2015年6月9日火曜日

その「姿」に何を感じるかということ

なでしこジャパンのサッカーを見た。彼女たちを見ていていつも思うことがある。
特に澤選手だ。彼女の「姿」なのだ。

きょうも途中で交代となった。代わりの選手とハイタッチをしたあと彼女が取る行動。

ピッチに向かって軽く礼をするということだ。頭を下げるということだ。彼女の後ろ姿は、背中は、何も言葉を発していないが、「背中が教える」ということはこういうことだと思っている。

大学駅伝。走り終わってタスキを渡した選手は走路を振り返って礼をする姿を見る時がある。その瞬間からその学校の応援団になる。

野球は好きでは無い。しかし高校野球だけは好きだ。勝っても負けても彼らは球場を去る時、球場に向かって一礼をしていく。
その姿に胸が熱くなる。
勝敗よりもその姿を見たいがために野球中継はなるべく見る。

サッカー。男子選手にも澤のような後姿を見せてくれる人もいる。

国の行方を左右する法案の審議。議場では多くの議員が居眠りをしている。
本会議中継を見る。議場への出入りに際して、議場に礼をする議員の姿は見なくなった。

かっては与野党問わず「礼」をわきまえていたものだが・・・。

自分が試される場、試された場。そこへのある種の「敬意」。

クールビズなんて訳のわからない言葉を「国民的用語」にし、国権の最高機関である場にノーネクタイで出入りする。

話し合いには胸襟を開くということは肝要だ。でも、「おおやけ」の場では身なりはきちんとしなくてはと。
またもサミットなるものが行われていた。当初は先進国首脳会議と呼んだ。サミットとは頂上を意味するのだろう。参加各国の首脳が集まるのだから。
G7とも呼ぶ。GはグレートのGなのかどうか。

記念撮影と言うのが会議の最後にある。恒例の行事だ。そこでどの位置に立つか、立たされるか。それにこだわった首相がいた。アメリカの大統領の、アメリカは大方真ん中にいるのだが、すり寄るように、他の人をかき分けるようにして隣に写りたがっていた人もいた。
その位置がその国の価値にもつながるようなことを記事として書いていた新聞もあった。

安倍が今回、どこにいたのか。撮影後の写真というやつでは向かって右端だった。さてさて如何思われているのだろうか。

安倍が出発前や到着後に記者団のインタビューを受けていた。その後ろにチョロチョロしている奴がいた。NHKのカメラを意識して立ち位置を微妙に変えて、とにかく写真に写ろう。安倍と一緒に写ろうと腐心している奴がいた。
見苦しい姿だよ世耕くん。

それも選挙区向けのものなんだろうな。あざとい姿だ。

で、そのサミットなるもの。どれくらい意味のある会合なんだろうと。今やだよ。最初の頃はそれなりの外交的政治的意義はあったものだけど。
もはや形骸化した「つまらんお祭り」に過ぎない。

出席する人達だってわかっている。首脳会談の前後の「個別会談」の方が重要だということも。
共同宣言なんていうが、それはとっくに事務方で出来上がっているものだし。

今回のサミットの成果は2050年までに温室ガスを最大70%減らすと言うことで合意したことだと伝えられる。
最大の排出国中国はこの会議にはお呼びもかからない。

この合意を受けて、これをダシにして「温室ガス削減のための原発」なんてまたぞろ言い出すのだろうか・・・。

なんか政治家たちは常に見苦しい姿を見せてくれる。澤の背中からは多くを学ぶ。澤の汗の一滴でもわけてもらって煎じて飲めばいかが。
暴言すぎたかな。

“チェルノブイリ”異聞

  ロシアがウクライナに侵攻し、またも多くの市民、日常が奪われて行く。 ウクライナという言葉、キエフという言葉、チェルノブイリ・・・。 そう、あの最大の原発事故を起こした地名の幾つか。 「チェルノブイリ原発事故」。1986年4月26日。 ウクライナの北部にあるその...