2014年8月12日火曜日

「平均的国会議員像」を見た

これが、今のこの国の国会議員像なのだな。この程度のレベルなんだな。こういう人を長年支持してきた東京の武蔵野市ってどういう風土なんだろう。

そんなことを思ってしまった。

長崎の平和宣言。市長の読み上げた宣言文に噛み付いた自民党の土屋正忠という衆院議員。

「集団的自衛権」など国政の重大問題に一地方の首長が言及することではない。言いたいなら国会議員になってから言え」。

呆れ返って、開いた口がふさがらず愕然とする。こういう手合いが国政の場にいることに。

長崎の平和宣言は田上市長の個人的な見解ではない。長崎市が市民や学者など「起草委員会」を作って練り上げた宣言だ。

多くの長崎県民の意思だ。

おい、土屋とやら。お前、何様のつもりなんだ。偉そうに言うけど。何がわかっているんだ。

田上批判は、安倍の気持ちを忖度してのことか。ふざけるなよ。

自民党もつくづく地に落ちたものだと思う。かっての自民党を熟知しているものにとっては悲しみさえ覚える。

なぜ、地方の首長が国政に関する事に口を出してはいけないのか。武蔵野市のことはよく知らないが、市長時代には、長きにわたって国の方針に唯々諾々と従ってきたのだろう。

国政に関して、国の政策について地方の首長には発言権が無い。それは民主主義を否定することなのだ。

原発再稼働。国の最重要政策だ。形としては国は再稼働の判断をしないことになっている。規制委員会の審査結果受けて、地元の自治体が判断することとされている。
国政に対して地方は発言権があるのだ。

ま、それは国の責任逃れの典型だけれど。

「ちょっと揶揄しただけさ」とテレビのインタビューに豪語していた。

揶揄とはいかなる意味だ。からかってみたってことか。

長崎県民は、この事に怒っていいはずだ。

土屋何某の発言は、その権威主義的発想は、おそらく今の議員の平均的発想なのかもしれない。

地方分権といい、地方の時代だと、表看板ではいう。実態は交付金など金をくれてやり、国の言うがままにしろっていう思い上がり。

もはや、永田町は、安倍がいち早くぶち上げた内閣改造にばかり目が行っているのだろう。マスコミもそうだ。安倍のご機嫌を伺う。大臣でなくても副大臣でも、政務官でもなんでも「ポスト」が欲しい。

そんな「空気」の中で右往左往する自民党の魑魅魍魎どもよ。

なんか「政治の形態」を変えた方がよさそうだ。と言っても現役はやらないけど。自民党には派閥を復活させよう。強固な派閥を。党中党を作ろう。派閥に歯止めをかけさせるために。
選挙区制を変えよう。中選挙区に戻そう。比例復活なんて愚策はやめよう。

野党は・・・。民主党は解党させよう。政治不信を、これほどまでの政治への不信を招いたのは「3・11」後の政権が要因なのだから。
その不信は、今でも続いている。国民の政治不信が、逆に安倍支持者を際立たせる結果になっている。

何人も、ヒロシマ、ナガサキの被爆者にたいして「揶揄」する権利は有しない。
あの「地獄絵図」が戦争への懸念表明につながるのは当然のことなのだ。

一陣笠の無知な発言に時間を割くのも腹立たしいが、それが我々の前に存在しているという現実。

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