だ。しかし、あの討論を見られなかった人達も数多くいる。いったいこの国に「ネット人口」といわれる人達がどれほどいるのか。

固定電話にかける既存メディアの世論調査は「高齢者の意見」、ネットは「若年層」。まことしやかにそう分析する専門家と称する人たちもいる。だから、年齢層によって関心も異なると。
そうなのだろうか・・・。

繰り返して言う。ネットの溢れる原発とか放射能とかいうキーワードのつぶやきには福島に対するいわれなき「世論」が多いのだと。

朝日新聞が続けている「原発とメディア」という連載。数日前から、自社を中心とした、1F取材がテーマにされている。本社からの立ち入り自主規制、まだ検問所も出来ていない時に、1Fに最接近した、いわゆるフリージャーナリストの話の対比。「フリー」はネットで流す。その時の実像を。組織として動く既存メディアは、本社の指示に縛られる。その連載が「自己批判」になっていくのかどうかはわからないが、ネットにやられたという口惜しさもにじみ出ておるような。

選挙に於いて、「ネット」は、各候補者の意見開陳の場としては、制限が設けられている。“ネット選挙”を解禁しろという声は大きい。あげく、ネット投票をとまで言わせる。

そして現状。寒空の中、候補者にとっての有力な選挙手段は、「辻立ち」。直接呼びかけるという手段。

それが実情であったとしても、選挙に「ネット」が、ネットが作る風潮が多いに影響してくるであろうことは想像に難くない。

ありゃ、今テレビ見たら、日本記者クラブでも党首討論やっている。だけど・・・。

ネットを媒介にした「ポピュリズム選挙」。そんな想いが強くっている。

2012年11月29日木曜日

「エゴイスト」の群れ

エゴイスト。辞書をひくとこうある。「利己主義者、自我論者」と。利己主義をひく。「自己の利害だけを行為の基準とし、社会一般の利害を念頭におかない考え方」とある。反対語は「利他」。

中森明菜の曲に「EGOIST」と言うのがある。流行った。その一部。「誰も悲しきエゴイストで、ただ我がまま繰り返すから、わかりあえずにすれ違うだけ」。

要は、自分だけが当選すればいいとばかり、政党を渡り歩く前議員さんたち。その数のなんと多いことか。
国を思うのではなく、自分だけを思っているような人たちの群れ。

エゴイスト選挙とでも名付けようか。

この国に、エゴイズムという風潮が蔓延しているように思えてならない。そうでない人も大勢いるのだが。なぜかエゴイズムが目につく。

岩手県大槌町の震災瓦礫。その処理を新潟市が受け入れた。いざ試験処分となった時、反対運動が起きた。新潟市はとりあえず処分を断念。瓦礫を岩手に送り返した。

住民による反対運動。新潟でもそうだ。その、住民の実相がわからない。

新潟市には、郡山から自主避難している人達がかなりいる。県内の“仮設”にいる人たちよりも“厚遇”されている。
新潟は大地震を経験している。その時受けた支援に感謝するという気持ちもあるのだろうが、大方、福島県からの避難者に対して寛容だ。
その自主避難している人達の中には、亭主の知人も何人かいる。“母子家庭”として。最低、月一回は夫は新潟に向かう。

なぜ自主避難したか。言うまでも無い。放射線量の問題だ。それに恐怖を覚え、子供たちの健康を考えてだ。もし、被曝したら、子供が病気になる恐れがある。病気に対する恐れ。極言すれば、将来、ガンになって“死”が早まるという、その人達が持っている危惧。
瓦礫処分反対運動をやっている人達の中に、福島県からの自主避難者がいると聞いた。先頭に立って反対運動を展開しているとも。

「お世話になっている」新潟市の方針に異を唱える一部福島県民。異様に思える。
処分場で、きちんと焼却される「岩手県の瓦れき」。同じ被災地である福島県民がなんで異を言うのだ。

大槌町の瓦礫、それは、多くの人達の死を伴ったもの。
放射能の恐怖に取りつかれた人達に中にある「自分たちさえ良ければ」という、ある種のエゴイズム。

たまたまそこに住んでいる。そう、福島県県人も多種多様なのだということ。

県内でも、仮置き場の場所や、中間貯蔵施設の建設をめぐって、県民同士が、町民や村民同士の「反目」が目だってきた。「なんで、俺のところなんだ」と。

被災3県でも“分断”があるような。県内でも“分断”があるような。

人間誰しもが持っているであろうエゴイズム。

被災3県を語るに、大きな一括りでは語れないのだ。神は細部に宿るではないが、一つ一つの個々の事例を語り、それを積み上げて行く。アプローチの仕方を考え直さねばならない時期になってきたのかも。

瓦礫はまだある。それを処分しないと“復興”なるものにはつなげない。

「共助」という考えをイズムが阻む・・・。

政党は個々のエゴイズムの隠れ場所か・・・。

2012年11月28日水曜日

そして、「絶望」。~時々、選挙について~

希望の「解」は見つからないけど、見えないけど、対極としての「絶望」は目の前に転がっている。それは政治と世論。

長年、政治の深奥を見、時には政治に関わって来たものですら覚える政治に対しての絶望感。

「選挙」がそれを、いみじくもあぶり出してくれているような。

維新。それは明治維新を想起してのことだろうか。明治維新がこの国にもたらしたものは・・・。文明はたしかに開化した。皆、坂の上の雲を目指してひた走りに走った。列強に伍すとして、近代兵器を手にした。あまねく西洋化。天皇にサーベルを下げさせるような。
明治維新はこの国を一大官僚国家に仕立て上げた。

日本を取り戻そうーと言う。取り戻す。日本はどこかに取られていたのか。亡くなっていたのか。

他党をやたらあげつらう。時には口汚く。

何の“極”でもいいのだけれど、未だもって多党化の中で、離合集散の動きがある。選挙のための鵜合の衆の如きもの。それは、結果が出たあとに多分“瓦解”する。民主党がその証左だ。

「未来の党」というのが出来た。小沢一郎は“解党”したうえで、そこに参画するという。亀井も。
いきなり登場してきた「政党」。目下の数ではまさに“第三極”だ。

小沢は何を目論み、何を画策しているのか。小沢や亀井にとって、学者知事さんを利用し、手玉にとることなんか「お茶の子さいさい」。

「出て壊し、入って壊す小沢流」。かつて永田町に流行った戯れ歌が、また蘇る。

NHKでもやっていた世論調査、選挙の争点。原発、被災地復興の順位は低い。世論調査。つまり国民の意識だ。関心が薄くなっている。

もはや、あの事は「他人事」と化したかのような。

マスコミは原発や被災地復興を争点にしようとする。敢えてしている。それは、彼らの「贖罪意識」のように見える。世論の関心の低いことを敢えてテーマに据える。なんか見え見えだ。

だから、政治家、党首もそれについて触れる。しかし、彼らが語るのは、将来の国の在り方としての原発エネルギー問題。しかも、それは曖昧模糊としたもの。

「反」でも「脱」でも「卒」でもいい。原発を主要政策に掲げる集まりが出来る。それはいいことだ。だが、それとても漠然とした将来の話。

今だ、今をどうする。原発難民を、東北の被災者達を、1Fの現状を。過酷な条件の中で働く、彼らがいなければ「廃炉」は出来ないという現実を。そんな事を誰も語らない。

故郷を取り戻す算段をどの党も語ってくれない。多くの被災地の民は、それに戸惑う。

見捨てられたような民達にとどく言葉のない旧態依然とした選挙戦。いかに多数を制するかだけが目的のような選挙戦。

それらをして、あえて「絶望」と呼ぶ。

被災地の選挙はどうなる。何を基準に選ぶのか。自分たちの「環境」が語られない選挙に。

仮設から投票所までは遠い。行きたいけど行けない高齢者。その人達の「意志」はどうやって反映されるのだ。

原発事故地域は福島5区。その地に居る人は少ない。会津の4区に避難している人達。4区と5区の候補者の区別がつかなくなる。

自治体の職員も大変だ。投票箱を持って、埼玉県まで出向かねばならない。職員の労苦は、選挙に振り回される。“棄民”とて“棄権”を善しとはしていないが。

被災地では、「参政権」すら奪われようとしている。

さまざまな意味で「民意」とは何なのだろう。あらためて考える、今年一番の寒さの中で。
「避難所」という言葉を久しぶりに聞く。停電した北海道の話だが・・。

政治に「希望」という言葉を見いだせるはずもなく。

2012年11月27日火曜日

「希望」・・・

あの日から、あの日から数日経ってからか。ボクの周りには「頑張ろう」という言葉が溢れていた。頑張ろうニッポン。頑張ろう東北。頑張ろう福島・・。
その言葉の渦に圧迫感すら覚えていた。
「頑張ろうって、何をがんばればいいんだい。もう十分頑張ってきたよ」。避難所の人の一言に救われたような思いがあった。

宮城県利府町で行われていたフィギアスケート大会。フィナーレの場面、リンクにデジタル技術が生み出した”モニュメント“。「希望」という字が描き出されていた。

「希望」か・・・。

「希望」という字を冠した本を、3・11後2冊読んだ。なぜそれを手にしたか。きっと知らず知らずのうちに、“希望”を探していたからかもしれない。

「希望の地図」。重松清。好きな作家だ。ずいぶん前に読んだ、「哀愁的東京」には泣かされた。自分のどこかに郷愁的なものがあったせいか・・・。

自閉症で、不登校の友人の子供を伴って被災地の取材に向かう主人公。津波に流された跡であり、放射能が降った村、飯舘であったり。

主人公の口を借りて作家は語る。
 
「俺たちの取材は『希望の地図』という題名で連載しているわけだけど、それは『絶望の地図』と表裏一体なんだよな。前に向かって進む『希望』の隣には、打ちひしがれた『絶望』もあるんだ。それを絶対に忘れちゃいけないんだよ。
「希望というのは、未来があるから使える言葉なんだよ」と。

もう一冊。映画を作った、園 子温の本「希望の国」。

希望について彼はこう書いている。

「この希望とは、目に見える物体としての希望じゃない。どこもかしこも、目に見えるものは絶望ばかりー具体的な希望なんかどこを探しても見つかりはしない。でも、こころにだけは光が作れる。外が真っ暗でもーこの飯舘の夜みたいに闇ばかりでもー心は暗くない。大丈夫だ、大丈夫だ。「愛があれば大丈夫」と真っ暗な夜の真ん中で呟いた」。

これを引き出したきっかけ。それは「さみし犬」。ロケかロケハンかはわからないけど、南相馬で、飼い主に置いていかれてさまよう犬に出会う。さみしそうな目をしていた犬。飯舘に行った時、再びその犬に会う。「さみし犬」と勝手に名付けた犬に。飼い主のあとを追ってか、飯舘まで来ていた犬。その犬に会いたくて、再訪する。そこに居たのは「奥さん」を連れた「さみし犬」。

そこから「希望」と「愛」という言葉が生まれたらしい。

映画は見ていないが、本から読み取れる映画の光景。痴呆症の妻を抱えて避難命令を拒否する主人公。農家、酪農家。庭に引かれた規制線。

痴呆の妻の口癖は「帰りましょう」。

牛に殺処分命令が出される。彼が家から持ち出した猟銃の音が牛舎に響く。自分の手で牛を・・・。そして、丹精込めていたハナミズキの花畑の中で、妻を抱き締める。やがて聞こえる銃声・・・。

老夫婦が選んだ「愛」。逃避行を続ける、その息子夫婦の「愛」。隣の家にいた恋人同士の「愛」。

希望の見えない希望の国。

警戒区域の中に、希望の牧場というところがある。牛を殺処分から守り、その命を守っている牧場。

そこに行ったことはないが。行政や警察から相当の圧力を受けているらしい。
メディアは取り上げない、その希望の牧場の話を。

希望とは何か。正義とは何かと同じくらい難しい。その「解」は。その人それぞれで違うであろう「希望」。持っている人も、持てない人も。

定義の無い、「希望」、そして「正義」。絶望の対極にある希望。
ボクにとっての「希望の国」とは何か。ボクは「希望の地図」も描けない。

何があっても、何が起きても、ゲンキを「さみし犬」にはしない。ゲンキが元気で長生きしてくれるのが、きょう思った“贅沢”な希望かも。

2012年11月26日月曜日

「新しき村」

時々見かけませんか。ちょっとした小料理屋さんとかで。額に入った絵と書。
武者小路実篤が描いたもの。有名なのが「仲よきことは美しき哉」、ちょっと変わった物は「天に星 地に花 人に愛」、さらに「君は君 我は我也 されど仲良く」といったものも。

実篤は作家として、そう、有名な作品は「友情」だったか、中学時代読みあさりました。そして彼が作った、白樺派なるが故の理想郷「新しき村」。
うろ覚えの記憶では、その村は昭和の初め頃、宮崎県に作られ、村としての理想を掲げ、やがて、その村にダムが出来ることになったため、埼玉県の毛呂山に“移住”した。要するに、文明開化の風潮に背くように、人は人らしく生きるように、自給自足の農業を主体にした村。

今でも、入村し、そこで暮らす人たちが数十人ながら居るはず。

郡山は明治時代、安積開拓によって出来た村。新しき村。そこに居たのは「貧しき人々の群れ」。宮本百合子が書いた。

安積開拓は多くの入村者で始まった。九州の久留米に至るまで。

どこか、似て非なるが、新しき村と、安積開拓が重なる。安積開拓に実篤のような「理想」はなかったとしても。自他共に生きる。それが村の精神ならば、どこかで同一化される部分もあるかもしれないから。

そして、今、福島県に「新しい村」という考えが登場している。たとえば川内村。帰村宣言をしたものの、それがはかどらない村。除染のためにはぎ取った“廃棄物”。それの仮置き場をめぐって村は揺れている。村長は口にした。
「新しい村」と。

それは、なかなかままならないものの、企業の誘致をはかり、雇用を確保するとか、さまざまな“工夫”を凝らしている。

彼の言う「新しい村」とは、蘇る村を意味するのか。原発に仕事を持つ若者も多数いるが、元は「農」を基本にした村だった。

飯舘もそうだ。「農」を中心にして、共助を掲げ、菅野村長は、長い年月をかけて、新しい村を作った。
そして、再び、「新しい村」を作ろうと腐心している。

おそらく、帰還困難な20キロ圏内の町村。「仮の町」構想が言われてきたが、頓挫しているようにも思える。その住民が「仮の町」という呼称をどう思っているのかわからない。仮は仮。しかし、元に戻れるのか。

「新しい村」を「新しい町」を理念として捉えることもあり得るのでは。

実篤の「新しき村」は、“理想”だった。理想と現実とは違う。

が、しかし、“原発”とサヨナラして、彼らが維持し、それによって成り立っていた人間関係である「コミュニティー」を生かし、拡大し、「新しい村」を作ることは考えられないのだろうか。

それを目指したなら、もしかしたら、わずかな“希望”も見えてくるような気もするのだが。

過去には、未来へのヒントが隠されているかもしれないということ。

2012年11月25日日曜日

「原発」が争点にならないということ。~時々選挙について~

世論調査、それは、世論誘導に他ならない。何度も指摘したが。世論調査の方法や在り方について、その問いかけ方も含めて、しばらく前に、朝日と毎日が「自己批判」したこともあったが・・・。

最近はテレビも好きになった世論調査。その数字をもとにして、各党の討論をやっている。

今日もやっていた。相変わらずの世論調査。政党支持率、内閣支持率、首相に誰が相応しいか・・・。

放送される数字を見て、視聴者は何を感じ、自分の選択肢を決める参考とするのだろうか。流れに乗ろうとするのか、判官贔屓に移るのか。

政党の訴えを見聞きし、党首の演説を聞き、それでしか、マスコミを通して得られる“情報”でしか判断できない。もちろん、たまにやってくる街頭演説に出っ食わすことはあったとしても、大方はメディアだ。

先日、テレビの調査。今度の選挙の争点。景気回復、雇用対策が50%超え。次いで社会保障、原発はなんと0,9%。選挙の争点になっていない。とされていた。事実なのか作為なのか。

「この結果にもとづいて、上位二項目について論戦を進めていきましょう」と司会者。10数人の党の代表者を集めて。

多党乱立という現象はあっても、その争点の選び方、手法は、3・11前の選挙と同じ、「普通の選挙」、普通の時の選挙報道と同じやり方なのだ。

多くの国民が、悩み苦しむ日々を送っている中、その人たちの暮らしに「普通」を戻すことが選挙の争点になっていないということ。

あれは一体何だったのか。2011年3月11日に起こったことは。

「それどころではない」。たぶん皆、そう言ったと思うが、選挙の時期は遅かったのかもしれない。仮に今年の3月に選挙をやっていれば、その争点として、原発や被災地復興が、大きな争点になっていたかもしれない。被災地以外の多くの人が、普通の暮らしに戻ってしまった今、あの日は「争点」にはならないということ。

野田にしても誰にしても、政策を語る時、“原発”に触れる時がある。しかし、もはやそれは、とってつけたという以外に無い。原発維持を言う自民党や石原に対しての単なる「違い」を見せようとしているにすぎないとも見える。

社民党は「即時原発廃止」を訴える。しかし、そこにあるのは単なる感情論にしかうつらない。反原発を言う人達も、それを廃止するための具体的政策は打ち出せない。原発廃止とは単に原発の稼働を止めることだけではない。廃炉に向けた作業や、使用済み核燃料の問題まで含めて語られなければならないことなのだから。

福島県を選挙区とする立候補者は「原発」に対してなんというのだろう。声は聞こえてこない。党の方針に背いてまでもそれが言えるのか。問いかけたい。

「普通の暮らし」を持てなくなった人達に押しつけられる「普通の時のような選挙」。

原発を無くすためには、電気に頼る生活や社会構造を変えなくてはならないはずなのに、主義主張だけの反原発。

長崎のハウステンボスで、イルミネーションが話題になっている。最近NHKで見た。レポーターの語りかけが言い訳がましい。「電気の消費を抑えるためにLEDを使っています。4分の1です。電源は自家発電装置です」。
普通にある歳末の風物詩・・・・。

いわき市街にちょこっと作られたLEDを使った夜の森公園の桜を再現したと言われるイルミネーション。その意味合いは違う。そこにある「思い」は違う。

原発が争点にならないとテレビが言う選挙。福島県人の選択は難しい。

2012年11月24日土曜日

消えた言葉「差別化」。~言葉について、その5~

ここ何年間か、いつからかは全く記憶に無いが、「差別化」という言葉が生まれ、連日「差別化」という言葉が跋扈し、しかも、それは「正しい言葉、正しさを意味する」ように使われていた。

「他社との差別化を図れ」。企業はそれを合言葉にし、それを大合唱していた。
「他局との差別化」。改編時のテレビ局の合言葉。
あらゆる集まりでも、ミーティングでも、それを使うことが先端を行っていることであり、よきこととして、差別化を用いていた。

その場に行きあうと、激しく注意し、それを平然として使うマスコミに激しく抗議したこともある。言葉を扱う職種にもかかわらず、その意味をわきまえ、理解して使っているのかと。

差別化とは「差別」に「化」をつけたものにすぎない。

子供の頃、学校では「ひいき」という言葉が横行していた。家庭でも「えこひいき」という言葉が使われていた。それは明らかに「差別」の範疇。

自分が、差別される側にいたという自覚は無いが、差別という言葉が大嫌いだった。

村八分にはじまり、人種差別があり、被差別部落があり、学力による差別があり、ハンセン氏病患者にたいする社会的差別があり、水俣病患者にもあおれがあり、政治的、社会的差別としての沖縄があった。沖縄差別はもしかしたら別次元の差別かもしれない。そこに直接刃は向けられていなかったから。いわば「無視」「転嫁」という差別だったのかもしれない。

差別と区別はどう違うのか。そのことすら、誰も問題にせず、それを問題視すべき人までもが好んで「差別化」を言っていた。

「差別化」とは「競争」の言い替えであり、「優位に立つ」ということを表象して使われていたのかもしれないが・・・。

ボク自身の感覚で言えば、「3.・11」後、潮を引くように「差別化」という言葉が消えたように思う。“言葉”としては歓迎だ。しかし、その言葉が消えると同時に、実態としての「差別」が生まれた。言うまでも無く「福島」に対しての。それは口だけでなく行動も伴った、およそ理解し難い差別。
被差別者としての福島県人が生まれた。

被差別者を作ることで、差別者は、どこかで優位に立ったような錯覚に陥り、ある種の“快感”すら覚える。そこに安易な同情が加わるともっと始末が悪い。

依然として、その社会的、政治的差別の渦中に置かれたままの沖縄。本土の人間は、多くが“同情”する。しかし、それまでの話だ。そこは娯楽としての“観光”の対象にしか過ぎないような。

差別と言う言葉を挟んで、沖縄と福島にある、その相似性と相反性。

テレビでは、解散翌日に危惧した通り、連日のように各党が出演、いや、局の方が出演させ、見ている側には疲労感や徒労感しか与えない“論戦”とやらが繰り返されている。もう、すでに「飽きた」とう人の声も多数聞く。

政策なる物を語り合う。不思議なことに、かつてはそれを好んで使っていた政治家が「差別化」という言葉を使わないようになった。なぜだろう・・・。

そして、政治家の言葉はますます貧困になり、劣化しているように思えてならない。

辞書は、時折「改定版」を出す。新語なるものも所蔵する。「差別化」なる言葉が、ある時代に徒花(あだばな)のように流行り、それを使う事が先端を行っていると誤解していた、言葉の歴史的過ちとして残されるのかどうか・・・。

「3・11後」、変わるべきものとして「言葉」があった、それは、語るべき言葉を持たないという意味も含めて、一つの変化だったのだろうか。事実を突き付けられた時、「化」は失われたということを。

2012年11月23日金曜日

“猫の目”政治家の言葉。~時々選挙について~

昔、「猫の目農政」という言葉があった。猫の目の動きに譬えて、ころころと変わる政策を揶揄した言葉。

貧乏人は麦を食え。総理大臣のそんな発言が物議をかもし、やがて、農協は肥大化し、政府のコメの買い入れ価格を決める米価審議会。生産者米価の決定。農林省三番町分室で毎年開かれていたその審議会には、圧力団体としての農民団体がむしろ旗を立てて、引き上げに気勢を上げた。自民党の中には総合農政調査会という組織があり、「ベトコン議員」と呼ばれる議員さんは、政府に大幅な値上げを迫っていた。

貿易の自由化によって、いわゆる外米が入ってくるようになり、日本の農家は苦境に立たされようとしていた。自由化、外米。それはたぶんに官僚主導による日本の産業構造の転換。外圧による他産業への影響を食い止めるために撮られた策。農民票を、農協票を票田とする地方の議員さんは、「生死」を賭けて農家を保護しようとした。

農協は最大の圧力団体であり、かつ、カネ持ちであった。「ノウキョウサン」という“英語”がはやった時代。

供給過剰、生産調整、減反・・・。そして今の戸別補償。農政は毎年のようにその方針がかえられた。
それを以てして「猫の目農政」と言われていた。今は、TPPで揺れる。

ころころ変わることのたとえに引きだされた猫は、「迷惑」なことであったろうと。

今回の選挙。政策が大事と、それを明示するよう政党は迫られる。そして出されてくるもの、語られるものは、ほとんどが付け焼刃。思いつき。

政局のための政策と。

まさにテレビタレント出身の故か。テレビの中身のようにころころ変わる「維新」の政策。特に原発。そしてお仲間。裏切るのがお好き。
安倍晋三。日銀がどんどんお札を刷って、国債買わせる。一夜にして変更。市中にある国債の話だと。

これから、彼らが言っていることは、たぶん、また、反応を見て、変わってくるだろうし、もし、“政権”なんてことになったら、見事に民主党のマニフェスト騒動の再来かとも。

猫の目政策と言わしてもらいましょう。

彼らの言葉のどこに信を置けばいいのか。衆愚政治というべきか。選挙民を下に見て、愚かで騙しやすいとみているということか。

自民総裁選。党内世論、つまり党員票は石破が勝っていた。議員票で安倍が勝った。いわば、議員さんたちだけで選ばれた総裁。民意との乖離。

たぶん、多くの猫は怒っている。だから、夏目漱石も書いた。吾輩は猫であるの中に。

「元来人間というものは、自分の力量に慢じて、みんな増長している。すこし、人間よりも強いものが出て来て、いじめてやらねば、この先どこまで増長するかわからない」。

この“国難”の時代にあって、不毛の選択はしたくないのだけれど。

2012年11月22日木曜日

「棄民」、それは新語なのか。言葉についてその4。

我々は国家によって守られてきていると思っていた。守られ方にはいろいろな形があったとしても。

「3・11」前、この国の人々を譬える言葉として、それは閉塞感に満ちた時代とされていたからか。“孤族”という言葉が用いられ、人々はそれをイメージとして受け入れていた。メディアも論壇も、こぞってそのことに触れた。
そして、“無縁社会”という言葉も生まれた。

「3・11」は多くの“孤”を生んだ。しかし、被災地は無縁社会とはならなかった。全てを言い当ててはいないにしても。“共助”があり、“地縁”があり、“故郷”という、いわば土着思想に似たようなものがり、“地域社会”があったから。

都会では、依然、孤族もいりだろう。都会は無縁社会のままだろう。
しかし、この国がもしかしたら滅びるかもしれない、そんな感覚を誰もが持ったであろう東日本大震災、そして原発事故。

国が滅びるかもしれない。国が亡くなるかもしれない。“亡国”という幻想に似たような思いに捉われた人達が大勢いたはず。その“亡”はやがて“忘”にとって代わられた。忘れるという意味の「忘」。

全く忘れ去られ、無いものとされているわけではないが、少なくとも憲法で保障された生存権ふくめ、基本的人権の枠外に居る人が、いまだもって、6万人とも12万人とも言われている現実。

その人達が言いだしたのか、誰かが名付けたのか、それはともかく、「棄民」、捨て去られたような民がいるという現実を忘れないで欲しい。忘は亡に通じる。心を亡くすと書くことでもわかるように。

例えば、沖縄県民も、棄民の範疇に入るかもしれない。国を存続させるために、必要な“棄民”。

もしかしたら、戦後日本は「棄民政策」の上に成り立ってきたのかもしれない。

民を守るのが国ではないのか。民無くしては国が滅びるということに思いがいたらないのか。

尊厳を持って生きて来た人達は、甘んじて棄民政策の中で、生きて行かなくてはならないのか。故郷を追われ、心身ともに漂流している人々。避難民。帰るべきところを亡くした人たち。それは亡国の民だ。故郷こそが“国”なのだから。

政治家達の亡国論は違う。経済成長をはからねば国は滅びるという。憲法を改正し、明確な軍隊を持たねば、国は滅びると言う亡国思想。

「国破れて山河あり」、呑気に中国の詩人の句をかみしている場合じゃない。山河は形としてはあっても、そこは人の関与出来ない場所となった。

棄民。嫌な言葉である。しかし、その嫌な言葉を以てしか、彼らを語れない。いくら忘れようとしても忘れられない彼らにとっての“国”。

年末年始、警戒区域の住民だった人達に自宅での「宿泊」が許されると言う。いや、正確に言えば、その可能性があるということ。それが実際に為し得るのか、また、彼らが束の間の「帰宅」を是とするのか。

叶わざることを求めているのではない。しかし、諦めという感覚が支配した時、それは「亡国観」につながるのではないか。

諦めるは明らめるに通じる。明らかにされねばならないことが明らかにされない。

野田が鳩山を切った。鳩山を棄した。それをメディアは大騒ぎする。それは単に政党の中での「亡」。

相変わらず「汚染」の話や「被曝」の話が、はびこっている。福島の“棄民”たちに投げかけられるそれらの言説は、棄民政策を助長させることになってはいないのか。

棄民、この新語のような、国から忘れ去られようとしているような人たちへの呼び名。この言葉が無くなることを祈る。後年編纂された辞書にだけは載せればいい。かつてこの国にあった「無策の政治の結果」と読み解いて。