2012年11月22日木曜日

「棄民」、それは新語なのか。言葉についてその4。

我々は国家によって守られてきていると思っていた。守られ方にはいろいろな形があったとしても。

「3・11」前、この国の人々を譬える言葉として、それは閉塞感に満ちた時代とされていたからか。“孤族”という言葉が用いられ、人々はそれをイメージとして受け入れていた。メディアも論壇も、こぞってそのことに触れた。
そして、“無縁社会”という言葉も生まれた。

「3・11」は多くの“孤”を生んだ。しかし、被災地は無縁社会とはならなかった。全てを言い当ててはいないにしても。“共助”があり、“地縁”があり、“故郷”という、いわば土着思想に似たようなものがり、“地域社会”があったから。

都会では、依然、孤族もいりだろう。都会は無縁社会のままだろう。
しかし、この国がもしかしたら滅びるかもしれない、そんな感覚を誰もが持ったであろう東日本大震災、そして原発事故。

国が滅びるかもしれない。国が亡くなるかもしれない。“亡国”という幻想に似たような思いに捉われた人達が大勢いたはず。その“亡”はやがて“忘”にとって代わられた。忘れるという意味の「忘」。

全く忘れ去られ、無いものとされているわけではないが、少なくとも憲法で保障された生存権ふくめ、基本的人権の枠外に居る人が、いまだもって、6万人とも12万人とも言われている現実。

その人達が言いだしたのか、誰かが名付けたのか、それはともかく、「棄民」、捨て去られたような民がいるという現実を忘れないで欲しい。忘は亡に通じる。心を亡くすと書くことでもわかるように。

例えば、沖縄県民も、棄民の範疇に入るかもしれない。国を存続させるために、必要な“棄民”。

もしかしたら、戦後日本は「棄民政策」の上に成り立ってきたのかもしれない。

民を守るのが国ではないのか。民無くしては国が滅びるということに思いがいたらないのか。

尊厳を持って生きて来た人達は、甘んじて棄民政策の中で、生きて行かなくてはならないのか。故郷を追われ、心身ともに漂流している人々。避難民。帰るべきところを亡くした人たち。それは亡国の民だ。故郷こそが“国”なのだから。

政治家達の亡国論は違う。経済成長をはからねば国は滅びるという。憲法を改正し、明確な軍隊を持たねば、国は滅びると言う亡国思想。

「国破れて山河あり」、呑気に中国の詩人の句をかみしている場合じゃない。山河は形としてはあっても、そこは人の関与出来ない場所となった。

棄民。嫌な言葉である。しかし、その嫌な言葉を以てしか、彼らを語れない。いくら忘れようとしても忘れられない彼らにとっての“国”。

年末年始、警戒区域の住民だった人達に自宅での「宿泊」が許されると言う。いや、正確に言えば、その可能性があるということ。それが実際に為し得るのか、また、彼らが束の間の「帰宅」を是とするのか。

叶わざることを求めているのではない。しかし、諦めという感覚が支配した時、それは「亡国観」につながるのではないか。

諦めるは明らめるに通じる。明らかにされねばならないことが明らかにされない。

野田が鳩山を切った。鳩山を棄した。それをメディアは大騒ぎする。それは単に政党の中での「亡」。

相変わらず「汚染」の話や「被曝」の話が、はびこっている。福島の“棄民”たちに投げかけられるそれらの言説は、棄民政策を助長させることになってはいないのか。

棄民、この新語のような、国から忘れ去られようとしているような人たちへの呼び名。この言葉が無くなることを祈る。後年編纂された辞書にだけは載せればいい。かつてこの国にあった「無策の政治の結果」と読み解いて。

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