六月だ。月日は「意志を持たない」ように進んでいく・・・。
郡山市内では、未だあちこちで除染作業が行われている。付近の住民は言う。
「なんだか今更って感じですかね」と。
「除染」を心待ちにしていた時はもう過ぎてしまったようだ。
役所は“義務感”でやっているんですかね。そうも言う。
我が家の近所では田んぼを売り払い、あるいはそれを転用地として貸してか、住宅が建てられている。
その家は太陽光発電のパネルが屋根に貼られている。その反射した光は、時間によっては眩しい。
月日の経過は、決められ始めた「期限」が「タイムリミット」が迫ってくることをうかがわせる。
自主避難者への住宅提供費用の打ち切り。その期限とされるのは来年の3月だ。
避難区域の解除も進められる。
帰還困難区域を除いては、再来年、2017年が目途とされる。
そして「賠償金」は帰還困難区域を除いて、2018年3月だと言う。
いずれも「正式決定・通達」ではないものの。
いずれにせよ、「生き方」の選択が迫られてくるということだ。
空き室は増えてはいるというものの、「仮設」はいまだ”健在“だ。仮設が無くならない限り、福島に「復興」という言葉はあてはまらない。
「福島」は困惑している。3・11前と同じ生活を維持してる人は圧倒的に多い。いまだ「被災者」とされる人は十数万人だ。
福島という言葉の中で、一番共通しているのは「検査」と言う言葉。
食品検査、健康検査。
日々、検査という言葉がつきまとうというのが“異常性”としての福島。
「福島」という言葉を使って、福島が“避難、忌避、攻撃”された時には県民の意識の中に「共有」が生まれる。
しかし、日常の中では、県民同士の軋轢が増している。
賠償金の問題から始まって、生活習慣の相違や、伝統的な価値観の相違などでだ。
「レッテル貼り」はけしからんと言い、「一括りで言うな」と国の安全保障を巡っては言われる。
福島県には「福島」というレッテルが貼られたままだ。
「福島から始めよう」というフレーズが見える、聞こえる。何を始めるのかがわからない。
もし始めることがあるとすれば、まずは県民の中の共通した意志を持つことだ。
そんな意識の共有がいままであった試が無い国にあって、福島でそれが出来て、初めて「福島から始めよう」というフレーズが生きてこようとも言うものだけど。
昨日、安倍は福島を訪問していた。太陽光発電所を視察して、支援を約束した。西会津の地熱発電所を見て、それへの支援も約束したと言う。
葛尾村からの避難者が住む仮設住宅を訪れた。住民と懇談したというが、そこで何が語られ、彼がどう思ったかは、伝えられていない。もうネタにもならないということなのだろうか。
そして何よりも1F構内ではトラブル続出だ。管が破損しての汚染水漏れからはじまって、東電の対応の杜撰さ。それとてももう「慣れっこ」になってしまっているのか。
大方の「交渉事」は、その答えや対応は担当官庁や部署の中で「たらいまわし」にされる。丁寧な説明、それは“流行言葉”とされている。しかし、誰も確たる答弁はしない、出来ない。
「被災」に直接関係する人の間には、”疲れ“と”諦め“の感情が交錯している。
国を国民を守るため。その安全保障論議の中に、文字としては国民の生命や暮らしと言うものが記されている。語られている。
その論議の中に原発被害者の存在は、まったく“消されて”いる。
今、目の前に、4年間も放置されてきたような日々を送っている人達がいる。目の前にだ。それを語らずして、戦争を語ると言う政治の的外れさ。
4年と3ヶ月という時日の経過・・・。時の過ぎゆくままにとは言えまいに。
“チェルノブイリ”異聞
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