2015年6月13日土曜日

「夢」について

とにかく毎晩夢を見る。夢の時間がどれくらいだかはわからないが、とにかく、心象としては、ず~とという感じなのだ。

寝ていて見る夢。ほとんど「嫌な夢」ばかりだ。だれかと口論していたり、迷路にはまり込んでいたり、忘れたいことが登場したり。有り得ようもない光景であったり。

うなされてはいないのだろうが、大方毎晩汗をかく。寝起きは悪い。起床したという現実と夢の残像がかみ合わない。
それは最近とみに多い。

だから熟睡感が無いのだ。
医者は「ストレス」だという。しかし、それを解消する方法は無い。
考えることを止める以外は。

誰だい。こんな苦痛を与えてくれているのは。

♪夢で逢いましょう♪、ザ・ピーナツの歌があったけど、そんな“ロマンチック”な夢の世界に誘われたことなんかないし。

♪夢の中に、夢の中に、行ってみたいと思いませんか~♪って陽水が歌っていたけど、毎日忘れ物、探し物、見つからないものだらけだし。

「夢」「夢」「夢」。

夜中に見るのも夢だ。“白昼夢”という夢もあるらしい。

夢の超特急。夢のマイホーム。夢のマイカー。

夢から覚めた夢。

ドリームジャンボ。夢を買うのだと言う。そのユメとはカネか・・・。

♪いつでも夢を~♪。女優さんが昔、歌っていたっけな。

夢は叶う。夢を持て。夢をあきらめるな。

被災地に飛び交っていた「夢」という文字。

寝てみるのも「夢」。“希望”を意味することも夢。

英語ではそれも、これも「ドリーム」なのか。

昔、郡山で初めてみた映画。黒沢明の「夢」という作品。
「こんな夢をみた・・・」というナレーションで始まる8つの映像のオムニバス。

たしか「狐の嫁入り」ではじまり、キツネに化かされ・・・。

その中に「赤富士」という一編があった。

大勢の人々が逃げ惑っている。足下では、疲れ切った女性と子供が座り込んで泣いている。
原子力発電所が爆発したという。愕然として見れば、赤く染まった富士山が大噴火を起こしている。
発電所の責任者や、技術を開発した科学者が絶望して自殺した後も、押し寄せる赤い霧を必死に素手で払いのけ続けている人たち・・・。

黒沢が見た「夢」は40年後現実となってあらわれた。原発事故は。
富士山だって“予測”の範囲だ。

この「赤富士」について言えば、21世紀の、ここ数年、そして今そのものだ。

黒沢の「夢」は現実だった。叶って欲しくない夢だった。

黒沢の描いた夢を夜中に僕が見てうなされているわけではないが。

寝ていて見るのも夢。憧れるのも夢。人生の指針にするのも夢。

「夢」の正体がわからない。

夢とは透視なのか。限りなく不透明なものなのか。

今日はこれから一日中ある会合に出かけます。そこに「夢」があるのではなく「現実」があるだけですが。

それにしても「夢」という言葉が、なんと多い事か。音楽でも、そう真夏の夜の夢にしても、映画にしても、文学にしても。

明恵上人を書いたものに「夢を生きる」という本があった。

“ながきよの夢をゆめぞとしる君やさめて迷へる人をたすけむ”。

この歌を読み解けるわけも無く・・・。

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