2012年11月11日日曜日

「冷凍室」にしまわれた“意志”。あれから1年8カ月・・・

今日は11月11日。そう「11日」。あれから一年八カ月。時が過ぎるということの意味は大きい。

あの日から多くの人が言った「変わらなければいけない」。結局何が変わったのか。変わったのは現実にそこにある“光景”だけ。変わらなければいけない、ならない、変わるべきだ。そんな人々の“意志”は、冷凍庫に、冷凍室の奥深くにしまわれてしまったような。それは取り出すことを忘れられた物のような。

誰かが、その扉を開けなければいけないのに・・・。

きょう、東京では大掛かりな反原発集会が開かれると言う。雨のため、若干規模縮小の模様だが。100万人集会だとか。

この集会、当初予定していた、日比谷公園での集会は不許可になった。
それを「不当」と参加を希望していた人達は言う。時間的経緯は定かではないが、公園管理事務所の公告には、すでに、きょう、「子供のための食のイベント」が入っていた。先約があったということ。
その「整合性」はきちんと説明されているのだろうか。
「反対のための反対」。その人たちは「反動」と言い、表現の自由を奪うと言い、
規制が増していると言う。

あの集会が「フクシマ」にとって、何ほども救いになり、助けになり、支援につながっているのか。今でも、いささかの“違和感”がつきまとう。
福島の実態をどれだけ、本当の実態を把握していてくれているのかと。
一人の福島県民として、これは、身勝手は我儘な考えなのだろうか。

福島の「今」のことだけについて考えてみよう。もはや「放射能汚染」の問題は、一応の“決着”がついたと思う。決着と言うのは「解決」ではない。どこが汚染され、どこにどれだけの汚染があるか。大方の見方は収斂されてということ。

だから、一部“識者”の間から、その論考として「分断」という言葉が使われ始めるのかもしれない。

福島の復興について考える。もちろん原発廃炉は当然だし、それは、1Fの5,6号機や2Fももちろんだが。そして、なによりも、本当の効果があるのかは、「定まらない」かもしれないが、「除染」を進めなければならない。

しかし、それは復興とは違うのではないか。という一つの見方。

福島を「福島」という言葉で一括りにして語れば、未だ持って「放射能」を語らねばならないかもしれない。しかし、福島を細かく見て行けば、決して一括りには語れない。

産地「福島」と書かれた米の問題がそれを象徴している。全袋検査という大いなる労力とコストをかけ、なお場合によっては買いたたかれる、多分、多くの人が美味いと認める福島の米。それが“復権”するまでには、あとどれくらいに年月を必要とするのだろう。安全性に何の問題も無い米なのに。

福島を語る時に、「分断」と表現されると書いた。いかにもきつい言葉だ。温度差でいいと思うけど。その温度差が余りにも高まりを見せているから分断という意識の問題として指摘されるのかもしれない。

福島県産のコメを“忌避”するという福島県民もいるという「内なる分断」もある現実。

県内でも線量は大幅に違う。そこに舞いこんで来た“風評被害”なるものを、最近はやや下がってきていると思うが、それが下火になればどうにか立ち直れる地域もある。

警戒区域の中の人達、明らかに「帰れない」「立ち直れない」人達と、そこそこ普通に生活している地域の人たちとの“分断”だって、顕在化してきている。

警戒区域の中の町村でも、5年後、10年後を見据えての、意識の“分断”が起きている。

警戒区域、立ち入り禁止区域。そこに住んでいた住民達に、時折、一時帰宅が“許可“される。自分の土地に、家に帰ることに”許可“が必要だと言う不条理。甘んじて受け入れざるを得ない”不条理“。
今は、2Fのところに「検問所」が出来ている。それを「関所」と呼ぶ。ボクは。

明らかに物理的な“分断”だ。

何回も車を止められ、身分証明書の提示を求められ、防護服を着用させられ、測定器を持たされ、行き帰りに人数をチェックされ・・・。
その「関所」の前線にいるのは、ある程度の有償なボランティア。多くが郡山から早朝、いや、真夜中に出かける。
そして、必ず起きる「トラブル」。「俺の家に帰るのになんでお前らにいちいち・・・」。その気持ちは痛いほどわかる。同じ県民同志だから。でも“仕事”としては、決められたチェックをしなければないない。過度のトラブル。それは県民同士の“こころの分断”にさえつながりかねない。

疲れ果て、泣きながら、お互いが“帰路”につく・・・。

“分断”をどう解消するか。あの日以前から、すでに福島県の人口は減少傾向にあった。経済も停滞していた。その下り坂に、「あのこと」がのしかかった。

放射性物質の“恐怖”を語ることが今の福島の復興への足がかりではない。

問題は更に複雑化してきている。そして多岐にわたってきた。今の福島・・・。
冷凍庫の中の“意志”を解凍させるのは、その冷凍庫の持ち主以外にないと思うのだが。

きのう、須賀川で松明あかしという行事が行われた。去年は他県の木材を使った。今年は地元の木材が使われた。小雨の中、夜空を焦がす松明に祈った。

冷凍された“意志”を解凍してくれと。

そして今日。午後、あの時間にあらためて祈る。

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