2012年11月25日日曜日

「原発」が争点にならないということ。~時々選挙について~

世論調査、それは、世論誘導に他ならない。何度も指摘したが。世論調査の方法や在り方について、その問いかけ方も含めて、しばらく前に、朝日と毎日が「自己批判」したこともあったが・・・。

最近はテレビも好きになった世論調査。その数字をもとにして、各党の討論をやっている。

今日もやっていた。相変わらずの世論調査。政党支持率、内閣支持率、首相に誰が相応しいか・・・。

放送される数字を見て、視聴者は何を感じ、自分の選択肢を決める参考とするのだろうか。流れに乗ろうとするのか、判官贔屓に移るのか。

政党の訴えを見聞きし、党首の演説を聞き、それでしか、マスコミを通して得られる“情報”でしか判断できない。もちろん、たまにやってくる街頭演説に出っ食わすことはあったとしても、大方はメディアだ。

先日、テレビの調査。今度の選挙の争点。景気回復、雇用対策が50%超え。次いで社会保障、原発はなんと0,9%。選挙の争点になっていない。とされていた。事実なのか作為なのか。

「この結果にもとづいて、上位二項目について論戦を進めていきましょう」と司会者。10数人の党の代表者を集めて。

多党乱立という現象はあっても、その争点の選び方、手法は、3・11前の選挙と同じ、「普通の選挙」、普通の時の選挙報道と同じやり方なのだ。

多くの国民が、悩み苦しむ日々を送っている中、その人たちの暮らしに「普通」を戻すことが選挙の争点になっていないということ。

あれは一体何だったのか。2011年3月11日に起こったことは。

「それどころではない」。たぶん皆、そう言ったと思うが、選挙の時期は遅かったのかもしれない。仮に今年の3月に選挙をやっていれば、その争点として、原発や被災地復興が、大きな争点になっていたかもしれない。被災地以外の多くの人が、普通の暮らしに戻ってしまった今、あの日は「争点」にはならないということ。

野田にしても誰にしても、政策を語る時、“原発”に触れる時がある。しかし、もはやそれは、とってつけたという以外に無い。原発維持を言う自民党や石原に対しての単なる「違い」を見せようとしているにすぎないとも見える。

社民党は「即時原発廃止」を訴える。しかし、そこにあるのは単なる感情論にしかうつらない。反原発を言う人達も、それを廃止するための具体的政策は打ち出せない。原発廃止とは単に原発の稼働を止めることだけではない。廃炉に向けた作業や、使用済み核燃料の問題まで含めて語られなければならないことなのだから。

福島県を選挙区とする立候補者は「原発」に対してなんというのだろう。声は聞こえてこない。党の方針に背いてまでもそれが言えるのか。問いかけたい。

「普通の暮らし」を持てなくなった人達に押しつけられる「普通の時のような選挙」。

原発を無くすためには、電気に頼る生活や社会構造を変えなくてはならないはずなのに、主義主張だけの反原発。

長崎のハウステンボスで、イルミネーションが話題になっている。最近NHKで見た。レポーターの語りかけが言い訳がましい。「電気の消費を抑えるためにLEDを使っています。4分の1です。電源は自家発電装置です」。
普通にある歳末の風物詩・・・・。

いわき市街にちょこっと作られたLEDを使った夜の森公園の桜を再現したと言われるイルミネーション。その意味合いは違う。そこにある「思い」は違う。

原発が争点にならないとテレビが言う選挙。福島県人の選択は難しい。

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