2015年6月19日金曜日

「厳然たる反対勢力」

60年安保が“終焉”を迎えてから、この国はもろもろの分野で「融合反応」が起きたのかもしれない。

もちろん「核融合」もその典型かもしれないが。

体制・反体制。その二極対立で物が語られていた。体制とは何か。その定義や実像も言葉にするのは難しいが。

国会では与党と野党と言う。今、一応は自公が与党、その他は野党とされている。では野党とは何か。

日本社会党と言う政党があり、その党も路線対立から民社党という政党が生まれていったのだけど、公明党が誕生し、共産党もあった。与党とは自民党だけだった。

社会党は「なんでも反対政党」と呼ばれた。つまり「厳然たる反対勢力」だったのだ。裏の話しは止めておく。

自民党はその反対勢力に大いに意を用いた。暴走はしなかった。出来なかった。
労働運動というのがあった。簡単に言えば総評は社会党系、同盟は民社系に色分けされてはいたが。

60年安保の反対勢力の中心は社会党であり、共産党であり、総評を中心とした労働者階級、そして学生だった。

彼らによって岸政権は打倒された。それを知っている与党自民は社会党を常に意識していた。社会党は政権獲得といった“野望”は持っていなかった。
反対勢力であることに「意義」を感じていた。
その「反対勢力」が存在すると言う構図としてのバランス。反対勢力は“抑止力”でもあったのだ。

言葉を変えれば、それがどこか正常な社会を構成し、どこか議会制民主主義は健全に機能していたのだ。

経営側は常に労働組合を意識していた。労使対決という構図があっても、労働組合があり、それが機能していることが、ある程度「バランス」を維持していたのだ。

今、何処までが野党なのかよくわからない。その政治的立ち位置含めて。今の野党なる政党は常に流動化している。

安倍は野党を見くびっている。恐れるに足らずと踏んでいる。それは祖父を倒した野党とは全く違っていると思っているから。

民主党にしても政権を担当した。そこで“蜜の味”を舐めた。社民党も然りだ。政権の一翼に加担していた。
公明もその蜜の味からは逃れられない。
維新、それは大筋、既成政党からの「落ちこぼれ」の集合体だ。

労働界。今や惨憺たる有りさまだ。連合は政権にすり寄り、企業の労組は「労使協調」という“美名”のもと経営側に加担している。

かって未組織労働者という言葉があった。それを今では「非正規雇用社員」と名付けることも出来よう。それに置き換えることも出来るかもしれない。

原発事故後、東電労組は何をしてきたのか。危険な仕事や酷な仕事は「下請け」に回した。自分たちは安全な場所に身を置いて、その事故に対する経営責任など問おうともしなかった。
その他の大企業と言われるところ、いや中小でもそうだ。非正規雇用者、パート、バイトに大事な仕事も委ねる。自分たちは高給をとって安穏としている。
労使一体となってだ。

たまたま大手のドラッグストアに行った。店員はほとんどがパート。販売、商品知識はその人たちの方が優れている。「私たちが辞めてしまったら、この店は成り立たないのに、給料は安いしシフトはきつい」と顔見知りの店員さんが言っていた。

労働組合が厳然たる経営側に対しての反対勢力にならない限り、この「非正規雇用」の問題は解決しない。

官邸や国会前に集結している「安倍安保」反対デモの人達。多くが一般市民のはずだ。

安倍の「価値観」からすればそのデモとても脅威の対象では無いのだ。歯牙にもかけないのは祖父の時とは環境が違うからだ。

でも、「時代は変わった」と見たい。市民の力が体制を崩すことが可能になるかもしれない。そんな淡い期待・・・。

なぜ「安倍政権が生まれたのか」。その鍵の一つに“労働運動衰退”と言う現実があるようにも思えて。

「厳然たる反対勢力」が存在しないのだ。

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