2015年6月3日水曜日

「除染」のある光景

今日から事務所の除染が始まった。郡山の赤木町というところ。
借りてるアパート(家賃格安)なので、先日大家さんが立ち合いに来てたが作業は今日、明日と紙が投げ込んであった。

未だにここの線量がどれくらいかは知らない。大家さんには伝えたのだろうが、終わったあとの線量も伝えられるのだろうが、“間借り人”は蚊帳の外だ。
車両の音と人の大声。いまだ落ち着かずなのであり・・・。

我が家の除染は去年に終わっている。業者との打ち合わせ、線量の計測、樹木の剪定の範囲、土にするか芝生にするか、砂利にするかの三択。

「現状回復ですから」との市のお達し。業者がよかった。芝生をやめて砂利に。要望取り入れて貰った。
結果、線量は何μかは下がっていたが。

この除染、それを行う順番はどうなっているのか。2011年、住宅除染が始まった時、最初に行われたのは線量の高い地域だった。市内でも場所によって線量のばらつきが。

池の台、麓山、鶴見坦を皮切りに、あっちっでやったりこっちへきたり。市内の線量を全部知っているわけではないが、どうも飛び飛び。
同じ町内でも、50メートル向こうは前年、我が家は翌年。

「字(あざ)単位でやってますから」と市の担当部局は答えるのみ。

なんにせよ、ちょっと前にも書いたけど、住民の様子は「何を今更」の感のだ。
それこそセシウムの半減期には至ってないものの、すでに線量はかなり低下しているはずだし。あれから4年・・・。

市内ではまだこれからの所もあると聞く。

多分、福島市だってそうなのだろう。何千人もの人を投入しての一斉除染では無いのだから。

除染がある光景。いまだ続くこの土地・・・。

2011年の今頃か。農家の人たちの集まり、勉強会を覗かせてもらった。
除染に関してみんな必死であり真剣だった。
自分の農地の測定は自分たちでやっていた。線量計は著しく不足していた。
ロシア製のなんとかという機器を60万とか80万円で買い、測っていた。

セシウム、ベクレル・・・。

彼らの合言葉。「正しく測かって、正しく怖がる」。怖がると言うのも変だが、「正しく測って正しく知る」という事だったと思う。

ヒマワリが効果があると聞けばそれを植え、ゼオライトがいいと聞かされればそれを使い、土の入れ替えがいいとなれば表土の表裏を入れ替えて。

チェルノブイリに行った専門家を招いたり、学者の意見を聞いたり。

住宅では、約300世帯ある我が町内会。市から貸し出された線量計は3台。順番待ちでやっと測った我が家の周囲。庭から玄関から雨樋の下。
2、8μくらいあったかな。あの当時は。

やがて出来たホールボディーカウンター。受診に人は列を為し、農作物の検査にもその測定装置があるところに、丸ごと野菜やコメが持ち込まれ。

「ND(不検出)」のラベルを貼ってもらって・・・。

ああ、ダメだ。この騒音。建てつけ悪いおんぼろアパート。防音装置など無いアパート。二重窓でも無いアパート。表の車のエンジン音と水を吸い込んでいるのか、その機械音。まったく何も集中出来ない。

普天間だぜ。オスプレイだぜ。

住民にある「今更感」「今頃感」。仮に市民団体かメディアがアンケートをとったとしよう。どこかの政党でもいい。

不満だ、やや不満だ。たぶん7割を超すだろう。遅すぎるという声も聞かれるだろう。市の対応が遅いから自費でやった。どう補てんされるのかという声もあがろう。
低線量被ばくへの懸念を表明する人だって5割はいるはず。

しかし、除染の光景には慣れきってしまっている。

懸念と不満と光景と。除染って何だろう・・・。何でだろう・・・。

この地の除染もさることながら、この国をあずかる人の「こころの除染」ってないのだろうか。被ばくよりも確実に“死”があるであろう戦争に向かおうとしているその心根。

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